第七章「私を一番にしたのは、誰?」

最初に私を一番にしたのは、あなただった。

「前の彼女より、わたしのほうが気持ちいい」と言ってくれた時も、

「ずっと一緒にいたい」と言った夜も、

そのすべてが、あなただけがくれた特別だった。


なのに。


私を一番にしたあなただからこそ、

あなたに裏切られた私は、もう、

誰を信じていいのか分からなくなった。



あの夜、静かにテレビの音が流れる部屋で、私は小さく声をかけた。


「……ねえ、まだ、元カノのこと、好きなの?」


彼はリモコンを握りながらも、少しだけ動きを止めた。

間を置いて、返ってきたのは、私が期待していなかった言葉。


「……心配はしてる。」


優しさなのか、誤魔化しなのか、それとも本心なのか。

その言葉は、私の問いには答えていなかった。

ただ、私の中に“まだ彼女が心にいるんだ”という確信だけを残した。


私は笑ってみせた。

「そっか」と、軽く流すように。

でも、心の中はざわざわと音を立てていた。



わたし、知ってたよ。

あなたが、もう一つのスマホを使って、元カノと連絡を取っていたこと。

写真も、やり取りの履歴も、証拠はたくさんあった。


夜中、私がバイトしている間に、

あなたの家にあの子が来てたことも。


なのに、私は何も言わなかった。

言ってしまえば、終わってしまう気がして。

私の居場所を、あなたの隣から奪ってしまう気がして。



「心配してる」って何?

それは、“もう好きじゃない”とは違うんでしょう?


私は、あなたの口から「好きじゃないよ」って聞きたかっただけ。

それだけで安心できたのに。

それすら言ってもらえないのが、つらかった。



その夜、私は先に寝たふりをした。

布団にくるまりながら、彼の寝息を聞いた。

背中を向けて、息を潜めて泣いた。


涙の音が聞こえないように、歯を食いしばった。

鼻をすすらないように、枕をぎゅっと抱きしめた。

眠ったふりの私に、彼は気づかなかった。


いや、本当は気づいていたかもしれない。

でも、それに触れない優しさが、私はいちばん嫌いだった。



朝、目が腫れていることを指摘されないのも、

私が泣いていたことを気づかないふりされるのも、

全部、もう慣れてしまっていた。


彼は、変わった。

そう思いたくなかったけれど、

あの子と連絡を取りはじめた時点で、

彼の優しさの矢印は、もう私だけに向いていなかった。



「私は、彼に選ばれたはずだった。」

ずっとそう信じてきた。


あの子と別れて、私と付き合って、

ふたりで未来を語ったじゃない。

それなのに、私が気づけば――

あなたのスマホの中には、彼女との記憶が、今も生きていた。


彼女の名前を見つけた瞬間、

私は頭の中で何度も彼女になろうとした自分を思い出した。

髪をきれいにしたこと、カップをFにしたこと、アニメを手放したこと。

全部、あなたが喜んでくれるからだって信じてた。


でも本当は――

私が彼女に負けたくなかっただけかもしれない。



「一番でいたかった。」

それだけだった。


でも、あなたはもう私を一番にはしてくれなかった。

私の知らないところで、

私以外の人を“気にしている”あなたに、私は勝てなかった。



それでも私は、

「好きだよ」とか「大事だよ」と言ってくれるあなたの言葉を、

何度も何度も信じようとしてた。


でも、その言葉が本当なら――

どうして、あの子を忘れられないの?


どうして、私の目を見て「好きじゃない」って言えないの?



私は、あなたのことが、

まだ好きだった。


誰よりも、あなたのことを知っていると思っていた。


でも、

あなたが一番に裏切ったのも、

他の誰でもなく――私だった。






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変わることの意味を、あなたは知らない @piyomaru111

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