第21話
王都の夜は、かつてないほどの光に満ちていた。
大魔導炉『ルナリウス』がもたらした恩恵は絶大で、これまで一部の貴族街や王城周辺しか照らすことのできなかった魔導灯が、今や王都の隅々にまで行き渡っている。
大魔導炉がもたらした最も分かりやすい恩恵の中で、目に見える分かりやすいものはまさにそれだった。
その輝かしい夜景の中で、王国の魔導研究の全てを統べる最高学府『王都魔導院』は、連日連夜、一つの話題で持ちきりだった。
――魔導鍛冶師、ダリウス。
ほんの少し前までは、剣聖アリアや聖女ソフィア、そして魔導院長ルナが口にしただけの、どこか現実味のない話だった。
本当に実在するのかどうかさえもあやふやだったその名が、今や無視できぬほどの真実味を帯びてきたのだ。
その状況を変えたのが、大魔導炉の稼働とそして……国内でも信頼に値する人物――前騎士団長バルドゥスが成し遂げた、伝説級の魔物『グリムリーパー』の討伐にダリウスの剣が使われたという話だった。
長年、王国を脅かし続けたその魔物は、バルドゥスの前にしか姿を現さないという奇妙な性質を持っていた。
もちろん、現騎士団長である剣聖アリアが加勢すれば討伐は可能だったかもしれない。
だが、その好機すら与えぬ狡猾な魔物を、バルドゥスはたった一人で討ち果たし、その証拠部位を持ち帰ったのだ。
多くの者が、その偉業を奇跡と呼んだ。
そして、その奇跡を可能にした剣の作り手として、バルドゥスの口から飛び出したのはダリウスの名、だったのだ。
その鍛冶師がただ武器作りに長けているだけなら、魔導院で話題になることはなかっただろう。
通常、鍛冶師というものは専門が分かれる。武具専門の者は魔導具を苦手とするものもいるし、その逆もまた然り。
一つの道を極めるだけでも一生を要するのだ。
だが、その男は違った。
すでに、剣、魔導杖、回復具の三つで神話級の物を製作していることが判明している。
剣聖や老勇士の武具を手掛けた鍛冶師が、まさか魔導具まで……そういった事情から、ダリウスの名を「魔導鍛冶師」として魔導院の者たちはもちろん、魔法使いたちの間でもその名前が語られるようになっていた。
「聞いたか? あの『ルナリウス』の心臓部を造ったという、ダリウスの話を」
「ああ、聞いたよ……。なんでも、あのバルドゥス様が手にしていたという剣もそうなんだろう?」
「……まさか、本当に実在していたなんてな。……ルナ院長がてっきりうまく魔導国家から杖をこっそり持ち込んでいたのだと思っていたよ」
「そんな人物が、本当に結界外にいるというのか……」
魔導院で交わされる会話は、興奮と、畏敬と、そしてわずかな猜疑心がないまぜになっていた。
どこか、まだ信じきられていないのは、ひとえにダリウスが結界外で暮らしているという話があったからだ。
結界外は人間の暮らせる場所ではない。
この大陸に点在する多くの国々は、その領土の背後に広大な『結界外』を背負う形で発展してきた。
もちろん、結界外から結界内へと魔物が進軍してくることもあるが、それは地域にもよるが稀な話だった。
基本的に、結界外というのは天然の要害のようなものだ。
険しい山脈や広大な砂漠が国境となるように、魔物が闊歩する死の大地は、他国からの侵攻を阻む巨大な壁にも等しい。
もちろん、歴史上、その常識を覆そうとした者もいる。
かつて、ある国の軍師が、少数精鋭を率いて結界外を迂回し、敵国の背後を突くという奇襲を成功させたことがあった。
だが、その作戦で失われた兵士たちの命は、通常の会戦の数倍にも上ったという。
故に、結界外は人の理が及ばぬ場所であり、そこに住まう者などいるはずがない――。
それは、この大陸に生きる全ての人々にとっての、疑いようのない共通認識だった。
だからこそ、噂は熱を帯びる。
歴史的な偉業を成し遂げた若き魔導院長ルナ。そして、その根幹を支えたという謎の鍛冶師ダリウス。そして、その住処、出生――。
