依存

彼女はその場に崩れ落ちる。

手をめり込むほど地面につき、まるでそこだけが違う世界かのように雰囲気が変わる。

何かが折れた、汚泥のような感情と歪みきった倫理が全身を駆け巡っているのだろう。


「私は...いらないの...」


時切れて聞こえてくる声は絶望という文字がお似合いだろう。

今、ここで、俺が彼女の芯を折った。

前から創傷があったからあっけなく。手応えがない。


「お前の願望はそんなものなのか。がっかりだ」

「え、」


見るのもおこがましくなり、つい口を挟んでしまった。

目の前にいる彼女とは知り合いでも無いというのに。


「私に願う権利があるの」


彼女の素朴な疑問なのだろう。

何があったかは興味もないが、こうした何かに対して許しを請う。

その行動があまりにも異質に見られた。


「権利は無い。だが願うだけなら勝手だ。誰も咎めたりはしない」

「そう、なんだ...。変だな...」


手についた大地の破片を払い除け、前髪をどかしながら立ち上がる。

以外にもその容姿は綺麗だった。

だからといってどうというわけでもないが。


「ねぇ、君の名前は?」

「純弥」


毎日毎日興味のないレッテルを貼られているその嫌な名前。

だが今は何故かいい名前だと、そう思えた。


「お前は」

「私に名前はないよ」

「そんな話があるか」


名前、生まれたと同時に親から与えられるだろう呪縛。

それが彼女にはないらしい。


「本当だよ。名前を呼ばれる時はいつも、ていうか名前自体が呼ばれないからね」


名前が呼ばれない。

そんな事、日常生活であり得るだろうか。


「君が私を覚える気がないんだったら、雨の日、こうして此処に来てよ」

「それがお前の願望か」

「うん」


それは随分と面倒な願い事だ。

雨の日は極力人と会わないようにしているというのに。

だが今、目の前にいる彼女の初めての願い、と言うならば叶えなければいけないだろう。

それが仮面を外す事の代償になるのなら。


「また、雨が降ったらな」

「!ああ、その時は純弥が私の名前の決めてくれ」


そう言った彼女の顔に光がさす。

不思議だ。彼女といるのは何故か退屈はしなく、むしろ心地良まである。

きっと無意識に自分は彼女のような存在を求めていたのかもしれない。

日常ではなく非日常である存在を。自分という仮面を被らなくても良い存在。


「そうだな、候補をいくつか考えておくよ」


名前も住所も何も知らない。

だからどうでもいいように振る舞えたのだろう。


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名無し your clown ユピエロ @404314

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