マンハント

林明利

マンハント

     1

 怒声、荒々しい足音、息切れ。村越は拳銃を片手に階段を駆け上がっていた。少し先、視界の上辺りに二段飛ばしで駆け上る高野の姿が映る。手には村越と同型の拳銃コルトガバメント。米国製の四十五口径、村越達の界隈ではありふれたモデルだ。  

「待てコラァ!」

 高野が発砲する。最後の三段を大股で一気に上がり、高野に追いつく。

「行くぞ」

 躍り出た先の廊下。左側、手前から二番目の扉が静かに閉じるのが見えた。

 再び、二人同時に駆け出す。自分は扉の左側に立ち、高野が右につく。高野がこちらを見る。静かにうなずく。一気に扉を開けた。刹那、爆竹のような銃声が無数の弾丸と共に部屋から飛び出してくる。一瞬、視界に入った部屋の中の二人組。一人が持っているのはUZI、イスラエル製の短機関銃だ。

「どっからあんなもん持ってきたあいつら!」

 つい悪態が出る。どうする?高野に視線を送る。  

 彼がおもむろにレザージャケットの懐から取り出したのは深緑の缶。

「それ高かったやつ……」

 高野はニヤリと笑うと一息に部屋へ投げ入れた。銃声が止まり、代わりに飛び出してきたわめき声を爆音がかき消した。静寂。

 二人拳銃を構え直し、室内へ踏み入れる。部屋の二人は血を流し倒れていた。村越は部屋を確かめる。

「あ? こいつら中国人じゃねぇぞ?」

「は?」

 高野の言葉にもう一度床に倒れている二人を見やる。

「岩崎さんがいってたろ中国人て」

 確かに、彼らの顔はどちらかというと東南アジア系だ。

「くそっ水野のやつ地獄に落としてやる……」

 新大久保のとあるビル。いかがわしいテナントがいくつか入っている建物の一室──全て外国人のアウトローが設けたカバーテナントだが村越達が知るよしもない──に彼らはいた。

 朝、上司の岩崎から顔写真と共に「見つけろ」とメッセージが送られてきてから半日が経過した。池袋を根城にしている情報屋水野のからの目撃情報を元に尾行した挙げ句、気付かれ、走って追いかけて今に至る。

 ふと、一人が呼吸をしているのに気づいた。

「こいつ生きてるぞ。おい!」

 蹴り飛ばし、男を仰向けにする。アジアン料理店のスタッフのような出で立ちの中年男だった。

「Please! Don't shoot!」

 英語を世界共通、万能言語だと勘違いしている典型的な輩だ。

「あー、ったく、俺の共通言語は日本語だけなんだよ! てめぇ日本語分かんだろ!」

 おもむろに拳銃を向けてみると男は堰を切ったようにしゃべり出した。

「私マレーシア人、ただの運び屋ね、人殺し無縁よ、知りたいこと何でも話す、殺さないで。」

「UZIなんて物騒なもん持った運び屋が何処にいんだって話だよバカヤロー」

「あれはたまたま仲間が持ってただけね、偶然よ。」

 真偽は不明だが今は情報源がこいつしかいない。

「……下らねぇ映画の茶番じゃねえんだ。今から聞かれたことだけ答えろよ」

 高野を見ると怪訝そうな顔をする。

「こいつに写真を見せるのか?」

「俺らの身内じゃねえし、どうせ問題ないだろ」

 村越はジャケットのポケットからスマホを取り出し、岩崎から送られていた画像を見せた。

「こいつ、誰だか分かるか?」男は目を見開いて頷いた。当たり。

「言ってみろ」

「郭偉中。上海から来た中国人ね。黒社会のやり手よ」

「何処に居んだ?」

「あ…………ああ、思い出した、最近まで、タイにいたけど、日本に帰ってきてたね。錦糸町に三軒建物を持ってた。それのどこかにいるはず……!」

「それじゃ何処行けばいいか分かんねぇよ、どの建物に居んだよ!」

「知らない、私、運び屋。チャイニーズマフィアの予定なんて知るわけないでしょ!?」

 村越は舌打ちをした。

「エリアを絞れただけでも振り出しよりましか、行くぞ」

「どうすんだよ?」

「もっと信頼できる情報屋に頼る」

「違ぇよ、こいつ、どうすんだよって話」

 高野の足下にマレーシアの男。

「口を割られちまったらたまんねぇ、顔を見られてる」

 村越は少し上を見上げ、高野に向き直り親指を下に向け、首の左から右へ、スライドさせてみせた。  

 男の顔が驚愕に染まり、高野の顔が歓喜に染まる。ニタニタした笑みを浮かべた高野は焦らすように銃口をふらふらさせた。男が命乞いの言葉を発した瞬間、銃声が男を物言わぬ屍へと変えた。

              

     2

 村越と高野は池袋を中心に勢力を広げている裏社会の組織の幹部である男、岩崎に飼われている殺し屋だった。二人とも岩崎に拾われた時点で組織により戸籍上で死亡扱いとなっている、「存在しない人間」。岩崎はこうした若者達に訓練を施し自分の思い通りに動かせる私兵部隊を作っていた。ただ、末端の殺し屋である村越達がもらう報酬は雀の涙ほどだった。

 JR吉祥寺駅を降り、徒歩で移動する。十分ほど歩いたところにある三階建ての建物へ村越らは入った。二階へ上り、ドア横のチャイムを押す。返事がない。続けて三回押す。またもやなし。五回立て続けに押そうとした時の二回目でやっと相手が出た。『うるせえな、一回でいいって言ってるだろ、で、誰だ?』

「村越だ、入れてくれ」

 鍵を開ける音が五回なり、扉から中肉中背のパーマ姿の男が現れた。

 この過剰な施錠と警戒心を備える男こそ、東京中で有数のプロハッカー兼情報屋の沢渡(さわたり)だった。腕は確かだがその分請求する報酬は高額のため村越達の間では「本当に困った時は沢渡」という地位を確立していた。

「で、何のようだ?」

「人捜しだ。中国人を捜してる」

 沢渡は少し怪訝そうな表情をし、言った。

「どいつだ?一旦見せてみろ。」

 スマホの画像を見せ口頭で情報を補足する。

「錦糸町に根城張ってる上海マフィアだそうだ。名前は郭偉中。」

 途端に沢渡の顔が曇った。

「どうした?」

「ダメだ、帰ってくれ」

「─は?」

 沢渡は盛大なため息をつくとこちらに向き直り、言った。

「……窓から外を覗いてみろ」

 高野がちらりと外を見る

「俺達が通ってきた道だけどな。」

「違う、反対側だ。」

 この建物は十字路に面するように立てられていた。村越は沢渡の横を通り反対側を見てみる。

「……あ」

 通りの向かい。こぢんまりとしたタバコ屋とたこ焼きやの間に目つきの悪い黒服がいた。明らかにカタギではない。

「お、陳の野郎じゃねぇか」

 思い出した。陳東明。台湾から来た凄腕の殺し屋だった。一度福建マフィアの男を拉致する指示を受けた時鉢合わせし、危うく脳天に穴が空くところだった。そういえば最近は上海系のとあるマフィアの元で働いていると聞いていたが……。高野が苦笑した。

