第5話 NYであなたと英会話研修。

朝、NYの伊能商事のビルへ早々に入り、

エレベーターで研修室のある15階へ行く。

一番乗りだったので、エアコンを作動して、

電気をつける。


今日の資料を確認して、一息ついた。

その時、研修室のドアが開く。

伊能さんと秘書の小林さんが入ってくる。


「おはよう。佐藤。」

「おはようございます。」


それに、クスリと笑う裕之。

私は、知らんふりをした。


「ああ。佐藤。」

「はい。」

「まだ、内密だけど、帰国したら異動があるから。」

「変な時期ですね。」


裕之が苦笑しながら言う。

「NYの野獣とフランスの氷獣から、圧力が来てね。」

「へ?」

「ま。こっちの話。ともかく異動があるから。」

「.........、わかりました。」


裕之の後ろに居る小林さんが、笑いを

堪えているのが視界に入ったけれど、

確認するのもなー。

と聖美が思っていると、皆が集まり始めた。

一様に、伊能専務がいるのに、びっくり

している。

私は、柴崎の近くへ来た。


「なんで、伊能専務いるの?」

「うん。社長命令で、専務と講師することに

なっちゃった。」

「え?」


その柴崎の様子に、専務をみるよう、

聖美は促した。

じゃっと柴崎に合図して私は、専務の

右斜め後ろに立った。

その私を、上司や同僚たちが、

不思議そうに見ているのも分かる。


「皆さん、おはようございます。

今日は最終日。英会話の最終仕上げですね。

実は、社長の命令で、僕は佐藤さんと、

今日の研修の講師をするよう仰せつかり

ましたので、一日宜しくお願いします。」


なんでという声が、小さくあがる。

専務が、それを制して言う。


「佐藤さんが講師なのは、ここで研修を

受けている君たちの中で、ダントツに英語が

優秀だからです。」


そ、そんなバカな。。。と声が、上司の

上田からあがる。


ふう。と一息を入れて。

伊能専務は話し出す。


「何故、佐藤さんが一番かというと、

佐藤さんの英語は、僕が、教えたからです。」


ザワザワが大きくなる。

どういうことか。という声が室内で、

大きくなる。


「佐藤。」

「はい。」

「英語で。」


私は、小林さんから、マイクを受けとり、

伊能さんと二人、英語で話をはじめる。


「まずは、簡単な英会話から始めますね。」


朝のニュースの事を、話す。


「ここまで、ついてこれていますか?」


美作さんが、グルッと研修室を見回す。


「じゃ。次は、中級編。」


そして次は、NYの公園の桜について。

また、話しだすと、私はマイクを持ちながら、

周囲を見回すと、段々とついてこれて

いないのがわかる。


「で。最後に、上級編。

ええと、上田課長、こちらへ。」

「はい。」


上田課長も含めて、ビジネス英語が飛び出した。

最後の方に入ると、上田課長もしどろもどろに

なってくる。

そして、同僚達は、目がきょとんとしている子が

ほぼ全員。きちんと聞き取れているであろう

同僚は、ほんの一人だった。


そのあと、カリキュラムの紙を配り、

研修を始めていく。


途中、美作さんの携帯が鳴る。

ちょうど、グループ会話の時間な為、

誰かだけを確認して、留守電へまわす。

すると、今度は聖美の携帯がブルブルし始めた。


裕之は、聖美がどうするのかと、チラリとみた。

聖美は、携帯の画面をチラリとみると、

電源を切った。

裕之は、フッと笑いだす。

「後が大変だな。」


となりで、軽く首を振って、小さく溜息をつく。


視線を感じて、こちらを向く聖美に、

裕之も苦笑した。


「続けて。すぐ戻ります。」

と指示してこちらに聖美がやってくる。


「類と坂崎さんからでした。」

「うん。戻ったら、飲みにでも誘うよ。」

「はい。」

「佐藤も連絡するから。」

「はい?お邪魔じゃ?」

「遠慮するな。」

「遠慮したいんですけど。」

「まあまあ。」


私は、肩を竦めて、グループに戻った。

まあまあ。が出たら、裕之はテコでも、

他には言おうとはしない。


研修はというと、お昼を挟んで、夕方まで

