第12話 現場主義
PCを起動させていると、
「
「――あ、はい」
私はトートバッグを手に取って立ち上がり、
中には白い長机と椅子が八個……九人以上は立って参加?
二人で会議室に入ると、
「これが就業規則ね。目を通したら誓約書にサインとハンコを。
それ以外の書類は前もって受け取ってるから大丈夫」
私は頷いてから、『就業規則』と書かれている書類に目を通していく。
気になる点は……なさそう、かな。
副業も禁止してないのか。珍しいんじゃないかな。
「どうして副業を禁止してないの?」
「最近は動画サイトで報酬を得る人がいるでしょ?
隠れてこそこそやる人もいるけど、それじゃ息苦しいと思って。
『やってもいいけど報告してね』っていう規則にしてあるんだ」
なるほど、よく読むとアカウントの通知義務があるみたいだ。
「でも、隠れて活動したい人もいるんじゃない?」
「そういう人はしょうがないよ。見つかり次第罰則ってだけ。
でも報告してくれれば、社外秘を漏らしてないかのチェックしかしない。
どんな活動でも黙認――そういうスタイルかな」
社員の年齢層を考えると、新しすぎる考え方だ。
社長である
書類を最後まで読み終わると、私は日付と氏名を記入し、ハンコを押した。
「これでいい?」
私が書類を差し出すと、
「うん、大丈夫。じゃあこれが
セキュリティカードにもなってるから、忘れないでね。
トイレはオフィスの外、廊下の端にある。忘れるとトイレに行けなくなるよ」
「ええっ?! ゲストカードはないの?!」
「もちろんあるけどね。
タイムカードも兼ねてるから、忘れたら勤怠時刻を手書きで残して。
残業は極力禁止。残業が発生したら、翌日に午前でも取って調整すること」
「はーい。随分とホワイトな企業なのね」
今の時代でも、珍しいくらいのホワイト企業だ。
IT企業でここまで徹底してるのって、どのくらいあるのかな。
「ねぇ、どのくらいその規則は守られてるの?」
「ほぼ全員が守ってるよ。
重役だけは管理で残ることも多いけど――
部長クラスになると、残業規制がなくなるから」
私はきょとんとして
「どうして残業するの? 部長なんでしょう?
現場作業なんて、やらないんじゃない?」
「んー、
新しい人が来ると昼間の時間を使ってもらうことになるし。
彼は開発部長なんだ。企画は僕が受け持ってるんだけどね。
四階の開発チームとのコミュニケーションもあるし、大変みたいだよ」
私は眉をひそめて
「それ、管理職に向いてないんじゃない?
本人はどう考えてるの? 副部長は?」
「
組織はほとんど
副部長をおけるほど人材も多くないし、やりたがる人もいないから」
そっか、お父さんの経営方針が組織に残ってるってことか。
ちょっと
私は机の上の必要書類を手に持ち、社員証のストラップを首から下げた。
私が立ち上がると
「初日はのんびりAIとチャットしていてもいいよ。
どんな会話をするかは、
私は頷くと、
****
私は会議室を出た後、
「
「――ん? ああ、クロノア・ニールの説明は受けてるのかな?」
「ええ、自宅でチャットをして使い方も覚えてます」
「さすが若奥様、勉強熱心だね」
私はジト目で
「ちょっと、その呼び名は止めてくださいってば」
「ごめんね
「『若奥様』よりマシです。
それよりも、少し聞きたいことがあるんですけど……いいですか?」
「うん? 構わないけど、どうしたんだい?」
私はおずおずと
「
深いため息と共に、
「私はまだ現場で作業をしていたいんだ。四十代だって技術者なら第一線で戦える。
開発チームは若いから、どうしても直接指導しないといけないことも増えるし。
今は昼間に現場指導をして、夜にプロジェクト管理って感じかな」
私は眉をひそめて
「そんなに若いんですか?」
「
だけどチーム開発の経験に乏しい子ばかりで、アジャイルも彼らだけでは回せない。
結局、私が彼らの相談に乗りながら手を動かしてもらって、一人でレビューしてるってとこだ」
アジャイル……名前くらいしか聞いたことないな。
「それ、
「もちろんだよ。若手の指導くらいは問題ない。
でもプロジェクト管理は部長じゃないとできないからね。
指導と管理、両方できるのは私くらいしかいないのさ」
「誰かに管理を任せるとか、できないんですか?」
私の質問に、
すぐに明るい笑い声で
「管理業務をやりたがる奇特な人は、今の会社にいないよ!
若旦那にマネージャークラスの人材を頼んでるんだけど、簡単には捕まらないみたいだね。
今はどこもマネージャー不足で、売り手市場だから」
そっか……一応は動いてるのかな。
んー、気になるけどこういうの、聞いてもいいのかな。
家に帰ってからの方がいいかな?
「ありがとうございました」
「ああ、どういたしまして。
あの小さかった
「ちょっと! やめてくださいよ、親戚のおじさんじゃあるまいし!」
明るく笑う
****
席に戻った私は、書類に書いてあるIDとパスワードでPCにログインする。
ブラウザを立ち上げながら、隣の席の
「
「大変みたいねー。昇進してから元気がなくなっちゃったし。
今日は珍しく明るかったけど、若奥様は
私は苦笑を浮かべながら答える。
「小さい頃、父に連れられて会社に遊びに来たこともありました。
父は時折、家にも大人を連れてくることもありましたし。
きっと当時から、
「あーわかるー。
AI開発をする前は、
今は競合に負けちゃって開発中止になっちゃったけど。
あの時の
技術にプライドを持つタイプ、か。
じゃあなおさら現場には戻りたがってるだろうなぁ。
このままだと、会社を辞めて転職しちゃうかもしれない。
なんとか引き留める手を打たないと。
私がAIとのチャットを始めると、
「若奥様、今日のテスト指示書をメールで送っておいたから。
それを見て分からないことがあったら、島田さんか私に聞きに来て」
――その呼び名はどうにもならないの?!
私が肩を落としながら「はい」とだけ答えた。
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