陽のあたる者たちへ
@shiromi_f
陽のあたる者たちへ
静かに、しかし着実にその輪郭をおびてくる夏を意識しながら、彼らは既に炎天の箱に整列し教師の言葉を待っていた。
錆びたポール、穴の空いたネット、床から剥がれかけたライン。廃校舍から盗んできた、と言われても信じてしまうようなそれは、とてもここでバドミントンの練習が行われているとは考えられなかった。
「あ―、みんなお待ちどうとのことだ。練習の前に、来月の総体へ出場するメンバーを発表する」
ぴりっと空気が張り詰める。この時期の総体、という言葉は特別重たい意味を持つ。なんせ3年生にとっては最後の対外試合。最終学年である者たちは特にこのために、顧問の教師から理不尽に叩きつけられる羽根球を追い続け、返し、自分を伸ばしてきたのだ。
残るところまで残れば、市町村から県、州、そして全国の規模で開催される次のステージへ進むことができるが、今の彼らにはそれだけのチカラは無い。
「名前を呼ばれたメンバーは当日まで特別メニュー。そうでない者たちはサポートと、上級生を中心にした自主練を頼む」
ここで名前を呼ばれなければしばらくの間練習を見てすら貰えない。3年生でなくとも、アピールの機会を失い、相対的に差をつけられては面白くない。―が、それも彼らが望んだことだった。
今ここに並んでいる25人から、団体戦のメンバー選ばれるのは6人。シングルスがひとつ、ダブルスをふたつといった組み合わせで戦う。ひとりは万一の予備だ。
個人戦もあるにはあるが、彼らのような弱小に枠など割かれない。シングルス、ダブルス共にふたつずつしか与えられなかった。
「まずは団体戦だな」
教師はメモを見るため目を伏せる。暫くしてふたたび目線が彼らを捉えた。
「疋田」
はい!という声が帰ってくる。疋田とよばれた坊主頭は、自分は選ばれるという自負と自信はあるが、こうして口に出されなければ安心できなかったらしく、いくらかほっとした表情で前に出た。
「吉村」
疋田よりは控えめな返事と一緒に、吉村が前に出る。吉村も疋田も3年生で、入学当初からふたりでダブルスを組みバディとして切磋琢磨していた。そしてそれは彼らをバラしてしまっても健在ということが、実力以上のポイントとして選出の動機となった。
それを最後に3年生が呼ばれる事はなく、残りのうち2名は2年生、最後の枠にはよりによって1年生がはまった。
「個人戦シングルスには宮本と辻、ダブルスには疋田、吉村ペアに村田、秋山ペア。以上だ」
淡々と残酷にそれは告げられた。
先生!先生!先生!
教師を求める、特に3年生からの声は大きい。この選出について、事実だけ見れば不審な点は無いはずだが、ここにおいてその事実は受け入れ難いもののようだった。
なぜ俺たちじゃないのか。
どうして上級生からアタマ順に選ばないのか。
今日までの俺達の頑張りはなんだったのか。
団体戦に出るのなら個人戦の枠は譲ってくれ。
そのような雑言が多種多様に飛び交う。
下級生たち、特に選ばれてしまった3名は、どうすることも出来ず立ち尽くす以外なかった。
しかしそれらは、教師にとっては子供の駄々のようにしか聴こえぬのだ。
「お前らは阿呆か」
怒鳴ったわけではないが確かに通った声に、生徒たちは一様に黙りこくった。
「去年―、総体の敗退が決まったとき、俺はお前らに訊いたな」
ゆっくり、はっきり、しかし生徒たちを刺激しないようにテンションを考えながら教師が話を続けていく。この選抜の根拠は、彼らがそう願ったからだ。
遡ることちょうど1年。総体を早々に敗退し、尻尾を巻いて戻ってきた『ホームグラウンド』にて、話し合いが行われていた。
「俺が赴任して2年連続の初戦敗け。聞くところによれば前の先生の頃もこの調子だったらしいな」
2年以下18名。前任者の時代は知らないものの、部の歴史として結果は伝え聞いている。
「練習を頑張れば。3年生なら。先生の印象がよければ取り敢えず出れる。選ばれるの。1年や2年になんぼ上手いモンが居ようが関係ない。―そういうやりかた、だったな?」
誰も彼も言葉を発せず―、それは肯定を指した。
「お前らがそれでいいんならそれでいい。楽しくおちゃらけてシャトル追っかけて、ロクに身体も作らないで見かけの格好良さばかり気にして。それでなんとなくメンバーに選ばれたっつうんで意気揚々と出陣してよ。こうして尻尾巻いて帰ってくりゃあいいんだ。それもひとつの在り方だ、全く悪いこた無い」
