その力は、希望と呼ばれた。

Chocola

第1話


 世界は、静かに終わった。


 黒煙の立ち上る都。崩れ落ちた城。焦げついた草原。

 空にすら風は吹かず、ただ滅びの名残だけが漂っている。


 それでも私は、生きていた。

 たった一人、この世界に取り残されて。


 ——生きろ、レナ。

 その言葉だけが、焼け焦げた心の奥で、今も燃えている。




 「……また、夢」


 レナ・シャルロットは、ぼろぼろのベッドの上で目を覚ました。

 薄い毛布にくるまれた身体は、夜の冷気で凍えるように震えている。

 朽ちた天井の隙間から、朝の光が一筋だけ差し込んでいた。


 魔法の森——その奥にひっそりと佇む、廃屋の中。

 ここが、レナの居場所だった。


 魔法を使えば、暖も光も簡単に手に入る。

 けれど彼女は、それをしない。しようとしない。


 ——魔法は、大切な人たちの命の形見だ。


 レナはそっと右手の中指に嵌められた、古びた銀の指輪を撫でた。

 それは、彼女が継いだ《十二の使い魔》を封印する鍵であり、彼らが遺した最後の証だった。


 炎の鳥、氷の剣、水の精霊、草を操る乙女。

 土、風、鋼、光、闇、空間、そして雷——。


 レナはそれらすべてを受け継ぎ、ただ一人生き延びた。

 彼女を守るために、一族は滅び、使い魔たちは封印された。




 その夜、異変は訪れた。


 空が裂けたような轟音。

 森が揺れ、地が割れた。

 遥か上空に浮かぶ封印の檻、《監獄結界》が崩壊するのを、レナはこの目で見た。


 ——かつての災厄が、再び目を覚ました。


 レナは走った。

 魔法を封じたこの身で。

 震える脚を叱りつけながら、かつての封印の地へ。


 森の奥、焦げた草原にそれはいた。

 人のようで人でなく、獣のようで、黒い瘴気を纏った魔獣。

 それは、レナの家族が命を賭して封じたもの——その生き残りだった。


 「……フレア、来て」


 レナは指輪に手をかざす。

 炎の紋章が浮かび、指輪が赤く光る。


 「お願い、もう一度。私に力を貸して」


 空を焦がすように火が舞い、炎のフレアが現れた。


 《久しいな、レナ。お前は立派になった》


 懐かしい声。祖母の記憶が、炎の羽とともに胸に宿る。


 ——魔法は命。託すということは、未来を信じるということ。


 「いくよ、フレア!」


 鳥の姿だったフレアが、光とともに一本の剣へと姿を変える。

 レナはそれを握り、空へ駆ける。


 「——焔刃(えんじん)・斬空!」


 炎の斬撃が魔獣を貫く。

 だが、それでも足りなかった。


 魔獣は再生する。怨嗟を喰らい、より強く、より醜く。


 ——このままじゃ、また誰も守れない。


 レナの心が、かつての絶望を思い出しかけたそのとき——


 「……ライカ」


 彼女は、そっと呟いた。




 雷鳴が森を割いた。

 天が怒りをぶつけたように光り、そして現れたのは、九本の尾を持つ神獣。


 雷の使い魔、《ライカ》。

 レナが唯一、自分自身の魔力で生み出した使い魔だった。


 《私は、あなたの中から生まれた。だから、あなたのために戦える》


 「ありがとう、ライカ。もう、逃げない」


 雷が奔る。

 フレアとライカ、炎と雷の剣を両手に握り、レナは空を蹴る。


 「——雷焔・双絶閃!」


 天地を裂く二重の斬撃が、魔獣を真正面から打ち砕いた。


 咆哮が止み、風が戻った。

 空は静かに、朝の色を取り戻していく。




 焼け焦げた大地に立ち尽くしながら、レナは指輪を見つめた。


 ——もう、ひとりじゃない。


 指輪の中に眠る仲間たちが、微かに光を放っていた。


 「私は、生きる。あなたたちの希望として——この世界に、もう一度、光を咲かせる」


 その言葉に応えるように、上空に一輪の幻の花が咲いた。

 それは、かつて祖母が大切に育てていた花——カルミア。


 優美に、そして力強く。

 その花は、滅びの中で、確かに“希望”として咲いていた。

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その力は、希望と呼ばれた。 Chocola @chocolat-r

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