小説の水増しカットインシステム
ちびまるフォイ
薄い話を薄く伸ばす
ここは忘れ物商店。
いつか誰かが忘却の彼方にすっ飛ばしたものを、
どこからか集めて並べている不思議な商店。
今日も迷い込んだお客さんがひとり。
「忘れ物商店へようこそ。何かお探しで?」
「自分を……自分を探してるんです」
「まためんどくさいのが来た……」
「声出てますよ」
「アーー……チョット、新商品の陳列の準備があるので、
私、チョット、お店、アケル、アルネ」
「逃げようとしないでください。客に向き合ってください」
「いやお客さん。うちはそういう抽象的なのはないんですよ。
自分探しならよそでやってください」
「迷えるティーンエイジャーが来たんですよ。
この国の未来をになう若者ですよ。
もっと丁重に扱ってください」
「ああもうめんどくさい……」
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一方その頃。
まったく関係のないどこかの不思議な川べりで、
男が釣りをして休日を過ごしていた。
「よお、記憶釣れてるかい?」
「いやぁ、今日はあんまりだなぁ」
「思い出ミルワーム使ってんの?」
「だな」
この不思議な川では記憶やエピソードが流れてくる。
どこかの他人のエピソードを釣り上げては酒のサカナにする。
彼らは記憶の釣り人だった。
おわり。
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ふたたび記憶商店に場面は戻る。
「いや、今の何!?」
「あなたの自分探し(笑)につきあうのが面倒で
小説の水増しエピソードを入れてみました」
「シェフのきまぐれ感覚で変な話を差し込みやがって……。
もっと俺に向き合ってくださいよ!」
「はあ、これが愛情に飢えた現代人の末路か……。
はいはい。じゃあこれなんかどうです?」
記憶店主はノートをひとつ手に取った。
中にはよくわからないキャラクターや、パラメータが書かれている。
地図やアイテムなんかも書かれている。
「これは?」
「誰かが子どものころノートで作ったRPGです。
クラスメートと遊んでいたんでしょうね。
ほら、プレイヤーの名前がたかしとか書かれてるでしょう?」
「うわ、こういうのあったなぁ……」
彼は思い出す。
かつて自分も同じようにノートでゲームを作っていた。
クラスの友達をゲームに登場させて魔王を倒す。
やがてそれは現実を侵食して、ノートを閉じてからも自分たちは勇者だった。
帰り道なんかでは棒っきれを伝説の剣に見立ててチャンバラしていた。
「そうだ……。俺はそういう人間だった……」
「はい。自分見つかりましたね、おめでとうございます」
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一方その頃。
川べりで釣りを楽しんでいたふたり。
静かな昼下がりは平日の疲れを癒やしてくれる。
「なあ、前から気になってたんだけど」
「どうした?」
「お味噌汁、あるじゃん」
「うん」
「たまに勝手にスライド移動するよな」
「ああ。じわーーって移動する」
「あれ不思議よな」
「たしかに」
ふたりは再び竿に目を戻した。
おわり。
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ふたたび記憶商店に場面は戻った。
客は顔から湯気を出しながら怒っていた。
「だから変なエピソードを挟むなよ!
しかも今度はまるで意味ない話じゃないか!!」
「まあ、あなたの自分探しよりはいいんじゃないですか。
少なくとも自分を見つけている人の会話ですし」
「くそう。俺のエピソードが弱いからって
なんか変なエピソードで水増ししやがって……」
「それじゃこれはどうでしょう?」
「これは? ハンドクリーム? しかも使いかけじゃないか」
「うちは記憶商店ですからね。中古とかが多くなるわけですよ」
「い、いや! これは……思い出した! 見覚えがある!」
彼は思い出した。
それは初めて彼女ができた頃のことを。
最初の彼女ということで浮かれに浮かれていた。
彼女の誕生日プレゼントをどうするかを悩んだ。
ネットの情報をうのみにした彼はプレゼントにハンドクリームを購入。
ハズさないプレゼントだと自信満々だったが、
そもそもハンドクリームなんて別にほしいものじゃなかった。
彼女のきまずそうな苦笑いと「大事に使うね」の気遣いの一言。
とりあえず何回か使ってみたがそれからもう忘れられたのだろう。
迷い迷って、この記憶商店の商品として陳列された。
「俺はそんな不器用な人間だったな……。自分を見失っていた」
「もしかしてうちの商品にかこつけて、自分語りをしたいだけです?」
「そう。あれはまだ暑い夏の日だった。
ハンドクリームを送った翌日に彼女と公園で別れを切り出されーー」
「あ、この感じ絶対そうだ」
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一方その頃。
記憶側で釣りを楽しんでいたふたり。
ついに竿に何かがひっかかった。
「おっ! ひいてるひいてる!」
リールを撒いていくと、川に流れていたエピソードの姿が見えてくる。
「やったぁ釣れた!」
「おめでとう! なんおエピソードだ!?」
二人は記憶側に流れていたエピソードを確かめる。
「んーーと。これはなんか忘れ物商店に来た客と店員の話だな」
「へえ」
「店員は新商品を受け取りたいのに、客に捕まって迷惑そうだ」
「はあ。それは困った客だなぁ」
「こういう客が年食ってから、
コンビニの店員さんにウザがらみするんだろうな」
「いやだいやだ」
おわり。
---\「ちょっとまて!! コラーー!」/-----
急にやってきた不審者に釣り人は驚いた。
「うわっ! あんた誰だよ!?
勝手にこっち側のエピソードに割り込むなよ!!」
「うるさい! 別のエピソードで俺を批判しやがって!
こんなの陰口と変わらないじゃないか!!」
「この釣ったエピソード見る限り、
どうみても客のあなたのが悪そうだけど……」
「部外者のお前ら釣り人が勝手に決まるな!
おとなしく釣りでもしてろ! こっちのエピソードに関わるな!」
「壁をやぶったのはそっちじゃないか!」
「目に余るからだ! っと、とととと!?」
「あ、あぶない!!」
忘れ物商店の客は足をすべらせて記憶川に落ちてしまった。
「わぷっ! た、助けて!!」
「ああ、もうあんな遠くへ流されている!」
「このままじゃ記憶に飲まれてしまうぞ!?」
「うわぁあーーー!!」
記憶側には多くの人のエピソードや記憶が流れている。
その濁流に飲み込まれればもう助からない。
あっという間に記憶の情報に埋もれて、彼の姿はもう誰も思い出せなくなった。
完全にもう誰からも忘れられてしまった。
忘れ物業者は河川敷に打ち上げられていた彼を見つける。
「おお、これは買い取りしてくれそうだ」
忘れ物商店に電話をして、引き取ってもらうことに。
誰からも忘れられた人間なんて、もの珍しいのだろう。
トラックに積み込んで忘れ物商店へとやってくる。
「ちわーーっす。今日も忘れ物を仕入れてきましたよ」
「いつもありがとうございます。
おお、これは。忘れられた人間ですか。面白いですね」
「きっと店の看板になりますよ」
「ですね。ちょっと店の棚を整理しますから待っててください」
忘れ物商店の店主は店に戻っていった。
新商品である忘れられた人間を置くためのスペースを作る。
しかし、そこにタイミング悪くひとりの客が入ってきた。
店主はやむなく応対することに。
「忘れ物商店へようこそ。何かお探しで?」
「自分を……自分を探してるんです」
その顔は、ついさっきトラックの荷台にいた顔だった。
でも店主はめんどくささがそれを上回った。
「まためんどくさいのが来た……」
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