線と余白の物語

須藤淳

第1話

 彼は、命じられた線を引く。

 器用さも、判断力も求められない。

 ただ、与えられた場所に跡を残すことが彼の存在理由だった。


 彼女は、そんな彼の後を追い、余計なものを消し去る。

 間違いをなかったことにする。

 それが彼女の役目だった。


「ボクが間違えるたびに、キミがすり減っていく。

 こんなこと、したくないのに……キミとずっと一緒にいたいのに」

「これはワタシの仕事なの。アナタが気に病むことじゃないわ」


 淡々と続く日々。

 だが、彼は知っていた。

 彼女が消えていくことを。

 彼の誤りを消すたび、少しずつ削れていくことを。


 ある日、これまでとは違う大仕事が舞い込む。

 長く、精密な線を求められる作業。


 しかし、どんなに注意しても、完璧にはできない。

 思わぬ揺らぎ、逸れる軌道。

 彼は間違いの上に間違いを重ねてしまう。

 そのたびに彼女が動き、静かに、確実にその痕跡を消していく。


 「大丈夫?」と彼は問う。

 「気にしないで」と彼女は微笑む。


 けれど、彼女の身体は、目に見えて消耗していった。


 「もう間違えない」

 彼はそう誓った。

 彼女をこれ以上すり減らさないために。


 だが、その決意とは裏腹に、彼の方が先に限界を迎える。

 「ボクの方が先に逝くみたいだ」

 彼は最後の力で言葉を絞り出す。


 「さようなら、愛しいキミ」

 「さようなら、ワタシのアナタ」


 彼女は静かに彼の最後を見届ける。

 その手には、彼が残したかすかな痕跡だけが残っていた。



 机の上には、短くなりすぎた鉛筆と、まだ少しだけ形を残した消しゴムが転がっていた。


 「そろそろ新しいのを買わなきゃな」


 人間の手が鉛筆を拾い、無造作にゴミ箱へ放る。

 消しゴムは、静かにその場に残された。


《完》

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線と余白の物語 須藤淳 @nyotyutyotye

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