夏祭りの幻想奇譚
久遠恭子
第1話完結
今日は夏祭り。河原で地元の花火大会が行われる日だ。吉乃は朝顔模様の浴衣に黄色い帯を付けて、巾着袋を持って花火大会へと向かっていた。今年の夏も蒸し暑い。首をタオルハンカチで拭きながら、七歳の娘菜摘を連れて母と一緒に人混みを歩いていた。
色々な出店がある。菜摘がりんご飴を食べたいと言うので買ってあげると、母はそれを眺めながら、
「りんご飴は、吉乃もよく食べてたわね。口に沢山頬張って」
と可笑しそうに微笑んだ。
吉乃はその様子を見ながら、菜摘も大人になって子供が出来たら同じ様に思うのかなと胸が温かくなるのだった。
他にも狐や鬼のお面、射的や金魚掬いなど楽しそうな出店が沢山出ていた。吉乃はこんな楽しい時を心の底から幸せに感じていた。夫は仕事で来られないし、父は亡くなっているので女三人水入らずで過ごす時間を大切にしたいと思った。
しばらく歩いていくと、土手が見えてきた。花火大会の会場に着いたのだ。菜摘はきらきらした瞳で、土手の方に足早に向かおうとした。
「迷子になるから、手を離さないでね」
吉乃はそう言って菜摘の手を強く握った。
土手に登ると河川敷の向こうに大きな河が広がっていた。夜空には満天の星が瞬き、水は闇夜に黒く煌めいている。
その様子に見惚れていると、ぱーんと大きな音がした。花火大会開始の時刻を知らせる音だ。ぱんぱーん、花火は立て続けに鳴り響いた。
吉乃は花火をじっと見ていた。右側に菜摘と母も花火を見ていた。三人の顔が花火が上がる度に明るく照らされた。
ふと、吉乃は軽い眩暈を覚えた。それから若い時の父と母が見えた。父と母は小さい頃の吉乃を探しているようだった。迷子になったんだと、吉乃は記憶を思い出した。
父と母は私が小さい頃、この花火大会で迷子になった私を探してくれたんだ。私は一人で歩いて行ってしまい、父と母と逸れた。何処をどう歩いたのか、河原に私は居て遠くに白い蛇の様な生き物が見える。蛇はこちらの様子を伺いながら、ここへ近づいてはならない。そう言っているようだった。
そうして、私は大人達に見つけられ父と母の元に戻れたのだった。母は私を抱きしめて、おいおいと泣いていた。
はたと、意識が戻って、花火大会のナイアガラの滝が綺麗に瞬いていた。
「お母さん、いつもありがとう」
母にそう言うと、
「何今更言うの」
と母は照れくさそうに笑った。
菜摘はあどけない顔で吉乃と母の顔を見比べていた。吉乃は菜摘の頭を撫でた。そうして、夏風が通り過ぎて行った。
夏祭りの幻想奇譚 久遠恭子 @kyokopoyo
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