君は俺を、卑怯者とは言わなかった

みょん

君は俺を、卑怯者とは言わなかった

 恋愛ってのは、中々上手く行かないものだと思っている。

 ラブコメのように甘酸っぱい恋愛に憧れる年頃ではあるが、それは決して叶わないと現実を叩きつけられている。


「いやでもさ……俺は――」

「あぁもう! そんなだからあたしが居ないとダメなんじゃないの? ほらほら、さっさとやる!」

「……分かったよ」


 目の前でイチャイチャしている二人は俺の友人だ。

 男の方はあまりパッとしない奴だけどゲームとか、そういう方向性でいつも盛り上がる面白い奴。

 女の方は……まあ何というか、物凄い美少女ではある。

 母親が外国人なのもあってか金髪に青い瞳はハーフ特有のそれで、スタイルも周りとは一線を画すほど……もう爆乳の域である。


「……………」


 この二人は幼馴染ということで、昔からとにかく仲が良いらしい。

 俺が彼らと知り合ったのは高校生になってからだけど、その中の良さは三年生になった今でもずっと続いている。

 それは本当に見ていて微笑ましくなるようで……そして同時に彼――浩太こうたに対する嫉妬心が俺の中で膨れ上がっていく。


「……はぁ」


 そう……俺は友人でもある浩太に嫉妬している。

 普段から良く話すだけでなく、互いの家に集まってはゲームをしたりして遊ぶ親友とも言える彼に俺は嫉妬しているんだ。


(……参ったな、本当に)


 何故嫉妬しているのか、簡単な話だ。

 今もずっと浩太と仲良く話している彼女――喜咲きさきのことを俺は好きになってしまったから。

 なんてことはなかった……普通に見た目から気になっていたんだ。

 その美少女っぷりは群を抜いていたし、チラチラと見てしまうほどに膨らんだ胸だって夢中になったし、浩太を通じて仲良くなって……休日にふと街中で会ったりしたら共に過ごしたりと、そんな風に仲良く過ごしていたら気になっていた感情が好きというものに変わっていた。


斗真とうま? どうしたの?」

「……いや、何でもない」


 そして何より、喜咲は良く気付いてくれるのだ。

 少しでも気分が落ち込んだりした時、必ずと言っていいほど喜咲はそれに気付いて気遣ってくれて……ただでさえ惚れてるのに、そんな優しさを向けられれば好きにならない方がおかしい。


「なんか困りごとなのか?」

「いや、だから大丈夫だっての」


 喜咲が気付けば、当然浩太も気付いてそれを聞いてくる。

 俺は彼らのことを悪く思っていないし、本当の意味で友人だと思っているがそれは彼らも同じ……まああれだよ。

 こいつら二人はとても良い奴らだから……だから色々と考えさせられてしまうんだ。


(……所詮、俺は怖がりなだけだ)


 喜咲は……初めて好きになった人だった。

 今までにこの子良いなぁとか思ったことはあったけれど、ここまで心を強く騒めかせるだけでなく、一緒に居たいと思わせてくれた女の子は喜咲が初めてだった。

 でも俺は、そんな喜咲に対して何も行動を起こしていない。

 何故なら喜咲は浩太が好きで、浩太もまた喜咲が好きなんだと分かっているから……だから俺は何もしていない。


(いや……本当にそうなのか?)


 友人である二人の気持ちが分かっているから……?

 いや違うなと断言出来る……俺はただ自分の気持ちが通じてそれが叶わないことよりも、喜咲とこれまで通りのやり取りが出来なくなる可能性があるからそれが怖いんだ。


「……はぁ」

「ため息ばっかりじゃん」

「ま、悩みくらいは誰にもあるしな」


 当たり前だろ、悩みがない人間は人間じゃねえよ馬鹿野郎。

 二人の視線から逃げるように席を立った俺は、そのまま廊下を出てトイレに向かう。


「……恋愛ってクソむずいなぁ」


 本当に、クッソ怠くて難しい問題だ。

 結局のところ、俺は既に諦めていたんだ。

 浩太と喜咲はいずれ結ばれる……それがどこまで続くかはともかく、必ず二人は結ばれると確信していた。

 だってそうだろう?

