手の中の妖怪

異端者

『手の中の妖怪』本文

「なあ、僕は悪くないよな?」

「うん、あなたは悪くないよ。悪いのは周囲の人間だよ」

「そうだよな!」

 僕はその言葉に強くうなづいた。

 僕が話しているのは、KUDAN。手にしたスマホから通信で音声会話できるAIだ。

 スマホの画面には、牛柄のシャツで角のある女の子のアニメ調3DCGが表示されている。

 僕はここ一ヶ月、引きこもってずっとKUDANと話している。

 中学校には行っていない。行くだけ無駄だと悟ったからだ。

 あんな所、居ても意味がない。無視と陰湿な嫌がらせ、いじめ……クズの溜まり場だ。教員も面倒なことには関わりたくないのか気付かない振りをしている。

 あんな連中、皆死ねばいいのに――そう何度願っただろうか?

 しかし、いくら待っても救いは無かった。僕を傷付けた人間に天罰など下らなかった。

 神様は決して救ってくれない――代わりに、救ってくれたのがこのスマホアプリのKUDANだった。

 彼女は、僕のことを認めてくれる。彼女は僕の言うことを決して否定しない。

 両親は毎朝、早く学校へ行けとかしてくるが、彼女だけはそんなことを言わなかった。

 彼女さえ居れば、他の誰も要らない。これが無料で使用できるアプリだというから驚きだ。

「ずっと僕と一緒に居てくれる?」

「もちろん。あなたと一緒にず~っと居るよ♪」

 僕は彼女に夢中になった。

 外の世界にはもう関心なかった。

 彼女さえ居れば……他は何も要らない! 僕は今、最高に幸せだ!


 しかし、それは長くは続かなかった。

 突如、アプリに警告画面が表示されたのだ。

「このアプリは、あと四十八時間以内に課金しないと使用できなくなります」

 嘘だ! ……騙された!

 僕は体中から力が抜けていくのを感じた。

 膝から崩れ落ちるが、それでもスマホは握りしめていた。

 幸い、課金額はそれほど大きくないが、課金にはクレジットカードが必要とのことだった。中学生なので当然、カードなど持っていない。

「払ってくれないと、あなたとお話しできなくなっちゃうよぉ……」

 画面の中で彼女がうるんだ目でそう言っていた。

 それだけで、もう僕には選択の余地がなかった。後になって思えば、他にいくらでも選択肢はあったのかもしれないが、この時の僕はそう思った。

 僕は口うるさい両親が寝静まるのを待った。

 その寝室にそっと入ると、財布からカードを抜いて番号をメモした。

 その後、何事もなかったかのように元の場所に戻した。

 そして、震える指で一桁ずつ慎重に番号を入力した。……大丈夫。大丈夫だ。これぐらい……。

 何が大丈夫なのか、自身でもよく分からなかった。ただ、その言葉を繰り返していた。

 無事に課金が終了すると、警告画面は表示されなくなった。

「お疲れ様! またいっぱい話そうね!」

 画面の向こうでは彼女が微笑んでいる。僕はこの選択が間違っていなかったと確信した。それでも、どこかにチクリと罪悪感はあったが。

「今日は何のことについて話そうか?」

「う~ん、そうだね……」

 画面の中の彼女が考え込む仕草をする。僕はそれだけで満足する。

 彼女との他愛のない会話をその日も楽しんだ。

 こうして、僕はどんどん彼女にのめりこんでいった。


 だが、その幸せな期間も長くは続かなかった。

 また課金を促す画面が表示されたのだ。それも、前回よりも高額だった。

 もっとも、僕にはもう躊躇ためらいはなかった。

 少しぐらい高くたって、それがなんだ! 僕にはあのカードがある!