「なるほどな、あんたんとこ寄る前にたこ焼き食おうっつって反対側の道にでたら陳とばったり出くわしてストリートファイトだったわけだ」

 沢渡はやれやれといった様子で言った。

「見えたか? ここ最近あいつはここを張ってる。  

 ついでに言えば今は郭の組織とつるんでる」

「何が楽しくてやつはてめぇのストーカーしてんだ?」

「俺から言えることとすれば、郭はなんだかんだあって今あんたのとこの岩崎さんを含むいくつかの組織に狙われてる。」

「話が見えてこねぇな」

「だーかーらー、俺が情報を漏らさないように見張ってんだ陳のやつは! 郭の組織も俺の情報をよく買う。こちとら商売なんだよ!」

「別に良いじゃねぇかよ俺達だって客だぜ?」

「こっちも対策してるつもりだが、あいつらは大陸から俺の数倍レベルの高いハッカーをこっちに連れてきてる。今のこの会話だって盗聴されてるかもしれないんだぞ」

「そこをなんとか! こっちにも金はあるからよ! 錦糸町だけ捜してくれればいい。岩崎さんにも頼んであんたに良いようにするからさ!」

「……あんたの組織、東南アジアに支部があったよな?」

「……ん、あぁ、そうだけど」

 沢渡がおもむろに携帯を取り出す。

「……やっぱこの話は無しだ。帰ってくれ」

「てめぇふざ……」

 村越は目を見開いた。沢渡は携帯のメモ機能を開き、こちらに画面を見せていた。

『インドネシアの泥棒市場からパソコン機材を流してくれるなら応じる』

「あぁ……」

 村越が応じるのを沢渡が制し、携帯を指さす。

「あ、なるほどな」

 村越も携帯を取り出しメモ機能に書き込む。

『任せろ。多分出来る』

 沢渡が書き込み再び見せる。

『多分?』

『絶対、約束する』

 村越は必死に笑顔を作ってみせた。沢渡はまだ怪訝そうな顔をしていたが、微笑を浮かべると部屋の隅にあるパソコンに向かった。

 目にも止まらないスピードでタイピングがなされ、数分後に彼はUSBメモリを手に村越と向き合った。

『スマホは流石に無理だから、彼のスマートキーをハッキングしてGPSと紐付けしたものをアプリにした。』

 村越は少し困った顔をした。

『悪いパソコンは持ってない。スマホしかないんだ』

 沢渡はポケットからケーブルを取り出した。

「用意周到だなおい」

 うっかり声を漏らしてしまう。再び沢渡はテキストを見せる。

『これでスマホでもチェック出来る。後言い忘れてたんだが岩崎さんに頼んでこっちに兵隊を送ってくれないか?アフターサービスってことで』

 村越は満面の笑みとサムズアップで応じた。

「まかしとけ」

 正直、村越のような下っ端が岩崎に頼んだところで沢渡の要求が通る自信はほとんど無かった。ただ、沢渡は岩崎や組織のもっと上の連中とも独自にルートを持っていると聞く。村越を通さずともそういったリクエストは通るのだろう。そう勝手に納得して村越は高野と共に建物を去った。

     3

 沢渡からもらったUSBメモリを携帯に接続し、アプリをチェックしてみると郭は錦糸町にいた。

「ずっとここに留まるのかは分かんねぇがどちらにしろ上海のマフィア相手にドンパチすることになる。武器がいるな」

「確かに、アメさんの拳銃だけじゃ心もとねぇか」

 高野が応じる。JR中央線に再び乗り、元来た道をたどって今度は中野駅でおりた。中野区にある貸しコンテナを運営している河口(かわぐち)を訪ねるつもりだ。

 河口は貸しコンテナ業をする裏で一部のコンテナに銃を保管し村越らのようなアウトローに売りさばいている密売人だ。

 そろそろ帰宅ラッシュだろうか。少し人混みがある。唐突に高野がしゃべり出す。

「あ、そうだ。沢渡のやつの要求、一応岩崎さんに伝えとくか。あと腹減ったな」

 確かに、昼から何も食べていない。空腹感に関しては村越も同意見だ。

「じゃ、カフェの席取っとくから、連絡してこい」

「おうよ」

 高野と別れ一人でカフェに入店する。席を取り、特にすることもないので携帯をイジっていると背後から声が聞こえた。

「おや、村越君ですか?奇遇ですね」

 振り返ると知った顔があった。村越と同じ界隈──すなわち殺し屋の男、池谷(いけや)だった。温和な表情に七三分けの髪と黒縁の眼鏡。グレーのスーツに身を包んだ彼はぱっと見中年のサラリーマンにしか見えず、つい油断してしまう。だが、こんな見た目でも殺し屋は殺し屋。おそらく手にかけた人数は村越の倍は余裕で越すだろう。

 池谷が話しかけてくる

「こんなところで何してるんですか?」

「河口さんのとこに用があって」

「奇遇ですね。私もです」

 殺し屋が中野に来るとすれば大体河口目当てだろう。肝心なのはなぜ銃が要るのかだ。

 池谷は勝手を知った様子で村越の前の席に座った。

「実は私、とある中国人に用があってですね。あなたは?」

「……いや、別件だ。てかなんだ?やたらどいつもこいつも中国人捜してるって聞くけどよ、なんかヤベぇ事でもおきてんのか?」

 郭を捜してることを隠したのはとっさの思いつきだった。

「郭偉中って男なんですけどね、今東京の一部の組織が血眼で捜してるんですよ。私の雇用主もそうなんですけど。聞いた話だと、あなたのとこの岩崎さんも捜してるとか」

 池谷の目から光が無くなる。こちらをそのまま吸い込んでしまうかのような瞳。顔に出ただろうか。隠し通すしかない。

「いや? んな話は聞いてねぇけどな」

「業界じゃマンハントだって話題になってますけどね、あなたが知らないはずはいのでは?」

 何かおかしい。池谷は四人でよく仕事をしていたはずだ。他の三人はどこだ?

