第3話 清志VS冬堂氷璃

「さて、どうしようかしら」

 冬堂との試合が決まった放課後、俺と清志は教室で向かい合っていた。

「どうもこうも、やると言ったからにはやるしかないだろ」

「今年からは公式戦、つまりは本戦に向けて勝率を少しでも上げなきゃいけないの。それなのに初戦が1組。それも氷璃こおりちゃんだっていうのが辛いわ」

 1〜15組までは数字が若いクラスほど去年の戦績がいい。最強と最弱の試合が確定してしまっている。

「あいつとの戦績はどうなんだ?」

「2割ってとこかしらね、それもかなり辛勝。それに去年は1本勝負だけど今年からは2本先取よ。実力差がはっきり出るわ」

「不意打ち、1発芸は通じてもその後が続かないか」

 清志と二人でうんうん唸ってると教室に誰か入ってきた。

「清志ちゃんおまたー、彼方くんもおすおす」

「お待たせ彼方くん、きーちゃんも」

 入ってきたのは清志の相方の煙上烈えんじょうれつ姫妃ひめきだった。

 2人には冬堂と試合の申請に行ってもらっていた。

煙上えんじょう、申請は無事にできたか?」

「できたよー。ちなみに清志ちゃんが先、彼方くんが後ね。冬堂さん、明日を楽しみにしてるって言ってたよ」

「実は夢だったりしないかしら」

「諦めろ、現実は明日に迫ってる」

「あ、ちなみに逃げたらどうなるか分かってますよねとも言ってた」

「流石に決まった事からは逃げたりはしない」

 その代わり決まる前に全力で逃げようとはしたが結局逃げられなかった。

「烈、明日の為に喉とあたしの武器をお願いね」

「任された。清志ちゃんの武器重いから運ぶのだけはお願いね」

「ええ。それじゃあここでうだうだしてても仕方ないし、明日に備えるために帰るとするわ。それじゃあね、おふたりさん」

「じゃあねー。姫妃ちゃん、彼方くん」

 そう言って清志と煙上は教室を出ていった。姫妃と二人きりになる。

「俺たちも帰るか?」

「....私、まだ昨日のこと説明してもらってない」

 やばい、冬堂との試合の事で不機嫌なの忘れてたって言ったら殺される。なんか姫妃の後ろからドス黒いオーラ?気?みたいなのなんか漏れ出てるもの。ここから入れる保険あるか?あっても保険金詐欺なの間違いないか。

「か、帰ったら説明させていただきます...」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ふーん...此方さんは彼方くんのお姉さんで、昔から姉弟仲が良いだけ、ね」

 フローリングの床って結構硬いよな、特に正座してるとより顕著に感じる。畳ってその点優しいんだ、しっかりとしているが以外と融通効かせてくれて足が痛くならない。ちなみに家の床はフローリング、つまり痛い。説明はカーペット敷いてる所でも良かったのでは。

「姉弟なのは納得できる。名前が対になってるし、苗字一緒だし、目の色も半分一緒だった。髪の色は違うけどまあ遺伝子の問題だろうし私にはそこは分からない」

「ご納得して頂けましたか」

 あ、ダメ。ハイライトがない。照明さん、照らしてあげて!姫妃さんに光当たってないよ!

「姉弟なのは納得した。でも、抱きついて匂い嗅いでたり貰いに来たって何?彼方くん、私は言ったよね。私を────


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 次の日の放課後、第一演習場のフィールドに清志と冬堂が向かい合っていた。

 演習場の2階には座席があり、オープン試合を誰でも観戦できるようになっている。1最強と15最弱の試合だからか観戦者は多くない。俺と姫妃は並んで座り、試合が始まるのを待っていた。


「烈、喉の調子は?」

「問題なしっ!いつでも歌えるよ。その子の調子は?」

「問題ないわ。最高にカワイイ仕上がりよ」

 氷璃ちゃんに背を向け、相方との最終確認を済ませる。右手に持った手のひらサイズの四角い箱を握りしめながら氷璃ちゃんの方へ向き直すと、向こうは既に準備が出来ているようだった。

「氷璃ちゃん、いいわね?どっちが勝っても恨みっこなしよ」

「分かっています。私にはこの後もありますので、ここで躓く訳にはいきません」

 まったくこの娘ったら、去年から変わってないわね

「先ずは目の前のあたしを倒してからにしなさいって、いつも言ってるじゃないの。あたしに足元を救われても知らないわよ」

「ええ、ですから...超えるための屍を作ります」

「あたし、死ぬのかしら...?」

 ちらっと観客席を見やると彼方と姫妃ちゃんが座っているのが見えた。いつもより少し距離が空いている気がするけれど...あの娘も大変ね。

「どうかしましたか」

「いいえ、何でもないわ。始めましょう」

 氷璃ちゃんが審判に合図するとモニターにカウントダウンが表示され、時間を刻む。

 10、9、8...3、2、1、START!!

