暇、会いに行きます。

真田紳士郎

※※※




 土曜日の昼間っからスト缶かましたら気絶して夜になってた。

 平日、仕事してる時に切望しているはずの待ちに待った週末の過ごし方がこれ。

 虚無、あまりにも虚無。

 俺の人生、これでいいのか。

 こんなはずじゃなかった。

 大学を出て十年、同期の連中とは完全に差が付いた。

 周りが結婚、出産、転職、出世していく中、俺ときたら新卒で入った会社でダラダラと過ごしている。

 俺だって社会人になりたての頃は資格取得だのキャリア形成だの資産運用だの、しっかりしなきゃと考えていた。

 だけどある時、俺は気づいた。


 『仕事は疲れる』と。

 『家と会社の往復だけで精一杯』だ、と。


 このうえ、仕事から帰って家でも勉強だの筋トレだのしてる奴ら。

 あいつらはもはや俺とは別の生き物。スーパーマンなのだ。

 そう思ってなきゃやってらんない。


 せっかくの休みにぼんやりしてるのはもったいない。

 サブスクで映画でも観よう! と決意するも再生して一時間くらい経ってから、あ、これ前にも観たことあるやつだと気付く。

 ……虚無。圧倒的、虚無。


 生きてる意味ねぇー。


 絶望感に打ちひしがれたちょうどその時、スマホ画面に通知がポンッと出た。

 珍しいな、なんだろうと見てみるとSNSからだった。



<松崎るる>

『タロウさーん、元気ー?

 突然なんだけどさ、明日とか暇だったりしないかなー?

 夕方、渋谷でライブあるんだけど、会いに来てくれたら嬉しいなー(はーと)』



 画面を見ながら思わず笑顔になる。

 松崎るるは地下アイドル。

 俺のだ。

 自分のことを頼ってくれる年下の女の子の存在。

 正直、悪い気はしない。



<タロウ> 

『るるたそ。連絡ありがとう

 明日ね、なんとか調整してみるわ

 絶対に行くよ』



 あまりすぐに返事をするとものしそうな暇人の印象を相手に与えてしまうので、一応、三十分ほど時間を潰してから返事を送った。



<松崎るる>

『ホント!? 会えるの嬉しいー!!

 タロウさんだいすきー!

 じゃあ明日、待ってるからねー(はーと)』



 ふん、可愛いやつめ。

 思わず鼻で笑ってしまった。

 一応『なんとか調整してみるわ』と忙しぶることも忘れない。

 実際、俺の休日の予定は完全に白紙なのでこうやって埋まるのは楽しい。

 それなら最初からライブに行けばいいじゃないか、と思う人もいるかもしれないがそれは違う。


 頼まれてから行くのがいいんだよ。


 そっちの方が『るるたそのお願いをきいてピンチを救ってあげた感』が出るし、推しメンから感謝もされるのでオイシイのだ。

 

 それとなく松崎るるのSNSの返信欄をチェックする。

 俺以外にも何人かのアイドルオタクに同じような文面を送っていた。

 どうやら他のオタクは断りを入れたり、スルーを決め込んでいるようだった。

 唯一俺だけが、松崎るるのお願いをきいてあげた状態である。

 これまたオイシイ。もはやオイシイの倍付けである。……倍付けって何?



