Ⅳ-16.マルトン②
「よくお似合いです」
「ありがとうございます」
私はわざと無愛想にマルトンへ返した。
マルトンは礼拝堂の奥にある像の前に立ち、私を待ち構えていた。左右に数列並んだ椅子はボロボロで、ヒトが座ったら崩れそうだ。椅子と椅子の間に道がある光景は、オパエツの部屋によく似ていた。
私は真ん中の道を通り、マルトンと対峙した。
マルトンは私を真っ直ぐに見て訊ねた。
「ひとつ、お伺いしてもいいですか?」
「はい、なんでも」
「あなたは残りの一週間、ここで採掘に身を窶すために来たのですか? それとも、自分のための魂石を私から譲ってもらおうと考えていますか?」
私は首を横に振った。
「いいえ。どちらも違います。私は原石に保存されているヴィルと話すためにここに来ました」
マルトンは少し驚いたように眉を動かした。
「ヴィル。……彼に何を期待しているのですか?」
「私たちをどうして作ったのか。44HPなんてふざけた計画をどうして許しているのか。私はヴィルに直接聞きたい」
「ふざけた計画? 聞き捨てなりませんね」
「ふざけた計画ですよ。ジンからすべて聞きました。身体に故意に欠損を造り、使命達成のハードルを下げる堕天的人間化計画。その報酬は本当に次の魂石なんですか? 改めて訊きます。炎化した採掘者たちは、あと何日生きられるんですか?」
「何日でも、生きられますよ」
「嘘だ。ここに来る途中、苦しんでいるヒトたちの声を聞いた。死んでいるヒトもいた。あなたは、44HPを信じて参加したヒトたちを使い捨ての駒みたいに扱っている」
私はマルトンを指差し、強く指摘した。
マルトンは暫し黙りこくり、やがて口を開いた。
「苦しんでいた方は理解が足りなかったのです。私の44HPの神髄を理解し、納得すれば幸せになれるのに」
天を見るマルトンの目は確信に満ちていた。
私は、その威圧感に言葉が出なかった。
「44HPの神髄、それは存在の線引きをすることです。人間とロボットの線引きをする。我々は人間を模したロボットです。そう、前提はロボットなのです。ロボットの幸せとは、主の命令をこなすことです。だのに、我々は人間を目指さなくてはいけない。命令という使命をただこなしていても人間にはなれない。この矛盾から、私は模人を解放させたいのです」
「解放……?」
「人間とロボットが綯い交ぜになったこの世界で、人間役とロボット役に分けるんです。44HPを受けた模人は炎化し、魂石の採掘へその身を捧げることに幸福を覚える。そして44HPを受けなかった模人は、その魂石を使って次の一生を生きる。……ところでお伺いしたいのですが、この44HPを受けた模人と受けなかった模人、どっちが『人間役』で、どっちが『ロボット役』だと思いますか?」
ニタリと笑うマルトン。
私は拳を強く握った。
ズキリと腕が痛む。腕だけじゃない。胸も、腰も、首も、身体のあちこちに痛みが走って、私はその場に膝をついた。
「そう興奮しないでください。魂石を通さない魂経の操作は負荷が大きいんです。気持ちが昂ぶると、魂の燃焼スピードが早まって、予定より早く死んでしまいますよ」
マルトンのいうことが嘘ではないことが、身体中から理解させられる。私の身体が悲鳴を上げている。
それでも、私は立ち上がらなければならない。
「本当に、それで模人は解放されるの?」
「すべての模人に、適切な幸福を教えるのです。あなたはそれをまやかしというかもしれませんが、それを奪って彼らは幸せになれるとでも?」
すべてのヒトの幸福。
私は自分の家族のことを思った。ナナナ、オパエツ、マレニ、ヨッカ、テネス、ジン、ソーイ。幸せかは分からないけれど、私は全員のことが好きだった。
彼らのことを考えると、笑顔になれる。
「……何が楽しいんですか?」
笑う私を見て、マルトンは訝しんだ。
「何が楽しいって、こうやってみんなと生きていることかな。私の家族はみんな、自分の使命と関係ないこともして、失敗して、それでも一緒にいられるんだ。家族だから」
