第6話 導きの囁き

夜が明ける。


 いや、明けようとしていた。

 けれども空は黒く、曇りの帳が陽を拒んでいた。


 ――カイは、ゆっくりと足を進めていた。


 鵺姫の祟村を後にして数刻。

 背中には冷えた空気、足元には濡れた枯葉。

 周囲を囲む木々は、不気味なほど音を立てない。


(あの夢……)


 夢世界で見せられた“家族の最期”が、脳裏を離れなかった。

 焼け焦げた母の腕。叫び声。笑う仮面。

 そして、どこかで見覚えのある――神殿のような場所。


 カイは拳を握る。

 鵺姫の力を宿した遺物が、胸の内で脈打っていた。


 (あの女が言っていた。遺物は、噂に導かれるって……)


 その時だった。


 「……喰ったのか、鵺姫を」


 風に混じって、声が聞こえた気がした。

 振り返っても、誰もいない。


 でも確かに、その声は――自分の内側から響いた。


 カイは歩を止め、周囲を見渡した。


 そして、耳を澄ませる。


 ──カサ……カサ……


 風が笹の葉を揺らす音ではない。

 それは、足音のようでもあり、誰かが笑っているようでもある。


「……なんだ……?」


 彼の視線が、山の方角へと引かれていく。


 そこにあったのは、朽ちかけた立て札だった。


 『※この先、夜間通行禁止 神隠し事故 多発注意』


 赤いペンキが、血のように滲んでいる。


 そして、立て札の下には、ぼろぼろの御札と何かを縫い止めた釘。

 封印の痕――鵺姫の祟村で見たそれと、どこか似ている。


 胸の遺物がまた脈打つ。

 喉が焼けるように熱くなる。


「……また、あるのか」


 呟いたカイの足が、知らず知らずに山道へと向かっていた。


 まるで導かれるように。


 空は、未だ夜のまま。

 そして、耳元で“声”が囁く。


 「人を喰らう神が、笑っている」

 「誰も帰ってこない。誰も知らない。笑ったまま、帰らない」


 奇妙な童歌のような囁きに、カイは眉をひそめる。


 だが、止まらない。


 誰かが、自分を待っている――

 いや、“何か”が、次の封印の地で待っている。


 そう、思った。


 やがて、山道を抜けた先。

 霧に包まれた小さな集落が姿を現す。


 民家はある。灯りはない。

 田畑はある。だが、人の気配は微塵もない。


 カイは、足を止めた。

 空気が、ぬるくなる。喉が、再び焼ける。


 何かが、近い。

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囁きの弔神 ―神魔連盟と復讐の器 ルクス @Lux8

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