第5話
うねる鞭のような攻撃。緑色の蛍光色を所々に発する黒い鞭は地面を破壊しながら攻撃してくる。
「うおっ!?あぶな!」
常人とは全く違う思考回路で動かされている異物の攻撃。しかし、ヒロトは対応する。
(手加減しているのか)
本来であれば不可能な回避。しかし、攻撃の道筋は真っ直ぐに続く道路のように非常に直線的であった。
(こちらが対応できそうにない動作をした時には反省したかのように動きを緩めるか……)
最初の鞭は大振りで動きも読みやすかった。しかし、時間が経つにすれ、巧の動きをする。この怪物は最初は手加減していた。だが、一度ヒロトに攻撃が当たった瞬間に手加減を始めたのだ。まるで微調整をするかのようだ。
(俺の力量に合わせて動きを変えている……殺意はないのか)
人間の知能が背景にある行動にたいしてヒロトはバグが原因で起きた事故ではないと考えることにした。
「随分と優しいんだな」
「あ…当たり前だ……俺は…お前の父…親だ」
「……は?」
思考が止まる。感情の水は波打ち、津波のように溢れそうになる。
「ど…いうことだ……」
なんとか口に出した言葉。黒い存在はたどたどしい言葉で返している。
「正確にはお前…の…父の人格AIだ……父特製のな……」
「なんだと……!?」
次々の情報に混乱は深くなる。だが、その一方でヒロトの脳は整理するために働く。
「待て……つまり父さんはお前を作って。お前は謎の目
的のために俺に攻撃してきたってことか……?」
「ああ…そうだ!俺の目的は……口にできないが、とりあえずお前が強くなってくれればいい」
ヒロトの推測を肯定しながら攻撃してくるAI。彼の言葉に対して必死に耳を傾ける。
「口にできない?なんでだ!?」
「私が幼いからだ!学習データでは言語化できないのだ!」
「だったら俺が教えてやる!攻撃をやめろ!」
とにかく情報が欲しいヒロトの言葉に対してAIは否定する。
「ダメだ!時間がないのだ!お前にはこの大会で優勝してもらえなくてはならない!」
「いったいどういうことだ!?」
「詳しい事情を言語化はできないのだ!」
「分かっている!!」
詳しい事情はAIのスペックが低いことが原因で知ることはできない。
『残りプレイヤーが2名となりました。これより生存エリアの急激な縮小を始めます』
唐突なアナウンス。AIは悲鳴を上げる。
「どういうことだ!?なんでこんな早く……」
「…………乱戦でもあったのか?」
疑問を浮かべる2人。アキは大きな声を上げる。
「とにかく走りなさい!生存エリアが急速に縮まるわ!走らないと死ぬわ!」
アキの言葉に合わせ、3人は走る。
「いいか!ヒロト!お前は優勝しろ!この大会は……ぐはあ!?」
「なっ!?」
突如として攻撃を受けるAI。体は損傷し、人間であれば致命傷な状態となった。
「やあ!まさか君たちが最後になるとはねえ」
「ミョウゴ……」
攻撃された方向を見ると、見知った顔が映る。軽薄な態度を前面に出し、近づいてくる。
「さすがに不意打ちは汚いと思ったからね。変な奴を攻撃させてもらったよ」
「てめえ……」
にらみ合う2人。
AIはその様子を見て、最期の言葉を語る。
「ヒ…ロト……すまない。色々と迷惑をかけてな……」
「黙ってなさい!とにかく運ぶわ!」
手当てができないアキが安全な場所に移動させようとする。しかし、AIは最後の力を使って抵抗する。
「いい……もう、これは無理だ」
「…………」
「ヒロト……時間が経ってから言おうと思っていたのだが、俺は……お前の父親は死んでいる」
「そうか……そうか…………」
ミョウゴに目を離さずに話を聞くヒロト。ミョウゴは攻撃せずに待ち続ける。
「すまないな……だが、大丈夫だ。遺言は…残してある。データを送った。後で探しておいてくれ」
「ああ……分かった」
送られるデータを確認する。簡単に場所を知るとすぐに閉じた。
「なあ……ヒロトよ」
「なんだ?」
「母さんは元気だったか?」
一拍、時間が止まったかのように静かになる。風だけが動くこの空間でヒロトは彼なりの別れを告げた。
「母さんだけじゃないみんな元気だよ」
「そ…うか……よかった……」
消滅する肉体。電子空間での死は人間にとっては仮初の死だが、AIにとっては本物だ。
「ありがとうな……父さん」
