第23話
アルドの夢を語るその顔を見て、ルナの心の内にあった彼への警戒心が、春先の雪のようにゆっくりと溶けていった。
(まったく……男の人って、どうしてこう、いつまでも子供なのかしら。もっと堅苦しくて、理屈っぽい人だと思っていたけれど……案外、可愛いところもあるのね)
心の内で小さく溜め息をつきながらも、アルドの夢には共感させられる部分も多くあった。
面白い。純粋に、そう思っていたのだ。
夜空に咲く、光の花。それが本当に実現できるのなら、多くの人が笑顔になるのだろう。
貴族も、平民も関係なく、誰もが空を見上げて楽しめる魔法。それは、この国にとって素晴らしい財産になり、目玉になるかもしれない。
そして――それを達成するのに一助した者としてダリウスの名前が伝われば……。
「……いいでしょう。あなたのその夢、悪巧みに使うものではなさそうだし。それに、その『花火』に、私も少し興味が湧いてきたわ。確か花火というのは絵本に出てくる……」
「左様! よくご存知で!」
ルナが言い終わる前に、アルドが食い気味に身を乗り出した。
普段の落ち着いた様子などはすでになく、アルドは子どものような表情とともに語りだす。
「絵本によれば、夜空をキャンバスに、七色の光で菊や牡丹の花を描き出す、壮大な魔法であり、その原理は長年……」
「わ、分かったわ。その熱意はよく伝わったから」
あまりの勢いに、ルナは思わず手で制する。
まだ語りたそうにしていたアルドを一度止め、それから、咳払いを一つ、本題へと戻った。
「ただし、アルドさん。あなたもご存知のはずよ。彼の工房は、あの『結界外』にあるわ。危険な魔物が跋扈するあの場所へ、生半可な覚悟で行くことはできないの。失礼ながら、今のあなたはどのくらい戦えるかしら? 結界外での戦闘経験は?」
「ふむ。流石に全盛期ほどとはいかないが、錆びついてはいない……と思っています。ただ、結界外での戦闘経験は……ないですな」
アルドは謙虚に自己分析していたが、おおむねそれに間違いはないだろうとルナも判断する。
ルナも、アルドの能力については知っていた。
かつては、かのバルドゥスと共に『王国の双璧』と呼ばれた時代もあったほどだ。
この両名がいたからこそ、この王国の治安維持がなされていた部分は大きい。
その剣聖の後釜は大変なものだと考えられていたが、アリアはあっさりとその期待を上回る成果をあげていたが。
「そうなると、結界外には私も同行するわ。あそこの魔物たちは……中とは比較にならないわ」
「……そこまでしてもらわなくても。ルナ院長に申し訳ないというか……私一人で――」
「一人では、厳しいと思うわ」
ルナは、アルドの申し出をぴしゃりと一蹴した。
「結界外の脅威は、あなたが考えている以上よ。それに――」
(それに、私もダリウスさんに会いたいし……。ちょうどいい口実なのよ。元最高位魔導師の研究調査の警護、となれば、魔導院の面倒な仕事も、しばらく合法的に休めるわ……!)
一瞬の計算を終え、ルナはさも当然といった顔で続ける。
「――それに、あなたの身に何かあっては、王国の損失よ。院長として、あなたを一人で行かせるわけにはいかないわ。私が、直々に護衛しましょう」
「それは……申し訳ないです。老人のわがままに付き合わせてしまって……」
「気にしなくていいわ。あなたの魔法理論が私の魔導炉にも活かされている部分はあって、そのお礼のようなものよ。……それでは、出発は三日後でいいかしら?」
「それで、問題ありません。感謝いたします」
アルドは深々と、しかし希望に満ちた晴れやかな表情で一礼すると、足取りも軽く院長室を後にしていった。
楽しそうな彼の後ろ姿を見送ったルナは、パタン、と扉が閉まる音を聞きながら、静かに窓辺へと歩み寄った。
「花火、ね……」
ぽつりと呟く。
ルナも小さい頃、ダリウスに読んでもらった絵本で見たことがあった。
空いっぱいに広がる、色とりどりの光の花。アルドほど心惹かれたわけではないけれど、もし本当にこの目で見られるのなら見てみたい、と考えていた。
「それに……」
ルナはついつい口元が緩む。窓に映ったその表情には、好戦的な色が浮かんでいた。
魔導院長の顔ではなく――一人の高位魔術師としての顔だった。
「結界外は、腕の立つ魔物が多くて……最近物足りないと思っていたし……ちょうどいい運動になるわね」
ルナはふふふ、と口元を緩めながら、三日後の「休み」を思いながら、席へと戻る。
仕事をおろそかにはできないからだ。
こうして、現・天才魔導院長と、伝説的魔導師という、それぞれの思惑を秘めた奇妙な旅が決まった。
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