第17話 プニの進化と新たな力

通路を歩く足音が、岩肌に反射してやけに響く。

魔物の気配は感じないが、空気はまだ少し張りつめていた。


陽斗が、ふいに口を開く。


「……そういや、俺のスキルのこと、ちゃんと話しとくか。手伝うなら、知らないままじゃやりづらいだろ」


 前を向いていた美咲が、ちらりと横目を向ける。


「うん」


「オレのスキルは《飼育(魔物)》。エサをやって“オレの個体”にしたやつだけが対象で、成長を早くできる。

 あとは、体調の管理とか、成長促進とか……要するに“育てる専用”。戦いには、ほとんど向かない」


「じゃあ、育成メインってわけ?」


 美咲は少し首を傾げる。興味よりも、まだ探るような声色だった。


「そんなとこだな」


 短く返して、陽斗は続ける。


「で、もう一つが《アイテムボックス》。容量はほぼ無限。魔石も素材もエサも、中型の魔物までまとめて入れられる。」


 美咲は前を見据えたまま、小さく口元をゆるめる。


「……なるほどね。買い物の時に使ってたやつだよね!」


「まぁ、そうだな」


 言葉と同時に、わずかな沈黙が落ちる。

 通路の奥に向かう足音だけが、一定のリズムで響く。


 少しして、美咲が真顔になった。


「あたしがいても……邪魔にならない?」


 陽斗は足を止めずに、わずかに視線を横に流す。

「邪魔どころか歓迎だ。ちゃんと戦力になるよ」


 美咲は一瞬だけ目を見開き、すぐに表情を緩めた。


「……じゃあ、よろしくね。にいさん!」


 その言葉に、陽斗はほんの短い間だけ口元をゆるめ、


「ああ」


とだけ返す。それ以上、言葉は足されない。

 けれど歩幅は自然と揃い、通路を抜けるまで、そのまま並んで歩き続けた。


 魔物の気配はないが、どこか空気が張りつめていた。

 無言で歩く時間がしばらく続き、ふと美咲が口を開く。


「……そういえば、他にも魔物って飼ってるの?」


「いるよ。戻ったらまとめて紹介する」


「ふーん……なんか、ちょっと楽しみ」


 美咲が前を向き直すと、足元のプニがぽよんと跳ねた。まるで「そうだそうだ」と同意するみたいに。


 やがて通路の先に、淡い光が差し込んだ。

 抜けた瞬間、視界がぱっと開ける。


 踏み固められた土の床に、壁沿いの簡素な仕切り。ほの暗い通路とは違う、“生活の匂い”がこの場所にはあった。

 干した草の匂い、かすかに残る魔物の気配。


 美咲が足を止め、ぐるりと視線を巡らせる。


「……ここが、兄さんの拠点?」


「ああ」


 ぽよん。


 足元のプニが小さく跳ねる。けれど、どこか落ち着きがない。


「なんか、そわそわしてない?」


「……ああ、ちょっとな。体の中で何か溜まってる時の動きだ」


 美咲がきょとんとする。

 プニはさらに一度跳ねたあと、陽斗の前にぴたりと止まった。

 その瞳(なのかは分からない)が、何かを訴えているように見えた。


ぽよん──。


 「……あれ?」


 美咲が眉をひそめる。


 次の瞬間、ぷるん、と全身が震え、透明な体表が波紋のように波打った。

 そこから、淡い光がじわりと漏れ出す。


 「……は?」


 陽斗も思わず足を止める。

 空気が微かに震え、周囲の温度さえ変わったような錯覚が肌を走った。


 魔力の粒子がふわりと舞い、二人の間を漂う。

 美咲が一歩下がり、視線をプニから逸らせない。


「な、なにこれ……プニが光ってる……」


 色が変わっていく。

 透明だった体が、ゆっくりと──薄い青へ。

 水面に染料を落としたみたいに、色が内部から染み広がっていく。


 「し……進化……したのか?」


 陽斗が低く呟く。

 でも、本当にそうなのか確信はない。

 予定も前触れもなく、ただ突然に始まった現象。


 ぷるり。

 光を反射させながらプニが震えるたび、胸の奥に不安と高揚が混じった感覚が湧き上がる。


「兄さん……これ、ヤバいやつじゃないよね……?」


 美咲の声は不安げで、それでも視線は逸らさない。


「……分からん。とにかく、様子を見よう」


 そう言った瞬間、プニの震えが一際強まった。

 空気がぴりつき、肌の表面を細かな魔力の粒が撫でていく。

 繁殖エリア全体が、静かに息をしているように感じられた。


やがて、震えはぴたりと止まり――次の瞬間、プニの体がふわりと膨らんだ。

 淡い青色はさらに深みを増し、表面がきらきらと輝きながら収縮していく。


【条件達成。名付け個体〈プニ〉が進化しました】


【《飼育》に派生スキル《共有》が追加されます】


 頭の中に、無機質な声が響く。陽斗は反射的に眉を寄せた。


(……派生スキル? しかも共有……)