 お互いがお互いを好きなのだから何かきっかけがあれば、付き合う……ただそれだけにすぎない。


「ね、ねえ……あたし……告白しようと思うんだけど」

「良いんじゃないか? 絶対いけると思うぞ」


 そしてついに、その時はやってきた。

 俺のことを信頼してくれているからこそ喜咲はそう言って、最後の後押しを俺に頼んできた。

 心が痛かった……心が軋むほどに辛かった。

 でもどうせしばらくすればこの痛みも悲しみも忘れて、付き合い始めた二人を遠くから眺めるだけで満足出来るようになると……俺はその時そう思っていたんだ。

 でも、どうしてだと言いたくなる結果が待っていた。


「……はっ?」


 喜咲の告白を見守るため、隠れていた俺は耳を疑った。


「いや……その……今は違うというか……えっと」

「あの……あたし、ずっと好きで……」


 喜咲の一世一代の告白に、浩太は乗り気じゃなかった。

 いや……浩太の表情を見る限り、それは嫌なわけはなくただただ恥ずかしそうにしているのが見て取れた。

 待てよ……お前、恥ずかしいから断るのか?


「それじゃあな……えっと、このことは誰にも言わないでくれよ? やっぱこういうことって色々言われるし……斗真にだって気を遣わせてしまいそうだしさ」

「……………」


 俺に気を遣わせるって……何を言ってんだこいつは。

 そそくさとこの場を離れようとする浩太の表情は、隠れている俺にはバッチリと見えていた。

 その表情には告白されたことに対する嬉しさと照れが入り混じり、そして僅かな後悔の念も感じ取れた。


「……あ」


 浩太が去った後、残された喜咲は泣いていた。

 俺は彼女が泣いた姿を見たことはなかった……いつも笑顔で、楽しそうに浩太とやり取りをする姿ばかりを見ていた。

 そんな彼女が今、目元に手を当てることもせず……その場から一歩も動くことなく、ただ茫然とその場に立ち竦んで静かに泣いている。


「……斗真」

「っ……」


 呆然としていたのは俺も同じだったらしい。

 喜咲に名前を呼ばれてゆっくり近づくと、彼女はついに我慢が出来なくなったのかその場にしゃがみ込んだ。

 すぐさま俺は駆け寄り、彼女の肩に手を伸ばそうとして……最終的には手を引っ込めた。


「あたし……ずっと好きだったんだけどなぁ……」

「……気にすんなよ。あれはただ恥ずかしがっているだけだ」

「そう……なのかな?」


 そう、あいつは恥ずかしがっていただけだ。

 告白をされたことは素直に嬉しいくせに、このまま頷くことで何かが変わってしまうかもとビビッているだけに過ぎない。

 その気持ちは分かる……理解はしたくないが分かる。

 けどそれは果たして、この子を泣かせてまで優先させる気持ちなのかと言われたら……俺はあいつを殴りたくなる。


「あたしってさ」

「うん」

「魅力……ないのかな?」

「……何言ってんだよ。喜咲に魅力がないのなら他の女子の魅力なんて皆無になっちまうぞ?」

「あはは……ありがと」


 なあ……顔を上げてくれよ喜咲。

 そんな風に思う中、ふと俺はこうも思った――俺は経験がないから分からないけど、どんな形であれ告白が実を結ばなかった場合ここまでになってしまうのかと。


「喜咲は……魅力の塊だよ」

「……え?」

「いつも話してる時、俺は喜咲に力をもらってる。笑顔は可愛いし、真剣な表情の時も良いなって思うし……凄く美人でスタイルも良くて、勉強も出来て完璧じゃん」

「……………」

「魅力……しかないと俺は思ってる。もちろん俺は喜咲と友人ってだけで悪い部分を知らないのはあるかもしれないけど、けど……少なくとも俺は喜咲が魅力のない女の子とは思わない」


 そう口にした瞬間、仄暗い感情が胸に渦巻く。

 人は誰でも傷心している時はいつになく打たれ弱く、何かに縋りたい瞬間であることを俺は知っている。

 だから今、俺が彼女を慰めることが出来たら……どうだ?

