お天気雨は嫁入り日和

睦月

狐の嫁入り

 学校から帰ると、玄関先に狐がいた。日が照っているにも関わらず、小雨の降る日だった。


「嗚呼、やっと帰って来はったんですね。えらい待ちくたびれましたわ。淑女れでぃを待たせるなんて、紳士として有るまじき行いじゃありませんか」


 やけに饒舌で、毛並みの綺麗な狐であった。


「ちょっと、シカトなんて酷いとは思いませんか?あんさん、そんなんやとモテませんよ」

「初対面そうそうにそれは酷くないか?あとモテるモテないに関しては余計なお世話だ」

「そういう態度がモテないんやと云っておるんです。今どき亭主関白は流行りませんよ」


 それにしても、どうして此処に狐がいるのだろうか。此処は閑静な住宅街であり、間違っても身なりの整った狐が来るような場所では無い。


「もしかして、どうしてアタシが此処に居るのか、なあんて思いましたか」


 何で俺の考えていることが分かったのだろうか。もしやこの狐、心が読めるのか。


「そう、兄さんの仰るとおりですわ。妾は化け狐ゆうもんで、ちょいとばかし不思議なことが出来るんです」


 成程、化け狐というやつか。にしても、よりによって我が家に来るなんて、何と不幸なのだろうか。


「妾、貴方に嫁入りに来たんです」


 今日は天気雨である。そして、天気雨の別名は狐の嫁入り。だからと云って、本当に嫁入りに来るのは可笑しくないだろうか。それになにより。


「狐の嫁入りと云えば、暗やみの中に狐火がいくつも連なっているものなんじゃないか?」


 そう云うと、狐が鼻で笑った。


「今どきそんなことをすれば目立ってしまうんですわ」


 否、そもそも住宅街に狐が居る時点で目立つだろうが。


「そう思うんなら、妾を家にあげてくださいな。淑女をいつまでも外に立たせるなんて酷いお方やわ」


 なかなか強引だな。だが、変に目立つのは。此処は大人しく狐を家に入れよう。


「分かった、じゃあ家に入ってくれ」


 狐は二足歩行で玄関に入った。そして丁寧に足を拭い、居間にやって来た。


「それじゃあ、末永くよろしゅうお願いします」

「何で俺が婚姻を受ける前提なんだ」

「逆に何で受けない前提なんですか?」


 質問に質問で返さないでくれ。話がややこしくなるだろうが。


「狐と結婚なんてするわけないだろうが。いったい何処の異類婚姻譚だ」

「まあ確かにではありますね」


 どうやら納得はしてくれたようだ。このまま諦めてくれないだろうか。


「では、貴方の好みに化けましょうか」

「もしかして、姿を変えられるのか?」

「そりゃあ勿論。だって妾は化け狐ですから。こんなことくらい、貴方はよくでしょう?」


 次の瞬間、狐の等身が変わった。そして毛皮は髪の毛になり、前足は腕となった。その姿は、道を歩けば十人中七人は振り返る程度の美少女であった。最も、特徴的な狐耳は残っていたが。それはご愛嬌というやつであろう。


「貴方は人間の姿をしてはりますから、人間に化けてみました。どうです?婚姻してくれる気になりはりましたか?」

「なってないが」

「あら、それは残念」


 ちっとも残念そうでは無い声で、彼女はそう云った。


「なら、これはどうです?」


 次の瞬間、彼女の等身は縮んでいた。そして、茶色い毛並みになっていた。


 自分の胸が高鳴るのを感じた。


「あら、どうやら気に入って頂けたようですね。では、婚姻して下さいますか?」

「婚姻は……しない……」

「めちゃくちゃ心揺れてはりますやん。急にどないしはったん?」


 高鳴る胸の鼓動が抑えられない。もしや、これが世間の云う一目惚れなのか。だが、これだけは聞いておきたい。


「何で狸に化けたんだ?」


 俺がそう問うと、彼女は妖艶に笑ってこう云った。


「だって貴方、化け狸じゃないですか」


 呼吸が止まった。


「何を云っているんだ……?」

「だってさっきから可愛いらしい尻尾を隠せていませんもの。化けの皮、剥がれてますよ」


 え?


「嘘だ嘘だ嘘だ、だって念には念を入れて人間に化けてるんだぞ。ご近所さんに気づかれないよう、悪目立ちしないよう、頑張って化けたんだ!尻尾なんて出てないぞ」

「ええ、嘘てすわ。尻尾なんて出ていません」


 なんだ、尻尾はでていないのか。なら良かった。


 ……否、全然良くは無いが。


「にしても兄さん、自分が化け狸なんて自白したようなものですよ?」

「鎌をかけたのか。それとも誘導尋問か?」

「まあ人聞きの悪い。妾は冗談を少しばかり云っただけですのに」


 自分の正体がバレて焦るべき場面なのに、何故かちっとも緊迫感がない。これもそれも、目の前にいるのが好みすぎる美少女であるのが悪い。


「お前は俺が化け狸だと気がついていたようだが、どうして婚姻を持ちかけたんだ?俺たち化け狸お前たち化け狐はいがみ合う仲だろうに」

「いがみ合う仲だからこそです。敵対しているもの同士の婚姻なんて、ロマンチックでしょう?」

「とんだ浪漫家ロマンチストがいたものだな」


 だが、それも悪くないかもしれない。まるで御伽噺のような展開で、夢見たような状況だ。


「そうだな。いきなりの婚姻は無理だが、結婚を前提としてお付き合いするのはどうだろうか」


 すると彼女は嬉しそうに目を吊り上げ、こう云った。


「勿論、お断りします。化け狐と化け狸が愛し合える訳ないやないですか。こんな冗談も通じへんなんて、モテませんよ?」


 彼女は狐の姿に戻り、瞬く間に消えていった。


 代わりに残されたのは、三枚の小葉のついた黄色い花であった。名前は確か、キツネノボタン、だっただろうか。


「ハハハハハ、アハハハハ……」


 どうやら俺は、狐につままれたらしい。

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お天気雨は嫁入り日和 睦月 @mutuki_tukituki

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