進められた。

この英会話の研修を受けて、みんな、

英会話の質を高められたと思ってくれたようだ。


「良かった。成功ですね。」

「そうだな。」


聖美と裕之は、微笑み合う。


「ところで佐藤。」

「はい。」

「研修の後なんだけど、予定は?」

「特にはありませんけど。」

「じゃ、講師同士、打ち上げでもどう?」

「そうですね。」

「決まりな。」



*******



18時。

予定通りに、今日の研修会は終了した。

美咲が近寄ってきて帰ろうと言うが、

片付けと反省会があるから、先に戻っていて、

と聖美は、返事する。


片付けて、電気を消して、ミーティング

ルームから外に出ると、

そこでは、伊能さんが待っていた。


「おつかれ。」

「お疲れ様です。」

「ちょっとレストルームによっていいですか?」

「ああ。もちろん。俺もよるよ。」


聖美は鏡の前で、まずは、Fの星の

ネックレスをつけて、

耳にイヤリングもつける。

中に入れておいた、ブローチを胸元につける。

そして、1つにまとめていた髪ゴムを外して、

髪の毛のゴムの後がついた所に、シュッと

直しスプレーを付けて、櫛を通す。

そして、口紅を引いて出来上がり。


これで、伊能さんの隣りに居ても、秘書には

見えないかななんて思いながら、レストルームを後にした。


壁によっかかっていた伊能さんの目が、

私を見てフッと緩む。。


あ。気づいてくれた。


私は、ニッコリと笑顔になった。


「さ。行こう。」

「はい。」

「何が食べたい?」

「そうだなぁ。美味しい生ハム。」

「ん?珍しいリクエストだなぁ。」

「そう?」


ふむ。分かった。


エレベーターの前で待っている時に、

伊能さんは、お店の予約を済ませたみたい。


「よしっ。」


ん?と言う顔を向けると、

なんでもないよ。と

柔らかい微笑みが返ってくる。

玄関前にあった、車に乗り込み、

NYの街の中を車は走っていく。


15分程走ったであろうか。

とある商業ビルの前で私たちは

降りて、そのビルの中へ入っていく。

エレベーターで昇ってついたのは、

イタリアンレストラン。


レストランの支配人が出てきて、

直々に席へ案内してくれる。

ゆっくりと出来るようにと、

半個室になっていて、外には、

NYの夜景が広がっていた。


「夜景がキレイだねぇ。」

「そうだな。」

NYの夜景は、香港と並んで

綺麗かもしれないな。


前菜にと、これでもかという大きさの

生ハムが、ドーンとやってきて、

その場で切ってくれる。


「やることがさすが、伊能さんだね。」

「あはは。佐藤のリクエストだからな。

お代わりもしていいし。」


ボトルのワインも出てきて、グラスにつがれる。


「ティニャネロっていうイタリアワインだよ。」

「そうなんだ。」

乾杯して、コクッと一口くちに入れると、

ベリー系の華やかな感じが広がる。


「なんか、イタリアらしいワインかも。」

「そうかもしれないな。華やかだな。」

「うん。」

「生ハムとチーズに合うね。」

「そうだな。」


「佐藤。いい顔してるよ。」

「うん。美味しいから。」

「研修も、なんとか終わりに近づいたし。」

「そうだな。」

「やっと、日本に帰れるから。」


「でも、日本に帰ったら異動があるから、

忙しくなるぞ。」

「どこの部署だろう。」

「それは、楽しみにしておいて。」

「ははは。」


裕之は、聖美の笑顔で疲れを癒し、

聖美は、ワインでほろ酔いになって、

裕之と一緒にいるだけで、ホッとした

気分になる。

そうやって、レストランでの打ち上げの夜は、

過ぎていった。



*******



次の日。

私は、みんなと共に空港にいて、

搭乗が開始されるのを待っていた。

柴崎と話をしていると、携帯が鳴る。


「ん?ちょっとごめん。」

「うん。」


みんなからなるたけ離れつつ、

電話にでる。


「はい。」

「佐藤。」


声は、少し低い。

NYの野獣の声。

「あ。坂崎。」

「あ。坂崎じゃねえ。昨日、俺様が