だが、と教師は一段強く声を張った。
「お前らはそれでいいのか?毎回毎回初戦でボッコボコに敗けて、砂のひとつもかけることすら叶わずにキャンキャン泣きながら撤収だ。その相手も次戦で同じくボッコボコにされたと見える。では俺達の現在地はどこだ?地底のそれ以下、もしかしたらマントルに近いかもしれない」
疋田と目が合った。何を言っているのかわからないというカオをしていたが、話を聴く気はあるようだ。
「行ったと思ったらもう学校に居て、残っている生徒からバカにされ、それまで張っていた見栄も何もかも台無しだ。それでいいのか?いい加減見返してやりたくはないのか?」
シン、と再び体育館は静まり返った。教師の反響が無くなっていくごとに、風や植物の流れる音が入ってくる。疋田も、彼と一緒に戦っている吉村も、互いが互いの顔を見合わすだけで、かえって混乱が広がったようにみえた。
「俺は、勝ちたいです」
その静寂はにわかに破られた。僅かながら手があげられ、周りの顔色をうかがいながら、ではあるが2年の川添が意見した。
「去年もこうしてクラスの奴らにバカにされました。試合をしたのは3年生たちだから我慢できたけど、次は俺達だ。当事者としてこんな恥ずかしい思いはしたくありません」
きっと誰かがそんな思いを抱いているはず。そう教師は睨んでいたが、彼らもまだ齢14やそこらだ。それを口にする勇気は無いと思っていた。
彼らがそれでいいなら、それで納得するつもりだった。
だけに、川添のこの言葉は、教師の最後の躊躇いを払うチカラ足り得たのだ。
「よく言った川添。そうだろう。俺たちは周りからいつだって下に見られている。バドミントン部は、という枕詞のもとには悪口やディスしか着いてこない。もう沢山だろう?」
疋田や吉村の両眼が強く教師を射る。他の部員も、大なり小なりその気のようにみえる。
「下に見られ蔑まれ、ここに居るってだけで女子にモテすらしない。それが嫌なら俺たちは何をすべきか。―勝つことだ。練習して練習して練習して、今日俺たちをボッコボコにしてくれた奴らの何倍もやるんだ。そうして公式な試合じゃなくたっていい、練習試合なんかを開いて、そこで実力をわからせてやるんだ」
それを想像してか、生徒たちの目は少しずつ光を取り戻していく。やはり戦いの世界は勝ってなんぼなのだ。
そういう成功体験を。あるいは、どんな小さな規模でも、自らの全てを懸てぶつかるという経験を、教師は是とみていた。
下剋上という言葉を知っているか。
君たち弱者が、あいつら強者にむけて牙を剥くことだ。
そう、俺達のこの1年間は下剋上。
今までバカにしてきた奴らに、目にモノ見せてやろう。
「という話をしたよな」
発起人の川添はじめ、3年生と一部の2年生には忘れようとも忘れられない強い記憶。この日を堺に彼らの取り組みは「部活動」ではなく「練習」になりそれは「習慣」になった。
彼らはいつか手にするかもしれない勝利のために、やりたくもない走り込みに暮れ、見たくもない基本のビデオを繰り返し視聴し、目を背けたくなるような自らの欠点と向き合い、学年関係なく全員で前進してきた。
秋の公式戦においても結果だけみれば何ら変わらなかった。しかし、その内容は少なくともワンサイドゲームなどではなく『見れる』レベルにはなっており、数カ月での確実な『進歩』を教師は感じていた。
春までは諦めていた残り1歩、数センチ。
それを零さないために身体を張ることが、すなわち意地だ。
彼らの必死さを見た周りは驚き、気付けばバカにする者などなかった。
そうして冬を迎え、彼らは誰ひとり脱落することなく、『戦おうとする集団』のまま進み続けた。
「だがそれでも枠はある。これは仕方のないことだ」
ひとつため息をついて教師は続ける。
「この1年間、お前たちは戦いたい、勝ちたいという心づもりでやってきた。そうして迎えたこの瞬間、自分がそのステージに立たないまま終わると判ったとたん思うわけだ。『話が違う』と」
「そしてその矛先は下級生である村田や秋山、もっと言えば1年の辻に向くわけだ」
全員の視線が辻へ向く。辻は申し訳なさそうに縮こまった。