 ここからが本番。

「魅せるわよ!カワイイアックス!」

 あたしが叫ぶと右手に持った箱が光り、形を変え、両刃の斧へと変形する。リボンでデコレーションされたあたしお気に入りの武器。

 それと同時に氷璃ちゃんも武器を展開していた。

ひらいてとざせ、死神の鎌」

 氷璃ちゃんの持っていた箱も変形し、彼女の身長ほどもある鎌が現れる。しかし、それだけではなく氷璃ちゃんの見た目にも変化があった。綺麗な黒髪は青みがかり、制服はローブへ換装されている。

「これは...時間をかけると不利とみたわ!」

 地面を蹴って接近戦に持ち込む。氷璃ちゃんの鎌は柄が長いから小回りが利くタイプでは無い。であれば近づいて斧を振り回した方が戦いやすい!

「近づかせません」

 目の前に氷の壁が出来上がる。この壁を壊して突破しても目の前に氷璃ちゃんがいるとは限らない。なんなら突破した真横から切られる可能性まである。

「でもね、それは知ってるわ。烈!」

 相方に合図を出すと返事の代わりに歌声が聞こえ始める。

「―――♪♪」

 壁の前で立ち止まり、斧を横に構える。自分の中のエネルギーを斧へ集中させ、薙いだ。

炎斧えんぶ!」

 氷の壁が砕けて向こう側が見える。が、そこに氷璃ちゃんは居ない。

「毎度毎度壊されてますからね、流石にそこには居ません。馬鹿力はすごいと思いますが真上が疎かですよ」

「ジャックと豆の木でも読んだのかしら!」

 氷璃ちゃんは空に向かって伸びた氷柱から飛び降り、氷塊と共に鎌を振り下ろしてきた。

「ぐっうぅ..!」

 鎌は防いだが一緒に降ってきた氷塊は防ぐことが出来ず、バリアが削られていく。

「というか!あなたから近づいてくるのね!」

「私には氷があるのでどうとでもなります」

「そうかもね、だけど忘れてないかしら?あたしの相方、まだ歌ってるわよ」

「ねじ伏せます」

「無茶ね!せいっ!!」

「ぐっ...」

「ほおら!もう1発!」

 力任せに鎌を押しのけ、バランスを崩したところに蹴りを入れさせてもらう。

「げほっ...相変わらずのパワープレイですね」

 吹っ飛ぶも受身をとり、ダメージは最小限で抑えられる。

「それが取り柄だもの。そして、こっちは先取しないとキツそうだから出し惜しみはしないわ!ヒートエンチャント!」

 体と武器にに炎を纏わせ、再び突っ込む。

「暑苦しいですね...!であれば―――」

「もう間に合わないわよ!炎斧!」

 リーチにものを言わせ、氷の壁が出来上がる前に攻撃を叩き込んだ。

「う゛っ...」

 鈍い声を上げ、氷璃ちゃんが吹っ飛んだ。かなりの量のバリアを削れたはず。

 モニターを確認するとあたしのバリアは8割、氷璃ちゃんのバリアは1割もないくらいまで減っていた。

「楽に勝てるとは...思いませんでしたが、2発で...9割持っていかないでください...ごほっ」

「むしろよく耐えたわね、あなた炎は辛いでしょ」

「咄嗟に炎斧が当たる箇所にできる限りの氷を生成したので、多少は軽減出来たかと」

 壁を作ろうとしてたのに中断して、間に合わないとわかったあの一瞬でその判断できるっておかしいでしょ。いや、去年1年間の試合の成果かしら。

「余計なことしてくれたわね、彼方」

「ええ、彼のおかげです。散々驚かされましたから」

 でも、あと1割削るだけね。

「こちらはあと少しですが、もう近づかせません」

「いいえ、嫌という程付き纏ってあげる」



「妙だな」

 清志と冬堂の試合の最中、俺は違和感を感じていた。

「....何がおかしいの?」

 姫妃が不思議そうに聞き返してくる。

「そもそも清志は冬堂に勝つことの方が少ない、本人も勝てた時は辛勝と言ってた」

「でも、今思いっきりきーちゃん有利だよ?あと1回攻撃を当てれば勝てちゃいそうなくらい」

 そう、試合開始して5分も経たずに清志は冬堂のバリアをほとんど削っていた。そこだけ見れば清志有利で試合が進んでいるように見える。

「冬堂の守りはあんなに脆くないんだよ。清志も大概馬鹿力だけど蹴りと炎斧だけで9割はおかしい」

 何試合も冬堂と戦っているからこそ分かる。あいつの防御はそんなに甘いものじゃない。それこそ守りを削って攻撃に回しでもしない限り...あ。

「きーちゃんの攻撃当たらなくなっちゃったよ?冬堂さん、避けたり防ぐことに集中し始めたのかな」

「違う、と思う。というかこれ...あー」

「なになに?何か分かったの?きーちゃん勝てそう?」

「無理だな、これ」

