今日はチキン南蛮

 昼休みのチャイムが鳴ると、示し合わせたわけでもなく隆輝と合流する。


「飯、どうする?」

「おう、今日は珍しくカレーにしようかと思ってたんだよな。行こうぜ」


 だが、今日はそう上手くもいかないようで――。


「七里ヶ浜くん、いま大丈夫?」


 ここ何日かで聞き慣れてしまった声。

 巻島が俺に話しかけてきたのだ。


「え、巻島さんが七里ヶ浜に話しかけてる!?」

「なんか……距離感近くない?」

「付き合ってるの?」

「殺意湧いてきた」


 ざわめくクラスメイトたちの視線が一斉に俺に突き刺さる。

 それもそのはず。俺と巻島の接点なんて今までなかったのだから。

 

「ねぇ、もしよかったら今日のお昼、一緒に食べない? ちょっと話したいこともあるし」


 そう言って、巻島はにっこりと笑った。

 

「いや、今日はやめとくよ。隆輝と日本の未来について語らなきゃいけないんだ」


 逃げれる時は逃げるに限る。

 

「え、七里ヶ浜ごときが巻島さんの誘いを断った!?」

「なんか……感じ悪くない?」

「付き合ってるの?」

「殺意湧いてきた」


 話しかけられるのもダメで、断るのも断るのでダメなのかよ。

 戸惑っていると、すかさず隆輝が肩を叩いてきた。


「なあ悟。学食、行くって言ってたよな? 巻島さんも一緒に行くってことでどう?」


 助け船かと思いきや、ただの野次馬根性じゃないかこいつ。


「……わかったよ」

「やった。じゃあ、行こ?」


 そう言って、巻島は俺の腕をほんの少し引いた。

 クラス中からの視線がさらに強まる。

 全身がかゆくなってきそうだった。


 食堂はメインの時間帯に突入したため、すでに混雑している。


「今日は一段と混んでるな」

「いや、よく見てみろ。学食が混んでるんじゃなくて、俺たちの周りが混んでるんだよ。すげえ見られてるだろ?」

 

 今朝は巻島のマネージャーの尽力でどうにかなっていたが、本来トップアイドルと一緒に行動するというのは、こういうことのようだ。


「悟くん、ここ座れそうだよ」


 巻島が空いていた四人がけのテーブルを見つけてくれる。

 俺と隆輝が向かい合うように座り、俺の横に巻島が腰を下ろす。

 座ってすぐ、俺はささやくように言った。


(巻島、ちょっとは加減ってものをな……)

(葉音)

(……葉音、ちょっとは加減を――)


