第2話襲来、姉と氷の女王

「それで?何があったら姫妃ちゃんがあんなに不機嫌になるのよ」

 翌日、昼休みに清志が俺の席までやってきて不思議そうに訪ねてきた。

「いや、うーん...」

「あんな露骨に不機嫌ですって顔してたらみんな気付くし、新学期2日目にしてあの態度はまずくないかしら?」

 他のクラスメイトから見ると、何故だか分からないけどずっと不機嫌な女生徒が朝から機嫌が治らないって相当気まずいよな...。

「とりあえずあたしに話してみなさいよ、知らない仲でもないんだから」

「場所変えてもいいか」

「もちろん。周りに聞かせることもないでしょうしね」

 俺と清志は連れ立って学園の裏門近くのベンチまで行き、並んで弁当を広げ、俺は昨日あった出来事を話し始めた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「彼方、私はあなたを貰いに来たわ」

 此方こなたと呼ばれた少女は白銀の髪を揺らしながらこちらにゆっくり近づいてきた。そしてそのまま俺の事を抱きしめる。

「「え?」」

 姫妃も俺もその行動の理解ができず素っ頓狂な声を上げた。

「すー......はー....すー.....はー....久しぶりの彼方の匂い、これよ、これが1番いいわ...」

 当の本人は俺をホールドしたまま俺の胸に顔を埋め全力で匂いを嗅いでいる。

「何してるの?ねえ、怖いよ、怖いって!久しぶりに会った姉にいきなり匂いを堪能される弟の気持ちを考えて!?あの、ねえ、いや力強っ!全然拘束解けないんだけど!?」

「え、あの彼方くん?これは、え?何?何が起きてるのかな?」

 ヤバい、どんどん姫妃の目が死んでいっている。このままだとそういう音声作品の女の人みたいになっちゃう。いやそういうの聞いてる訳じゃないけどね?バレたらそれこそ刺されかねん。

「はー....彼方成分補給完了!じゃ、帰ろうか彼方」

 元凶は満足したのか俺から1度離れ、俺の手を握って上目遣いで見上げてくる。その紅い瞳は有無を言わせない迫力があり、そのまま手を引っ張り俺を部屋から連れ出そうとする。

「ちょ、ちょっと待ってください。何故、今代竜王の貴方が彼方くんを連れていこうと...というか姉って何の話ですか!説明が足りなさ過ぎます!」

 姫妃が復活し此方に握られている反対側の手を引っ張り俺を止めにかかる。この場合止めるのは俺ではなく此方の方なのでは?両側から引っ張られる俺の負担は?

「......何?邪魔するの?」

 部屋の温度が下がった。先程まで笑顔で楽しそうに話していた此方の冷めた一言だけでこの場の空気が冷えきったような錯覚に陥る。

「あ、当たり前です。彼方くんは私のルームメイトで相方ですから」

 此方に睨まれた姫妃が怯えている。無理もない、今代竜王の此方は今学園でいちばん強い生徒だ。その人が本気で圧をかけている、戦わない下級生に向かって。誰だって怖いだろう。

「ふーん、それは私の邪魔をする理由有り得るの?」

 大人げない事するなぁ...姫妃にこれ以上は無理だ。

「やめろ此方、戦わない人間を脅すな」

「彼方くん...」

 姫妃を背に、此方に向かって体の向きを変え抗議する。すると此方はつまらなそうな顔をして俺の手を離した。

「そういうつもりなんだ。彼方、分かってるよね?今年楽しみにしてるよ」

 急に目的を失ったかのように此方は帰っていった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ということがあってだな」

「...だし巻き玉子ってやっぱり美味しいわね」

「聞く気あったかお前??」

 このオネエ、人に聞いといてちゃんと弁当に夢中になってるじゃないか。

「聞いてたわよ、世の中シングルタスクの人間だけじゃないの」

「そう言われればそうか...?まあ、その後からずっと不機嫌なままでさ」

「それで何があったんだっけ?」

「やっぱり聞いてないじゃないか!?何だったんだよさっきのシングルタスクの下りは!」

「過去は振り返らない主義なのよ」

「貴様の未来を消してやろうか」

「上等、今日が彼方の逆誕生日ね」

「それ命日ってことか!?」

 睨み合う俺と清志

「やめよう、不毛だ」

「そうね、つまり彼方と二人でいつも通り帰っていちゃつこうとしたら、知らない女が部屋にいた上に今代竜王で、それが彼方の姉だった訳ね。更に自分から彼方を取り上げようとすると。自分の抵抗は無意味で結局彼方に助けられる始末。そりゃあ不機嫌にもなるわよね」

