03 お隣さんはクセ者

「お前たちには、これからペアのところへ行ってもらう」

「ペア?」


 私の心の声と十川さんの呟きがぴったり重なった。ああ、と頷いた布目先生が説明を始めようとした時、チャイムの音が鳴る。腕時計を確認した先生の「あの校長、話長いんだよ」というぼやきがやけに大きく聞こえた。

 その言葉に激しく同意しているのは私だけじゃないはずだ。


「……気になるだろうが、オレは授業時間外に授業はしない主義でな。10分後におあずけだ。さあ、解散!」


 確かに気になるけど、10分くらいなら余裕で待てる。


 授業終わりの挨拶をして初の休み時間が始まった。教卓の布目先生に話しかける人、近くの席の人と喋る人、お手洗いに行く人……、今後のクラスでの立ち位置が決まり始めている。もちろん私はそのどれでもなく、何もしないことを選んだ。


 遠巻きにされている黒の異能者に話しかけるような子はまずいない。私の方から誰かに話しかけることもできるけど、それで嫌がられたりしたらさすがに悲しい。


 もう一人の黒の異能者さん、やっぱり友達になりたいなぁ。その人、確か今、3年生だよね。黒の異能者ってだけでひそひそ噂されるのはどこも同じみたいだから。


 たとえなんとか友達になれたとしても、1年だけしか一緒にいられないのか。……いや、3年間友達0ゼロよりずっといい。残りの2年間をひっそりと過ごせばいいだけ。


 ……まだその先輩のクラスすら知らないのは気にしたら負けだ。


 順調に仲を深めていくクラスメイトたちは随分と眩しい。お隣の十川さんはその筆頭だ。同じ空間にいるはずなのに、画面を通してドラマを見ている気分になる。差し詰め十川さんが主人公で、私はカメラにも映れない日陰の存在。

 光が強ければ強いほど、日陰はくっきりと浮かび上がる。


 私とは縁のないカメラの向こう側で、きらきらとした一度きりの青春を楽しんでほしい。それを見せてくれるだけで、私は十分青い春を体感できるはず。


 ……だから、わざわざ私に近づいてこなくていいんだよ?


 左隣からじっと視線を投げてくるのは、薔薇色の髪の女の子。ついさっきまで別の子と盛り上がってなかったかな、十川さん?


 これは、こちらから話しかけた方がいいの……? クラスの人気者に就任したらしい十川さんが、突然黙って黒の異能者をもの言いたげに見つめている。周囲の視線を集めないわけがなかった。私は気づかれないように、ふぅ、と息を吐いて向き直る。


「あの、何か用かな……?」


 警戒心と動揺が隠せなかったのにもかかわらず、十川さんはぱっと笑顔を浮かべた。浮かんだのではなく、その言葉の通り。見ている人まで笑顔にしてしまいそうなその表情には、おそらく害はない。何かしらの事情があるんだろうけど、……人気者も色々大変だね。


「よかったらなんだけどさ、ボクと友達にならない?」


 十川さんはこてんと首を傾げた。どこからか「お願い!」という副音声が聞こえてくる。錯覚なのか、黒い目の中がきらきら光っているように見えた。


 日陰まで届くようにと太陽が本気を出してきた。たぶん、十川さんの言葉に了承したら、私がいる場所は日陰じゃなくなる。視聴者じゃなくて出演者の側になる。

 それに、上手くいけば3年間友達0ゼロを回避できるかもしれない。


「……なりたい、友達」


 気づいた時にはそう口走っていた。全寮制のこの学校で友達0ゼロはさすがに辛い。


 今まで小学校、中学校と友達なんていなかったけど……だからこそ、ほんの少しだけ期待していた。異能者ばかりのこの学校だったら友達できるかもなって。……本当に友達できちゃった? 心底嬉しそうな表情の十川さんみたいに、たぶん私は今笑っている。


「ほんと!? やった、ありがとね! ボクの名前は十川汐梨。みんなからは『汐梨ちゃん』とか『汐梨』って呼ばれてるよ。キミは?」

「私は方波見かたばみ陽翠。よろしく、汐梨ちゃん」

「うん! よろしくね、スイちゃん!」

「……スイちゃん?」


 あ、ニックネームか。気づくのがワンテンポ遅れてしまった。そんな風に呼ばれるのは初めてで、なんだかくすぐったい。


 十川さん改め、汐梨ちゃんは、呆れることなくニックネームの解説をしてくれる。それからしばらく他愛もない話をしていたら、あっという間にチャイムが鳴った。初めての友達ができた嬉しさと緊張で、心臓がばくばくと踊っていたのは秘密にできていたかな。ドギマギしてしまったから多少はバレている気がする。


「また後で話そうね!」

「うん、後でね」


 全員が席に着いた後、布目先生の号令で挨拶をする。


「はい、着席」


 がたがたと音を立ててみんなが座ると、先生は話し出した。


「それじゃあ、お前たちのお待ちかね、ペア制度について説明するぞー。ペア制度っていうのは、この学校の1年生と3年生がその名の通り2人1組になる制度のことだ。より良い学校生活を送れるように3年生から色々と教えてもらえー、という目的のものだな」


 ペアの相手と上手くやっていけるかどうかに今後1年間の学校生活がかかっているというのは、私の気のせいじゃなさそう。もし同じ色の異能者同士で組まされるのなら、私は黒の異能者の先輩とになるよね。リボンタイの色も決められているんだからかなりの確率でな話だ。


「……実はこの制度、学校の歴史と比べると比較的最近のものでな。オレが卒業した直後に作られたらしい」


 左斜め上を向いて「問題児対策だそうだ」と呟いた先生は、今じゃないいつかを見ているようだった。……布目先生、あなたがその問題児だったんでしょう? 卒業した直後という時期的にもあり得る。


 「それでなんだが」と、先生はおもむろに腕時計を確認する。


「……やっぱり時間ないな。質疑応答できずですまないが、これから全員3年A組に移動だ。付いてこいよー」


 時間がなくなったのはやっぱり校長先生のありがたいお話のせいおかげかな。

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