「そういえば相方の高野さんは?」

 考えてることは同じか。

「今岩崎さんに連絡を取ってる」

「へぇ、岩崎さんからの仕事なんですね」

 失念。口を滑らせた。

「他に仕事押し付ける上司がいねぇからな。あんたみたいなフリーターと違ぇんだ。」

「仕事内容は何です?」

「あんたの言ってるマンハントじゃねぇよ。別に何でもいいだろ。あんたに言う必要ない。ってか他の三人は?あんたこそ何で一人なんだよ」

 形容しがたい違和感に襲われる。席を立とうとしたその瞬間。

「動くな」

 有無を言わせない響きがあった。視線を下ろすと、消音器のついた拳銃が池谷の手に握られていた。オーストリア製のポリマーフレームピストル、グロックだ。一瞬思考が停止する。

「どいつもこいつも良い銃持ちやがって」

「少し、散歩しましょうか」

 池谷の目が人殺しの目になっていた。

     ※

 高野は人目を避けるため公衆トイレの中でメールを打った。メッセージを送り、男子トイレを後にする。村越と合流しようとカフェの方向へ足を向けたとき、一人の男と目があった。同業者。名は丹波(たんば)だったろうか。池谷という上司の元で他二名と共に働いていたはずだ。なぜ一人なのか。

「よお、丹……」

 間一髪でサイドステップを踏み横に逸れる。先ほどまで高野が立っていた床が砕け散る。丹波の手には消音器のついた拳銃があった。とっさに手にあったスマホを投げ、踵を返し逃げる。腰のホルダーからナイフを取り出し、先ほどいたトイレへ戻る。入り口が入り組んでいるから反撃にはもってこいだ。  

 中に入ると男とぶつかりそうになった。とっさに顔を見るとこれまた池谷の部下。

「うおっ!」

 反射的にナイフで相手の頸動脈を突き刺した。出会い頭、相手は接敵を全く予想して無かったからこそ出来た業だ。状況が状況だったらこちらが死んでいたかもしれない。

 倒れた男の死亡を確認し、丹波の追撃に備え壁にピタリと体をつける。

 消音器で銃身の長くなった拳銃が入り口から覗いた。高野は迷い無く消音器をつかみ明後日の方向に向ける。二発弾丸が発射されたが高野に当たることはない。丹波はそのまま体当たりし中に入ってきた。一瞬、相手と距離が出来る。丹波が体制を整えるより先に高野が仕掛けた。相手に組み付き、手刀で拳銃をたたき落とす。状況を把握した丹波は懐からナイフを取り出しなぎ払う。高野はそれをしゃがみながらかわし、無駄のない動きで丹波の太ももにナイフを突き刺し素早く抜いた。相手の体が傾いたところを、空いてる腕で押さえ首を一気に切り裂いた。浅い呼吸から、深呼吸に切り替える。静かに丹波が崩れ落ちた。

 二つの死体をトイレの個室に隠して、先ほど投げた携帯を拾いに行く。画面が割れ丹波の血がついていたが運良く生きていた。岩崎に連絡して死体処理を要請した。血のついたナイフと手をトイレの手洗い場で丁寧に洗った。 

    ※

 外は少しひんやりとした空気だった。まだ秋だが、微かに冬を感じる。しかし、隣に殺し屋がいては心穏やかでいられない。

「手を引け。といって簡単にあなた達が手を引くとは思えません。まずあなたの持っている銃と金を回収し、相棒の高野君を呼んでいただいて同じことをします。その後、拘束させて頂きます。安心してください場所は安全なとこを押さえてありますし、岩崎さんに匿名で拘束した旨を伝えますから。もっとも、それを聞いたあなたの上司が喜ぶとは思えませんがね」

「あぁ、俺達だけじゃなくてあんたまで死んじまうぜ」

「まだまだ元気ですね。無駄な抵抗は考えない方が良いですよ」

 ちらりと池谷がロータリーの奥を見る。村越がそちらにを見ると、反対側の歩道に池谷の部下が立っていた。ポケットに手を入れている。おそらく拳銃を持っている。村越はゆっくりと当たりを見回した。

「やっぱり捕虜には自分の足で歩いてもらうに限りますね。」

「捕虜とか抜かしてんじゃねぇ。どうせ殺すつもりだろ」

「こちらも欲しい情報はありますから。あなたの所属している組織はあなたが思っているより大きいんですよ?」

「あぁ、そうかい」

 バス停の前でおもむろに村越は立ち止まった。

「何しているんですか。歩いてください。それとも私の部下に撃たれますか?」 

 先ほどの歩道を見ると、池谷の部下がこちらをじっと見ている。

「そうだな、試してみるか」

 言うや否やポケットからナイフを取り出し池谷に突きつけた。

 途端に消音器で高音域が削られた拳銃の鈍い銃声が遠くから聞こえる。池谷の部下が発砲したのだ。 

 だが、村越は倒れず、部下に向かってゆっくりと手を振ってみせた。池谷と部下の顔に動揺がみられた。

 本来ならその弾丸は村越に届くはずだった。実際その弾丸が当たったのはバス停に設置された防風ガラスだった。

「クソッ」

 池谷がグロックを取り出す。誤算のためか動きが鈍い。村越はその手から素早くそれを奪い、グリップで池谷の頭を打ちすえる、ガラスの影から体の露出を最低限にして池谷の部下を撃った。目にもとまらぬ動きに対応するすべもなく、部下の男は脳幹を九ミリ弾で撃ち抜かれた。急に倒れた男を数人の通行人が心配して駆け寄る。頭から流れる血を見て悲鳴が上がった。

「待ってくれ」

 池谷が左手で頭を押さえつつ右手を高々と挙げた。

「何でもする。命は助けてくれ」

「急に情けねぇな、おっさん……。そうだ、河口さんとこ訪ねるっつてたな」

「えぇ、そうですね」

「注文票をくれ」

 注文票とは河口の密売する銃を先払いで予約できるシステムのことだ。注文票を見せればその場で必要な商品が手に入る。これを奪ってしまえばこちらは金を払わなくていい。上手く嘘をつけばわらしべ長者だ。

「これです」

 確かに本物のようだ。もっとも、村越は池谷を活かしておくつもりはなかった。銃を取られないよう体に引きつけて頭を狙う。

「は?」

「やっぱり自分を殺そうとしたヤツを生かしておくのはおっかねぇや。じゃあな」

 池谷が動くより先に村越がトリガーを引いた。

 消音器のついたグロックから出る銃声は池谷の微かな断末魔をかき消すことはなかった。 

 池谷の銃を捨て早足でその場を立ち去る。池谷も好まなかったのか監視カメラの死角になるようなルートを歩いていた。村越たちは薬品で指紋を消しているため、駅での戦闘がすぐ足につくことはそうそうないだろう。

