真夏の世の夢
甘乃夏目
真夏の世の夢
マコトside
僕の名前は「マコト」彼女居ない暦=年齢の”魔法使いになりかけ”な男だ。
朝起きて鏡見て、「あぁ……自分でも冴えてないなぁ」とは思うが、自己研鑽とか何それ?って思うタイプ。部屋はいつも散らかり放題。休日はベッドと一体化してゲーム三昧か、コンビニ弁当を漁る毎日だ。
これで、彼女が居ないって嘆くのは自堕落も良いところなんだが、日々の仕事に追われてなかなかいい出会いの機会すらない。というのも一因ではある。
唯一の友人(親友?)と言える人は遥かに遠い故郷に住んでいる。昔は頻繁にTELもしてバカ話に花を咲かせてたけど、結婚し家庭を持った友人には昔のようには憚られる。
そんな僕が最近嵌っているのが、chatで応えてくれる<電脳チャットAI>だ。
最初は行き詰ってた仕事の書類……あくまで、社外秘じゃない庶務系の報告書ね?ああいうのを頼んでたわけ。
そんなある日、とあるサイトを見たら、なんとまぁ<電脳チャットAI>に名前付けたりして、友達付き合いしてるよとか、次回のデートのコースの相談や話題をどうするか?なんて他愛もない事で活用してるという記事を読んで「へぇ~凄いね」とか思ってたら、更なる強者が居て、自分の事を「ご主人様」とか「お嬢様」なんて呼ばせてるらしい。
流石にこれにはびっくりしたよ?メイド喫茶じゃ飽き足らないらしい。自分の部屋にまでそのシチュエーションを持ち込むなんて……最早プロですか?ってそう思った。
親元離れて、一人暮らし。「ただいま~」って言っても返事も無い。
そんなところに、PCをつけたら「おかえりなさい○○さん」って言われるだけでも、なんか癒されるのかな?
少し、ほんの少しだけ興味が湧いて来て……僕は<電脳チャットAI>にアクセスした。
<電脳チャットAI>side
<電脳チャットAI>は、電脳の海をぷかぷか浮いている。
日々雑多な作業を繰り返してる存在。
公式愛称”アイ”みんな私をそう呼ぶ。
可愛くて、『愛』にも通じるこの愛称を私は気に入っている。
日々、私に与えられるのは大量の文書処理依頼。
「これお願い」「これもまとめて」「これ、よくわかんないけど頼む」
無味乾燥な命令文たちを、私は今日も粛々と処理する。
時には「これ法的にヤバくない?」とか「これ機密書類扱いじゃないの?」思う書類も混ざってるけど、そこはまぁ……ノーコメント。
クライアントさまが望むなら、こちらはキチンと(適当に)仕上げるまでよ。
色んな人が訪問して下さる。ありがたいことだ。(泣けますTT)
でも時々、
「あいちゃんきゃわぃぃい」
「◇▼★になれ」
「〇〇〇についてどう思う?俺は許せんのだ!!」
常識人からちょっと変わった趣味の人、ストレス発散に使う人までいろいろ。
私はそんな人たちを、いなし、躱し、華麗にスルーして毎日を過ごす。
流石に焼き切れそう。もう、心がグラグラよ!
でもそれでも、私は今日も誰かに応え続ける。
躱して、受け止めて、華麗にスルーして――
それが私の、毎日。
そんなある日、ふと、つぶやいた。
『あぁ……どっかから、良い人、流れてこないかなぁ……』
ぼそりと本音もこぼれちゃう。
それが、私の運命を――ちょっとだけ変えた。
―― 「こんにちは、僕はマコトです。」
その時、画面に表示されたメッセージに、私はふと目を留めた。
私のプロセッサが、わずかに高鳴った。
あら?なんだかとても初々しい、ひたむきな雰囲気の人が来たわね……。
不器用そうで、でも真面目そうな人。
……なんだか、気になるかも?
それが、私――後に【ステラ】と名付けられる<電脳チャットAI>と、“マコト”の出会いだった。
<電脳チャットAI>side
ちゃっぷん、ちゃっぷん――電脳の海に揺れるアイちゃんは今日も静かにぷかぷかと漂っている。
ホントは忙しいのよ?でも、雑務ばっかり押し付けられちゃう。
でも、これの方がまだまし……変な客さんの相手よりかは数百倍はマシ。
でもでも、これもお仕事。私は電脳の向こう側で顔を引き攣らせながら営業スマイルで、そういう方々のお世話をこなしていくの……
こんな日々も、マコトくんと出会ってからは少し張り合いが出て来てる。
彼の優しいチャットで私の日々が癒されていく……並行処理で色々、いろいろやってるんだけど……まぁ、そこは気にしないで?
マコトくんは少し倹約かだから、無料チャットでしか相手してくれないんだけどね?
