第17話 不安と希望
夜、私はベッドに入ってもまんじりともできなかった。
明日のことを思うと胃が痛い。
横を見ると、いつものように
「
「起きてるよ? 眠れない?」
思った通りに答えが返ってきて、私は小さく「うん」と答えた。
「そんなに不安がらないで。僕が付いてるから」
「……
「んー、ないかな。なんでだろうね」
私は
「大物なんだから」
「そんなことはないよ。ただ自然体で生きてるだけ」
それを世間では『大物』っていうんじゃないの?
私がため息をつくと、
「今夜だけ、少し近寄っても大丈夫? そのままだと明日に響くよ」
少し躊躇った。男性にベッドの上で近づかれるのは、まだ怖い。
だけど、それ以上に今は明日のことが怖かった。
「……少しだけ、ね」
「うん、少しだけ」
二人で寄り添うだけ、それ以上は何もしてくる気配もない。
もう嗅ぎなれた
「ねぇ
「いいよ。
私は
幼い頃は、お父さんもこうして抱きしめてくれてたのかな。
……年上に甘えるならともかく、七歳も年下の男の子に甘えるなんて。
自分が少し惨めで、みっともない。
でも今は自分の小さなプライドより、明日の会社を背負うことを優先しないと。
きっと明日も、
私は急速に眠気が襲ってきて、すぐに意識が遠くなっていった。
****
朝、目が覚めると私は
慌てて離れようと思ったけど、頭を
そっと目を上に向けると、
私は小声でつぶやく。
「
フッと
「おはよう、
「
私の頭を解放してくれた
「少しでも幸福な時間を長く味わいたくて、つい夜更かししちゃった」
「ちょっと。社長がそれで大丈夫なの?」
立ち上がった
「今日の相手ぐらい、問題ないよ」
私は呆れてため息をついた。
「余裕ね。社長になってまだ一年経ってないんでしょう?」
「キャリアはそうだね。でも大人の相手は昔からよくしてたから」
私もベッドから立ち上がり、
「今日の服、何か気を付けた方がいいことってある?」
「ないよ? いつも通り清潔感のある格好で充分。
僕らが売るのは自分たちじゃなく、商品だからね。
相手に不信感さえ抱かせなければ、それでいいんだ」
部屋から出ていく
****
二人で交互に顔を洗い、歯を磨いていく。
あー、寝癖が付いてる。
私がミストを髪にかけると、
「ごめんね、ちょっと強く抱きしめすぎちゃった」
「もういいわ。おかげでよく眠れたし」
寝癖を直し終わると、二人で並んでダイニングに向かう。
「
「あら、私は妻よ?
きょとんとした顔の
「うん、じゃあお願い」
どこか軽やかな足取りで
私はそれを見送ってから、パンをトースターに入れ、コーヒーメーカーのセットを始める。
妻か。このまま本当の夫婦になってもいいのかも。
いつの間にか自分の心が、
現金だなぁ……不安な気持ちを癒してくれただけで、簡単に転ぶなんて。
そんな自分にちょっと嫌気がさしつつも、今の関係を心地よく感じている。
もしかして私、今まで我慢してたの?
トースターがせりあがり、お皿にトーストを乗せていく。
戸棚からマグカップを取り出し、毎朝のように定位置に置いた。
カップにコーヒーを注いだ後、ふと子供の声が聞こえたような気がした。
――子供か。いつかはこの朝食風景に、子供が加わるのかな。
自分のお腹にそっと手を当ててみる。
優しくて頼りになる男の子? それとも、私みたいな意地っ張りな女の子だろうか。
小さな子供たちがダイニングテーブルで朝食をとる幻覚が見える気がした。
ふと、背後で野菜を洗う音が聞こえた。
慌てて振り向くと、スーツ姿の
「――ごめんなさい! ついボーっとして!」
「大丈夫だから、
「……うん」
****
朝食を食べていても、なんだか世界が輝いて見える気がする。
不思議な気分、まるで生まれ変わったみたいだ。
ジャムの味も、トーストの味も昨日までと変わらない。
なのに幸せが胸から溢れて、今が代えがたい時間なんだと伝えてくる。
「
「十二月。そこで十九になるから、
私は眉をひそめて
「離婚……しちゃうの?」
「離婚するんじゃないの? 最初はそのつもりだったでしょ?」
「それは――まだ、決めてないんだけど」
マグカップをテーブルに置いた
「今はそれでいいよ。焦らないで。僕は待つから」
その目は私をまっすぐに見つめ、愛されている実感が私を包み込んでいく。
この愛に、私は応えられるのかな。
なんでもできる
「……ごめんね、
「大丈夫だって。僕は気が長いんだ」
私はクスリと笑みをこぼして答える。
「それじゃあ、オバサンになる前に答えを出さないとね。
あまり待たせちゃうと、
「僕は十年でも二十年でも待てるよ? 僕の隣にいる女性は、
私は
「そうやって女性を口説いてるの? いけない坊やね」
「僕が口説くのは
私はリビングの隅にとまっている
「ねぇ
「ごめん、
「ちょっと
「ほらね?
私は唇を尖らせながら答える。
「仕方ないわね。信じてあげる」
私は
――こんな家庭も、悪くないかも。
きっと楽しい家族になれるだろう。
そんな予感はするけれど、あと一歩を踏み出す勇気が出せない。
笑い終わった私は、ぽつりと
「ごめんね」
「待つよ。僕が言えるのは、それだけ」
……何も言わなくても察してくれる。私にはもったいない男性だ。
私は両手で両頬を叩いて気合を入れた。
「よし! 今日を二人で乗り越えよう!」
「うん、頑張ろうね」
私は立ち上がると、朝食のお皿を片付けてから着替えの準備を始めた。
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