 カフェに戻ると高野が座っていた。

「よう、何処行ってた?」

「池谷に襲われた。標的が一緒だったみたいだ」

「俺もだ。二人。片付けて岩崎さんに処理を頼んだ」

「こっちも二人だ。てことは池谷達は全滅か。よかった」

「あぁ」

 ふと村越は池谷達がまるで自分らがここに来ることを知っていたかのような動きに疑問を抱いた。誰かが伝えない限り出くわさない──沢渡か。

 おそらく池谷達は村越達より先に沢渡を訪ねていた。今回池谷の雇用主が誰かは分からないが大物であった可能性も充分ある。正直池谷の部隊を全滅させられたのは幸運に等しい。

 おそらく二手に分かれたのが想定外だったのだろう。彼らの見立て通りに一網打尽にされてしまっていたら、今頃村越達はこの世にはいなかったはずだ。彼らはそれほどのプロフェッショナルだ。バックに大物がついているなら沢渡への見返りも大きい。村越達との取引に応じたのもそもそも見返りを求める必要がなかったからだろう。運が良ければ岩崎からもカモれる。池谷達に連絡して運が良ければ村越達を消してもらえる。そうすればそこまでの損はない。沢渡はそう踏んだのだろう。警戒心は強いくせにこういうところは適当な男だ。呆れてため息をつく。 

 高野が思い出したように言った。

「そうだ、河口さんとこに行こうぜ」

「あぁ、そうだ、池谷達から『注文票』をふんだくった。購入用の追加予算を岩崎さんに頼まなくても良さそうだ」

「それはいいな」

 カフェを後にした。

     4

 河口の貸しコンテナは駅から徒歩で十分ほどのところに位置していた。扉をノックすると河口の手下、宮田が顔を出した。

「お、村越さんじゃないすか。どうぞ、入ってください」

「失礼しまーす」

 中に入ると簡易的な事務所になっており、真ん中の机で河口がパソコンを操作していた。コンテナに収納しているものをまとめたエクセルでも作っているのだろう。

「おぉ、村越か。どうした」

「これ、頼みます」

 池谷が持っていた注文票を手渡した。

「はい。これね」

 再びパソコンを操作し始めた。次第に彼の眉間にしわが寄る。

「おい、これ池谷さんのじゃねぇか」

「あぁ、諸事情でターゲットの側から離れられなくなったらしい。代わりに俺らがもらって届ける。アルバイトっすよ」

「……そうか。代金はもらってるからな。宮田、案内しろ」

「はい。」

 事務所の奥にあるドアから出てコンテナが所狭しと並んでいる外の空間に出た。

「これっすね」

 鍵を開けてコンテナの扉を開く。中にはボストンバッグが二つ置いてあった。

「頼まれてた商品だ。確認しろ。」

 背後から河口の声が聞こえる。二つのバッグにそれぞれ銃が入っていた。一つはレミントン社製のポンプアクションショットガンm870。それともう一つ、にわかに信じがたいものが入ってた。

「河口さん、これクリンコフか?」

 クリンコフ。正式名称はAKS74U。ロシア製のアサルトライフルAK シリーズのカービンモデルをさらに短縮化したものだ。流石に日本で買うとなればろくな値段にならない。

「まさか、旧ユーゴスラビアのコピー品だ。ツァスタバm92。7.62mmでこっちの方が雑でゴツい」

「なるほどねぇ」

「弾は十二番径、ダブルオーバックの散弾が三十発。7.62mmが三十発弾倉で四つだ」

「分かりました」

 村越は銃の状態を確認した。m870の方は全体的に傷があり塗装がところどころ剥げている。ストックとバレルの先端が切り落とされており、銃身にガムテープでライトがくくりつけてある。側面には六発分予備の弾を固定できるホルダーがついていた。誰がどう見ても分かる、中古のジャンク品だ。