 心を弱めている彼女を慰め、俺が望む方向へと動かせたら……喜咲は浩太から離れて俺の元に来てくれるんじゃないか?


「……ふんぬっ!」

「斗真!?」


 ただまあ、俺にもちゃんと理性は残っていたらしい。

 そんな空き巣泥棒のようなことは出来ないと、傷付いた心の隙間に入り込むような……そんな卑怯なことをしたくないと思い、俺はその場に屈んで地面に頭突きをした。

 突然の奇行に喜咲は驚きの悲鳴を上げたが、さっきまでの暗い声音に比べればその声は明るくて、俺を僅かに安心させた。


「……なあ喜咲、普通に痛い」

「当たり前じゃん! ほら、ちょっと擦り傷になってるし!!」


 あ~……ちょっと血が出ちまってるわこれ。

 手で触れたら軽く血が付着し、どうしようかと迷う間に喜咲がハンカチで血を拭き取ってくれた。

 汚れるからと言っても彼女は止めず、しばらく世話を焼かれてしまう。


「ちょっと元気出たよ」

「そうか、なら良かった」

「……………」

「……全然元気出てねえじゃん」


 思いっきり引き摺ってんじゃんよ……。

 顔を伏せた喜咲を見ていられず、俺は心にもないことを口にした。


「大丈夫だって。あいつはまあ……すぐに自分が仕出かしたことを反省して話に来るはずだ。その時に喜咲が受け入れて全部上手く行く……それで元通りになって、喜咲が望んだ先に行けるはずだ」


 こういう時がたぶん……手に入れられる者とそうでない者なんだろうなと、俺はそんなことを考えていた。

 俺は喜咲と仲が良い……喜咲もそれは思っているはずだ。

 気持ちが通じるかどうかはともかくとしても、普通のクラスメイトよりは圧倒的に懐に入り込めるというのに……まあでも、これで良いんだろうと俺は納得した……したのに。


「……ねえ斗真」

「あん?」

「今日さ……あんたの家、行っても良い? なんというか……ちょっと愚痴りたくなっちゃって」

「……………」


 俺の意志は弱い……どんなに自分を律しようとも俺は弱かった。

 何故ならその提案に少しばかり悩みはしたものの、ワンチャンスあるのではないかと愚かにも考えてしまい、その提案に頷いたからだ。

 さて、そんな約束をしてから放課後まではすぐだった。

 ちなみに放課後になるまでの間、浩太と喜咲は一言も交わすことはなかった……ただ浩太はチラチラと喜咲を見ていたので、やっぱり告白に頷かなかったことへの後悔はあったようだ。


