第22話
同じ頃、王都魔導院の最上階、院長室。
銀色の長い髪を揺らし、窓の外に広がる光の海を眺めていたルナは、手にした一通の手紙を読み返し、ふ、と小さく口元を綻ばせた。
「……ダリウスさんの噂、順調に広まっているわね」
ルナはバルドゥスに協力したことについて、改めて手紙で知り、笑みを浮かべた。
自分たちの計画通りに、育ての親の偉大さが認められていく状況に、ルナは満足していた。
だが、その表情は、手紙のある一文に差し掛かると、途端にピシリ、と凍り付く。
『この間、バルドゥスさんと一緒に先生に会いに行ったけど、先生、相変わらずで、すっごく元気そうだった! 久しぶりに頭も撫でてくれたんだー!』
――撫でてくれたんだー!
脳内で、アリアの能天気な声がリフレインする。
洞窟の中で声が反響するように、何度も、何度も。
次の瞬間、ルナの手にしていた手紙を、ルナはわなわなと握っていた。
「な、な、な、撫でたですって!? う、羨まし……っ。い、いえ、羨ましくなんてない! ないけれど! あ、アリアぁ……っ。なんでそう、あなたはいつもいつも素直に甘えられるの……っ? は、恥ずかしさとかないのかしら? ……というかダリウスさんもダリウスさんよ! もう私たち子どもじゃないんだし……そうよ、簡単に撫でてはいけないのよ……っ」
バンッ! と、普段は魔導書と研究資料しか置かれない院長のデスクに、ルナは思わず小さな拳を叩きつける。
「……論理的に考えても、魔導具のことで相談がある私の方が、先にダリウスさんに会うべきであり、先に頭を撫でられる権利を有していたはずよ……。それが最も合理的で、生産的なはず。なのに、あの子ったら……っ! 不公平! 不平等! 論理的じゃない! ずるい!」
銀色の髪をわしわしとかき乱し、狭い院長室を獣のようにぐるぐると歩き回る。
ふと、磨き上げられた窓ガラスに、鬼のような形相で髪を振り乱す自分の姿が映った。
「はっ……! い、いけないわ、私としたことが……! 少しだけ……取り乱してしまっていたわね……」
ルナは慌てて髪を整え、大きく息を吸い、そして吐いた。
「お、落ち着くのよ私……。ふぅー、すぅー……。そう、深呼吸……。ふ、ふふ、ふふふ……冷静よ、私は。いつだって知的でクールな魔導院長。ええ、そうでしょう、ルナ?」
自分に言い聞かせるように呟き、無理やり作り笑いを浮かべる。
そして、改めて手紙を広げると、今度は静かに、しかし先程とは比べ物にならないほど冷たく、低い声でこう言った。
「……次は、私の番よ。アリアにだけ、良い顔はさせないわ。ええ、論理的に考えても、次は私がダリウスさんの役に立たないと。完璧な計画を立て、自然な流れでダリウスさんに頭を撫でてもらうわ……っ」
静かな院長室にて、ルナは一人闘志を燃え上がらせていた。
数日後、魔導院の院長室の扉が、控えめにノックされた。
ルナが入室を許可すると、そこに現れたのは、アルド・ヴィンセントその人だった。
事前に彼の来客を聞いていたため、アルドが来たことについて驚きはなかった。
アルドはルナに丁寧に一礼をしてから、口を開いた。
「ルナ院長……お久しぶりですな」
「ええ、お久しぶりね、アルドさん」
ルナはペンを走らせていた手を止めると、顔を上げて静かに応じた。
アルドはゆっくりと感慨深げに息を吐いた。
「いやはや、先日の『ルナリウス』の件、実に見事でした。この国の魔導史に残る、歴史的な偉業です。貴女のような若き天才がいることを、一人の魔導師として誇りに思いますよ」
「ありがとう。本日は要件があってきてくれたのでしょ?」
ここに来客する者の皆が口々に褒めたたえるのを聞いていたため、ルナとしてはすでに聞き飽きるほどのものであった。
悪い気はしなかったが、それよりも早く――蒔いた種の効果が知りたかった。
ルナの言葉に、アルドは一度、ごくりと喉を鳴らした。
そして、意を決したように口を開く。
「……実は、他でもない。ダリウス殿の件で、院長に頼みがあるのです」
(……計画通り)
ルナは内心で小さくガッツポーズをしながらも、完璧なポーカーフェイスを保ったまま、小首を傾げてみせた。
「頼み、ね。内容によるわ。なぜ、あなたがダリウスさんに会う必要があるのかしら。理由を聞かせてもらえないかしら?」
アルドほどの探求者が、ダリウスの規格外の技術に興味を持たないはずがない。彼がここへ来ることは、とっくに予測済みだった。
だが、その理由だけは、本人の口からはっきりとさせておきたかった。
そこまでは、ルナも予想できなかったからだ。
アルドという人間が悪い人ではないというのは、知っていた。
しかし、何を目的にダリウスの武具を求めるのか。
それを把握しておきたかった。
ルナの問いかけに、アルドは、「そ、それは……」と、珍しく言葉を詰まらせ、視線を泳がせる。
ルナは、僅かに警戒した。
アルドが何か、悪いことを企んでいるのではないか、と。
「言いにくいことかしら? まさか、世界征服でも企んでいるわけではないでしょう?」
「滅相もございません……」
アルドは慌てて首を振り、観念したように口を開いた。
「……笑わないで、聞いていただけますかな」
「……何かしら?」
「私は………………魔法で『花火』を創りたいのです」
そう語った彼の目は、歳を忘れ、ただ一つの夢だけを追い求める、純粋な少年のように輝いていた。
その表情に、ルナはダリウスに似たものを感じ取り、彼が悪いことを考えていないとすぐに理解した。
(この目……)
ルナは、はっとした。
その目は、どうしようもなく好きな鉄を前にして、楽しそうに鍛冶を語る時のダリウスの目と、瓜二つだった。
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