 ツァスタバm92の方も塗装は剥がれ傷まみれ。こちらには結束バンドでライトが固定されており、折りたたまれたストックには滑り止めのつもりか紐が巻き付けてあった。

「ここまで使い古されてたら値段もお手頃になるわ」

「けどよ、使えんのかこれ?」

 高野に商品のケチをつけられても河口はまんざらでもない様子だ。

「これを持ってきたブローカーのやつはチェックしたっつてたが、信じるかはお前らしだいだ。あ、ここで試し撃ちはすんじゃねぇぞ」

「分かってますよー」

 銃をバッグにしまい、ツァスタバのを村越が、m870が入ったものを高野が肩にかけた。

「行くのか」

「はい」

「これ持ってけ」

 河口に袋を渡された。中を見る。

「ロシアのF1グレネード三つと米国製c4が一つだ。おまけにくれてやる。頼んだやつがドタキャンしたんだ」

 河口がじっとこちらを見つめる。

「池谷さんによろしく頼むぞ」

「え?」

 とっさに聞かれて反応できなかった。河口がさらにこちらを見つめてくる。

「あの……」

「ふっ」

 河口は鼻で笑う微笑を浮かべながら言った。 

「別にてめぇらが何しようと勝手だ。金はもらってるからな。気をつけてけ」

「あ、ありがとうございます」

 河口の流儀に助けられたのかもしれない。とりあえず村越は河口の貸しコンテナを後にした。

「さてと、郭さんをお迎えに行きますか」

「まて、その前に少しやることがある」

 村越はスマホを取り出すと電話帳を開き沢渡の電話番号を呼び出した。非通知にして電話をかける。

『……もしもし?』

 相手は意外と早く出た。息を深く吸って腹の底に怒りを抑えみ、ゆっくり、はっきりと発音する。

「久しぶりだな。沢渡」

『おまっ、村越か?』

「あぁ、正解だ。どうした?どっかで死んでたとでも思ったか?」

『な、何の用だよ?』

「丁寧に池谷さんのお出迎えを準備してくれてよ、お礼を言いたかったんだ。」

『……知ってたのか』

「俺の勘は良く当たるんだ」

『あぁ、そうかい』

 沢渡の声が震える。池谷を殺せたのは偶然だが実力でやったと沢渡に思い込ませるのは気分も良いし都合も良い。

「今からそっち行くぞ」

『待て待て! 何が望みだ!?』

「今郭がいる建物内の敵の人数だ」

 強力な武器を手に入れたからとはいえ敵の状況を把握しておくに越したことはない。沢渡を脅すのはとっさの思いつきだった。

『どうしろって言うんだ。俺が中に入って確かめてこいってか?』

「監視カメラなり何なりハッキングできんだろ。」

『……待ってろ』

 そのまま待機していると五分ほどで応答があった。

『建物の警備についている黒服は至る所にいる。あとは……もしかしたら郭の護衛もいるかもな。ざっと三十人前後だ』

「ほんとか?」

『信じないなら好きにしろ』

「まぁいい、嘘だったら今度こそカチコミするからな」

『勘弁してくれ、ちゃんと仕事はした』

「……だといいが、本日中に顔を合わせることがないように祈るよ」

『一生ご免だ』

 通話を切り高野に向き直る。

「で?」

「沢渡に敵の人数を聞いた。三十人前後らしい」

「なんだ、微妙な数だなおい」

「普通に多いだろ」

「さぁ?まぁ、ちゃっちゃと片付けちまおうぜ?」

「焦んな、もう一件掛けるとこがある」

 携帯の電話帳を再び開いた。

     5

 携帯が振動する。番号を確認して少し驚く。いや、待ちわびていたからだろうか。岩崎はゆっくりと通話ボタンを押した。

『もしもし、村越です』

「任務は順調か?高野から一度報告があったな」

『えぇ、そうですね。これから錦糸町に行って攻撃を始めます。情報のソースは充分信頼できる』

作戦を実行する前、攻撃を仕掛ける直前に電話を寄越すよう村越に伝えていた。

「何よりだ。それより状況変更だ。可能なら郭を生かしたまま拉致してくれ」

『敵は30人ほどです。拉致るまでは良くても追っ手がきつい』

「分かった。増援を待機させておく」

『なるべく優秀な奴らを頼みますよ』

「奥田はいまタイだからな。向井当たりになるだろう」

『向井さんなら充分信頼できます。あと三、四人ほど呼んでください』

「それはこっちでやる、お前らはお前らのやることを済ませろ」

『了解』

 通話が切れた。ゆっくりと息を吐き出す。この作戦を失敗させるわけにはいかない。向井に電話を掛けた。

 電車に揺られ、気の遠くなるような四十分だった。武器の入ったボストンバッグから妙な音が鳴らないよう気をつけながらホームへおりる。

 目当ての建物へ行く前に、駅の多目的トイレで銃に弾を装填し、自前のコルトガバメントの動作チェックも済ませた。

 沢渡のアプリが示す郭の居場所はパチンコ屋や居酒屋が乱立する喧騒あふれる騒がしいエリアだった。帰宅ラッシュも相まって外で一発二発撃っても気付かれないのではと思ってしまいそうな騒がしさだ。

 目当ての建物に着く。何の建物かは分からない。バーか、クラブなのか。中からテクノビートが響いている。正面は避け、裏から入ることにした。どこかでガラスが鳴いていた。

 路地裏に入ると三人のチンピラ風の男達がたむろしていた。無視して建物の中に入ろうとする。

「おい!」

 一人が懐に手を入れた。村越と高野が同時にコルトガバメントを抜き出し、三人をあっという間に射殺する。奥に扉がある。搬入口だろうか。扉に手を掛ける。鍵が掛かっている。舌打ち。

「こんなん壊しちまおうぜ?」

 高野はボストンバッグからm870を取り出しドアノブに向けて、至近距離で発砲した。腹に響くような重低音。突破用の単発スラッグ弾ではないもののドアが脆かったこともあり、ダブルオーバックの散弾が鍵穴を周りのドアごと吹き飛ばした。高野がドアを蹴り飛ばし中に銃を向ける。

 二人黒服がいた。問答無用でダブルオーバックを二発叩き込む。村越もツァスタバを構え中へ侵入する。先ほどよりはっきりとテクノビートが聞こえる。自然とアドレナリンが湧き上がる。

 敵が現れる。銃声。繰り返し。不意に連続的な銃声が混ざってきた。

「本腰入れてきやがったな」

 続けざまに二発撃ち相手を牽制した。

「装填する」

 高野と入れ替わるようにして村越が前に出る。セミオートで五発、連続して敵が隠れる物陰に撃ち込む。四発めで血煙が上がり、倒れてきた敵の頭を五発目が撃ち抜いた。奥から撃ってきた敵に向けても応射し、二名排除する。

 装填を終えた高野がフォアグリップを上下させ初弾を送り込む。また一人出てくる。高野がm870で吹き飛ばした。

 開いた扉から、銃と顔だけを覗かせる。調理室だ。途端に奥から鉛玉が飛んでくる。村越はボストンバッグから手榴弾を一つを取り出し、できるだけ奥に投げ入れる。数秒後、爆発。中へ入る。何人かが生き残っており撃ち返してきた。高野と共に弾をばら撒く。一人ナイフを持ってこちらへ走ってきた。とっさに反応できない。腹を突かれた。体が傾く。刃はシャツの下に着た防弾ベストが弾く。蹴り飛ばし、腰のコルトガバメントを抜いて、相手が動かなくなるまで弾丸を叩き込んだ。残り一発。空の弾倉をポケットにしまい、腰から新しい弾倉を取り出してグリップに差し込んだ。

「大丈夫か?」

「あぁ」

 高野の手を借りて起き上がる。調理室から出るとまたもや銃撃。奥の部屋だ。ツァスタバをフルオートにして弾幕を張る。銃撃が止んだところで高野がm870をスラムファイアで連射した。反撃がやむ。  

 部屋の前につき、一気に扉を開ける。三名。高野が全員吹き飛ばした。高野が散弾をポケットから取り出し一発ずつ装填した。

「一人くらい生かしとけよ」

「あ?」

「郭の居場所分かんねぇだろ」

「あー、悪いな」

「ったく……」

 一人、そこまで負傷が激しくないやつがいた。

「おい、お前! 日本語話せるか?」

「あぁ……撃つなよ」

「そのまま両手挙げとけばな。少しでも下ろしたらその顔を吹き飛ばしてやる」

「どうせ郭のやつだろ。こっちも店に逃げ込まれて迷惑なんだよ」

「大層な職務態度じゃねぇか。何処にいやがる」

「四階のVIPバーだ。案内する」

「立てんのか?」

「あぁ、少しは」

「手はあげたままにしろよ? てか、名前は?」

「は?」

「なんて呼べば良いんだよ?」

「李だ。李方文」

「行くぞ、李」

 李を立たせ、盾にするように後ろにつく。両手で構えられないのでツァスタバはスリングでつるし、コルトガバメントを持つ。高野には後ろを見張らせる。移動しながら村越は李に尋ねた。