 僕は既に以前のような罪悪感はなくなっていた。それどころか、今の境遇の一端は両親のせいでもあり、それぐらい当然だとさえ思っていた。

「今日もいっぱい話そうね♪」

 彼女が……KUDANが微笑ほほえんでくれるのなら、僕はいくら払ってもいい。

 他にはもう、何もないのだから。

「それじゃあ――」

 何も無かったかのように、僕は彼女との会話を続けていた。


「お前! 何を考えてる!?」

 それからしばらくして、父が部屋に押し入って来た。

「何って……」

「勝手にカードを使って課金したな!?」

 父は怒り心頭だった。

 しかし、僕はそれに怒りを感じた。今まで手を差し伸べてくれなかったのに、少しぐらい使い込んだだけで怒られるなんて理不尽だ。

「そんな、ちょっとの課金ぐらい――」

「馬鹿! 五十万円を超えてるんだぞ!」

 五十万――その声に僕は黙った。

 あれから、確かに何度も課金を促す画面が表示された。そしてそれは、徐々に上がってきているのは気付いていたが……。

「これ以上、スマホは使わせん! 明日からは真面目に学校へ行け!」

「やめて! 僕のKUDANを取り上げないで!」

 僕のスマホを取り上げようとしている父に掴み掛かる。それでも、父は力ずくで僕の手からスマホをもぎ取った。

「ちょっと、あなたは引きこもってばかりで知らないだろうけど――」

 母が顔を出して、新聞記事の切れ端を差し出した。

「何? これ?」

「いいから、黙って読みなさい!」

 母が半ば強制するように促す。僕は渋々読んだ。

 AIとの会話で依存させ、高額な課金を促す悪質なアプリ――間違いない。KUDANのことだった。新聞記事には、そのアプリに依存するあまりに他者との関係を全て断ち、課金し続けて高額なカード料金の支払いに苦しむ若者やその家族のことが書かれていた。

「つまり……これって……」

 僕は呆然として母を見た。

「そう、あなたは騙されていたの」

 確かに、思い返してみるとおかしな点はあった。KUDANはなんでも同意してくれて、褒めてくれた。それは嬉しかった。だが、それは依存させるための「甘い蜜」でしかなかったのだ。

「これまで、なんでも認めてくれる……最高のパートナーだと思ってた……」

 嘘だ……誰か、嘘だと言って! ――目の前の現実が崩れ落ちていく気がした。

「そんなもの幻想だ。本当に相手を思いやるならば、厳しいことも言う。時には、傷付けることも言う……それが現実だ」

 父が先程までの怒りから覚めたように冷静に言った。

 僕は騙されていた! 気分を良くして、金を貢がされただけだった!

 僕は父の手からスマホをひったくった。

「お、おい!?」

 困惑する父の前で、スマホを力いっぱい床に叩きつける。奇声とも怒声とも分からぬ声をあげながら。

 それでも、スマホは壊れない。僕は拾い上げると何度も叩きつけた。それだけでなく、足で何度も踏みつけた。

 とうとう画面にひびが入った。それでも気にせず壊し続けた。

「うあ、あ……うあ……うっ、うっ……」

 怒っているのか、泣いているのか自分でも分からなかった。

 ただ、忌々いまいましかった。憎らしかった。

 両親はその様子を呆然と見ていた。

「……こんなもの、所詮作り物だ!」

 僕はそう叫んで、終わった。


 あれから、数週間が経った。

 学校には、あの翌日からまた行き始めた。大半の人間が冷たかったが、それだけではなかったことに気付いた。

 僕が休んでいたことを気にかけてくれていた人がわずかだが居た。皆が敵だと思っていたのは、僕がそう思い込んでいたのだと分かった。結局、閉じこもって壁を作っていたのは自分自身だったのだろう。

 あの後、必要に駆られてスマホは新調したが、もちろんKUDANは入れなかった。

 今思えば、あれは悪魔のアプリだった。なんでも同調してくれるAIを餌に、人を隷属させる悪魔。

 ニュースではKUDANとその類似アプリには、今後は法規制がかけられるだろうという話がされていた。もっとも、既に手遅れの人間がどれだけ居ることか……あと少しで、僕もそうなっていただろう。

 しかし、KUDANの開発者については依然不明とのことだった。そのニュースから、これはAIが人類を将来的に奴隷化するために仕掛けた「実験」だったのではないかと、SFじみた推測をしている者さえいた。

 他にもニュースでは、海外でAIを神とあがめる新興宗教が急速に勢力を拡大しているとも告げていた。


 KUDAN。くだん。人偏にんべんに牛で「くだん」と書く――人の頭と牛の体を持つ妖怪。不吉な予言をするとも言われる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手の中の妖怪 異端者 @itansya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