晩夏の長雨
菱形
何でもない日常
カーテンの代わりに閉めていた窓の防犯シャッターを開けると、薄曇りの陽光と熱気が窓ガラスを通して入ってきた。近頃の夏はどこも暑い。暑すぎてむしろ熱い。しかも、今日はあいにくの雨で、窓を開けて室内に風を通すこともできなかった。ジメジメと湿気を含んだ重たい空気が、べとべとと全身に纏わりついていた。
「あっつ」
ルームウェアのTシャツとショートパンツの端が触れている素肌が、どうしようもなく気持ち悪く感じた。夏休みだというのに、こう暑くちゃ何もやる気が起きない。おまけに、今日は雨。お気に入りのアイス屋さんにも、涼しい図書館にも行く気が起きなかった。
──じゃあ、何をしようか。
ちらりと壁掛け時計を確認した。もう、午前9時半は過ぎていた。ヘッドボードに置いてあったスマホと、ついでにタバコの箱も掴んで、ベランダへと出た。上階のベランダがあるので雨は遮られるが、蒸した熱い空気が全身を包み込んだ。
無意識にうえぇと呻いた。タバコを咥えて、火を点ける。昨晩も遅くまで話し込んでいた電話番号を画面に呼び出して、迷わず通話ボタンをタップした。呼出音、数回。回線がつながる音が聞こえた。
「あーもしもし? あたしだけど」
そう言って、自分の言葉に少し笑った。声に甘いものが混じって、頬が勝手に緩む。
通話相手が、うんとかあーとか答えた。
「寝てた?」
端末の向こう側から聞こえてくるすべての音が眠そうで、くすくすと笑うことを止められない。
「ねえ、今日は何しようか?」
左腕に巻かれたスマートウォッチを確認しながら、タバコを吹かす。会おうという確認はしない。今日会うことは、もう確定事項だから、です。電話の向こうから聞こえる眠気を孕んで甘く伸びる声に、ドロドロに溶かされている。
「よし、じゃあ、まずはコーヒーを淹れている間に歯を磨こう」
そう言って、ベランダに置き去りにされたままの灰皿に、吸いさしを押しつけた。蒸し暑い空気を引き連れて、室内に戻る。
通話はつなげたままで、コーヒーメイカーをセットした。まだ眠いと文句を言う電話の声に付き合って、歯を磨く。歯磨きペーストの発泡剤が口の中を泡でいっぱいにして、それが口の端から少しはみ出した。スピーカーにしたスマホの向こうから、生活感に満ち溢れた音が届き続けていた。
朝起きてから、支度よりも何よりも、求めたのは恋人の声でした。
晩夏の長雨 菱形 @pastrecedes
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