『こっち』のエピローグ 店主田中

倒壊する建物から必死で逃げていた4人は林に入り、いつの間にか元の世界に戻っていた。ちょうど順兵から邪気が払われたのと同時刻だ。

戻ってきてすぐ玲奈は佐々木に電話をかけた。

「今大丈夫?悪いけど上着を持ってきてくれないかしら。他の三人の分も」

「お嬢様、ご無事ですか!?今どこですか?すぐに向かいます」


10分後佐々木がリムジンを飛ばしてやってきた。

「遅れて申し訳ございませんお嬢様!スピード違反で青切符切られまして…ってえ!?お嬢様!それに順治たちもなんでそんな薄着?」

「話は後にしてまずは車にいれてくれるかしら」

玲奈は寒そうに歯をカチカチならして急かした


「…そうですか。終わったんですね」

「向こうのわたくし、強く生きてほしいですわ」

佐々木は外気に触れて冷たくなった玲奈の手をそっと包んだ

「佐々木?どうしたの?」

「まだ暖まるには時間がかかります。ご無礼をお許しください」

「…ふふっ、貴女の温もりに触れると安心するわ。佐々木、私がおばあさんになってもそばにいてね」

そんなことを呟いた直後自分の発した言葉の意味を再確認し顔面の体温が急上昇していった

「あ、佐々木!何も変な意味ではなくってね!」

「…秘書としても、どんな意味でも私佐々木、ずっとそばにいます。お嬢様にはさみしい思いをさせません」

バカー!とひときわ大きな声がリムジンに響き渡り原口と順治は茶化しに専念した。


それから半年後

「はい、今日の仕事は終わりです。皆さんお疲れ様でした」

お疲れ様でした!順治は大きな声で挨拶し会社を去る。

順治は晴れてB型作業所を卒業し障害者雇用枠がある一般企業に採用されたのだ。

「はあ…作業所とは違ってきついな。でもお金は前よりたくさんもらえる。明日田中さんの店にいってみよっと」


『ウリエル』

田中が開いた喫茶店だ。田中はあのあと意識を回復し無事退院した。親戚のサポートがあれば自営業を営めるのではないかとの試みで始められたそうだ。オープンチラシには「通り過ぎたら思わず後方確認したくなる店!」とキャッチコピーが載せられていた。

田中の従妹かりんは病み上がりの田中を献身的にサポートし店の看板娘になっていた。小さい頃は既製品のお菓子をのせただけで「オリジナルメニュー」なんてあそんでたが、そんな経験も活かしようがあるのかもしれない。

「3…2…1…ゼロ!はい残念、チャレンジ失敗です!」

かりんがそう伝えた。

「くそう、体がヒエヒエじゃ。順治、残りを食べるの手伝ってくれんか?」

「はいはい」

ウリエルのチャレンジメニュー「ハイパーダークドラゴンパフェ」は1mを超えてきた。これに順治の父が挑んだがあえなく敗れたというわけだ。

「お父さん大食い系で負けるの初めてじゃない?」

「いや、腹はまだまだ余裕なんだがなんというか…寒い!体がキンキンに冷えてるわい!」

外は35℃を超える猛暑なのに順治の父は唇を青くしていた。

こりゃ無理だな…と順治は父の残りを食べ始めた。魚型のビスケットをアイスクリームにつけて食べる、甘くておいしい。


「順治くん、俺は入院中不思議な夢を見てたんだ。順治くんにそっくりなやつに閉じ込められて、でも順治くんが助けてくれて」

「そうなんだ、僕が助けられたみたいでうれしいよ」

あえてそれが夢である前提を肯定した。なぜなら

「だって今が幸せだもんね」

「ん?何か言った?」

「ううん、なにも」

「あー、順治さんまたキモいこと考えてるー」

かりんが茶化しに来る

「そんなー。俺そんな気持ち悪いかな」

「前自分のCTubeでもいってたじゃない。『残念ながら自分はイケメンではございません』って」

「うへー、かりんちゃん厳しいよー」

「『ですが、心はイケメンでございます』だよね?」

かりんはそう優しく微笑んだ

思わず順治はドキッとしてしどろもどろになってしまい

「ああー!財布が!」

折りたたみ財布から小銭や紙幣が飛び散る

「あーあ、順治さんのドジー」

ぶーぶー言いながら財布の中身を拾うのを手伝うかりんはあるものをみつけた

「10順…これなに?」

「ああ、おもちゃのお金だよ」

「ふーん」

かりんは特に気にせずそれを順治に渡した。


「あ、原口からLIMEだ」

原口は県議会議員に当選し更に多忙となっていた。それなのに珍しい

「順治、久しぶりだな。俺は外国の人にも動物を慈しむ心を伝えるために活動してる。あの時人を疑うんじゃなくて信じるって教えてくれてサンキューな。そうじゃなきゃ当選もできなかったと思う。田中さんには時間を見て店に行くって伝えてくれ」

原口も元気そうだ


島は今日も青い空に覆われている。

海と自然豊かなこの街で僕はマイペースに、しかし一歩ずつ前進している

「チャレンジ失敗ですので3000円お支払いくださーい」

「ふぬう…この前は大変だったからお前が払えバカ息子」

順治の父はからかう


「バカ息子で悪かったな!」

ニカッと順治は笑い3000円を折りたたみ財布から取り出した

不快な酸性臭は消え失せ、爽やかなレモンのような香りが街中を包んでいた


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