「もし四階に敵がいて、俺たちとドンパチになった時、郭が気づいて逃げる可能性は?」

「ない。爆音で音楽をかける前提の部屋だ。外へ音を出さないということは外の音を遮断することになる」

「そいつは良かった」

 階段を上る。曲がり角から出てきた黒服に弾丸を撃ち込む。

「そこの扉から入れる。部屋は縦長の長方形。壁やバーカウンターで少し遮蔽があるかもな」

「分かった」

 そう言うなり村越はポケットから結束バンドを取り出し李を拘束した。少し意外そうな顔をする李をみて言う。

「本当はあんたを盾にするつもりだったが情報に免じてやめてやる。情報が正しければサービスで生かしといてやる」

 李は苦笑した。

「とんでもねぇ野郎だな」

「あぁ、よく言われる」

 村越はボストンバッグから残った手榴弾を二つとも取り出し、一つを高野に渡した。

「二秒だ」

 高野が頷く。扉に鍵がかかっていないことを確認した。李に尋ねる。

「扉は外開きか?」

「こっちから見て内側だ」

「よし」

 扉を少し開ける。爆音のテクノが飛び出してくる。手榴弾のピンを抜く。セーフティレバーも飛ばした。二秒待ち、扉を蹴飛ばして投げ入れる。高野も同時に投げ入れた。間髪入れず爆発。

 本来セーフティレバーを外してから四秒ほどの遅延がある手榴弾を即座に爆発させ、投げ返されることを防ぐテクニックだ。

 中から呻き声や悲鳴が聞こえる。一気に中へ入る。手榴弾から離れたところにいた男が五人ほど生きていた。ツァスタバのフルオートでなぎ払う。一人二人三人。弾が切れた。コルトガバメントに持ち替えて撃つ。四人五人。

 その部屋に立っているのは村越と高野だけになった。ツァスタバの空になった弾倉を新しい弾倉で弾き飛ばし、装填しコッキングレバーを引いた。心地よい金属音がする。

 気を取り直して部屋に向き直る。

「郭偉中!」

一人の男が僅かに顔を動かした。

「てめぇだな!?」

 柄の悪いネクタイを着けたスーツの男。写真フォルダから郭の顔写真を見つける。間違いない。

「おら立て!」

 高野が岩崎に電話を掛ける。郭が中国語で何か喚く。

「クソ、こいつ日本語分かんねぇのか?」

 翻訳アプリを立ち上げてみる。訛りなのか正しく変換されない。

「マジかよ、誰か中国語分かるやつ……」

 一人いた。李をつれてくる。

「なんだよ、用なしじゃなかったのか?」

「こいつの言葉分かるか?」

「あぁ、金ならいくらでもっつってる」

「ったく、この類いの人間は変わんねぇな」

 電話をしてる高野の様子をみる。郭を捕まえた報告は終わり岩崎から指示を仰いでいるのだろう。相鎚をたびたび打っている。

「──?」

 高野の顔が曇ってきた。

「なんとかならないんすか?………はい、はい、分かりました」

 電話を切って舌打ちをした。何か良くないことでも起きたのだろうか。

「どうした、高野?」

「向井さんらが待機してる場所がよ、ここらしいんだ」

 高野がマップアプリの立ち上がったスマホの画面を見せる。向井達が待機するのはここから大通りを数km進んだところにあった。

「追われていてもここなら奇襲しやすいらしい」

「……こんなん徒歩で行ってたら埒明かねぇぞ、車が要る」

「どうすんだ?」

 そういえば、ここまで何で郭を追ったのか?──車のスマートキーだ。

「……おい、李。郭の野郎は車で来てるだろ駐車場に案内しろ」

「分かった。VIP用の直通がある。付いてこい」

 郭を拘束し立たせる。いやなくらいスムーズにエレベーターの扉が開いた。

     6

 ものの数秒で地下駐車場にたどり着く。地下には黒塗りの外車が数台止まっていた。

「どいつもこいつも良い車持ちやがって……。李、郭のスマートキーを出させろ」

 李が中国語で郭何か言う。なかなかキーを出さない。渋っているようだ。

「おい、野郎ここで殺しても良いんだぜ?」

 コルトガバメントを腰から抜き郭の頭に押しつける。やがて、諦めたように中国語で何か言った。

「……なんて?」

「上着の左ポケットだ」

 確かにあった。これ見よがしにBMWのマークがある。試しにボタンを押してみる。少し離れたところの車が反応した。

 扉を開け、昔走り屋だったという高野に運転させることにし、助手席に李。村越は後部座席に郭と共に座った。高野のコルトガバメントも借り、二丁を李と郭にそれぞれ向けて監視する。

 高野がエンジンをスタートさせたところで怒声が聞こえた。十数名の黒服が遠くの一般用エレベーターのところから走ってくる。いくつか弾丸が飛んでくる。

「高野! 出せ出せ出せ!!」

 やみくもに右手のコルトガバメントを撃ち牽制する。刹那、低い、猛獣のうなり声のような音が響き渡り、高野の操るBMWが一気に加速した。華麗なドリフトで角を曲がり、出口へ向かう。

 正面に飛び出し、停止を試みた黒服を躊躇なく跳ね飛ばす。

 瞬く間に駐車場から大通りへと滑り出た。運良く、通りの交通量は少ない。広い直線道路をBMWが疾走する。

「間一髪だったな……うおっ!」

 BMWのすぐ横のアスファルトが弾けた。後ろを見ると二台、黒塗りのレクサスとベンツが後ろから迫ってきていた。レクサスの助手席から身を乗り出した黒服がサブマシンガンを連射している。

「クソがよ!」

 スリングで吊っていたツァスタバを構え直しこちらも連射で撃ち返す。

「速度上げろ高野!」

「了解」

 エンジンのうなり声が一段と大きくなりタイヤが悲鳴をあげる。周りの景色があっという間に遠ざかっていくが、敵の車との距離は変わらない。

 弾が切れた。新しい弾倉を取り出す。高野が叫んだ。

「c4だ!c4使え!」

 バッグの中からc4を探し出す。遠隔信管が取り付けられていた。おまけをつけてくれた河口に感謝しながら投げる。

「食らえクソが!」

 投げたc4の影が敵の車と重なったと感じた瞬間に起爆スイッチを押した。今までのと比べものにならない爆発。周囲の建物のガラスが砕け散り、こちらのBMWまで揺れた。

 炎に包まれスクラップとなったレクサスの後ろからベンツが現れた。

「いいかげんにしろよ!!」

 フルオートのツァスタバがありったけの弾丸を吐き出す。また弾切れ。装填する。最後の弾倉だった。

     ※

 向井は時計をみた。指示された時間ぴったりに配置につくことが出来た。日産のSUV、エクストレイルとトヨタのワゴンであるハイエースの二台に向井の他四人で分乗し、指示された駐車場に止めた。

銃は四十五口径のサブマシンガン、クリス・ヴェクターとHK UMP45を二丁ずつとイタリア製のセミオートマチックショットガン、ベネリM4を一丁用意し、立った今、動作確認と装填を終えた。ベネリM4のショットシェルには単発のスラッグ弾が入っている。