【《共有》:名付け個体からスキルを1つランダムで取得(同一種族からは一度のみ取得可能)】


【取得スキル:《粘液》】


「……粘液?」

 思わず声が漏れる。内容を確認すると、どうやら用途は多岐にわたる。

戦闘に使える強酸性で敵を溶かすことも可能。他にも色々応用できそうな能力だ。

そして……生殖能力を向上させる特殊な分泌にも応用できる。


「なにそれ、ねばねばでも飛ばすの?」


 横から美咲が覗き込み、首を傾げた。陽斗はわずかに視線を逸らし、


「まぁ……便利なんだよ」


とだけ濁す。さらに通知は続く。


 【名付け個体〈種馬〉からスキル《精豪》を取得しました】


「……精豪?」


 (……いや、名前からしてアレじゃん。どう見てもエロ専用スキル。

 性欲アップ、持続力アップ、受精率操作──はいアウト。

 戦闘じゃ役立たないし、繁殖とか夜の方でしか使えないやつだ。

 よりによって美咲の前でこれ引くとか……マジで運が悪すぎる。

 絶対、口が裂けても説明できねぇ。)


 読み上げた瞬間、美咲が目を瞬かせる。


「え、なにそれ……名前からして怪しいんだけど」


「……まぁ、説明は……省く」


「絶対やらしいやつじゃん……」


 美咲が口元を引きつらせ、半歩だけ距離を取る。


「とにかく、これで俺のスキルが少し強化された。……ありがとな、プニ」


 ぽよん、とプニが跳ねる。進化の満足感を示すように。


 陽斗は呼吸を整え、美咲に向き直った。


「よし。せっかくだから、ここにいる他の魔物も紹介してやる」


 美咲はわずかに表情を引き締め、


「うん」


と頷いた。その頬には、さっきまでの気まずさと同じくらい、好奇心の色も混じっていた。


視線を向けたのは、種族はゴブリンでこのエリアの繁殖用として飼っている主力だ。


陽斗が軽く顎をしゃくって紹介する。


「こいつが“種馬”だ」


種馬はゆっくりと美咲の方を見た。敵意はない。ただ、その表情にはどこか複雑さと申し訳なさが滲んでいる。


美咲は一瞬目を合わせ、それから小さく息を吐く。


「……さっきはごめん。びっくりして……」


その言葉に反応するように、種馬はわずかに耳を動かし、視線をそらした。

それ以上何も言わずに、魔石を陽斗に渡す為に袋を取りに戻る。


 陽斗は、戻ってきた種馬の横に置かれた袋に目をやる。

 中には今日産まれた個体や処理済み死骸から取り出した魔石がきちんと入っていた。


「……今日の分か?」


 問いかけると、種馬は低く鼻を鳴らし、首を小さく振って袋を押し出す。


 陽斗はそれを受け取り、数をざっと確認する。

 全部で五十三個──これは換金したらかなりの額になる。


 袋を《アイテムボックス》に収め、美咲の方へ振り向く。


「こっちは繁殖の収穫分。美咲の分は、さっき回収した魔石な」


「種馬って、どんな仕事してるの?」


「……メスの魔物と繁殖させて、群れを増やす役目だ」


「へぇ……じゃあ、ずっとそういうことしてんの?」


「まぁな。今の群れのほとんどのメスは種馬の子供だよ。」


「……なんか、聞いてるこっちが恥ずかしくなるね」


「バカ、変な想像すんな。」


 美咲は口を尖らせて、わざとらしくそっぽを向く。

 陽斗は肩をすくめて笑い、種馬の方に視線を戻す。


「まぁ、ちゃんとやってくれるから助かってる。こいつがいる限り、繁殖は安定だ」


 美咲は少し間を置いてから、ぽそっと呟く。


「……でも、あんたの説明のせいで、ちょっとだけ想像したのは否定しない」


陽斗は思わず咳払いをして、話を切り替えると、美咲は手に入れた魔石のことを思い出した。


「……本当に、あたしがモンスターを倒したんだよね」


その声には、半信半疑と、ほんの少しの誇らしさが混じっていた。


「ダンジョンに入って、戦って、魔石を手に入れる……なんか、ゲームみたいだけど、現実なんだな」


ぽよん、と足元でプニが跳ねる。

まるで「そうだよ」と肯定するように。


美咲は小さく笑って、前を向いた。

不安もある。危険もある。だけど、さっき感じた高揚感は、もう消えていなかった。


(……次も、ちゃんとやれる)


そう思える自分が、少しだけ誇らしかった。


***


・探索終了時(18時以降)水曜日


未換金魔石53(26500円)

討伐魔石数0(0円)

美咲の魔石4(1700円)

合計28200円相当の魔石


ネームドモンスター

プニ(スライム)

種馬(ゴブリン)


飼育魔物


新規捕獲♀個体

ゴブリン♀20体妊娠、♂幼体0、♀幼体1

スライム500体→吸収後→100体


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ダンジョン牧場を経営しよう ねこまんま @aki4613

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