Ⅱ-9.2OUT 1IN①
様々な精密検査の結果、ヨッカの魂石は砕けていたことが確認された。
役場の戸籍課でヨッカの死亡届を書いている最中、何度も「実は検査の間違いがあり、来週には新しいヨッカが来る」ことを願った。しかし、書き終わっても、一時間待ってみても、そんな報せはなかった。
届を出すと、戸籍課のスタッフは丁重にそれを受け取った。
役場の食堂で、私はオパエツと六人掛けのテーブルの端で向かい合ってお弁当を食べた。卵焼きとハンバーグの入った、マレニ手作りのお弁当だ。
「昨日は、ごめん」
「なんの話だ」
「……模人は死ぬって」
「ふん。別にたいしたショックは受けていない。ただ、イヨからそんな言葉が出たのに驚いただけだ」
「……」
「今でもそう思うか?『模人は死には抗えない』」
「分からないよ。ナナナも死んで、ヨッカも死んだ。でも、ヨッカは誰も死なないようにって。人間になれれば、死なないですむのかな。模人は死ぬかもしれないけど、死なせたくなんかないよ」
自分でも何を言っているのか分からなかった。ただ、言葉が溢れてきた。
「充分死に抗っているじゃないか。あんな諦観的な言葉は、俺の役回りだ」
オパエツはそれだけ言って、黙々とお弁当を食べた。
私はヨッカとナナナのことを思い出して、しばらく箸を止めていた。
「こちらの席、よろしいですか?」
声を掛けてきたのは、マルトン司祭だった。司祭は食堂の定食を載せた盆を持って、私たちの座る六人掛けテーブルの、オパエツの隣に立っていた。
「別に構いませんが、司祭殿は右利きですよね。俺は生憎左利きでして、腕がぶつかってしょうがないのです。ひと席空けてもらっても?」
オパエツが一個隣の席を指差す。
「これは失礼致しました」
マルトン司祭は指定された角の席につき、手を合わせてから定食を食べ始めた。
「司祭殿は、外の食事でも祈るのですか」
「えぇ。土くれといえども、これを調理したヒト、WRを開発したヒト、タグを添付したヒトがいるのです。彼らのおかげでこの美味しい食事をいただけるのですから、感謝せずにはいられません」
「敬虔なことです。私にはテクスチャの粗が目立ってしまって、感謝の気が起きない。ところで司祭殿、堕天的人間化計画の方は順調ですか」
私はオパエツの言ったことに耳を疑った。
しかしそれ以上に、司祭も眉一つ動かさずに首肯したことに、私は戸惑った。
「ええ。今日はその話をしたいと思っていたのですが、なんとも悲しいことに、ヨッカさんが亡くなってしまいましたね。ご冥福をお祈り致します」
「祈らなくていい。それよりも説明をしろ。アンタが主導している44HPに参加した模人が暴走して、死んだんだ。我々を納得させるだけの説明責任がある」
「ちょっと待ってオパエツ、マルトン司祭が44HPの主導者って、どういうこと?」
私は混乱したままオパエツに訊ねた。
「あの文書の発行元を辿っただけだ。少し調べればイヨでも分かる。目の前の本人様も、隠すつもりはないらしい」
「ええ。私は私のやっていることにやましさはありません。堕天的人間化計画は私の提案です」
私はマルトン司祭との会話を思い出した。
『私は今、とある研究をしているのです。その研究が上手くいけば、魂石の採掘はきっと上手くいきます』
「じゃあ説明してもらおうか。清廉潔白な44HPの引き起こした事故。それが新聞のどこにも載っていない異常事態。昨日の試合については片隅に優勝者のインタビューだけ。ヨッカの死を隠蔽しているのは、やましいことなんじゃないのか」
「そんなことより伝えるべきことがあるからですよ」
司祭は何がおかしいのかまるで分からない、といった様子で答えた。
私もオパエツもその無垢な物言いに唖然とした。
「新聞をお読みになったなら分かるはずです。昨日、44HPの参加者の一人が、ついに魂石の採掘に成功しました。一八二年ぶりの快挙です」
「なんじだ……」
オパエツが身震いする身体を抑えながら呟いた。
「はい?」
「何時にその魂石の採掘は成功した? 記録的瞬間なんだろ。何時何分に成功したか、言ってみろ!」
「十一時四十四分一七秒ですよ」
「じゃあヨッカの死んだ一八時三一分〇四秒に間に合ったじゃねぇか! どうして、どうして!」
オパエツはテーブルを強く叩き、立ち上がった。食って掛からんばかりの目で司祭を睨みつける。
「加工の時間を計算してみてください。間に合わないでしょう」
「うるせぇ! 試してもいないだろ。そんな話、俺たちは聞いていなかった」
司祭の胸ぐらを掴んだオパエツは、防衛反応で弾かれた。
「本当に申し訳ないです。あれは世紀の瞬間でした」
司祭は襟を整え、さっきと全く声の調子を変えずに言った。
「落ち着いて聞いてください。ヨッカさんの死は無駄ではなかったのです。多くの44HP参加者の叡智が集まり、あの奇跡は起きました。いいえ、奇跡ではありません。これはまだ極秘情報ですが、すでに二人目の採掘成功者が今朝現れたのです。我々は正真正銘、死を克服した。これからの世界は、死に怯えることなく、すべての模人に幸福を約束します」
司祭の目には一切の曇りがなく、迷いのない狂気が見えた。
オパエツはお弁当の包みを結び、席を立って椅子を蹴った。
「イヨ、行くぞ。マレニの弁当が不味くなる」
私は慌ててお弁当をしまって、オパエツの後に続いた。
食堂を去り、役場を出ようとした玄関口で、私たちは戸籍課スタッフに呼び止められた。
振り向くと、そこにはスタッフと一緒に、身体の節々に包帯を巻いたテネスが立っていた。
「ヨッカさんの契約に基づき、テネスさんを皆様の家族としてお迎えください」
スタッフの説明と共に、テネスが頭を下げた。
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