水玉の服
ヤマシタ アキヒロ
水玉の服
愛ってなんだろう―――
実らなかった恋が、まだ痛みを感じないうちに、目に映る風景がまだ色を失う前に、私はにぎやかな街へ新しい服を買いに出かけた。
「今回はちょっと時間がかかりそう……」
24歳にもなって、もちろん初恋ではない。人並みに、恋を失う苦しさは知ってるつもりだ。
でも、どうして……。この世に男と女はたくさんいるのに、いい人もたくさんいて、いい人どうしが巡りあうのに、それでもいつか、うまくいかなくなる。
私がわがままだった訳ではない。もちろん、あの人に落ち度があった訳でもない。むしろ、やさしすぎて恐いくらい、彼との日々は幸せだった。
なのにどうして、どこですれ違ったのだろう。きっとほんの少し、許せない何かが生まれ、譲れない何かがぶつかり、知らず知らず、別のレールを走り始めたのだろうか。
考えれば考えるほど、救われない気分になる。どうしてみんな、この世界で笑っていられるんだろう。このまま消えてしまいたい。もうしばらく恋はしたくない。
愛ってなんだろう―――
私は流れる雲を見上げた。夏の匂いがした。
恋ならば分かる。恋は矢印のはっきりした、盲目的な吸引力だ。目的地が分かりやすいだけに、そこからズレると、途端に迷子になる。
愛は分かりにくい。喜怒哀楽のどれでもない、「それ以外の何か」としか言いようがない。
「私にも愛は訪れるのだろうか」
考えたって仕方のないことだけれど。
私は並木道のショーウィンドウを覗きこんだ。今の気分には少し派手すぎる、水玉のワンピースが飛びこんで来た。
「ようし……」
迷わず試着室へ直行し、そのまま、来ていた服を袋に入れ、ワンピースをまとって表へ出た。
周りの景色は何も変わらない。いつも通り、街はにぎやかで、木漏れ日がまだら模様に揺れている。それでも私は、今までの自分を脱ぎ捨て、無理やり新しい自分に変身して、初夏の街を歩き出した。
「明日からどうやって生きようかな」
夕暮れの電車で、吊り革につかまり、車窓を眺めていると、「あ、みずたま、きれい……」と、母親に抱っこされた幼児が私の服を指さした。
「これこれ、ごめんなさいね」
「いいんですよ。ありがとう」
私は思いがけず「それ以外の何か」をもらった気がした。
(了)
水玉の服 ヤマシタ アキヒロ @09063499480
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