「……なあ浩太」

「なに……?」

「お前、喜咲とぎこちなくないか?」


 知らない体を装い、浩太にそう聞いてみた。

 彼は俺の問いかけにビクッとしつつ視線を泳がせ……ってそれだけで動揺が凄く伝わってくるぞ。

 何でもないと彼は言ったが、その後にふとこんなことを口にした。


「なあ斗真」

「うん?」

「……仮になんだけど、特に目立たない俺とさ……クラスでも凄く目立つ喜咲が付き合うってのは……変だよな?」

「……別に変じゃねえだろ。お前ら、幼馴染なんだし」

「でも……やっぱ全然釣り合わないっていうか、あいつの傍に俺なんかが居るのはさ……」


 ……なんというか、馬鹿だなこいつって思ってしまった。

 そんなしょうもないことを気にするよりも、好きな人の傍に居られることの方が何倍も良いはずなのに……でもやっぱり卑怯なのは俺だ。

 小さなすれ違い……ボタンの掛け違いが目の前で起こっている。

 俺がそれを指摘すれば間違いは正され、本来あるべき姿へと収まるはずなのに……俺はそれをしようとせず、その場を黙って立ち去ったから。


「よっ」

「うん♪ それじゃ、行こうか!」


 校門を出てすぐ、喜咲と合流して家へと向かうのだった。

 本当にこれで良いのかという気持ちと、このまま俺の望む形にしてしまえば良いじゃないかという気持ち。

 そんな二つの気持ちに挟まれていた俺だったが、やはり傍に喜咲が居るという状況が単純に嬉しくて、彼女と接している間はそんなことを考える暇さえなかった……それだけ俺は喜咲との時間に夢中だった。


「ねえ、迷惑だったりしない?」

「迷惑じゃないよ。むしろ喜咲の方が退屈しないか不安なんだけど」

「退屈なわけないじゃん。だって斗真と一緒に過ごすの好きだし?」

「……………」


 俺さぁ……ちょっと思うことがあるんだよ。

 喜咲には一切そんなつもりがないのは分かっているのに、こういう勘違いさせそうなことを彼女は平気で口にする。

 しかも彼女の友人はこう言うんだ――浩太以外で喜咲が心を許しているのは俺だけなのだと。


(……ほんと、儘ならないもんだぜ)


 結局のところ、俺も勇気を持ててないんだ。

 変わる関係性に浩太がビクビクしていることを俺はムカついたが、俺もまた叶わぬ恋だと諦めて想いを告げることをしない……俺もビビッていることに変わりないから浩太のことを悪く言えないな。


