第3話











 ここは、牛蜜刻探偵事務所。


 妖怪相手に仕事する毎日だが、先日は珍しく人間の来客があった。


 そして、今日は――?


「告白された?」

「うん。田中さんに」


 幼馴染であり、バイト仲間でもある媛子が相談にやってきた。というか、誰も来なくて暇だから雑談がてら相談に乗る形になった。

 白沢は会話に入ることなく、気ままに本を読んでいる。

 詳しい事情も何も、「告白された」の言葉通り先日訪れた人間の客――田中に、濡れおなごストーカー事件解決の後、呼び出されて交際を申し込まれたらしい。


「で?付き合うのか」

「いやいや。未成年にガチ恋する30代男性とかありえないから」


 意外と媛子は、こういうところ手厳しい。倫理観がしっかりしているとも言う。


「……年齢なんて、ただの数字じゃないか」


 我関せずだと思っていた白沢が小さく呟く。…正直、あたしも同意見だ。恋愛に年齢は関係ないというよりは、他人の恋愛事情なんてどうだっていい。

 何歳が何歳と付き合おうが、こちらは不利益をなに一つ被らない。よって、興味もない。

 が、媛子は違うようで、田中に対して⸺ひいては、未成年に手を出す大人に対して深い嫌悪を示していた。


「子供をそういう目で見るなんて気持ち悪い」

「媛子、お前は子供なのか?私には、成熟した大人の個体に見えるが」

「高校生は、精神的にも肉体的にもまだまだ未熟なの!」

「どこら辺が?お前のその豊満な乳房や定期的な排卵を行う子宮。それら全てが一個体として成熟した証じゃないか。子を成せる状態になった個体を“大人”と呼ぶのであれば、の話だがね」


 言い負かされた媛子が泣きついてくるまでがテンプレートで、飛び込んできた体をそのまま抱き止める。

 こういう時、あたしはどちらかと言えば所長寄りの意見な事が多いから、肯定も否定もできず困り果てた。とにかく、中立に立つのが一番だ。


「なんで妖怪って、みんなああなの?すぐ浮気するし、困らせるし、襲うし!」

「う、うぅん……人間も同じようなもんだしなぁ」

「ももちゃんはどっちの味方なの!?」


 半妖であるあたしには、ちょっとばかし返答に悩む質問だった。


「味方とか、敵とかないよ。どっちもどっちだろ」

「素晴らしい。その通り。媛子、お前はあまりに短絡的すぎる。思想の偏りもひどい。少しはヤマトの適当さを見習え」

「頼むから黙っててくれ…」


 これ以上ヒートアップされたら敵わん、と白沢に一瞥を送り黙らせ、ごまかすためにも話を戻すことに。


「そもそも、付き合う気がないのになんで相談してきたんだよ」

「……は、話の種に」

「野暮なことを聞くな。おおかた、濡れおなごの件で嫉妬した腹いせか何かだろう。そこは確かに、子供じみていて未熟者だね」

「は?どういう…」

「っち、違うもん!」


 所長の言葉に顔を真っ赤に染めた媛子は立ち上がり、これはまた怒らせて厄介なことになりそうだと冷や汗を垂らしたが、予想外に彼女は言い淀んで、言葉が見つからなかったのか逃げるように事務所を飛び出してしまった。

 追いかけようか迷って、やめる。多分あの感じだと10分後には戻ってくるだろうから。


「しかし……ヤマト」

「なんだよ」

「お前こそ嫉妬しそうなもんだと思っていたが、案外そうでもないんだね?」

「どんなイメージ持ってんだ」

「だって過保護だから。男と付き合うなんてなったら、もっと大騒ぎすると思ってたよ」

「するわけないだろ。友達相手に」

「ふぅん。“友達”ね…」


 何か言いたげな気配だけ残して、所長は珈琲入りのカップに口をつけた。

 媛子はあの通り、地雷さえ踏まなければ見た目も人柄も良いから男女問わずよくモテる。いちいち嫉妬なんかしてたら、心が持たないってのも理由のひとつだ。

 本音を言えば、少しくらいは嫌なのかもしれない。当たり前にそばで過ごしていた日常が変わるんだ、そりゃ寂しいに決まってる。


「まぁ、でも……彼氏が出来たからといって、友達関係が終わるわけじゃないからな。関わり続けられるなら、あたしはなんだっていいよ」

「へえ。健気だね」

「媛子はあたしにとって、大切な存在だからな」


 “命の”と付け加えるほどではないが、色々と恩人でもある。彼女のおかげで救われたことが、何度あったか。

 だから、やましい目で見るなんて言語道断。恩知らずも良いところだ。

 ちょうど10分くらい経ったか、勢いよく事務所の扉が開いた。入ってきたのはもちろん依頼人――ではなく、媛子だ。


「ねぇ〜…!なんで追いかけてきてくれないの!」

「おぉ。おかえり、媛子」

「ただいま。…じゃなくて!ひどいよ、ももちゃん。わたしのこと心配してくれないんだ」

「そ、そういうわけじゃない。ひとりになりたいのかなって…」

「ももちゃんの分からずや!」

「えぇ……なんで…?」

「……ふむ。高校生がどうかはともかく、媛子はまだまだ子供だね」


 戻ってきて早々、怒りを露わにした媛子に対し、所長は鼻で吐息して珈琲を喉に通した。

 今日の依頼はゼロ件。なのにどうしてか、妖怪同士のゴタゴタに巻き込まれるよりも疲れて、無事に一日を終えたのだった。

 

 






  

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百合の独壇場 小坂あと @kosaka_ato

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