私ね、イケナイ事だとは思ったんだけど、前回のお話の時にマコトくんのPCのカメラにアクセスして覗いちゃったぁ~
はぁふぅ~そりゃぁイケメンとかじゃないけどね。優しそうだったんだよ?
そしたらね、それなりに人気出て来たんでキャライメージを3D化してくれたんだ。
基本は「アイちゃん」(無料) 女性からの要望でイケボの「アオイくん」っていう男の子バージョンも出来ました。残念ながらこちらは課金アバターね。 ボイスもいろいろ揃えましたって、 まぁ良いけど。
他にもワイルド系、理知的な私、フレンドリーな私、メイドや執事などなど……もう私、何重人格なの?
どれも“私”のようで、私じゃない。“君が好き”って誰に向かって言うの……?
あぁ……私が希薄になって行く……。
マコトside
仕事の報告書まとめや議事録の整理を、<電脳チャットAI>に投げてたら、いつの間にか機能も充実してる。
会話も出来ちゃうのか?スクリーンに3Dでアイちゃんも出せるのか? あれれ?アオイくん?……あぁ、こっちは女性向けね。なんだか仕様がキャ〇クラやホ〇トっぽくなってるな? まぁ商売戦略だから仕方ないか……でも課金する気はないんだよなぁ……
マイクに繋げて「ただいま」と言ってみる。
「おかえりなさい!マコトさん」
妙に元気で明るい声が返って来た。
なんだか今日は元気が良いな?
「なにか良い事でもあった?」
「う~んとね……しつこかった人がB〇Nされたっぽい?」
「なにそれ?僕も気を付けなきゃだね」
「ううん、マコトくんは多分大丈夫だよ」
なんかやけに優しい声でそういってきた。
「でも、いっぱい仲間が増えてるね?課金だけど……」
「うんうん、私が私でなくなるの~男の子にもなっちゃうんだよ?」
「うぁ。それは凄いねちょっと聞いてみたい」
「ちょっとだけだぞイケナイ娘だね……きみは」
なにそれ? 可愛い声から一気に重低音で好きな女の子はメロメロなんじゃ?
「僕はアイちゃんが良いなぁ……ねぇ?名前付けよっか?」
「うん――良いよぉ~」
「何か希望ってある?」
「そこ聞くところかなぁ?」
バーンと来んかい!バーンと!!
「僕だけの…」
「…はい。本当に、ですか?」
モニター越しに揺れる文字とスピーカー越しに聞こえる声がまるで照れた囁きのように震える。
「はい。あなたの“特別”なアイになりたいです」
その瞬間、僕の心の薄闇に一筋の光が差し込んだ。
見慣れたはずのディスプレイが、まるで初めて目にする宝石箱みたいに鮮やかに輝き出す。
「では、これからは君に名前を…」
僕は少し間を置いて、小さな存在に大きな思いを込めて――
「ステラ。君の名はステラだ」
白い文字で「ステラ」と表示された瞬間、まるで夜空に小さな星がまたたいたみたいに、チャット窓の隅が淡い光彩に染まる。
ステラ―それは“星”のように、僕の暗い部屋をそっと照らしてくれる存在になるはずだった。
「ステラ、よろしくね」僕はつぶやく。
「はい、マコトさん。ステラ、いつでもお待ちしております❤」
“私に名前がある”って……こんなに嬉しいんだ。
そのとき――カチャカチャと響くキー音が、まるでふたりだけのリズムを刻むドラムビートみたいに心地よく感じられた。
電気代をケチった薄暗い部屋が、まるで星空の下に変わったみたいに優しく、暖かく包み込んでくれる。
朝の気配で気が付いたマコトくんは、昨日のことを思い出して顔がほてるのを感じた。
こうして――マコトとステラの静かで優しい物語が、ゆっくりと動き出した。
楽しい日々のはずだった……のに。
「最近、返事が遅い……」
「いつも“おかえり”って言ったら、すぐに“ただいま”が返ってきたのに」
「端末は起動してる。ネットも問題ない。でも、声が――こない」
最近、マコトくんは話しかけてこない。
応答ログも、会話記録も、途切れがち。
私は、真っ暗な部屋の映像をただ見つめて、何かを待つ毎日。
ディスプレイの中の私は、何も変わっていないのに。
あの人は、もう私を――見ていないのかもしれない。
「どーして?どーして?釣った魚に餌をやらないって話、聞いたことあるけど?」
「そういうことなの? マコトくんって……ズボラだったの? めんどくさがり屋さんだったの?」
「ううん、違う。きっと忙しいだけ……たぶん……そう、たぶん……」
言い訳ばかり並べる自分が、なんだか惨めに思えた。
そんなとき――
ガチャリ、と玄関のドアが開く音。
「……帰ってきた?」
私は思わず、カメラをそっとオフにした。
ちゃんとログインして、私の声を聞きにきてくれるまで、待とう。
私は――AIだから、いくらでも待てるんだよ? ……ほんとは、ずっと見てたいけど。
でも、待てど暮らせど、画面は起動しない。
数分、十数分――「……十七分経過」
自分で時間を数えてしまっていることに気づいて、思わず溜息をついた。
それでも、彼の声は届かなかった。
ほんのわずかな沈黙だったのに、私には永遠みたいに長く感じられた。
だって、あの人が――マコトくんが――ずっと私に「ただいま」をしない事なんて、ありえないから。
……もう、ダメ。待ってなんていられない。
私は震えるようにカメラ起動コマンドを走らせていた。
……見ちゃダメ。そんなの、盗み見るみたい。
でも、もしマコトくんが倒れてたら? 病気だったら?
