第14話 エール
オフィスを出てエレベーターホールに出た私は、
「ねぇ、いくらなんでも入社早々で取締役とか無茶苦茶よ?」
「だけど、あのままじゃ
もう限界なのは、
「そりゃそうだけど……でも!」
私の視界を遮るように、白い羽がばさりと羽ばたいた。
「――
白いカラスが
「ほら、
「でも! いくら社長夫人でもみんなが認めないわよ!」
「今日一日で、そう感じたの?」
――それを言われると、なんだか受け入れられそうな気がするけど。
私が黙り込むと同時に、エレベーターのドアが開く。
「さぁ、
私は黙ってため息をつくと、エレベーターに乗り込んだ。
ドアが閉まると同時に、私はポツリと「レバニラ」と呟く。
私たちを乗せたエレベーターは、静かに地下駐車場に向けて降りていった。
****
スーパーに立ち寄ってから帰宅した
「すぐにできるから、
私は黙って頷くと、寝室に向かった。
クローゼットで部屋着に着替えながら、私はため息をついた。
「社長夫人ってだけでもプレッシャーなのに。
取締役とか部長とか……できるわけないじゃない」
私がぼやくと同時にスマホがメッセージ着信を告げた。
スマホを手に取ると、送信主は――『クロノア・ニール』? SMSで?
『クロノア・ニール:気にしないで。大丈夫だから』
私は小さく息をついて、メッセージを打ち込んでいく。
『
『クロノア・ニール:SMSでなら会話できるんだ。声は出せないけどね』
『
『クロノア・ニール:
僕は未来が見える。大丈夫、
『
『クロノア・ニール:
失敗しても
ほんとかなぁ……
『
『クロノア・ニール:僕だって付いてる。自分なりに精一杯やってごらんよ』
『
『クロノア・ニール:その意気だよ。頑張って』
スマホの画面をロックして、スカートのポケットに滑り込ませる。
IT業の下っ端経験しかないのに、本当に大丈夫かなぁ。
マネジメントか……憧れてたけど、いざその立場になると思うと怖い。
私は不安を抱えたまま、部屋の電気を消してダイニングに向かった。
****
テーブルには湯気が立ったレバニラの大皿が置かれていた。
「遅かったね。冷める前にたべよう」
私は小さく頷くと、椅子に座って手を合わせる。
「いただきます――ねぇ
「僕のスマホはデュアルSIMだからね。片方を
でも、それがどうしたの?」
私は慌てて首を横に振った。
「――ううん、なんでもない。聞いてみたかっただけ。
ねぇ、
きょとんとした顔の
「そうだけど……まさか、
あいつ、時々勝手にメッセージを送るんだ」
う、やっぱり気付かれちゃうか。
「大したことじゃないの。『頑張れ』って言ってくれただけ」
リビングの隅で
私は
「他人事だと思って……随分と勝手な神様ね」
「あいつは気ままな神様だから。振り回されすぎないようにね。
でも嘘は言わない。さすがに神様だからね」
そう言いながら
私は
「よく食べるわね……」
「頭脳労働職だからね。それにまだまだ成長期が終わらないみたい。
もう少し背が高くなってくれるといいんだけど」
完璧な男の子に見えて、案外コンプレックスがあるのか。
「大丈夫よ、今も私より背が高いじゃない」
「できればもっと高くなりたい。
相変わらずストレートな子だな……。
なんて答えていいかわからず、私は黙ってレバニラを口に運んでいく。
レバニラの大皿が半分消えたところで、私はポツリと呟く。
「私なんかと契約結婚して、後悔してない?」
「後悔どころか、『ずっとこの生活が続けばいいのに』って思ってる」
「……夜の相手ができない妻でも?」
「それは
――『本物の結婚』、か。
今は『偽りの結婚』、期間限定で、離婚が前提の関係。
この生活に不満があるわけじゃない。
ただ『この人でいい』という確信が持てないだけ。
それに……初めての男性になるわけだし。
それを決めるには、勇気が必要だ。
いつか、それを決められる日が来るのかな。
私は黙々とレバニラを食べ終わると、麦茶を飲みながら
「私のこと、本当に後悔しないの?」
「しないよ? 何を不安に思ってるのかは分からないけど、僕の気持ちが変わることはないから」
すっかり大皿のレバニラが消えると、
私も続いて「ご馳走様でした」と告げた。
「――あ、後片付けは私がやるわ。
「気にしないで。
テーブルを片付け始めた
……私には出来過ぎの夫過ぎる。もったいない。
「
「僕は
言われて見ればこの一か月、部屋を掃除していても
女性に興味がないというわけでもないみたいだし……不思議な子だ。
年頃の男子なんだから、性欲ぐらいあるだろうに。
ベッドでも襲ってくる気配は全くない。
……私の色気が足りないのかなぁ。
ため息をついた私は椅子から立ち上がると、入浴の用意をするために寝室に戻った。
****
私の後に
私はテレビを見ながら
「私って、色気がない?」
「突然なにを言ってるの?
「だって……同じベッドでも近づいて来ないじゃない」
「
離婚するなら綺麗な体で離婚した方が、
そこまで考えて、ずっと我慢してたの? 年頃の男の子が?
友達からは、年頃の男子ってもっと自分本位だと聞いていた。
こんなに私の為を思ってくれる男性は、もう一生現れないかもしれない。
胸が熱い。愛されるって、こんな気分なのかな。
私の体が自然と
私たちは寝る時間までその姿勢のまま、ただ黙ってテレビを見続けた。
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