すごく苦い炭酸水
黒崎
第1話
何かを得るためには、何かを手放す必要がある。今回の場合だと、大人からの信頼を得た代わりに親友との縁を失った、というところか。後悔していない……と言ったら嘘になるけど、私は正しいことをしたのだ。
私は悪いことをしていない。悪いことをする人は《決まり》という正義によって裁かれるべきだ。実際、社会はそうやって回っている。
*
勉強会とは名ばかりで、実質的には雑多なことを駄弁るだけだ。推薦がかかっている花奈も、最初は真面目に勉強していたが、すでに休憩が1時間ほど続いていた。動画を見ていると、スマホに広告が映った。
『スライスレモン入り!新感覚のレモンサワーを今すぐチェック!』
お酒か — 広告を最適化してくれるAIはいつになったら私のことを未成年と認識するのやら。
「花奈ぁ。このレモンサワーうまそう。2年後にまだあるかわかんないけどさ」
私たちはまだ18歳だった。その時花奈はまだ17だったかな。当然、酒を飲める年齢ではない。
「いいね!逆に2年後になったら進化して、ブドウがそのまま入ったチューハイとか出てくるんじゃね?」
「ああ、そうなったらサイコーじゃん!ま、20になるまで我慢だね」
花奈と一緒にいると楽しい、2年後も良い友達に違いない、20歳になったらきっと楽しく酒を飲むんだ、そう思ってた。花奈が満面の笑顔で口を開いた。
「我慢とかしてるんだ。もったいな!」
耳を疑った。酒を我慢しないなんて、推薦を狙っている奴がやることじゃない。一応、意味を確認する。
「え、それってお前は酒を我慢してないってこと?」
「そうだけど」
即答だった。空いた口が塞がらない。
「うまいよ、ビールとか。まぁ家で飲んでるからセーフでしょ。結構苦味があるんだけど、炭酸のおかげでいい感じになるんだ。それで……」
花奈はビールの味について解説する花奈は、すごく楽しそうでどこか自慢げだった。内容が頭に入ってこなかった。心配と、落胆の感情でいっぱいだった。すごくショックだった。花奈がこんなにダサい奴だなんて。
未成年飲酒----もちろん校則違反だし、なんなら法律違反。《決まり》を守らないということ、社会的に悪とされること。それを自慢するなんて、ダサすぎる。
でもその時は、まだ止められるかもしれないと思った。説得しようとした。
「はいはい、真面目ちゃんねぇ」
軽くあしらわれた後のことはよく覚えていない。
《決まり》を守れないような、それでいて自慢げな、そんな花奈と友達なのが耐えられなくなって、担任にLINEを送った。
『春日井 花奈は未成年飲酒をしている』
噂はすぐに広まった。私がインスタとかSNSで広めたわけじゃなくて、実際に飲酒の証拠が見つかって停学になったからだけど。
*
今朝起きてインスタを見たら、花奈にブロックされていた。花奈が悪いことをしたのは明らかなはずなのに、こんなの、私が最低なことをしたみたい。
私は、絶対に悪くない。
土曜日なのに最悪の気分。とにかく、スッキリしたい。確かオレンジジュースがあったはず。冷蔵庫の扉を開ると、冷気が溢れた。目の前に一本、ビールが映った。母が昨日買ってきてたっけ。とにかく、今一番見たくないものだ。視界の外に追いやるため、アルミ缶を手にとった。
あれ、これ、お酒じゃない。ノンアルビールだ。
『結構苦味があるんだけど、炭酸のおかげでいい感じになるんだ』
花奈が言っていたビールの味は、ノンアルでも体験できるのだろうか。成分表示を確認する。アルコール0.03%未満……甘酒と同じくらいか。
戸棚からコップを取り出す。
プシュ、トクトクトク……
グラスに注いだアルミ缶の中には、黄金色の液体の上に、しゅわしゅわと音を立てる白い泡が乗っている。ノンアルだけど、本当に飲んでいいのかちょっと不安になる。
大丈夫、これはノンアルコールだ。花奈が飲んでたのとは違う。だから、何の問題もない。
意を決して、グラスに口をつけた。
苦い、なんだこれ、すごく苦い。炭酸が私の舌と喉奥を刺激して、苦味に追い討ちをかけられた。すごく不味かった。
やっぱり、花奈はダサい奴だ。こんなに不味いものを「おいしい」とか、強がってるだけだったんじゃないか。こんなダサいヤツと将来一緒に酒を飲む約束をしようと思っていた私は一体なんだったんだろう。空っぽのアルミ缶を見つめていると、何だか悔しくなってくる。
アルミ缶を強く握りしめて、ゴミ箱目掛けて投げつける。箱の縁に当たって弾かれた。尚更悔しさが増した。
お酒なんて一生飲んでやるものか。誓って、グラスの中身を排水口に流した。
すごく苦い炭酸水 黒崎 @Sakuraba_N
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