「ちょっとさ、これから数日間こっちにお邪魔しても良い?」

「それは……構わないけど」

「ありがと♪ おばさんたちに会ったら一声かけておかないと!」


 ……本当に俺って単純な男だ。

 だって今、彼女と二人っきりで居られることが少しの間とはいえ決まったことがとても嬉しいと思ったから。



 ▼▽



 数日間こっちにお邪魔しても良いか。

 喜咲がそう言ってから本当にその言葉はその通りで、彼女は浩太との件があった日から毎日のようにうちにやってきた。

 流石に休日までお邪魔してくるようなことはなかったが、夜の寝る前にメッセージをくれたりしておやすみなさいのやり取りをしている。


「……あのバカがよ」


 バカ……浩太のことだ。

 あれからずっと浩太と喜咲は一切言葉を交わしておらず、喜咲からはもちろんだが浩太からも歩み寄る様子は見られなかった。

 俺に対して何があったのか悟らせないようにしているのか、浩太は喜咲のことを全く話題に出したりはしない。


「……今日も来るって言ってたし、とっとと合流しちまうか」


 そう……今日も喜咲はうちに来ることになっている。

 俺は変わらず喜咲との時間を甘んじて受け入れ、自分を卑怯者だと思いながら過ごしているわけだ。

 しかしそれでも、俺の心は喜咲を優先してしまう。

 彼女を好きだと感じている心と体は、俺の暗い気持ちを心の奥底に押し込めてしまい、喜咲との時間をただただ楽しませようとしやがる。


「……うん?」


 ただ……今日に関しては少々問題が発生した。

 喜咲との合流地点に着いた時、彼女の傍に見覚えのある顔があった。


「……村上?」


 奴は俺たちと同じクラスの生徒で、かなり派手な見た目をしている。

 喜咲と並べばお似合いのようなイケメン面もムカつくが、同じ目立つ存在だからこそ人によってはお似合いだと言う人も居るかもしれない。

 ただ村上はかなり女癖が悪いと有名で、ひと月の間に何人も彼女が出来ては別れてを繰り返していると聞く。


「なんであいつが……」


 逸る心を抑え、ゆっくりと二人に近付く。

 喜咲と村上の間で交わされていた話は、ある意味想像の範囲内の物だった。


「あの幼馴染と最近仲悪いみたいじゃん。寂しそうにしてるって話だし、俺と付き合おうぜ?」

「はぁ? いきなり現れてそれ? 興味ないから消えてくれない?」

「やっぱ気が強いな。でもそういう女に限ってコロッと落ちるのを何度も見てきたからな」

「……何が言いたいの?」

「良い男ってのを教えてやろうと思ってさ。実はずっとお前のことは狙ってたんだよ。退屈はさせねえし、良い気持ちにさせてやるぜ?」


 ここからでも見えるくらいに、喜咲は嫌そうな顔をしていた。

 俺の心にあった村上への嫌悪感は、喜咲のその表情によってすぐに掻き消され、早く彼女の元に駆け付けなければならないと俺を急かした。


「喜咲」

「……あ、斗真!」


 俺に気付いた喜咲は、すぐさまこちらへと駆けた。

 村上は突然現れた俺を睨み付けるが、そんな視線を向けてきても意味はないぞと言わんばかりに、俺もまた睨み付けた。

 人間、時に信じられない力を出せる瞬間がある。

 それは今この瞬間だったらしく、喜咲を守りたいという想いがいつにない力となって村上を怯ませることが出来たようだ。


「……ちっ」


 舌打ちをして村上はそのまま去って行った。


「ごめん……心配させちゃったね」

「いや……あぁうん。心配した……うん」


 心配した……あぁ、確かに俺は心配した。

 でもそれ以上にあったのは……。


「……とっとと行くか」

「斗真……?」


 嫉妬……嫉妬だ。

 さっきのやり取りに対して最悪の展開はないと、その辺の心配はないと思ってはいるが……それでも少し想像してしまった。

 相手が村上でも誰であっても、喜咲が体を許したもしもを。

 俺はただ喜咲のことが好きなだけで付き合ってもいなければ、喜咲の好きな相手でもない……喜咲が誰とそういう関係になっても文句は言えないのに、そんなもしもは絶対に許せないと頭が熱くなったんだ。

 それから口数少なくではあったものの家に着いた。

 今日もまた彼女が家に来てくれた喜びを噛み締めるのも童貞臭いな……でも、それに幸せを感じられるのも悪くはない気分だ。


「ねえ、斗真」

「うん?」

「……口数が少なかったのはあたしのせいかな?」

「……あぁいや」


 スッと、冷や水を当てられたように嬉しさが引っ込んだ。

 確かに喜咲のことで考えすぎていたのもあったが、まさかそんな風に思われてしまうなんて……俺は彼女と二人だけの空間において、こんな空気は嫌だと思いすぐさま訂正した。

 ……訂正したのだが、その仕方が最高にマズかった。


「俺が単に嫉妬しただけというか……あ」

「嫉妬……?」


 目をパチクリとさせる喜咲は状況が呑み込めていないみたいだけど、俺からすればそれはもう大慌てだ。


「その……忘れてくれると助かるんだけど」

「……ごめん、気になっちゃうよ」

「……ですよね~」


 このまま気まずい空気が続くようなら……そうなるくらいなら少しだけ言ってみよう。


「あいつ……村上ってあまり良い噂聞かないだろ? だからあんな奴に仲良くしている女の子がどうこうされるってのは……喜咲に限ってそんな軽い展開にはならないだろうけど、それでも嫌だって思ったんだ」