 カタン。カレーに手をつけ始めた隆輝の横に、トレイが置かれる。


「――ここ、空いてるかしら?」


 答える前に座ったのは東堂先輩だった。

 どこからどう見ても場違いな三年生の姿に、またしても周囲の生徒がざわつく。


「おお、巻島に東堂先輩。二人と一緒に飯が食えるなんて、持つべきものは友達だな……」

「……東堂先輩。クラスに友達とかいないんですか?」

「友達という定義から決めてもらってもいいかしら?」

「それはいない人の枕詞なんでいいです。……どうやって俺たちの場所を?」

「あなたのクラスの子に聞いたら、すぐに教えてくれたわ」


 絶対、俺の家の場所を巻島に教えたのと同じやつだ。


「そうですか……なんの用ですか?」

「見張りよ」


 それしか言わないな。

 でも、あまりに堂々としていて誰も否定できない。


「ふふっ。涼は心配性だから……ね。でも大丈夫だよ、悟くん。涼は悪いことしないから」

「あら、仮にしたら?」

「……そしたら、僕が許さないよ?」


 笑顔のまま巻島が静かに返す。

 その言葉に一瞬、東堂先輩の目が細まったような気がした。

 少しばかりの沈黙。

 俺はその時間をチャンスとばかりに、チキン南蛮定食を食べ始める。

 タルタルソースを浴びたチキンの衣は柔らかくもサクサク。

 甘酢とソースが絡んでとろけるような美味しさだ。

 うちの学食はレベルが高い聞いたことがあるが、事実だと思う。

 対する巻島と東堂先輩はサラダしか食べていない。

 普段からこうなのかは分からないが、食生活にも気を遣っているのだろう。


「……昨日の放課後」


 唐突に、東堂先輩が箸を止めて言った。

 その声色は静かだったが、ただならぬものを感じさせる。


「七里ヶ浜くん。あなた、ゲームセンターにいたわね」

「……えっ?」


 箸が止まる。隆輝も顔を上げる。


「た、たしかに行きましたけど……」

「それも、二兎さんと一緒にね?」


 カタン、と巻島の箸が小さく音を立てた。

 心臓の音が一段大きくなる。

 周囲の騒がしさがまるで遠くなったかのような感覚。


「二兎芽莉彩さん。可愛らしい子ね。写真部に所属する一年生で、男子からの人気も高いらしいわ」


 説明しようと口を開く前に、巻島がふっと笑う。

 だが、先ほどまでのふんわりとした雰囲気ではない。

 寒気を覚えるほどに冷静な笑顔。


「……悟くん、昨日の放課後、何してたの?」

「ほら、巻島さん、誤解だよ誤解! あの子は悟の後輩で! なんか偶然会っただけで、悟も俺と一緒だったし、なぁ!?」

「あ、あぁ、別になにもしてないしな」


 俺と巻島は付き合っているわけでもないし、ここまでビビる必要はないのだが、華奢な女子とは思えない迫力の前に萎縮してしまう。


「どのくらい一緒にいたの?」

「え、いや、ほんの……ちょっとだけで」

「ちょっとって、何分?」

「えっと……」

「――プリクラも、撮ってたわよね。二人で」

「……プリクラ?」


 巻島は静かに水の入ったコップを置いた。


「……そっか」


 短いその言葉に、なぜか全身の血が逆流した気がした。

 何が「そっか」なんだ。

 分からない。けど、近づいたら刺さりそうな、鋭い空気。


「僕、食べ終わったから、先に教室戻るね」


 立ち上がる巻島。その笑顔は変わらず綺麗だったが、どこかガラスのように冷たかった。


「悟くん、明日……ちょっとだけ話そ?」


 そう言い残して、巻島は食堂を出て行った。

 その後ろ姿を見つめながら、俺は静かに溜め息をつくしかなかった。


 巻島が去ったあとも、テーブルには緊張の残り香だけが漂っていた。

 誰も口を開かず、チキン南蛮のソースだけが冷めていく。


「……東堂先輩、ストーカーはやめてもらっていいですか……?」


 なるべく穏やかに言ったつもりだったが、声が若干尖っていたかもしれない。

 しかし、東堂先輩はミニトマトを口に運びながら、気にも留めずに返す。


「私が知りたいのは、あなたが葉音の心を曇らせる人かどうか。あの子が純真を利用されて誰かに騙されてるとか、恋人ごっこされてるって話なら、見過ごせないの」

「いやだから、恋人ごっことかじゃないですって」


 俺が悪いわけでもないのに、完全に尋問されてる側のテンションだ。


「東堂先輩。俺、巻島と付き合う気は――」

「分かってるわよ、そんなこと」


 ピシャリと割り込まれる。


「でも、葉音が泣くようなことがあったら、私はあなたのことを絶対に許さない」


 静かに、冷たく言い切った東堂先輩は、それ以上言葉を重ねず、そっと立ち上がった。

 トレイを持ち、こちらを振り返らずに去っていく。


「……怖すぎじゃない?」


 隆輝が呆然と呟く。


「……なあ、悟。今って昼休み中だよな?」

「ああ」

「……お前の周りだけ、恋愛ドラマの最終回直前みたいな空気なんだよ」


 食堂のざわめきがようやく戻ってきて、俺は冷めた味噌汁をすすりだした。


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