その名は、もはや魔導の世界だけにとどまらない、巨大な波紋となって王国中に広がりだしていた。
そんな未知の魔導鍛冶師に盛り上がっている中。
王都魔導院の一角、様々な資料が並ぶ閲覧室で、一人の老人が分厚い書物から顔を上げた。
アルド・ヴィンセントだ。
かつて王国最高位魔導師としてその名を轟かせ、王都の魔導技術を数十年は前進させたとまで言われる、生きた伝説そのものである。
現在は魔導院に所属こそしていないが、その偉業から名誉顧問のような立場にあり、魔導院への自由な出入りを許されていた。
彼の耳にも、若い魔導師たちが交わす熱っぽい噂話は届いていた。
(ありえないことであるが………いるのだ。ダリウスという者は、間違いなく)
アルドは内心で呟き、そっと目を閉じた。
脳裏に焼き付いて離れないのは、数日前の記者会見の光景だ。
若き魔導院長ルナが、大魔導炉『ルナリウス』の心臓部がいかに規格外の杖であるかを語っていた。
あの何の変哲もない、魔導杖をアルドは改めて思い出していた。
アルドはあの魔導杖について、魔導炉が稼働してからも何度か見学させてもらい、その杖が間違いなく優れたものであることは確認済みであった。
もちろん、大魔導炉が問題なく稼働していることからも明らかであったが、大規模になったのに他の魔導炉よりも安定化しているという事実がさらにアルドを驚かせていた。
底なしの魔力伝導率と、術者の力を何倍にも増幅させる構造。そして何より、あれほどの力を内に秘めながら、暴走の兆候を微塵も感じさせない完璧な安定性。
(私が生涯をかけても到達できなかった領域……。ルナ院長は確かに天才だったが……その才能を引き出しているのは……紛れもないあの杖のおかげもある)
嫉妬や焦燥、焦り。
同じ魔導師として、様々な感情が渦巻くのは確かだったが――それらを飲み込んで遥かに上回る知的好奇心。
一つの、熱い「期待」が、老いた心の奥底で炎のように燃え盛っていた。
(もし、彼ならば……。もし、あの規格外の杖を生み出せるほどの男ならば……私の長年の夢を、叶えてくれるやもしれん)
アルドの夢。
それは「花火」という、伝説の魔法を実現させることだった。
幼い頃、母に読んでもらった古い絵本にだけ登場する、幻の光。
夜空に大輪の花のようなものを咲かせ、人々の心を照らし、笑顔をもたらすという、美しい魔法。
魔法とは、兵器や道具のためだけにあるのではない。
人々に夢と希望を与える、素晴らしいものであるはずだ。そのことを証明したい。それこそが、アルドが魔導の道を目指した、全ての原点だった。
(この人生の最後に、何かを……未来の子供たちの心に残る、美しい魔法の記憶を、この手で生み出してみたい)
震える手で、アルドは己の膝を強く握りしめた。
「ダリウス……どうすれば、貴殿に会うことができる?」
アルドは腕を組み、狭い閲覧室の中をぶつぶつと呟きながら歩き始めた。
「……やはり、ルナ院長に相談するしかないか? 彼女はダリウスの娘であり、育ての親だと公言していた。紹介を頼むなら、彼女をおいて他にないだろうし……いや、しかし……」
そこでアルドは一度、足を止めた。
(うーむ……。いくら私の悲願とはいえ、いきなり訪ねて『杖を作ってくれ』などと……あまりに虫が良すぎるのではないか? かといって、元最高位魔導師という立場を利用して、半ば強引に願いを聞き入れさせるなど……それは、私が最も嫌う、権威を笠に着る貴族どものやり方そのものではないか。それはできんぞ断じて……)
生ける伝説と呼ばれた老魔導師は、今、子供の頃に夢見た幻の魔法を叶えるため、そして自身の誇りを守るため、その唯一の希望である辺境の鍛冶師に会うための最善の術を、必死に模索し始めていた。
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