Ⅱ-9.2OUT 1IN②

 家にテネスを招き入れる。


 私とオパエツ、テネスの三人はリビングのL字型ソファに腰掛けた。


「契約の確認ですけど、ヨッカはテネスさんたち家族とうちの家族の合併を契約したんでしたっけ」

「はい。これが契約書です」


 テネスが見せた書類には、書いた憶えのない私たちのサインが刻まれていた。


「こりゃ偽装だな。どこかで俺たちが書いたものを真似て書いてある。無効だ」


 オパエツが書類を突き返す。


 私はテネスに頭を下げた。


「分かっていると思いますけど昨日の今日で、私たちも家族のことを考える余裕はなくて、テネスさん、これは一度白紙に戻しましょう」

「……家族制度の第十四項は知っていますか?」


 テネスの問いに、オパエツが苛立たしげに答える。


「『登録家族員四名以下の家族は、四名以下となった二週間以内に新たな家族員を入れない限り、解散とする』か?」

「はい。これまでは模人の死は珍しく、家族員が充足人数を下回ることは基本的に起こりえませんでした。そのため、第十四項は形骸化していたのが実状。しかし、今は状況が変わりました。相次ぐSCSの死亡事故で、この制度の罰則実施は、遅れながらも現実に始まっています。解散した家族は他の家族の充填メンバーとして配属されます」

「脅しか」

「私を家族に入れてください。まだ四人ですが、増員の意思あり、ということで解散は延長できるはずです」


 テネスはもう一度、テーブルの上に契約書を載せた。


「解散の延長についてはありがたい申し出ですけど、どうしてテネスさんは、私たちの家族になりたいんですか?」


 私の質問に、テネスははっきりと答えた。


「ヨッカの遺志を、受け取ったからです」


 私とオパエツは、深い息を吐いた。


「そもそもこの提案はヨッカにされたものでした。ヨッカが昨日の試合で優勝したら、私の家族と合併することで、充足人数を満たし、ヨッカを採掘者に選ぶ。でも、結果はあのような形で終わってしまいました。私は、ヨッカのやろうとしたことをやりたい」

「いいじゃん。ヨッカの代わりになるってことでしょう?」


 扉を開けて入ってきたのは、マレニだった。


「私はイヨとオパエツと離ればなれになるくらいなら、別にその子を入れてもいいと思う」


 マレニはテーブルまで歩いてきて、契約書を手に取った。引き出しからペンを取り出して、既に書かれていた偽のサインの上から、改めてサインを書いた。


「ちょっと待て、マレニ。こいつはマルトンの44HPを受けているんだ。何が目的かも分からんようなやつと家族になんて」

「でも、解散しちゃうんでしょ? 他にいい方法ある?」

「……っ」


 珍しくマレニに理屈で圧倒され、オパエツは言葉を詰まらせた。


 オパエツは観念したように、溜め息を吐き、契約書にペンを走らせた。


 マレニはオパエツを見て満足げに笑い、テネスの方を向いた。


「テネスって呼んでいい?」

「構いません」

「じゃあ敬語も外して」

「分かった。マレニ」

「テネス、テネスの家族ってあと何人いるの?」

「私含めて三人。セラピストのジンと工場でタグ付けしてるソーイ。二人は引っ越しの準備が出来てないから、もう少し掛かると思う」

「ふぅん。もうひとつ聞いていい?」

「うん」

「ヨッカに抱きついたとき、どんな気持ちだった?」


 マレニは私たちが帰ってきてから、昨日の一部始終を聞いていた。泣き出してしまうかと思ったけれど、マレニは何一つ言葉を発するでもなく、肯いていた。


 訊かれたテネスは、少し考えてから答えた。


「痛かったけど、気持ちが良かった。もう少しで、ヨッカの一番深いところに触れる気がした。でももう――」


 ――もう二度と触ることは出来ない。


 そう言いかけて、テネスは俯いた。


 私は、オパエツの後にペンで自分の偽のサインをなぞった。

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