(三)師の慧眼
「お戻りなされませ」
帰った
「
「はい。もうご用意しております」
璃々江の
「
「そのようですね。彼は何と?」
背後で、五百が首を振る気配がした。「璃々江殿はおられるか、とだけ――」
「いつもの戸場殿ですね。何と答えました?」
「はい。璃々江様は御家老のお屋敷に向かわれました、そのまま江戸に
璃々江は肩を揺らした。「戸場殿のことです。そのまま江戸に向かわれますよ」
「そのようでございますね。よし分かった、拙者もすぐに行くとおっしゃると、もう駆け出されて見えなくなってしまわれました」
「……道中、路銀や手形はどうされるのでしょうね」
「戸場様ほどの
「…………」
五百の言葉がどこまで本気か分からなかったが、
璃々江が書院に入ると、火桶で暖められていた部屋の空気が心地好く璃々江の頬を撫でた。障子越しの明るい光を浴びる
「これは?」
璃々江が腰を下ろし、その書状を広げて読むと――。
「出過ぎた真似をとお叱りを受けるやもしれませぬが、武林様への
手に漆塗りの盆を捧げ持った五百が、目を伏せて璃々江に詫びた。「
「五百」
璃々江は諦めたように腰を下ろし、書状を丁寧に畳んだ。「私の考えを読むのは構いませんが、少し先回りしすぎですよ」
「申しわけ……」
「良いのです。この書状のとおりのことを、私はしたためようとしていましたから」
璃々江は、五百から大ぶりの茶碗を受け取ると、
「これは……胡麻の
「はい」
五百は火桶の中を覗き、火箸で炭の位置を整えた。「よろしければ、来月の稽古の折にでも、皆様にお出ししたいと思います」
璃々江はうなずき、いまひと口
「香料は、
「はい」璃々江の指摘に、五百は口元に微笑を浮かべた。が、続く璃々江の言葉に、その微笑は驚愕の喘ぎに転じる。
「……ですが、この香ばしさの秘密はそれだけではありませんね。最初に香料を炒めるのに使うのは胡麻油。そこに潰した
「は、はい」師の的確な指摘に、五百は思わず平伏していた。璃々江は目を閉じ、いまこの時の一服を味わっている。
「そして鍋の中身を全てすり潰して十分に攪拌し、鶏肉と共に弱火で煮て、最後に胡麻油を回しかける。なるほど、口当たりが良いはずです」
「お、おそれいりました」
「鶏肉は、あらかじめ香ばしく炒めておいたものですね。おそらく炒める際、煎り胡麻を加えているのでは?」
師の慧眼に、五百は言葉を失って、ただ茫然とするのみであった。
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