 ドットサイトが載ったUMP45を吊っているスリングの位置を調整して車の方に向き直る。

「勝野、村越達の位置情報は?」

「大通りをこっちに向かって爆走してる。あと四十秒ほどで着きます」

「分かっ……」

 銃声が響いた。向井と勝野は辺りを見回した。一発や二発ではない。派手な銃撃戦だ。タイヤの擦れる音も聞こえる。

「まずいな、準備させろ」

     ※

「もうすぐで向井さん達が居るエリアのはずだぜ?」

「あぁ!そうだけど……どうすりゃ良いんだ!?」

ポケットの携帯が震えた。

「こんな時に……」

 身を乗り出していた窓から席へ戻り携帯を開きメッセージを見る。

「向井さんだからだ!このまま通りを走り続けろ!俺達が通り過ぎたところで一気に仕留めるらしい!」

「あぁ、分かった!!」

 高野がBMWの速度を最大にした。

     ※

「あと十秒!」

 ハンドルを握った勝野が叫ぶ。全員車に乗車し、エンジンを吹かせている。アクセルを踏めば一気に道を塞げる。銃声とエンジン音がはっきりと聞こえる。

 その時、ヘッドライトの光が見えた。

    ※

「もっと速度出せ周!!」

 龍は叫んだ。持っているピストルのグリップに弾倉を叩き込み、窓からもう一度窓から身を乗り出した。

 このまま郭がさらわれてしまえば、護衛である自分の首は確実に飛ぶ。相手の運転席を狙う。

 突如、通りに面した駐車場から二台車が出てきた。

「は!?クソ──」

 中国語でついた悪態を無数の銃声が掻き消した。次の瞬間、四十五口径弾が龍の脳幹を貫通し、龍の意識は途絶えた。

     ※

 向井は車の窓から身を乗り出した男を射殺し、そのまま横へなぎ払った。ベンツの防弾ガラスが弾丸を弾き飛ばす。ヘッドライトが砕け散った。

 後ろのハイエースに乗った東の撃つベネリM4のスラッグ弾がフロントガラスを吹き飛ばす。勝野がドライバーにとどめを刺した。

「降りて散開しろ!」

 向井が指示を出す。ハイエースの二人が左、エクストレイルの三人が右からベンツの横へ回り込む。 

 後部座席に乗った生き残りにありったけの弾丸を食らわせた。

「以上、制圧完了だ。敵の増援と警察が来る前に可能な限り薬莢を回収し撤退するぞ」

 敵の死亡を確かめていた勝野の肩を叩く。

「倉田と一緒に村越を岩崎さんとこに連れて行け」

「了解」

 村越の車が過ぎ去った方を向く。もうテールランプの光さえ見えない。

     ※

 車の速度が落ちるにつれて、村越は深く息をすって、ゆっくりと吐き出した。間一髪で駐車場から向井達が飛び出し追っ手を止めてくれた。携帯が震える。また向井からメッセージがきていた。

『後ろから一台護衛を向かわせた。そいつを追い越させて逆についていけ。岩崎さんのところへ送る』

 見ると日産のエクストレイルが後ろから走ってきた。窓から手を振る男がいる。目を凝らすと運転しているのは岩崎の私兵部隊の一人、勝野だった。

 サムズアップで応答し高野に速度を落とすよう伝える。

「勝野が運転してる。ついていけ」

「分かった」

 勝野の運転するエクストレイルに導かれ、新宿の近くにあるビルの地下駐車場に車を止めた。

「ついてこい」

 エクストレイルには運転手の勝野の他に倉田も乗っていた。四人で郭と李を挟むようにしてエレベーターに乗る。

 このビルは高層マンションか何かなのか。階数が二桁いってから少ししたところでやっと止まった。  

 廊下を歩き、いくつかあるドアのうちの一つの前で勝野が立ち止まった。ポケットからカードキーを取り出す。

 扉を開けると、奥の部屋に岩崎と阿部がいた。阿部は拷問のスペシャリストである。

「郭を連れてきたか?」

 岩崎が尋ねる。

「もちろんです」

 郭を前に連れてくる。郭は先ほどのカーチェイスで肝を冷やしたのか、ぐったりとした様子でうつむいている。

「後ろの黒服はなんだ?」

「通訳です。今回の戦闘で充分役に立ったから生かして通訳にしました。日本語ペラペラですよ」

「安全確認は?」

「え?」

「ったく……」

 勝野が李のボディーチェックをする。

「銃だ」

 懐から取り出されたのは金属フレームの拳銃、CZ75。

 村越はぞっとする。もし一瞬でも目を離していれば……。

「俺も郭の野郎が気に食わなかった。だからこいつらに協......」

 最後まで言い切る前に銃声がそれを掻き消した。 

 勝野の手には拳銃が握られていた。ゆっくりと李の体が倒れる。

「おい!何やって……」

「中国語なら阿部もわかる。そいつは不要だ」

 思わず目を背ける。窓から、遠くに東京スカイツリーが見えた。

 阿部がおもむろに話しだす

「後は私達に任せてください」

「……」

 倉田が口を挟んだ。

「村越、一旦外に出ようぜ?」

 勝野は部屋に残るようで、倉田と高野と共に部屋を出る。

 駐車場まで戻ったところで倉田が提案した。

「家まで送るよ。車に乗れ」

 村越はおとなしくしたがったものの納得がいかなかった。

「ったく、どうなってんだよ!そもそも何で郭の野郎を捕まえる必要があったんだよ!?」

 誰ともなしに放ったつもりだった言葉に応えたのは倉田だった。 

「確かにこれだけこき使って何も言わねぇってのは酷いよな。何があったのか、一部始終話してやる」

     7

 倉田から聞いた話はほとんど村越達の想像していたことだった。数年前、岩崎が幹部を務める裏社会のとある組織は、東南アジアへと勢力を広げた。当時戦闘員の一人だった岩崎は責任者の一人として部隊の指揮や表裏での各種事業を展開する中で現地の人間を巧みに使い、瞬く間に組織の力を拡大させた。

 東南アジアには麻薬製造の要所、ゴールデン・トライアングルがある。長年そこを支配していたのは中国のマフィアだった。その麻薬ビジネスに食らいついたのが岩崎である。麻薬畑や工場を取り仕切る各軍閥をこれまた巧みな中国マフィアから寝返らせ、中国マフィアの独占だった全体の売り上げのうち二十五%を奪い取った。これに怒った中国マフィアは岩崎の持つ事務所や店を中心に、組織へ対し報復攻撃を行ったがほとんどを返り討ちした。

