その力は、希望と呼ばれた。
Chocola
第1話
*
世界は、静かに終わった。
黒煙の立ち上る都。崩れ落ちた城。焦げついた草原。
空にすら風は吹かず、ただ滅びの名残だけが漂っている。
それでも私は、生きていた。
たった一人、この世界に取り残されて。
——生きろ、レナ。
その言葉だけが、焼け焦げた心の奥で、今も燃えている。
⸻
*
「……また、夢」
レナ・シャルロットは、ぼろぼろのベッドの上で目を覚ました。
薄い毛布にくるまれた身体は、夜の冷気で凍えるように震えている。
朽ちた天井の隙間から、朝の光が一筋だけ差し込んでいた。
魔法の森——その奥にひっそりと佇む、廃屋の中。
ここが、レナの居場所だった。
魔法を使えば、暖も光も簡単に手に入る。
けれど彼女は、それをしない。しようとしない。
——魔法は、大切な人たちの命の形見だ。
レナはそっと右手の中指に嵌められた、古びた銀の指輪を撫でた。
それは、彼女が継いだ《十二の使い魔》を封印する鍵であり、彼らが遺した最後の証だった。
炎の鳥、氷の剣、水の精霊、草を操る乙女。
土、風、鋼、光、闇、空間、そして雷——。
レナはそれらすべてを受け継ぎ、ただ一人生き延びた。
彼女を守るために、一族は滅び、使い魔たちは封印された。
⸻
*
その夜、異変は訪れた。
空が裂けたような轟音。
森が揺れ、地が割れた。
遥か上空に浮かぶ封印の檻、《監獄結界》が崩壊するのを、レナはこの目で見た。
——かつての災厄が、再び目を覚ました。
レナは走った。
魔法を封じたこの身で。
震える脚を叱りつけながら、かつての封印の地へ。
森の奥、焦げた草原にそれはいた。
人のようで人でなく、獣のようで、黒い瘴気を纏った魔獣。
それは、レナの家族が命を賭して封じたもの——その生き残りだった。
「……フレア、来て」
レナは指輪に手をかざす。
炎の紋章が浮かび、指輪が赤く光る。
「お願い、もう一度。私に力を貸して」
空を焦がすように火が舞い、炎の
《久しいな、レナ。お前は立派になった》
懐かしい声。祖母の記憶が、炎の羽とともに胸に宿る。
——魔法は命。託すということは、未来を信じるということ。
「いくよ、フレア!」
鳥の姿だったフレアが、光とともに一本の剣へと姿を変える。
レナはそれを握り、空へ駆ける。
「——焔刃(えんじん)・斬空!」
炎の斬撃が魔獣を貫く。
だが、それでも足りなかった。
魔獣は再生する。怨嗟を喰らい、より強く、より醜く。
——このままじゃ、また誰も守れない。
レナの心が、かつての絶望を思い出しかけたそのとき——
「……ライカ」
彼女は、そっと呟いた。
⸻
*
雷鳴が森を割いた。
天が怒りをぶつけたように光り、そして現れたのは、九本の尾を持つ神獣。
雷の使い魔、《ライカ》。
レナが唯一、自分自身の魔力で生み出した使い魔だった。
《私は、あなたの中から生まれた。だから、あなたのために戦える》
「ありがとう、ライカ。もう、逃げない」
雷が奔る。
フレアとライカ、炎と雷の剣を両手に握り、レナは空を蹴る。
「——雷焔・双絶閃!」
天地を裂く二重の斬撃が、魔獣を真正面から打ち砕いた。
咆哮が止み、風が戻った。
空は静かに、朝の色を取り戻していく。
⸻
*
焼け焦げた大地に立ち尽くしながら、レナは指輪を見つめた。
——もう、ひとりじゃない。
指輪の中に眠る仲間たちが、微かに光を放っていた。
「私は、生きる。あなたたちの希望として——この世界に、もう一度、光を咲かせる」
その言葉に応えるように、上空に一輪の幻の花が咲いた。
それは、かつて祖母が大切に育てていた花——カルミア。
優美に、そして力強く。
その花は、滅びの中で、確かに“希望”として咲いていた。
その力は、希望と呼ばれた。 Chocola @chocolat-r
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