第12話 迷宮の形

その存在は、形を持たないまま、ミレアの目の前に立っていた。


見えない。触れられない。それでも、そこに“ある”とわかる。


──疼きは、止まらなかった。


ミレアの身体の奥底から湧き上がるそれは、さっきよりもいっそう強く、しつこく、執拗だった。

まるで、見えない存在がその疼きを煽っているかのようだった。


「……あなた、なの?」


問いかけに返事はない。だが、その沈黙が確かに“会話”のように思えた。


ミレアの視界に、波紋のような揺らぎが浮かぶ。


空間が歪んでいる。見えない“壁”の向こう側に、何かが存在する。

自分の感覚と、誰かの感覚が重なり合い、境界が曖昧になっていく──そんな錯覚。


「これ……迷宮の……」


そう、確信するしかなかった。


これが、“迷宮の意思”なのだと。


そしてこの迷宮は、ただ試練を与えるための装置ではない。


——感覚を与える場所。


——“わたし”を試す場所。


疼きが、変化する。


苦しみから、妙な安堵へ。

安堵から、やがて快感へ。


ミレアははっと息を呑んだ。


(こんな感覚……知らない……)


自分がどこまでを“自分”と定義していたのか。

この迷宮の中では、その境界が曖昧になる。

誰かに触れられたわけでもない。けれど、身体が反応してしまう。


「……これが……“わたしの疼き”……」


吐息が漏れるたびに、迷宮の空気がゆらぎ、そのたびに疼きが強まる。

それは、まるで彼女自身がこの迷宮を“操っている”ようであり、逆に操られているようでもあった。


ふと、足元の靄がすっと引いていく。


そこには、幾重にも重なる環の模様が描かれていた。

円が重なり、広がり、やがて収束していくその模様は、まるで“感覚の波”のようだった。


「……これが、迷宮の……?」


すると、空間がふっと震えた。


ミレアの脳内に、声なき“問い”が届く。


——おまえは、感じることを望むか?


瞬間、息が詰まった。


これは選択なのか? それとも、ただの儀式か?


けれど、ミレアの答えは決まっていた。


「……怖い。でも、進むよ。感じることから、逃げたくないから」


その瞬間、足元の環が光を放ち、彼女の身体を包み込む。


疼きが一度、静まる。


けれど、それは嵐の前の静けさだった。


ミレアの感覚は、次の段階へと踏み込もうとしていた。

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その迷宮は、“感じること”で進んでいく。―少女は迷宮で、世界を知る― 朝凪 ひとえ @katuyama1000

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