私の見た夢

@CHICKEN0419

手記

最近海で溺れる夢を見る。もう何回目かわからない。

錆びついた刃物が胸を刺すような、そんな冷たい陽射しが徐々に私を起こす。

現実がつまらなすぎた者のせめてもの娯楽のはずだったが、、あぁまたか、私を急かすように陽が沈んでく。


ぎゅっと握りしめていた恐れは、いつの間にか私の手から零れ落ちていた。

水平線のその先で、何かが手を振っている。

それが希望なのか、絶望なのか、考えることが無意味に等しかった。


手招きされるままに歩みを始める。

ふと空を見上げれば、星々が薄目で、まるで、世間が私を見透かしているように冷たく「生き急ぐな」と告げてくる。

下を見れば、砂が私の足にしっかりと絡みつき、まるで「死に急ぐな」と言わんばかりに力強く引き止める。

けれど、私はそれでも足を踏みしめ、動こうとする。どうしても海へ行かなければならない。


海の水がヒタヒタと迫る。振り返ると、足跡は一つ残らず波に呑まれていた。

あぁなんだか急に空くなった。まるで、私という存在が誰にも気づかれず、すっと消え去ったようだった。

なんのために歩いてきたのか、何のためにあんなにも必死に足掻いてきたのか、今はもう分からない。


結局、わたしも、私の足跡も、何もかもが消えていく。

ただ海が、ただ美しく、ただただ広がっていた。


気づけば暗く静かで美しいとは程遠い、闇の中に引き摺り込まれていった。


肺の奥まで水が満ちていく。

ああ、これは痛い。痛いはずだった。


けれど、なぜだろう。身体の力がふっと抜けて、ただ沈んでいく感覚だけが、この世で唯一、正しいことのように思えた。


恐怖が消えたのではない。

恐怖さえも、意味を成さなくなったのだ。


冷たさが温かく、苦しさが心地よい。

苦しさを拒む力さえ、私からはもう剥がれ落ちていた。

苦しみも、私の中の「私」も、ぼんやりと輪郭を失っていく。


海の中では、涙さえも無意味だった。

悲しみは形を失い、ただ水にまぎれて消えていった。

泣いても、誰にも届かない。届かなくても、もう構わなかった。


やがて、私はただの「水」になった。

誰かの涙の一滴でもいい、誰かの汗の、無名の一粒でもかまわない。

そう思えるくらいに、私は軽く、やさしく、無だった。


そのとき、唐突に、光が射し込んだ。

まぶしい。やめてくれ。私はもう、人間ではなくなっていたはずなのに。


現実の光が、これ見よがしに私を照らした。

まるで「ほら、いきなさい」とでも言いたげに。

恩着せがましい光だった。


掛け違えたボタンのような一日が始まる。

うまく呼吸できないまま、私は今日も、生きるために眠り、死ぬために目を覚ます。


また夜が来る。

そして、また、夢を見なければならない。

私という嘘を、せめて夢の中で、もう一度演じてやらなければならない。

水平線のその先の無意味なものの為に今日もまた、死を選ぶ。

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