「……そうだったんだ」

「あぁ……絶対に嫌だった」


 そうだ……絶対にそんなのは嫌だ。

 こんなにも可愛くて、美人で、俺が初めてこんなに好きになった女の子が誰かに弄ばれる……誰かの物になるのが嫌なんだ。

 ……そんな誰かの中に、浩太の顔まで浮かんでしまったほどに。


「……ねえ斗真」

「……なに」

「あたしって……魅力のある女の子かな?」

「……当たり前だろ。何言ってんだよ」

「じゃあさ……あたしのこと、抱けたりする?」

「っ!?」


 いきなり何言ってんだと、目を剥いて俺は驚いた。

 顔を赤くして明らかに照れているのは分かるほどなのに、それでも決して俺から彼女は視線を逸らさなかった。

 抱けるのか……この問いかけは抱きしめることが出来るかなんて単純なモノではなく、女として抱けるかという意味だろう。


「女としてあたしを抱ける……かな? あたしには魅力があるって……抱いてそれを証明出来る?」

「喜咲……熱があったりする?」

「ちょっと馬鹿になってる自覚はある……そこはごめんね。それに一つ、個人的に確かめたい気持ちもあるから」

「……………」

「それで、あたしのこと……抱けるかな?」


 抱けるか抱けないか……なんて意地悪な問いかけなんだろうな。

 しかも相手が俺にとって大好きな子からの言葉……どっちの答えも正しいし、どっちも正しくないそんな気がしている。

 抱ける――魅力的な子だし、大好きな子だから。

 抱けない――そんな軽々しくしていいことじゃない。


「……………」


 なんというか……喜咲は今、自信をなくしてるんじゃないかな。

 だからこんな訳の分からないことを言い出して……でも俺は……俺の中の黒い部分が、この瞬間を物にするべきだろうと囁いた。


“抱けるかと言っているなら頷いて抱けば良い”

“もしも抱かなければ、彼女は別に場所に行ってしまうぞ?”

“あの村上とかいうクズにさえ、股を開くこともあるやもしれないぞ?”


 悪魔の囁きとは、正にこういうことを言うんだろう。

 まあ所詮これは俺の背を押す願望から生まれた言葉だろうが……けど俺は、今ほど自分のことを卑怯者だと思う日は金輪際来ないだろう。

 何故なら俺は、抱けると頷いて彼女に手を伸ばしたから。


「その……初めてだけど」

「あたしだって一緒だよ……ぅん」


 こうして――俺は喜咲と体を重ねてしまうのだった。

 最初の内は本当に良いのかという後悔が胸中を占めていたが、途中からはただただ喜咲と体を重ねることに夢中だった。

 彼女の名を呼び、彼女に名前を呼ばれ、体に触れ、体に触れてもらい、恥ずかしい場所を刺激され、俺もまた恥ずかしい場所を刺激しと……本当に夢中になって喜咲と愛し合った。