 同時に少しだけ虚しい気持ちに襲われもする。


 別に、俺じゃなくてもいいんだろうな、と。


 松崎るるが必要としているのはあくまでも『動員』であって、

 ライブに来てくれるのなら誰でもいいのだろうな、と。


 アイドル界ではこの『動員』がとても重要なのだ。

 動員とは、ライブを観に来たオタクの人数を指す。

 グループの動員が多ければ多いほど良質なライブイベントに声がかかり、

 逆に動員が少ないとイベントに呼ばれなくなったりもする、らしい。


 出世の為には契約数、ノルマの達成が大事なのに似ている。

 結局、アイドルもサラリーマンもやってることの根底は同じなのかもしれないと思うと夢のないハナシではある。



※ ※ ※



 翌日、ライブ会場のやたら重たいドアを開けると、むわっとした独特の空気が俺の顔をねっとりと撫でてきた。

 うおー、これこれ。

 これが地下アイドル現場なんだよ。

 二百人も入ったらパンパンになるぐらいのフロアの中を、せいぜい五十人程度の観客が広々と使っている。

 アイドルを静かに見守るオタクたち、柵の前で飛んだりフロアを走り回ってるオタクたち、床を見ながらコールを叫んでるオタクたちと様々だ。

 アイドルオタク文化とは無縁の人たちにこの光景を見せて「これが地獄絵図です」と説明したら半数くらいは信じてしまうだろう。

 それほど常軌を逸した熱気に包まれているのが地下アイドル現場なのだ。



 俺はこのテの喧騒に巻き込まれるのはごめんなので最後尾の壁に背中を預ける。


 やがて今のアイドルグループのライブが終わり、入れ替わりで次のグループがステージに出てくる。俺のお目当ての出番だ。

 ド派手な入場SEとともに松崎るるはステージ上に現れた。

 俺は彼女の担当カラーの紫色を灯したペンライトを掲げると、それを見つけた彼女がその場でピョンと飛び上がった。


 小動物みたいで可愛いっ!!


 自分のオタクを見つけて喜んじゃうアイドルかわいい。

 俺の存在が推しメンを喜ばせたんだ、と得意げな顔になってしまう自分を抑えられない。


 ライブ中、何度も目線や指差しなどのが来た。

 今日はサービス精神が凄いな、と思ったが、

 冷静に色とりどりのフロアを見渡すと、紫色を灯しているのはどうやら俺だけのようだった。

 ……そういうことか。


 昨日のSNSでの捨て身の営業努力も虚しく、来場したオタクは一人ってことか。

 なんだか切ない気持ちになる。

 SNS上でオタクにお願いをして、断られたりスルーされてる自分の姿を他人にも見られている。

 それは精神的にかなりキツイことだろう。


 それでも今、

 松崎るるは無邪気な笑顔で楽しそうにステージに立ってる。

 その姿に悲惨さは微塵も感じられない。


 ライブ中盤以降は汗だくになって髪の毛が首すじや頬にまで張り付いていた。

 あんなに汗だくになっている女子を普段の生活ではまず見ない。

 非日常だな、と思う。

 それに加えて『彼女は人生をかけて全力で打ち込めるものを見つけた人間なんだ』という羨ましい気持ちがじくりと胸を締め付けてきた。

 松崎るるを照らすスポットライトの光が眩しくて俺は目を細めた。

 ライブハウスの天井は低い。

 


 ライブ終演後の特典会、松崎るるとチェキを撮る。


「タロウさーん。来てくれてありがとう。ごめんねー、昨日急に連絡入れちゃってさー。でもタロウさんのおかげで『るる推しゼロ』は回避できたよー。感謝感謝」 

 

 笑ったり泣きまねしたり表情をコロコロと変えながら話す松崎るるの上機嫌そうな様子を見て、落ち込んではなさそうだと安心した。

 ふいにブースの奥の方で無表情にうつむいて立つアイドルの姿が目に入る。

 きっとあのコは動員ゼロだったんだろう。

 もし俺が来なかったら松崎るるもああしていたのかもしれない。


「今日ね、どうしてもタロウさんに来て欲しかったんだー」


 チェキにメッセージを書き込む手を止めて、ずずいっと一歩近づいてくる松崎るるの大きな瞳が俺を見ている。


「だって今日! 『ガチ恋サンライズ』と『純真センチメンタル』があったから。前にさー、この二曲が好きってタロウさん言ってくれたよね。だから絶対にタロウさんには今日のライブを観て欲しいと思ったんだー」


 彼女の言葉に呆気に取られて口が空いてしまった。


「……えっ。俺、るるたそに言ったっけ?」

「言ったよー。去年あたりに聞いた」

「そんなこと、よく覚えてたね」

「覚えてるに決まってるじゃん! タロウさんが私に言ってくれたことだもーん。自分を好きになってくれた人と話したことはぜんぶ覚えてるよ!」


 キラキラとした瞳で熱っぽく語る彼女。


「いつもタロウさんのSNSも見てるよー。つぶやき読んでお仕事大変そうだな、とか。体調心配だなって思ってる。タロウさんみたいに頑張ってる人にすこしでも元気を与えられる存在になりたい! って思って、こっちもアイドル活動頑張れてるんだよー」


 推しメンが自分のSNSを見て心配してくれている。

 自分を元気づけようと言葉をかけてくれている。

 うおおお……!

