自分が自分である証明を、奪われた世界で取り戻す物語
- ★★★ Excellent!!!
①テーマの深み
この作品は「自己のアイデンティティとは何か」「記憶と存在の本質的な関係」を非常に巧妙に扱っています。
自分が“自分”であるという感覚が、いかに「記憶」「他者からの承認」によって成立しているかを、SF的な枠組みの中で問い直しています。
SFというジャンルでありながら、人間の感情の揺らぎを丁寧に描いており、非常に切実かつリアル。
②構成・ミステリー性
話数が進むごとに情報の開示が巧みに行われ、読者と主人公の認識が徐々に崩れていく構造になっています。
「写真に写っていない」「誰も違和感を抱かない」などのギミックは、記憶操作を裏付けるに十分な説得力を持ち、綾乃の裏切りという落とし所も効果的に機能しています。
③ キャラクターの魅力
特筆すべきは、“ガキ”と揶揄されながらも時に哲学的な視点を持つタクトと、終盤で感情と正体の二面性を見せた綾乃。
この二人は“道化”や“ヒロイン”を超え、物語全体を操作するプレイヤーとして強く存在しています。
④ 語り口と没入感
一人称の語りが、非常に生き生きしており、読者を強く“将介の主観”へ引き込む構造になっています。「知らねーよ、あんな奴ら!」という独白から始まり、緩急とユーモアが混在する語り口が、感情移入を最大化している。
“記憶があるから存在できる”という価値観を根底から覆す、骨太なSFジュブナイル。
読者に「自分とは何か」を問わせる、思春期SFの傑作と言える。
今後、将介が“自分”をどう定義し直し、あの“綾乃”にどう向き合うのか——続きを強く読みたくなる完成度でした。