「家族や人間という言葉に囚われすぎている。それはそんなに美しいものですか? 我々を作った、所詮は定命の人間の価値観でしかない」
マルトンは声を荒げた。
私は崩れそうな膝を支えて、マルトンを睨みつけた。
「美しいですよ。最高です。あなたが人間に拘らないのは、人間になることを諦めたからだ。そういうのを人間の言葉で『酸っぱい葡萄』っていうらしいですよ」
「死に損ないがっ……!」
マルトンが手を空中に伸ばし、WRで何かを操作した。
「これで終わりだというのに」
大きな音と共に、道の始まり――入り口にあったはずの扉が壁になる。WRを改造して、礼拝堂に私を閉じ込める算段。周囲の窓も壁になって、礼拝堂は闇に包まれた。
「ここからもうあなたを出しません。あなたはここで魂が燃え尽きるのを待つのみです。余裕の表情が不安に、そして恐怖に変わっていく顔を、私に見せてください」
礼拝堂の壁沿いに置かれた燭台に火が灯り、像の前でこちらを見下ろして笑うマルトンが浮かび上がる。
私も、一緒になって笑った。
「マルトンは優しいね」
「っ、なにがおかしい!」
「おかしくなんかないよ。ただ、マルトンは私が死ぬまで傍にいてくれるんだって、嬉しくて」
魂の炎が安定する。身体が急に軽くなって、痛みもどこかへ失せていく感覚が心地いい。
マルトンは慄いて後退り、像に手をついた。
「な、何言ってるんだ」
「怖がらないで。私はあなたの言うとおり、もう死ぬ。だから死ぬまでに、マルトンについて教えて」
マルトンが震えた脚でこちらに向かってくる。
「あなたがどうして人間になるのを諦めたのか」
「黙れ」
マルトンは祭壇に手をつき、覚束ない足取りで走る。
「あなたは何がしたかったのか」
「黙れ」
マルトンはいくつも並んだ椅子に膝をぶつけながら私に近寄る。
「あなたはこれから何をするのか」
「黙れ!」
私の胸ぐらをマルトンが掴み、そのまま押し倒した。
私は背中を強かに打ち、マルトンの振り上げた拳を見た。恐怖心は微塵もなかった。
勢いよく振り下ろされた拳には絶縁グローブがはめられていて、左頬から後頭部まで鈍い痛みが響いた。
「マルトン、あなたもSCSなの?」
私は重たくなっている両腕を伸ばして、マルトンに差し伸べた。
マルトンはひきつった顔でもう一回私を殴った。
頭が揺れて、うまく喋れない。
「テネスが、言っていたんだ」
『殴り合いをした人にしか分からない感情でしょうけど、目の前の人とひとつになりたいっていう気持ち』
「今なら分かるんだ! 絶縁グローブなんて外して、あなたのことをもっと知りたい! あなたの絶望を、あなたの希望を!」
「そんなのどうだっていいだろ!」
マルトンが拳を振り下ろしたその瞬間、文字通り世界に雷が走った。白と黒の世界。岩だらけの世界。一瞬で世界を覆っていたベールが剥がされ、そして元通りの世界になる。
ブリンク現象。
刹那の静寂が終わると、マルトンの拳は私の目の前で止まっていた。
「マルトン?」
「……」
私の上にのしかかったまま、マルトンは何も言わない。
私の視界のWRに、突然文字が現れた。
『マルトンの魂石は、激しい感情の昂ぶりで崩壊した。』
私は目を閉じたマルトンの顔を見て、大きな溜め息を吐いた。
「死んだの?」
『炎化している。じきに動くようになる。』
「……ヴィル?」
『そうだ。』
WRを司るAIのヴィルが私の視界を通してコミュニケーションを図ってくることに、それほど驚きはなかった。頭を打ちすぎて、驚く気力がないのかもしれない。
私はマルトンを横に寝かせて、痛む身体に鞭を打って起き上がった。
礼拝堂の窓はすべて元通り、外光が入るようになっていて、入り口の扉も元に戻っていた。
魂石を掘ろう。
ヴィルに会いに行こう。
その意思だけが、私の足を前に進めた。
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