完全に消滅する肉体を見届ける。この一瞬だけはミョウゴの方を見ていなかった。
「いやー感動したよ。悪かったね」
「…………」
「そんなに怒らないでくれよ」
一歩一歩近づくミョウゴ。それに応じてヒロトも歩み寄る。
「しかし…素晴らしいね。研ぎ澄まされている」
「だろうな。さっきのアイツが少し鍛えてくれたからな」
迫りくる生存可能エリア。圧倒的な速度で地面を引きずりながら死の世界を広げる。
「どうやら時間はないようだね」
「ああ、ここでやるしかないな」
残り数秒で2人を飲み込むであろう異空間。今から走ったとしても逃れる術はなく、勝者を決めるタイミングは他になかった。
「一撃だな」
「ああ……まるで武士の一騎打ちだね」
一瞬で終わらせる必要があるこの状況を前にミョウゴは笑みを浮かべる。彼は楽しみを胸に抱き、戦いに臨んでいるのだ。
「どちらかというとガンマンの早打ち競争だろ」
「はは…僕のイメージとは真逆だねぇ……」
瞬間、ミョウゴはデータを刀へと変換させ、ヒロトは銃に変える。二人の思考が相反することを示すかのように互いに異なる構えを取った。
「──────」
たった数度の呼吸。時間にして5秒だろう。5つの弾丸が全て発射され、敵の胴体へと吸い込まれる。しかし、3つは避けられ、2発は防がれる。
「さようならだよ!!」
5発の弾丸を撃ち終わった男の腹へ一閃を繰り出す。
(勝った…!!)
勝ちに対する安堵などない。ただ目の前の動作を終えることを極限に集中している。だからこそ、隙はなかったはずだった。
空気を斬る。
先ほどまで黒い鞭での攻撃を回避し続けていたヒロトにとって避けることができた。そして、最大の一撃を放ったミョウゴは大きな隙を晒していた。
「ガッ…!!」
拳銃本体による打撃。首筋に直撃されたミョウゴの仮想体は消滅した。
「……終わったか」
荒い息遣いを整え、呼吸をする。その間にアキが近づいてくる。
「やったわね!優勝よ!!優勝!!」
「ああ…そうだな……勝ったな」
周囲の空間が変貌する。煌びやかな照明によって装飾された広場は厳かな雰囲気があった。しかし、建造物の品位を陥れるかのような言葉を並び立てる者が多かった。
「よっしゃー!!大穴勝ちい!!」
「クソがぁ!!!なんでテメエが勝つんだよ!」
「うーん。中の上ぐらいかな?」
実況の男が騒がしい観客を盛り上げるかのように大声を張り上げる。しかし、ヒロトの心は対照的に非常に冷ややかだった。
「優勝おめでとうございます!景品は願いが叶うとのことですが、どんなことをお願いされますか?」
近くに女が近づいてくる。この世界に似つかわしいシステマチックな服装に派手な化粧をしている女だ。
「そうですね。今回の優勝は僕だけのものではありません。だからこそ、願いは皆さんにも還元できるような願いにしたいと思います」
つまらない返答をして追い返す。その後も、淡々と同じような態度をすると観客はふざけた態度に対してつまらないということから白けた空気から伝わってくる。
「それではありがとうございました!」
「ありがとうございました」
運営陣も会場に漂う雰囲気を察していたからか早い時間で解放された。
「あんた……」
「ありがとうな。アキ」
「……こっちこそありがとうね。短い間だったけど楽しかったわよ」
去っていくアキ。彼女はスカウトであろう男と親しげに話している。
「本当にありがとうな……」
その後、彼が過ごしたのは以前の日常だ。
母と祖母の2人と同じ家の下で学校に向かい、家に帰った。
戦いのない生活に最初は違和感を感じていた時もあったが、日を経るごとに感覚も鈍り、平和へと慣れてきた。
「あなた!お帰りなさい」
「ああ、ただいま……」
この日常を過ごしてから数年。マッチング&ファイトで得た資金を活用し、結婚をすることができた。自身の子を作ることができた。親孝行もできたはずだ。
「ああ……平和だな」
穏やかな風は心にも届いたのではないだろうか。そう考えるほどに波風のない平坦な人生だ。
「父さん。俺は幸せだよ」
だから産んでくれてありがとう。口ではそういうが、ヒロトの中にある喪失感が癒えることはなかった。
マッチング&ファイト フォムナイト @topa-zumira
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