不死の世界でメメント・モリ

異端者

『不死の世界でメメント・モリ』本文

 ヒトが「死」を克服してから、何世紀になるだろうか?


 脳から直接ネットワークに接続すれば、そんなことすぐに検索できる――分かっていても、そうしたくなかった。自宅で独り、この思索を楽しみたかったのだ。

 もはや「死」は過去の概念となりつつあった。死を迎えたヒトは、すぐに意識と記憶のバックアップを新しい体へと移植される。事故などでふいに死んだ場合も、リアルタイムでクラウドデータとして保存され続けているから問題はない。万が一巻き戻るとしても、ほんの数分程度で済む。

 私は脳を会社のサーバーに接続してテレワークしながら、余ったメモリで古い映画を楽しむ。

「おい、仕事中だぞ」

 同僚が通信で話しかけてくる。

「別に良いだろ。サボったところで何の支障もない」

「それは、確かにそうだが……」

 同僚が言葉に詰まる。

 全く、この時代に適応できない者には困ったものだ。

 毎日出勤し、デスクに定時までかじりついていたのは過去の話だ。

 今は脳に直接接続したネットワークで、いつでもどこでも仕事を受けられる。そしてその仕事をこなすのも、脳の空いたメモリが半自動でしてくれる。

 つまり、空き容量が確保できていれば、真面目に仕事に取り組む必要はないのだ。極端な話、眠っていてもいい。むしろ他のことにメモリを使うことを考えれば、その方が良いぐらいだ。

 私の脳内では、仕事と映画鑑賞が並列して進んでいた。

 映画の内容は、大昔のスプラッターホラーだ。殺人鬼が若者のグループを次々に殺していく。感覚遮断もバックアップもない時代の産物だ。殺人鬼に深手を負わされて痛みに苦しみながら逃げ惑う若者たちは、今の時代の私にとってはコメディだ。

 さっさと感覚遮断して殺されて、次の体に移植されれば良いものを――今の時代の人間から見れば、そう思ってしまう。もっとも、それがない時代だから仕方がないのだが。

 私は脳が仕事を終えたのを知って、映画の方に集中する。

 クライマックスのヒロインと殺人鬼の対峙、それすら死の恐怖が無くなった現代ではコメディにしか見えない。

 殺人鬼が語る真相。かつて実の子を殺されたという事実。それなら、バックアップから復元すればいいのにと思ってしまう。

 邪道かもしれないが、これが私の楽しみ方だった。

 こうして古い価値観を皮肉って楽しむのが、一つの娯楽だったからだ。

 彼らはいつも死に怯え、死を忌み嫌っている。それはもはや過去の概念であり、古き良き風習であった。

 近年では、死亡率だけでなく出生率もどんどんゼロに近付いていた。死ぬことが無くなった以上、新たに生命を生み出す必要性を感じない。それが、多くの人間が辿り着いた結論だった。

 ふと、ネットワーク内の広告が目に入る。

 死を忘れるな――昔の価値観を尊いものと信奉する宗教団体のものだ。

 馬鹿らしい。私は鼻で笑った。

 人類が死を克服して以降、宗教団体は減少の一途を辿っていた。

 死が無いのなら、天国も地獄も関係ない。神も仏も必要ない。そんなもの無視、いや無死というべきか……。

 もはや哲学的な意味ではなく、神は死んだのだ。

 それなのに、彼らは昔の概念を思い出せとしきりに迫る。そうまでしてお布施ふせの電子通貨がほしいのか……それとも、本気でそう信じているのか?

 彼らが、バックアップが保存されているサーバーに度々サイバー攻撃を仕掛けているのは知っていた。彼らが言うには、死はくつがえしてはならない概念だそうだ。馬鹿馬鹿しい。

 時計を見ると、そろそろ夕飯の時刻だった。

 今日は外食にしよう。私はネットワーク上から馴染みの店に予約を入れると外に出た。

 外は自動運転の車が走っている。

 手動なら危険な速度だが、コンピュータ制御の自動運転車なら問題ない。

 さて、近くだし歩いて行こうか――そう思った時だった。

「お前は神を信じるのか!?」

 その声に振り向くと、ナイフを持った青年が立っていた。いや、体だけ若くした者かもしれないが、便宜上べんぎじょうは「青年」としておこう。

 やれやれ、今日の私はカルトに縁があるらしい。

「いや、信じないね」

 私は正直に答えた。別に刺されても良かった。死んだとしても私はすぐに新たな体に移植され、街中にある監視カメラと私の記憶から、彼は逮捕されるだろうから。

「神を冒涜ぼうとくするのか!?」

 彼が叫んだ。

「冒涜? いや、信じる信じないは個人の自由ではないかね?」

 私は冷静に返した。全くもって馬鹿馬鹿しい。

「そんなことより、さっさとそのオモチャを捨てなさい。危険分子と判断されて『処分』されたら二度と復元されない」

 そうだ。社会的に有害だとされた者に対しては、強制的に処分され復元が認められない場合もある。

「嫌だ!」

「だったら――」

「嫌だ! 僕は今の体が本体だ! コピーなんてされたくない!」

 私はしばし呆然とした。……なんという勝手な若者だろう。

「君がそう言おうが、選択権は――」

 そう言おうとした時だった。

 腹部に激しい痛み。べっとりとした感触。

 感覚遮断しておくべきだったと悔やんだ。

「お前に何が分かる!?」

 彼は怒りに満ちた目で、うずくまった私を見降ろしていた。

「何も…………」

 そこで私の意識は途絶えた。


「復元処理を開始します」

 白い部屋で人工の滑らかな声がそう言った。


 腹部に激しい痛み。べっとりとした感触。

「うわああああっ!」

 私は、目を覚ました。復元処理されたベッドの上だった。

 どういうことだ! ――結論を出す前に視界がグニャリと歪んだ。


 腹部に激しい痛み。べっとりとした感触。

「うわああああっ!」

 私は、目を覚ました。復元処理されたベッドの上だった。

 どういうことだ――


 腹部に激しい痛み。べっとりとした感触。

「うわああああっ!」

 私は、目を覚ました。復元処理されたベッドの上だった――


「システムに異常発生! ウイルスが侵入したと思われます!」

「あのカルト教団どもが!」

「現在、復元した者の意識に死亡時のフラッシュバックが継続中!」

「システムの復旧の目途めどは?」

「ウイルスを除去し、復旧するまで五時間……その間に、おおよそ千二百回のフラッシュバックがされると思われます!」


 腹部に激しい痛み。べっとりとした感触。

「うわああああっ!」

 繰り返される何百度目かの死の追憶の際、私は初めて神にいのった。


 神よ、どうか私に本当の死を――

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