電話掛けたのに、切りやがったな?」

「ごめん。研修中だったからさ。」

「そんなの関係ねぇ。

俺様からjtwelrliolworfftygsmlgiaq?!」


坂崎が、ぎゃいぎゃい話している。

私は、一度、携帯を耳元から話すと、

盛大なため息を着いた。

そして、あたしはあたしの堪忍袋が、

プチッと音を立てたのを聞いた。


「ちょっと。坂崎。」

「あ?」

「うるさいっつーの。これから搭乗だから切る。」

「おい。佐藤!」

「じゃ。元気で。」


あたしは、有無を言わさず、電話を切り、

電源をオフにした。


「ったく。うるさいっての!」


ブツブツ言いながら戻ると、柴崎がじぃと

見ている。


「坂崎って、あの坂崎グループの??」

「そこで、聞かないのが大人だと思うけど?」

「え?」

「NYの野獣ってだけよ。」


不機嫌なことこの上ない私。

言いたくないから、それ以上は言わない。

口を十文字にグッとつぐんだ。

柴崎は、それを見て、静かに口をつぐんだ。


そんな様子を、裕之は部長達と話しながら、

チラッと見ていた。

怒らせたな。。。ま。真介だからな。

あの分だと…。成田についた頃には…。



*******


それから、約12時間後、成田に降り立った

飛行機。

荷物を受け取り、その場で解散になった。

その後、電話の電源を入れると、

恐ろしい位の着信履歴が…。

私は、つい叫んだ!


「当分、放置決定!!」


私の後ろから、声が聞こえる。


「やっぱりな。」

「へ?」


振り向いたそこには、苦笑した裕之。


「真介だからな。」

「そうだけど…。」


「さてと。帰るか。」

「って、私は家に。」

「送るから大丈夫。」


横から、スッと小林が出てきて。


「失礼します。」

「へ?」


私のスーツケースを、

軽々と持って行ってしまった。


「えええ?」

「ほら。行くぞ。」


私は、手をグィと掴まれて、

引っ張られて、歩き出した。

車に乗って、シートベルトを閉めると、

静かに走りだす。

流れている景色を見ていると、

助手席に座っている小林さんに話しかけられた。


「佐藤様。」

「はい。なんでしょう?」

「奥様から預かって参りました。」


袋があたしの手に渡って、なんだろう?と

首をかしげていると…。


「お夕飯に食べてね。」

と伝言を預かっております。


「おばさま。。」


チラッとみると、中には、

お弁当がたっぷり入っていた。


「伊能さん。ありがとうございます。

って、伝えてもらえる?」

「ああ。伝えるよ。」


「小林さん。届けてくださって、

ありがとうございます。」

「いえ。」


「あ。スペインオムレツが入ってる。

私、大好きなんだ~。」

「良かったな。」

「うん。」


段々と、夕闇になっていく中、

私の家まで送ってくれて、

外に出て、美作さんと話しているうちに、

小林さんが、トランクから私の

スーツケースを出して、

2階の玄関の前まで、運んでくれた。


「じゃ。明日の午後な。」

「会社で。」


車の側に戻ってきた小林さんに、声を掛ける。


「運んで下さって、助かりました。

ありがとうございます。」


頭を深く下げる小林さん。

その様子を見て、伊能さんは笑って、

私の頭を、ポンポンっとして、

さあ、上がれと促す。


鍵を開けて、スーツケースを玄関に入れて、

窓から合図を送ると、伊能さんは、

車に乗って行った。


「日本に帰ってきた。

やっぱり、日本だよね。」


私は、片せるものは、元に戻して、

洗濯物は、洗濯カゴに移動した。


これから、忙しくなるって言ってた

けど、どうなるんだろう。

不安もあるけど、楽しみかな。

なにより多分、私の予想が正しかったなら、

伊能さんのそばで働けるから。。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

NYでの物語。 波羽 紗羅 @sarasaramac

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る