 ……果たしてこの状況において愛し合うという表現が適切かは微妙なところだけど、とにかく最高で幸せな時間だった。


「……………」

「……………」


 床に敷いた布団の上で、俺は喜咲と見つめ合う。

 お互いに裸……だからなのか、自然と俺の視線は彼女の大きな胸へと引き寄せられてしまうも、いかんいかんと彼女の顔に視線を固定する。

 しかし、どうもそれは気付かれていたようでクスッと笑われた。


「今更じゃない? そんな見られても気にしないよもう」

「……でもさ」

「最後までやっちゃったし、本当に気にしないから。それに今は凄くフワフワしてる気持ちというか……悪くないって感じなの」


 悪くない気持ち……か。

 確かに俺もその通りだった……やっちまったとか、なんてことをしてしまったんだとか、そんな後悔は一つもない。

 ただ心の中にあるのは、喜咲と体を重ねられた喜びだけだ。


「すっごく今更なことを聞いても良い?」

「……何でも答えるよ」

「えへへっ、ありがと♪ 斗真ってさ、あたしのこと好きなんだ?」

「……大好きだな」


 もう隠せることでもない。

 そもそも体を重ねている時に何度も好きだと伝えたし、ほぼ勢いに任せて今まで抱いていた気持ちを思いっきり吐露していたからな。

 ずっと好きだった……君を誰にも渡したくない……たとえそれが浩太だとしても……そう俺は言葉にして伝えた。


「何が好きなの……とはもう聞けないね。だって沢山、斗真が思っていることを教えてもらったから」

「……ここしかないと思ってさ」


 結局、途中からどうにでもなってしまえって感覚だった。

 これが最後……これがチャンスだと思って色々言ってしまったが、それでも喜咲を労わる気持ちだけは忘れていなかったと思う。


「ねえ、抱き着いても良い?」

「……おう」

「……そこで照れちゃうの? ま、あたしも照れてるけど」


 そりゃ照れるだろうがよ……。

 胸に顔を埋めるように喜咲が抱き着く……とても温かくて幸せな気分に浸らせてくれるだけでなく、むにゅりと潰れる大きくて柔らかな爆乳の感触にもドキドキさせられる。

 足まで絡めてきたせいで、簡単には離れられない。


「落ち着くなぁ……ここ最近、斗真の傍は落ち着くって思ってたけど……こうしてると段違いかも」

「俺も同じだなぁ……それと同時にめっちゃ嬉しい」


 心の落ち着きは声音にも表れている。

 今はまだ中途半端でハッキリしない関係性の中でも、ただただ彼女の感触を楽しみたい……この幸せに浸りたいと強く抱きしめ返した。


「……なあ、喜咲」

「なあに?」

「俺は……卑怯者だ」

「え?」


 卑怯者だと前置きし、改めて俺は話し始めた。

 別に二人から恋愛相談等を受けたわけではないが、見ていれば浩太も喜咲も互いに互いを好きなのは分かっていたこと。

 俺はそれを正せる立場に居たのに、ただ喜咲と一緒に居たくてその役目を放棄したこと……そして今、自分の気持ちを優先させて喜咲と一緒に居られるこの瞬間に幸せを感じていることを。


「だから……卑怯者?」

「あぁ……二人の誤解が解けて、前に進めるきっかけを作れるはずだったんだ。でも俺はそれをせず、今こうして君と関係を持った……流された部分は少しあるにしても、俺は友人よりも自分の気持ちを優先させたから」


 だから卑怯者……って俺は思ってる。

 しかし彼女は……喜咲はそんなことないでしょと笑った。


「むしろそう言われるべきはあたしじゃない? 告白が叶わなくて、その後すぐにこうして他の人と体を重ねたんだから」

「……………」

「ま、あたしとしては気持ちがハッキリしたから良いんだけどさ」

「それはどういう……」

「斗真さぁ、あたしの言葉覚えてるぅ?」

「……………」


 言葉……たぶんだけどエッチしている時の言葉だろうか。

 俺自身夢中だったので記憶は曖昧だが、それでも一番印象に残っている言葉がある……それは俺のことを好きだと言ってくれたこと。


「最初は実らなかった告白を経験して、誰かに寄り添ってもらいたかったのは嘘じゃないよ。でも斗真と一緒に過ごして、改めて斗真の優しさというか傍に居てくれる安心ってのを思い知ってさ……もうあれだね! 途中から斗真のこと凄く気になってた」

「……マジか」

「マジマジ! だからあたしが好きって言ったのは嘘じゃないし、この気持ちが軽いつもりもないよ。そもそもその程度の気持ちで体を許すわけがないじゃん?」

「……それもそうだな」

「うんうん♪」


 じゃあ……じゃあこれは、俺の気持ちは通じたってことか?

 分かり切っているのにしつこくそう考えてしまうのは、俺の心が今を受け止め切れていないからだ。


「あたし、斗真が好き……大好き♪」

「お、俺も好きだ! 喜咲が大好きだ……大好きだ!!」


 あ、ヤバイ……つい大きな声を出しちまった。

 しかし今の大きな声も喜咲にとって嫌なものではなかったらしく、むしろ嬉しそうにしてくれた。


「やっぱさ……いいね。こうやって正直に気持ちを伝え合うの」

「……子供っぽくなかったかな、今の俺って」

「あたしたちまだ高校生だよ~? 子供っぽくて良いじゃん」

「……そっか」

「あたしは全然ウェルカムだけどね! むしろ好きな人の可愛い姿とか見れるの嬉しくなるし! それにあたしだってこれから沢山子供っぽい姿を見せちゃうかもしれないしね!」


 これからも……沢山見せちゃう?

