第12話:おかわりをありがとう
串が去って、鍋は静かだった。
だしの表面はなめらかで、湯気は音もなく立ち上がっていた。
プチ・レッドが消えた後、言葉を交わす者は誰もいなかった。
鍋の中心にはぽっかりと空洞があり、まるでそこにあったはずの命の余韻だけが漂っている。
「……おれ、あいつのこと、もっと話しておけばよかったな」
シロブが呟いた。だしを吸って、少しだけ柔らかくなったその身体が、小さく揺れる。
「レッドは、ちゃんと“選んだ”のよ」
ランが言う。
「私たちも、次にどうするかを……決めなきゃ」
がんもどきは目を閉じたまま、深くうなずいた。
「だしに還ることが、終わりじゃないとしたら……俺たちはここで何を残せるかを考えるべきだ」
沈黙を破るように、鍋の外で風が吹いた。
のれんが揺れ、屋台の外の世界がほんの少しだけ近づいてきた気がした。
「なあ、がんもどき」
シロブが顔を上げた。
「俺たちって、なんなんだろうな? 転生って、だしって、いったいどういうことなんだ?」
がんもどきは、しばらく何かを探るようにだしの中を見ていた。
「……おでんって、さ」
「ん?」
「いろんな具材が、一つの鍋に入ってる。出身も、素材も、形も違う。それが煮込まれて、ひとつの味になる。それって……生きるってことと、どこか似てる気がしないか?」
「……人生、ってこと?」
「そうさ。人生の一部を切り取られて、気づいたら煮込まれてて、でも他の具とだしを分かち合って……最後には、何かになって、消えていく」
「……重いな」
シロブは冗談っぽく笑った。
「でも、わかる気もする」
ふと、だしの表面に小さな影が差した。
おたまが、するりと鍋に差し込まれてくる。
「……来たな」
がんもどきが小さく呟く。
だが、おたまは具材を探すようにゆっくりと動いて──そして、止まった。
浮き上がってきたのは、もち巾着だった。
「わ、わたし!?」
目を丸くするもち巾着に、誰もが優しく微笑んだ。
「……いってらっしゃい」
「だしの先、見てきて」
もち巾着は、こくりと頷いた。
「ありがとう。……おかわり、してね」
そう言って、湯気の向こうに消えていった。
──その日の夜。
鍋の底に、また静寂が戻ってきた。
でも、それはかつてのような“閉じた”静けさではなかった。
「……さっきの、聞いたか?」
「ん?」
「『おかわり』って言ってたよな、巾着。食べられることが終わりじゃないって、そういう意味かもな」
「だとしたら……おかわりされるくらい、いい具にならなきゃ」
「だしに還る覚悟、できたか?」
「まだ……でも、少しずつ、ね」
その時だった。鍋の上の空が、すうっと明るくなった。
屋台の主が、灯りを少し調整したのだ。
その光は、まるで夜明けのように鍋を照らしていた。
がんもどきが、深く、長く、だしを吸い込んだ。
「……いいだしになったな」
シロブも、小さく頷いた。
「うん。うまいよ、この世界」
そして──
鍋のだしが、やさしく揺れた。
まるで、鍋そのものが、「ありがとう」と返事をしているように。
そして、それからずっとあと。
屋台は季節を巡りながら、またいくつもの転生を迎えることになる。
串は静かに降り、だしは深くなり、名前を持った具たちは、語り継がれていった。
ある者は笑い、ある者は抗い、ある者は静かに還っていった。
けれど誰もが最後に、こう言うのだった。
「おかわりを、ありがとう」
──完──
現代転生したら、おでんの具でした ~魔王も勇者も煮込まれる~ まひるのつき @mahi_2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます