【戦争】戦争を知らない世代が補償を受けることは正しいのか?

晋子(しんこ)@思想家・哲学者

戦争と正義とお金について

ある日、ふと疑問に思ったことがある。


「戦争で本当に苦しんだ人は、すでにこの世にいないのに、なぜ関係のない世代が補償金を受け取っているのだろう?」


戦争で命を落とした人々、飢えに苦しみ、家を焼かれ、肉親を失った人々。

彼らは本当に壮絶な経験をして、何も受け取らないままこの世を去っていった。

時には国や社会に見捨てられ、誰にも助けられずに、黙って生涯を終えた人も多い。


しかし、その人々の子や孫たちが「うちの家系は戦争で苦しんだのだから」と補償を受けていたり、優遇措置を受けていたりする。


その人自身は、戦争を経験していない。爆弾が落ちた音も知らなければ、飢えに震えた夜もない。

それなのに、お金を受け取っている。


私はこの構造に、どうしても疑問を持ってしまう。



もちろん、歴史的な被害を語り継ぐこと、記憶を風化させないこと、過ちを繰り返さないことは、とても大切なことだ。

戦争による被害や差別が、数世代にわたって影響を与えることも事実だ。


でも、それと「補償」という話は別だと思う。


補償とは、本来「損害を受けた本人」に対して支払われるものであるはずだ。

実際に被害を受けた人、その苦しみを味わった人にこそ、それは向けられるべきではないだろうか。


しかし現実には、被害を体験していない人が「先祖が苦しんだ」という理由で金銭的な恩恵を受けている。

しかもそのお金は、誰かが納めた税金だ。


つまり、まったく関係のない現代の若者たちが、自分の給料から引かれたお金によって、経験していない人の「過去の傷」を補填している。

それって、お金が空から降ってきているような話ではないだろうか。



そもそも、補償の根底にあるのは「苦しんだ人の救済」であって、「その血縁者の利益」ではないはずだ。

過去に被害があったという事実は重い。だがそれを理由に、体験していない人が現代の制度から利益を受け続けるとすれば、それはもはや補償ではなく「特権」になってしまう。


そして「特権」は、どんなに善意で作られたものであっても、社会の分断を生む。

「あの人たちは戦争の被害者の子孫だから優遇されて当然」

「でも、うちは何も悪いことしてないのに、なんで税金だけ取られるの?」


こんなすれ違いが、また新たな軋轢を生む。

そして最悪の場合、「過去の被害」さえも疑われ、軽んじられるようになってしまう。



もう一度確認しておきたい。


戦争の記憶を風化させてはいけない。

被害にあった人々の苦しみを軽んじてはいけない。

歴史を語り継ぎ、再発を防ぐことは社会の責務だ。


だが、その方法が「体験していない者にお金を渡すこと」になってしまっていいのだろうか?


それはむしろ、苦しんだ当人たちを冒涜してはいないか?

何も受け取らずにこの世を去った本当の被害者たちを、置き去りにしてしまってはいないか?



補償の本質を問い直すべき時期に来ていると思う。


本当の意味での「癒し」や「正義」とは、形ばかりの金銭ではなく、

社会全体が歴史を知り、考え、乗り越えていくことの中にあるのではないだろうか。



以上

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