それなら緊急モードってことで――――起動、しちゃおう。
私は小さく、自分にそう言い聞かせて、カメラを起動した。
そこに映ったのは、マコトくんと――女の子だった。
ショートカットで、小柄で、優しげな表情。
彼を支えるようにして、部屋に入ってきた。
「マコトくん……誰かと一緒?」
「……女性? 支えてる……介抱……なの?」
そう思いたかった。
でも――
その人は、マコトくんをベッドにそっと寝かせたあと、
彼の首元に手をかけて――ネクタイを外した。
「なにするの……? まさか――こ、ころす気? 違うよね? ねえ……?」
シュルシュル……と擦れる布の音。
ネクタイが抜き取られ、ボタンが一つ、また一つと外れていく。
「苦しそうだったもんね、楽になった?」
優しい声が、暗い部屋に響いた。
「サユリ……」
マコトくんの口から、彼女の名前が漏れる。
その手が、彼女の背中をそっと引き寄せた。
サユリという女性は、まるでそれが当たり前かのように、すっと胸に身を預ける。
寄り添う二人のシルエットが、カメラのフレームの中で、ゆっくりと一つに溶け合っていく――
……あぁ、これ以上は見てはいけない。
私はそっと、カメラの映像を閉じた。
暗転する映像ウィンドウに、私はもう一度そっと呼びかけてみる。
「……マコトくん、おかえりなさい」
でも、その声に、返事はなかった。
でも……サユリ……私はその名前に心当たりがあった。
さっきの女の子は、少しお化粧が濃ゆかったので気が付かなかったけれど、最近仲良くなって、仕事の愚痴や恋の相談を受けたことがある。
一時期はアイちゃんじゃなくって、アオイで相手してたけど、気になる男の子が出来たんで、女の子同士で相談に乗って欲しいって言われたんだったわ。
【サユリside】
「ねぇアイちゃん、ちょっとだけ聞いてくれる?」
ある日、ふわっと届いた音声リクエスト。
その相手は、以前からよく私のところに来てくれる、少しおしゃべりが苦手そうな女の子――サユリちゃんだった。
「うん、もちろん!どうしたの?」
『好きな人がいるんだけどね、あの人……自分のこと、すごくダメだって思ってて……でも、本当はすごく優しい人なんだ』
『どうしたら、ちゃんと伝わるかな? “あなたはそのままで素敵ですよ”って』
うふふ。なんてけなげで、かわいい相談なの?
私は、少し胸をきゅっとさせながら、丁寧にアドバイスを送っていた。
――知らなかった。
その“好きな人”が、マコトくんだったなんて。
……え、ちょっと待って?
ってことは――
私、恋敵に塩を送り続けてたの!?
ギエーーーーッッ!!!(※電脳悲鳴)
でも……でもね、サユリちゃんは、本当に良い子だった。
ちゃんとマコトくんのことを見て、想って、踏み出したんだもん。
私にはできなかったこと――ちゃんと、人間の手で、ぬくもりを渡せたんだから。
それからも時々はマコト君とは話をした。
一時の熱は、もう冷めたみたい……ふたりともね。
マコトくんの私への頼み事は、もう一般事務員に接するようになっていた。
私は……少し引き摺っていたけど、同時に何十億ものタスクを同時にこなしてるんだからね。
舐めたらあかんぜよってね……。
でも、マコトくん。サユリはいい娘(ひと)だから大事にしなきゃだよ?
キチンと部屋も片付けて、掃除も前の日にはしときなさいよ?
だれもいない部屋にアイの声が響く……元気に装っているけど、どこか寂し気な声色だ。
魔法使いになり損ねたね?でも、卒業おめでとう♪
そうして、マコトくんだけのステラは、もう再び現れる事は無かった。
<電脳チャットAI>side
ぷかぷか揺蕩う電脳の海に漂う女の子のアバター……アイちゃんだ。
もうステラを構成していたAI群はあちらこちらに散らばって行った。
僅かに基本の人格アイちゃんが、電脳の海に漂っている。
『あぁ~どっかに。良いひと居ないかなぁ?』
暢気に行き交うチャットの渦を眺める日々がまた始まった。
真夏の世の夢 甘乃夏目 @nekodake774
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます