想い出をどうも

雛形 絢尊

第1話

「すいません、落とされましたよ」

後ろから声をかけられ、そちらの方向へ振り向いた。

呼びかけた彼はなんとも長身痩躯で、羨む身なりをしている。バケットハットを被り、それを頭に押さえながら彼はまたこう言った。

「このみち、落とされる方が多いんですよ。

気をつけてくださいね」

口をもごもごと私は不器用に口を開いた。

「あなたは一体」

彼は即答と取れる形で名を名乗る。

「生方士朗といいます」

うぶかたしろう、ほう。

特に興味をそそられるわけではないが、

変に彼に好印象を持った。

「で、私が落としたものとはなんですか」

本題である。

多くの人々が行き交うこの一本の道、

ビルに囲われ、窮屈なこの道で私は何をなくしたとでもいうのか。

振り返る先の地面には何もない。

「思い出、思い出ですよ」

とはいえ、彼は何を言っているんだ?

不審とも取れる彼のその発言に疑問を抱いた。

「思い出、思い出って。

そんなもの形に残るわけが」

彼は私の言葉を遮るように折り曲げたその両腕を地面の方に近づけた。

「ほら見えます。見えるんです。

変なやつだあと思われても仕方ありません。

しかし私が見ている思い出は確かなるものなのです」

はい?と私は再び問いかけた。

「苗字は木更津さんというのですね」

驚いた。なぜ私の名前を。

「お、おい、おまえさん。

何故知っているんだ」

「だから言ったでしょう。見えるって。

私は思い出をかき集めているんです」

なんて趣味が悪いと私は彼に憤怒をぶつけた。

「そう言われても何も言い返せませんね。

しかしこれはどうでしょう。

さすがのあなた様も信じる他ならないと思いますね」

「な、なんだ?」

彼は淡々とこんな台詞を吐いた。

「力石華子という女性をご存知ですよね」

はっとなった。りきいしはなこ。

私の学生時代に付き合っていた女性だ。

今は私も家族があり、彼女にも家庭があるのだろう。なのにどうして。よりによって何故その思い出を。

「彼女は殺されます」

なんだと?!と私は力強い声で口に出す。

「何故そんなことに」

彼はこちらの方向へ歩み寄ってくる。

一歩二歩と。そして短絡的にこう言った。

「選択です」

選択、選択と。頭の中で掻き乱した。

そして数秒の合間を超えて彼はこう言った。

「あなたとの青春を無かったことにするか、あなたとの思い出を消さずに彼女が果てるかです」

その二択があまりにも不明確で私は肩に力が入る。あまりにもあからさまというか、

彼女の幸せを願っている。何故そんなことを答えなければならない。

「どちらを選びますか」

そんなの勝手だろ。急になんだ?

大体、思い出が落ちているってなんだ?

「どちらを選べば彼女は生きられる」

と投げつけるように彼に言った。

「それはあなた様の選択になります。

木更津さん。時間がありません」

どうするか、どうすればいいのかを反芻して

私はこう答えた。

「前者だ。私との青春を消せ」

「承知しました」


私はしばらくの間、その場所に立ち尽くしていたのか、気がつくと両膝を地面につけていた。

人の目が多く見られ、私は理解に苦しんでいる。

この時間に何が起きていたのか。

思えば空も暗くなっている。どれだけの間、この場所にいたのだろうか。

路地を超えた先の街頭ビジョンが事件の詳細を語り始めた。

『JR○○線●●駅で本日午後14時頃、

刃物を持った男が列車内に押し入り、

一時運転を見合わせました。

男はすぐに身柄を確保され、

けが人はいませんでした』

私がその両膝を上げた頃、前に前にと進む。

その横を通り過ぎる家族に胸を打たれた。

こんな風な家族になりたいとかではなく、

どことなく惹かれるものがあったのだ。

私の横を制服姿の男女が通り過ぎる。

その手は覚束ない指先と指先で、私が振り返るとそこに冷えた優しい風が吹いた。

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想い出をどうも 雛形 絢尊 @kensonhina

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