Chapter 1
01 嫌われ者の学校
「……夢、か」
まだ慣れない天井をぼんやりと見上げて忘れていた瞬きを再開する。目から温かい水が重力に従って流れた。
このまま何もしなかったら入学式に遅刻してしまうかもしれない。さすがにそれはまずい。ゆっくりと体を起こして、ぐるりと視線を動かした。
ダークグレーのカーテンの隙間から差し込んでくる光は、つい最近引っ越してきたばかりの寮の部屋を淡く照らす。ベッド1台、勉強机と椅子、教科書や小物を入れる棚を置いて、少し隙間ができるくらいの一人部屋。
決して広くはないけれど、私は案外ここを気に入っている。今日みたいに悪夢を見た日でも、部屋に包まれているって安心できるから。それに、こういう時はしばらく涙が止まらなくなる。あの二人とは3年も前に縁を切ったはずなんだけど……。
異能者を管理する国の機関——異能省の人に助けてもらってから、あの人たちとはずっと会っていない。でも、たまに夢に出てきては私にカッターナイフを差し出してくるから、決まってあの時の痛みを思い出す羽目になる。
こんな、涙で痛みを洗い流してるみたいな状態、誰にも見せられない。この学校の寮が一人部屋で本当によかった。
数分経ってようやく止まった涙に息を吐いて、真新しい制服に袖を通した。襟付きの白いシャツのボタンを上までしっかりと止めて、ダークグレーと白のチェック柄が入ったスカートを履く。黒いリボンタイを付けて、最後にネイビーブルーのブレザーを羽織ったら完璧……ではあるけど、歯を磨いたり顔を洗ったりしないとだから後に回す。
タオルと洗顔セット、歯磨きセットを持って、部屋の外の洗面台が並ぶ一画に足を運んだ。
まだ6時前だからか、シャカシャカと歯を磨いている人は私以外誰もいなかった。綺麗に磨かれた鏡には、どこか疲れたように目を赤くした若葉色のボブヘアの自分が映っている。顔洗ったら少しはよくなるかな。
***
「新入生の皆さん、ようこそ
学校の式典でお馴染み、校長先生のありがたいお話が始まった。お馴染みじゃないのは、壇上に立つ人の髪色が黒じゃなくて藤色なことか。
悪夢で早く目が覚めてしまったせいか、思わず出そうになったあくびを噛み殺す。
校長先生の話が長いのはどこも同じらしい。ここ——中学を卒業した異能者の入学が義務付けられている異能者だけの学校でもそれは変わらない。
生徒がだいたい200人、先生が16人、その他働いてるのが7人……。それが全員異能者だなんて嘘みたいだ。人口の約0.006パーセントしかいないはずなのに、ここでは100%だなんて。
……でも、そっか。ここにいるみんな嫌われる側か。
だからだろう。山奥にあるこの学校は全寮制で、最寄駅までは車で40分。嫌われ者を囚えておくにはぴったりな陸の孤島だ。あなたたちが嫌う私たちも人間なんだけどね。……ただ、ちょっと科学では証明できない不思議な現象——何もないところから火を起こせたり、重力に逆らって宙に浮いたり、時を一時的に止めることができたり——が起こせるだけで。
突然、大きな拍手が響く。ありがたいお話が終わった合図だ。びくっとするのはなんとか耐えて、聞いていましたよ感を出すために手を叩いた。
その後も私は、いかにも真面目に参加している風に、起立の合図で立ったり座ったりしながら入学式を静観していた。
「1年A組の生徒、オレについてこいよー」
そう言って大股で歩き出した紫色のネクタイを緩めにつけている男性は、私のクラスの担任らしい。確か名前は
名は体を表すというけど、ここまでそうだと感じる人は初めてだ。布目先生は、紫色の布を目隠しのように巻いている。たぶん異能に関するものだろうけど……見えてるのかな。普通に歩いてるし、これで見えてなかったら何なんだという話にはなるけど。いつか聞く機会があったら聞いてみたい。
入学式があった体育館を出て、4つあるうちの1つの校舎——ローズグレーと白を基調としたレトロな建物へ移動する。どうやら学年ごとに校舎が分かれているらしい。建物と建物の合間には、私たちを歓迎してくれるみたいに遅咲きの桜がひらひらと舞っていた。
綺麗……だけど、ちょっと寂しい。散る桜を見るとそう思ってしまうのが常だ。綺麗な桜吹雪は、その花びらを散らさなければ見られない。何かを得るためには、何かを手放す必要がある。世界は優しくなんてない。奇跡と呼ばれるような異能を使えるけど、その代わりに「普通の幸せ」を失った私たち異能者みたいだって思う。
校舎の中は思っていた以上に快適だ。その古そうな見た目に反して現代の技術が注ぎ込まれている。電気はもちろん水道も空調も完全整備で、床や扉が軋んだりカビ臭かったりは全くない。今まで通ってきた小学校、中学校とは比べものにならないくらいだ。国立だからなのかな。これだけは運が良かった。
1階にある1年A組の教室に入って、黒板に書かれている通りの席に座った。私は前から4列目の廊下に接する席に着く。
全員が着席すると、布目先生は書類と生徒一人一人の顔で視線を行き来させている。……あ、目が合った。思わず逸らしてしまった。なんか、ごめんなさい。
クラス全体を見回してみると、ここには異能者しかいないことがよく分かる。
布目先生は、金髪に少し茶色が混ざったみたいな輝いて見えるショートへア。
教壇の一番近くの席の男子は、夕日のような濃い
前から3列目、窓側の席の女の子は、宇宙に届きそうな
斜め前の席の男子は、爽やかな酸味を感じる
隣の席の女の子は、ぱっと惹かれる華やかな
黒髪がほとんどな日本で、異能者の変わった髪色はやっぱり目立つ。逆に、ここまでカラフルだと返って黒髪の方が目立つのかもしれない。でも、この学校にはきっと、変な髪の色だと指を差してくる人はいない。
……まあ、異様なものを見る目で見られることはあるかもだけど。というかあったけど。
私はカチューシャ代わりにつけている黒いスカーフにそっと触った。十中八九これと黒いリボンタイのせいだろうなぁ。走って逃げられたり、何か投げられたりしないだけましか。
「28……、29……、30……! よし全員いるなー」
やっと数え終わった布目先生に教室中の注目が向いた。
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