第八章 魂を喰うペン
ザヴェルは、冷たい笑みを浮かべて筆を掲げた。
それは、ただの道具ではない。
世界の“在り方”を編み直す、神から奪った《因果改稿筆(いんがかいこうひつ)》。
《君たちの怒りも、願いも、魂ごと書き換えられる。もう、終わりだ》
ザヴェルが一文字書くたびに、大地が崩れる。
「バルタは死んだ」と書けば、彼の心臓が止まりかけ、
「ユラの獣は消えた」と書けば、エンゴルムの姿が霞んでいく。
けれど、それでも――
「……何度でも、喰らいついてやるよ……!」
バルタは、書き換えの衝撃に耐えながら、前へ出た。
ユラの獣リュズルが空を裂き、エンゴルムが地を喰らう。
魔王の結界が軋む。ザヴェルの筆が走るたび、彼の表情にわずかな疲労が見えた。
「魔導書の書き手であるお前に聞く、ザヴェル……」
ユラが、一歩前へ出る。
「“物語”とは、誰のためにある?」
ザヴェルは一瞬、筆を止めた。
《……完成された世界のために。欠落のない、苦しみのない、誰も争わない世界を描くために》
「それは、“誰も叫ばない世界”だろう。怒りも、後悔も、愛しさも――全部、最初からなかったことにする。
そんな世界、私は生きられない!!」
ユラが叫んだ瞬間、彼女の腕輪が砕けた。
血が溢れ、獣との契約が魔力の枠を超えて“魂”に刻まれる。
バルタが踏み出す。
「俺の仲間が生きてたって証明すんのは、俺の拳だ。
そいつを“なかった”ことにすんなよ……この物語の最後に残るのは、てめぇの断末魔だけだ!」
そして、二人は同時に叫んだ。
「いけっ!!」
エンゴルムが牙を剥き、リュズルが空から舞い降りる。
バルタの剣が筆を狙って走る。
ユラの呪文が、世界そのものを“固定”し、書き換えを封じる。
ザヴェルの身体が軋む。
《ば、かな……“物語”は……私が……支配するはず……》
バルタの剣が、筆を叩き折った。
ユラの魔獣たちが、ザヴェルの背後から突き上げる。
魔王の肉体が、空に弾ける。
世界が――
震え、止まり、そして静かに再生を始めた。
空が青く戻っていた。
浮島は崩れ落ち、海へと還った。バルバロス号は帰るべき港を知らず、それでも、進んでいた。
「……ああ。終わったんだな」
バルタは、燃え尽きた剣の柄を見つめた。
ユラは、海を見ていた。
「魔獣たちは眠った。もう戦う必要はない。
でも、私はこれからも歩いていく。生きて、傷ついて、でも、自分の足で」
バルタが笑った。
「物語ってのは、ハッピーエンドじゃなくてもいい。
“続いていく”ってことが、大事なんだろうな」
海風が吹く。白いカモメが、晴れた空を翔けていった。
魔王の筆は折れた。
だが、世界という“物語”は、これからも続いていく。
書き手は、誰でもない。
選ばれなかった、ただの獣使いと、海賊。
けれど、その名は――
いつしか、世界のどこかで、語り継がれることになるだろう。
『ユラとバルタと、魔王を倒した物語』として。
——完——
蒼海と黒獣の盟約 パンチ☆太郎 @panchitaro
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