「ちゃんと聞いた上で理解してる」

「当たり前よ、無駄な時間は嫌いだもの」

 さっきのくだりはなんだったんだよ。

「あと、いちゃついてはいない」

「はいはい、聞き飽きたわよそれ。なんで否定するかは分かんないけど気をつけなさいよ?365度どっから見てもいちゃついてるから」

「5度多いぞ」

「胸焼け分よ」

 ああ言えばこう言うオネエだ。

「それでお姉さんが彼方を貰いに来た理由に心当たりはあるの?」

「いや、それが無いんだなぁ」

「何よそれ、何も解決しないじゃない」

「あの後連絡しても既読無視するし、俺も訳わかんないんだよ」


 結局、話をしても解決せず情報共有だけで終わった。

 弁当も食べ終えたので教室に戻ろうと歩いていると、教室前に人だかりができていた。

「清志、あれ1組のやつか?あとなんか寒くね」

 制服の腕章で何組か分かるようになっているので遠目でもなんとなく組がわかる。

 パキ

「多分そうね、何しに来たのかしら?あとなんかこの辺寒いわね」

 パキ

 人だかりに近づくとその中心には1組の女生徒が立っていた。

「げっ、冬堂...」「あら、氷璃こおりちゃん」

 俺と清志が同じ人を見てそれぞれの反応を示すとその人物はこちらを見据えた。

「やっと帰って来ましたか。勝手ながら待たせてもらっていました、清志さん、彼方さん」

 どうやら俺たちふたりを待っていたらしい。嫌な予感がする。

「清志」

「ええ、彼方」

「「逃げるが勝ちっ!!」」

 俺たちは全力で回れ右をして来た道をダッシュで戻る。

「はぁ、逃がしませんよ2人とも」

 とにかく昼休みが終わるまで後10分、冬堂に捕まらないように逃げなければ!

「清志、二手に別れるぞ!俺は右だ!」

「承知!あたしは左!氷璃ちゃんを何がなんでも撒くわよ!」

 俺たちはそれぞれ別れて角を曲がっ...

「「なっ!」」

 俺たちが曲がった先には氷の壁が出来上がっていてとても通れる状況でなかった。

「やられた...」

「これは、まずいわ、左右に別れるのはやめてまっすぐ──」

 そこで清志の声が途絶え、何が起こったかと振り向く。するとそこには氷漬けにされた清志の姿があった。

「清志ー!?俺だけでも逃げないと....あ」

 まっすぐ進む道にもちょうど氷の壁が出来上がるところだった。つまりは逃げ道がない。

「逃がしませんよ。あなたたちがその道を通って教室に帰って来た時点でもう壁は作っておきました。あなたたちなら真っ直ぐではなく視界から消えるために左右に別れるでしょうし」

 しまった、だから教室に戻る時やけに寒かったのか!何かパキパキ音がしてると思ったけど氷壁の音かよ!

「な、何の御用でしょうか?」

 できる限りにこやかに、お伺いを立て相手に溜飲を下げてもらおう。

「決まっています。彼方さん、私と剣歌しましょう。今年からは公式戦ですね」

 こいつとやり合ったら消耗が激しいからやりたくない。見た目は清楚なのに戦闘ジャンキーで何度も何度も挑んできてキリが無いし、ここは丁重に断って穏便にすまそう。俺は意志が強い男。

「は、はは....嬉しいお誘いですがご遠慮....」

 ガキンッ(下半身の凍る音)

「遠慮なんていたしません是非戦わせていただきます」

 命あっての物種だ、俺の意思が弱いわけじゃない、決して。

「良かったです。清志さんもやりましょうね?」

 いつの間にか氷漬けから抜け出してこっそり逃げようとした清志がもう一度凍らされていた。首から下だけ。

「い、いえす、さー」

 こうして俺たちは竜王祭に向け初の公式戦をすることになった。



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