無形美容手術 カクヨムver

赤澤月光

第1話


ある未来の都市、テクノロジーの進化が人々の美容感覚に革命をもたらした。


最新のトレンド「美容無形手術」。


この手術は、従来の整形手術とは異なり、顔に変化を加える事がなく、その形を完璧にするという画期的な技術。


すべてはある著名なインフルエンサーの投稿から始まる。


彼女はAIによる顔認識技術を用いて、顔の特徴を一つ一つ逆数化し、最も調和の取れた顔は「のっぺらぼう」のような無表情な顔であるという結果を導き出す。


この結果を見た多くの人々は、驚きと共に興味を抱く。


最初は奇妙なブームとして捉えられていたが、次第に多くのセレブリティが「無形の美」を手に入れるためにこの手術を受け始める。


のっぺらぼうのようにシンプルな顔の美しさが強調されるようになり、瞬く間に広まりを見せていく。


メディアはこぞってこの新しい美のスタイルを取り上げ、街中の広告板には「自然体こそが美」というキャッチコピーがあふれた。


人々は次第に自らの個性と内面を表現する事を大切にするようになった。


「美容無形手術」は単に見た目を整えるだけではなく、無限の可能性を秘めた、自己表現の新しい形を生み出した。


この現象は、美の基準が多様化し、外見だけにとらわれず、人間の内面や個性が真の美しさを形成する鍵となることを証明するものとなっていったのだ。


人々は、外見の枠を超えて内面的な美を見つける旅に出るようになり、「のっぺらぼう」が持つシンプルさがむしろ新たな美しさの象徴として位置づけられた。


無形の美 - 顔のない未来


西暦2087年、東京の中心部に位置するネオ・シブヤ。かつての雑踏は今も健在だが、その様相は大きく変わっていた。


巨大なホログラム広告が空中に浮かび、そこに映し出されるのは驚くほど均整の取れた顔立ちの人々。しかし、よく見ると彼らの顔には個性的な特徴が一切ない。まるで古来の「のっぺらぼう」のような、完璧に整った無表情の顔だった。


「美容無形手術—あなたの内面を解き放つ」


広告の下を行き交う人々の中には、すでにその手術を受けた者も少なくなかった。彼らの顔は感情を表すための最小限の起伏しかなく、驚くほど均一化されていた。


この現象の発端は、三ヶ月前に遡る。


世界的インフルエンサーの水城アヤメが、自身のニューラルネットワークに投稿した一つの研究結果だった。彼女は最新のAI顔認識技術を駆使し、人間の顔の美しさを数値化する実験を行った。


「美の本質とは何か?」という問いに対する答えを求め、彼女のAIは数百万の顔データを分析した結果、驚くべき結論に達した。


「最も調和の取れた顔とは、個性的特徴を持たない顔である」


この結論は美容界に衝撃を与えた。長年、人々は目の大きさ、鼻の高さ、唇の厚さなど、特定の特徴を強調することで美を追求してきた。しかし水城の研究は、そうした「特徴」こそが不調和を生み出す要因だと示唆したのだ。


「美容無形手術」は、この理論に基づいて開発された。ナノマシンと生体適合性ポリマーを用いて、顔の特徴を最小限に抑え、完璧な対称性と均一性を実現する技術だった。従来の整形手術とは異なり、顔に何かを加えるのではなく、個性的な特徴を「消す」ことに焦点を当てていた。


最初はセレブリティやインフルエンサーたちが試験的に受け始めた手術だったが、その効果は絶大だった。彼らの「のっぺらぼう」のような顔は、奇妙なことに見る者を惹きつけた。その無表情さが、逆に無限の可能性を感じさせたのだ。


「私たちは長い間、間違った方向を見ていたのかもしれない」と語るのは、この手術を開発した神崎研究所の主任研究員、神崎誠だ。「顔の特徴を強調することで個性を表現しようとしてきましたが、それは逆説的に私たちを型にはめていただけでした。無形の顔は、むしろ内面の豊かさを映し出す鏡となるのです」


手術を受けた人々は、自分の内面と向き合う機会を得たと口を揃える。表情で感情を表現できなくなった分、言葉や行動でより深く自己を表現するようになったのだ。


「私は初めて自分自身を見つけた気がします」と語るのは、手術を受けて一ヶ月になる26歳のOL、佐藤美咲だ。「以前は自分の外見に囚われすぎていました。今は内面から湧き出る感情や思考に集中できます」


しかし、この新たな美の概念に対する批判の声も少なくない。


「これは個性の抹殺ではないか」と主張する美術評論家の山田健太郎は言う。「人間の顔の多様性こそが、私たちの文化や歴史を形作ってきたのです。それを均一化することは、人間性の一部を失うことに等しい」


そんな議論が交わされる中、街中では「無形の美」を称える広告が増え続け、「自然体こそが美」というキャッチコピーが人々の目に飛び込んでくる。


興味深いことに、手術を受けた人々の間では新たなコミュニケーション方法が生まれつつあった。微妙な頭の傾き、手の動き、声のトーンの変化など、顔以外の方法で感情を表現する技術が発達し始めたのだ。


「私たちは新しい言語を創造しているのかもしれません」と神崎は語る。「顔の表情に頼らないコミュニケーションは、より深い理解と共感を生み出す可能性を秘めています」


ネオ・シブヤの夜景を見下ろすカフェで、のっぺらぼうのような顔を持つ若者たちが集まっている。彼らの会話は静かだが、その場の空気は不思議な活気に満ちていた。


彼らの無表情な顔は、逆説的に無限の表情を想像させる。それは見る者の心を映す鏡となり、内面の豊かさを引き出す触媒となっていた。


「無形の美」は、単なる美容トレンドを超え、人間のアイデンティティと自己表現の新たな地平を切り開きつつあった。人々は外見の枠を超えて、真の自分自身を探求する旅に出ていたのだ。


そして、かつて「個性がない」と揶揄されたのっぺらぼうの姿は、今や新たな美の象徴として、未来の都市の夜空に輝いていた。

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