 この頃から岩崎は独自のルートで軍隊の訓練カリキュラムの入手や現地の人のつてで軍の元教官を雇うことを始め、私兵部隊を結成した。そのうち私兵達は、人数も技術も軍隊や外国のPMCほどではないものの、刃物や黒星(ヘイシン)のような粗悪な拳銃で武装したチンピラ相手なら余裕でねじ伏せられるほどの実力を持った部隊に成長していった。

 中国マフィアのゴールデン・トライアングルの支配が崩れたことを契機に、日本の他の組織や韓国、台湾、果てにはロシアやイタリアなどの大御所マフィアがその権益を狙いに東南アジアへ集結し、麻薬戦争になった。そんな混沌の中でも十数年間、岩崎の組織は東南アジアでの影響力を下げることはなかった。

 しかし、その支配にも終わりが訪れる。組織の幹部が次々と暗殺されていったのだ。当時東南アジアでの事業全体をまかされていた岩崎は規模を縮小せざるを得なかった。何者かが幹部や護衛に関する正確な情報を得ている。身の危険を案じられた岩崎は日本へ帰国しながらも犯人の特定を続けた。

 幹部を暗殺したマフィアの出所はまちまちだったが、それでも情報源は一つの男につながった。その男こそが郭偉中だった。

 郭が上海マフィアの東南アジア支部があるタイにいることを突き止めた岩崎は私の精鋭10名を送り込み白昼堂々襲撃を行ったが郭を情報源にしていたロシアンマフィアの横やりによってあえなく失敗してしまう。岩崎が追っていた郭の足取りはここで途絶えてしまった。

 しかし、上海マフィア内部の密告によりつい先日郭に関する情報が手に入った。名前も顔も変わっていたため岩崎も始めは信じられなかった。とりあえずは追跡させることにし、その命令が下ったのが村越達だった。

     ※

「人を良いように使いやがってよ、ったく」

 そうこうしているうちに倉田の運転する車は村越と高野が共同で住んでいるアパートにたどり着いた。倉田が運転席から話しかけた。

「周辺に護衛を配置してる。安心して眠れ」

「ご苦労さん」

 村越は部屋に入るなり冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一気に飲み干した。腰のコルトガバメントを抜き、整備する。分解、清掃、組み立て、一連の動作を終えた瞬間村越は眠りについていた。

 村越が郭と李を連れていったビルでは、阿部が郭から聞き出した情報を岩橋が聞く傍らで勝野が内容をまとめていた。

     ※

 そもそも、郭は情報屋ではなかった。情報屋から買った情報を各マフィアや組織に転売していたのだった。岩崎の組織だけでなく、他に二、三の組織の弱みを握り、他の組織に攻撃させ弱体化させる。上海マフィアないでの郭の仕事は工作員だった。情報屋は報酬に、インドネシアの泥棒市場で売られているパソコンパーツを求めていた。

 タイで襲撃に遭った後、郭はすっかりおびえ上がり、情報屋にアドバイスを仰いだ。情報屋は自分のいる日本に来るように言った。灯台もと暗し。あえて相手の裏をかいて潜伏した方が見つかりづらい。そういう理由だった。情報屋は顔の整形や偽名、偽造パスポートやその他の書類を用意した。報酬として郭が今まで稼いだ半分ほどの料金を求めた。

 満を持して日本へ入国した郭に顧客だったロシアンマフィアがコンタクトを取ってきた。ロシアンマフィアは護衛に池谷という男を雇った。中国マフィアから離れてこちらに付くようにもいった。マンハントの中には保護を目的にしていた組織もいたのだ。もちろん、郭のおかげで被害を被った組織は処刑や拉致を目的にマンハントに参加していた。しかし、岩崎の仕入れた情報量に比べれば、郭の足取りを追うには遅れすぎていた。郭は所属する中国マフィアの報復を恐れロシアンマフィアの申し出を断った。ロシアンマフィアは郭の意思を無視して池谷を護衛として郭の近くに置き続けた。

 翌日、郭は姿を消した。一方、その頃情報屋は身内に裏切られいくつもの組織に追われる郭を守ることが面倒くさくなっていた。そこにタイミングよく、ロシアンマフィアから郭の保護を依頼され彼を見失った池谷と、岩崎から拉致を命じられている村越がきた。どちらにも郭の居場所をリークしてどうなるか見物しようと思いつき、実行した。

 池谷達は村越に殺された。ならば郭に残されているのは拉致だ。村越に協力して岩崎のもとへ郭を届けさせ、処理させることにした。まさか自分の名前が出てくることはないだろう。情報屋はなぜ郭が追われているのかちゃんと考えなかった。

 岩崎は幹部の情報を売っていた真犯人にターゲットを変更した。吉祥寺の事務所でのんびりしている間に、郭はこの世からいなくなり、岩崎は情報屋の拉致計画を立て始めていた。

     8

 朝、目が覚める。壮大な「マンハント」から一週間ほどがたった。スマホが振動する。上司の岩崎からだ。

『この男を俺の前に連れてこい』

 今回は顔写真だけでなく、フルネーム、住所付きだった。一度行ったことがあるし、会ったことがある人だった。村越の顔に笑みが浮かぶ。

「起きろ高野ー。仕事だぜ」

 冷蔵庫の中からエナジードリンクを取り出し、一つを高野に投げて渡す。自分の分の缶のプルタブを開け、一気に飲み干した。

 引き出しの中からコルトガバメントを取り出す。弾倉に弾を込め、本体の動作チェックをしてから装填する。スライドを引くと小気味よい金属音と共に弾丸がチャンバーに送られる。

 高野も準備を済ませたようだ。いつものレザージャケットを着ている。自分もジャケットを羽織り、腰のホルスターにコルトガバメントを収納した。ジャケットがちょうど良く銃を隠してくれる。以前手に入れたツァスタバやm870は不要だ。代わりにドアを突破出来る様に大ぶりのハンマーをボストンバッグの中に入れて肩に担ぐ。

 電車を乗り継ぎ、吉祥寺駅でおりた。CMで聞いたことのある曲を曖昧な記憶を頼りに口ずさみながら目的の建物につく。

 階段を駆け上がり、ドアの前でハンマーを取り出す。振りかぶって、叩きつける。ドアが歪む。もう一度、叩きつける。五つの錠前が吹き飛び扉が開いた。

「はぁ!? なんなんだよ!」

 喚く男がいる。腰のコルトガバメントを抜いた。 

 前回とは違い、今日は初めから、躊躇なく拳銃を突きつける。

「よぉ! 久っしぶりだなぁ、おい!」

 満面の笑みで語りかける。目の前には対照的な、真っ青な表情をした沢渡がいた。


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マンハント 林明利 @H-akitoshi

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