 それはつまりこれからずっと俺の傍に居てくれるって認識で……それで良いのか!?

 今にも小躍りしてしまいそうだけど、本当にそれで良いのか!?


「喜咲……? それは付き合うって認識で……合ってる?」

「うん! てかあたし、もう付き合ってる感覚だったけど」

「……………」

「なになに~! そんな呆然としちゃうくらい嬉しいってこと?」

「……なんなら泣くほど嬉しいが?」

「あ、本当に泣いちゃった! よしよし、よしよし!」


 それから少し、落ち着くまでに時間が必要だった。

 叶わないと思っていた恋が実ること……それがこんなにも嬉しいことだなんて思わなかった。


「色々順番がごっちゃになったけど、まあ悪くないんじゃない?」

「と言うと?」

「エッチから始まる恋があっても良いんじゃないってこと!」

「なんかのタイトルみたいだなそれ」


 そう言って笑い合い、また俺は彼女を強く抱きしめた。


「これからよろしく、喜咲」

「うん♪ よろしくね、斗真」


 こうして俺たちは、付き合うことになったのだった。



 ▼▽



 喜咲と付き合うようになり、俺は一つ失ったものがある。

 それは友人――浩太という存在だった。

 浩太はやはり時間をかけて落ち着いた後、喜咲と改めて話をすることで関係性を進めようとしていたらしい。

 しかしそんな考えを粉々に打ち砕いたのが他でもない俺たちだ。

 体を重ねて告白を交わしたあの日……その翌日から俺と喜咲はいつでもどこでも一緒で、それこそ学校でも常に傍に居た。


『え、もしかしてあんたら……』

『うん! 付き合うことになりました~♪』

『ほんと!? 良かったじゃん!』

『……予想外って程でもないのかな?』


 早々に喜咲が暴露したことで俺たちの関係性は広まった。

 そのことに対してふと見えた浩太の顔は、信じられないと言ったように唖然としたもので……それから一言も俺たちは言葉を交わすことはなくなってしまったのだ。


「……ま、仕方ねえよな」


 薄情と言われるかもしれないが、あまり気にはしていない。

 それどころか俺はこうも考えている……正直に、ちゃんと気持ちを伝えたからこそ俺は今を勝ち取ったのだと。


「斗真~!」

「おっと」


 教室でもお構いなしに、喜咲はよく抱き着いてくる。

 こうなってしまうとしばらく彼女は離れず、休憩時間ギリギリまでこれが続いてしまうのが恥ずかしいところだがまあ……嬉しくはある。


「今日のデートなんだけど、買い物で行きたいところ出来ちゃった」

「良いよ。その後は……どうする?」

「う~ん……斗真の家に行きたいかな……♡」


 返事と共に熱い吐息を喜咲は零した。

 俺たちは健全に恋人生活を満喫しているが……もちろん体を重ねる行為も何度だってしている。

 その中で分かったけど、喜咲はかなり……エッチな女の子だった。

 しかも俺を喜ばせたいからという理由で色んなことをしてくれて……とにかく喜咲はエッチな子だ。


「喜咲、愛してる」

「あたしも、愛してる♪」


 そんな言葉を交わした瞬間、彼女の友達がヒューっと囃し立てるような声を上げた。





 俺は、自分のことを卑怯者だと思っていた。

 だがそうじゃないと教えてくれたのは喜咲……彼女が俺のことを卑怯者じゃないと言ってくれたこと、それが俺の心を軽くしてくれた。

 ありがとう喜咲。

 どんな時も、いつだって君の言葉は俺を幸せにしてくれる……君に出会えて、正直に気持ちを伝えて本当に良かった!




【あとがき】


短編です。

ここまで長かったですが、読んでくださってありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君は俺を、卑怯者とは言わなかった みょん @tsukasa1992

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