 なんなんだこの可愛い生き物は。

 

「そんな風に言われたらますます好きになっちゃうな……」


 しょうもない照れ隠しが口から漏れた。

 そんな俺に松崎るるは、


「もっと好きになっていいよ」


 と、チェキを受け取る俺の手のひらを両手でぎゅっと包む。

 それから弾けるような笑顔で手を振った。


「またおいで」


 その顔面のあまりの可愛さに呆けていたらスタッフにやんわりとはがされた。


 これこれ、これだよ!

 やっぱ地下アイドルの魅力はこの距離感の近さなんだよ!!!

 普段、こんな年下の若くて可愛い女子との接点皆無だから、たまにこう近距離で来られるとこちらもクるものがある。

 松崎るるの言葉を聞いて、自分を気にしてくれている存在が居ることの嬉しさ、ありがたみをかみしめた。

 俺には松崎るるが居る。

 俺は孤独じゃないんだ。


 あ~、なんかもう、大好きだ~!!!


 その後、

 会場の熱気に浮かされた俺は松崎るると追加でチェキを十枚ほど撮った。

 我ながらとんだチョロオタ仕草である。



※ ※ ※



 帰りの電車の中で松崎るるのつぶやきが上がった。



<松崎るる>

『今日は渋谷でのライブありがとうございました!

 るる推しさんが駆けつけてくれて心強かったです(はーと)

 これからも「楽しい」の記録更新していけたらいいなー!』



 笑顔の自撮り写真を添えたつぶやきに俺は口元をほころばせる。


『るる推しさんが駆けつけてくれて心強かったです(はーと)』


 とくに、この一文。

 これは推しメンからの俺個人に対するメッセージに違いない。

 いわゆるってやつだ。


 松崎るるが俺だけに向けて書いてくれた言葉なんだ。

 心の中で小さくガッツポーズをする。

 続けてSNSでの発言が上がる。



<松崎るる>

『そして! 私事ではありますが、個人的に掲げてる動員目標を

 今月もなんとか達成することが出来ましたー!

 これも日々応援してくれてる、るる推しの皆さんのおかげです!

 来月も目標を高めに設定していくので

 みんな! 離れないでついてきてくれたら嬉しいよー!(はーと)』



 ……うん。

 そうか。目標を達成できたんだね。

 うんうん。

 良かったね。

 これからも応援してるよ。


 なんとなくもやもやとした思いが胸を覆って、それ以上スマホを見るのはやめた。




 自宅に帰ると掃除も洗濯も洗い物も終わっていないリビングが俺を迎えた。

 ひとり暮らしだから当たり前のことだが、出かけた時のままである。

 日曜日の夜、明日も朝から仕事だ。


 どんよりとした気分に包まれて口角が下がってるのが自分でもわかった。


 今夜はもう散らかった部屋のまま寝るしかない。

 まあまあ。

 昨日、突発的にライブ行くのを決めたからしょうがないよね。

 でもライブ楽しかったからいいじゃん。うん。

 松崎るるにもいっぱい感謝されたし。うんうん。


 さっき読んだ文面が脳裏をよぎる。

 


『これも日々応援してくれてる、るる推しの皆さんのおかげです!』


『みんな! 離れないでついてきてくれたら嬉しいよー!(はーと)』



 ……。




 やっぱり別に  じゃなくてもいいんだよな……。




 財布を分厚くさせていた松崎るるとのチェキの束を抜き取ってテーブルの角に無造作に置く。

 そして勢いそのままにベットへと倒れ込んだ。


 あー、虚無だ。


 ってか、付き合えるわけでも、結婚できるわけでもないのにさ。

 なーにおねつになっちゃってんだろ、俺。

 バカみたいだ。


 だけど、

 また松崎るるから連絡が来たら会いに行くんだろうな。

 だってアイドルライブはそれなりには楽しいし。

 その時間は日常を忘れさせてくれるし。


 なにより他にやることもないし。


 リビングの床には人からオススメされた漫画や小説が未読のまま積まれている。

 音楽サブスクも入会はしているものの最近は一曲も聴いていない。


 特別なにも忙しくないはずなのに、なにも片付かないまま俺の人生はなりゆきで転がり進んでいる。

 このまま、なにも成し遂げることもなく、何者かになることもなく、

 俺は一生をただ空費して終えるのかもしれない。 

 

 ため息が出た。ため息しか出ない。


 明日起きる時間のアラームだけセットして目を閉じた。






 来週はなにで暇を潰そうかな。










『暇、会いに行きます』おわり



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暇、会いに行きます。 真田紳士郎 @sanada_shinjiro

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