 そう言った俺の視線の先には、大量の氷塊が浮いていた。



「避けるわね!?斧振り続けるのって疲れるのよ!?」

 もう近づかせないと言う宣言通り、あたしのリーチに氷璃ちゃんは入ってこなくなったし、あたしも近づけなくなった。

「そろそろいいでしょうか」

「やっとやり合う気になってくれたのかしら?」

「清志さん、そのエンチャントって視界どうなってますか?」

「え?視界?明るいわよ、炎纏ってるから。よく見えて助かるわ。灯台もと暗しなんてことも無く足元までビッカンビッカンよ」

「そうですか。足元、明るいですか」

 何の話かしら?油断を誘ってる?足元を一瞬見ても何も無い、明かりが広がっているだけ。

「時間稼ぎかしら?あと3分くらいで時間切れドローに持ち込めるものね」

「いいえ、そんなつまらないことはしません」

「それ、誰かさんが聞いたら泣いちゃうわよ?」

「知りません。そんなのは自業自得です」

「知らないと言う割には執着しすぎよ」

 ねえ、誰かさん?

「ともあれ、もういいでしょう。いきます」

 氷璃ちゃんが上に手を伸ばす。そして、その手の先、演習場の天井付近を大量の氷塊が埋めつくしていた。

「透明度の高い氷って光をそのまま通すんですよ。知ってましたか?」

 マズイマズイマズイ、あれが降ってきたら逃げ場がない。ヒートエンチャントがあっても全てを溶かすのは無理!

「くっ...!降ってくる前に殴る?それとも防ぐ!?いや、いくしかないわ!」

 あたしが地面を蹴ると同時に、氷璃ちゃんがその手を振り下ろした。

氷山落としあめあられ

「おおおおおおおお!!」

 あたしのリーチまで肉薄し、渾身の一振を放った。

 ガッと氷の削れる音がした後、あたしの背中に氷塊が降り注いだ。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ボコボコにされたわ」

「いや、うん、あれは可哀想だった」

 清志が放った渾身の一振は分厚い氷の壁に阻まれて防がれてしまっていた。更にその壁と降ってきた氷塊に挟まれて清志のバリアは全て削れてしまい、負け。その後の2本目では歌バフのかかった冬堂に何も出来ず氷漬けにされていた。

「きーちゃん、ドンマイ...」

「ありがとう姫妃ちゃん、まだ始まったばかりだもの。リベンジしてやるわ」

「負けちゃったぁ...悲しいよぉ...カワイイアックスも上出来の仕上がりだったのにぃ...」

 煙上がしなしなになっていた。それはもう仕事終わりのサラリーマンのようにしなしなだった。

「烈はやるべき事をやってくれたわ。力が足りなかったのはあたしよ、気にするなとは言わないけれど前を向きなさい。あたしの背中だけ見てなさいな」

 あらやだイケメン...

「清志ちゃん...!とりあえず清志ちゃんは調子に乗って攻めすぎたことの反省はしようね?勝てると思ってハイになってたでしょ」

「掛けた梯子を外さないでくれる!?まったく....それより彼方、次はあなたの番よ」

 それよりとはなんだーと煙上が野次を飛ばしているが、実際それどころでは無い。

「姫妃、ここで答えを見つけてくれ」

「........分かった」

「え?何?この雰囲気、どういうこと清志ちゃん?」

 急な温度変化に戸惑う煙上は、隠していた餌が消えていた時のリスみたいになっていた。

「あなたは去年別のクラスだったから知らないわよね。詳しいことはこのふたりが話す気になったら聞くとして、この試合が2人が相方になってからの初陣なの」

「え...そうなの!?それは確かに、緊張するね。でも、え?去年1年間は?」

「まあ、それ以外にも色々あるのよ、この2人には。あたしも詳しくは知らないけれど、あとは本人たちから聞いてちょうだい」

「悪い煙上、今は話せない。少なくともこの試合の後までは」

「いや、大丈夫!人様の事情だからね、話す気になったらでいいよ」

ありがとうと煙上に頷き、姫妃に向き直る。

「それじゃあ彼方くん、行こう」

 いつになく真剣な表情で姫妃が手を差し出す。

「すー、はー...。よし、行こう」

 姫妃の手を取り、俺たちはフィールドに向かい歩き出した。

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捨てられた歌姫は、幸せになる @Handakuon

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