「ここに来てお前らは都合の良い考えを持ち出そうとしている。あのやりかたはどうしたと。辻じゃなく俺が、俺じゃなくてもアイツが出るべきなんじゃないかと、そう思うかもしれない」
「だがお前らは辻に勝てんのか?」
辻が視線に耐えられないのを見て、教師は敢えて挑発的な言葉を選び注目を戻した。
「確かに辻は1年生。入部してからふた月だ。だがその辻に、疋田も吉村もシングルスでは勝てない。本気で勝つつもりでいるのなら、こういった戦力は必要なんだ」
「そしてその辻ですら春の選手権では2回戦敗退。いいか、お前らのレベルはあれだけ頑張ってもそれ以下ってことだ。―お前たちは確かにこの1年間頑張ってきた。だがそれはまわりも同じだ。今までは開く一方だった差が、ここに来てようやくプラマイゼロになった、それだけだ」
だから―、
川村という『個人』、西田という『個人』、相田という『個人』、個人すべてに勝利は与えられない。そのレベルにはまだない。
ではどうすればそのような者たちにも勝利を与えることができるか。
それは、『彼らの敗北のもとに成り立ったチームでの勝利』であった。
では、どうすればよいのか。
「それが、『現状もっともそれをもたらせる確度の高い生徒を選ぶ』」
これが、俺達だけじゃない。勝利を欲する全ての学校が、チームが通る道であり、儀式なのだ。
「全員でここまで頑張って来たんだ。俺は全員で勝ちたい。その答えがこれ、というわけだ」
ひとりの生徒―3年生の岩崎が立ち上がり、ついに思いをぶちまけた。
耳障りだけは良い。その全員に『俺』は含まれて居ないのだから。俺は、俺たちは『戦うことを許されなかった』から。
きっと彼らがコートに居る様を見ることすら苦痛に感じるだろう。早く負けろとすら願うかもしれない。これをもって俺たちは本当の仲間でいられるのか。
「なあ川添!お前もそう思わねえか!」
今の今までずっと黙っていた川添へ唐突に話が振られた。バドミントン部がこうなるキッカケとなった人物であり、この部の主将であり、たった今選外となり、試合をせず引退が決まった者のひとりだ。
「―うん」
川添は静かに語りだした。
「俺も―、俺だって悔しいよ、正直。あの日からキャプテンとしてチームを引っ張ってきて、血ヘド吐くようなトレーニングをしてさ。なんだか自分がひとまわりもふたまわりも大きくなったように感じたんだ」
川添の目はしっかりと岩崎を捉えているが、そこからは確かに滴がしたたっていた。
「1年間、身体も、心も、メンタルも強くなって、ようやく去年の借りを返せるなんて浮かれてたら、入学してスグの1年生にレギュラーを奪われるなんてさ」
でも、と川添は辻を見る。その視線に攻撃的な意志は感じられなかった。
「でも、今の辻に俺や岩崎は勝てない。これはどうしようもない事実で、先生が『勝つために』辻を選んだってことは、あの日の約束を果たしてくれるつもりがあるからだと俺は思ってるよ。だから―、」
「あー川添。そこまでにしておけ。それ以上いかれると、お前にも何か背負わせることになる」
句を続けようとしたところで教師にとめられてしまった。こんなことを中学生に言わせるわけにはいかないのだ。
「概ね川添の言うとおりだ。俺は個人ではなく『部』として勝利を手にする為に、それを成せる奴らを選抜したつもりだ。―そして、当然それに不服があることも承知だ。だから―、」
今まで言われるだけ言われていた『選ばれた6人』のほうを見る。
「選ばれた者、そうでないもの、それぞれがそれぞれに責任がある。特に選ばれたお前らにはな」
選ばれた者には、『コートに入る権利』『勝利を直接手にする権利』『試合でその3年間を散らせる権利』が与えられる。どれも『そうでない者たち』が最後の最後まで欲してやまなかったものだ。
そしてその権利をどのように行使するか、も彼らに委ねられることとなる。主導者たる監督やコーチといった者たちは、ただ指示を出して見ていることしかできない。
だから、
今はまだ無理だ。直前の出来事すぎるし、誰も心の整理がついていない。
しかし、『選ばれた者たち』が『選ばれた者たちたる』ことで、そうでない者たちの心は自然と整理されていく。そうして最後には、『彼らを送り出してよかった』という考えになるわけだ。
そうであるには、
練習の態度から周りの心を動かし、諦めず愚直に真っ直ぐ取り組み続けることで、
試合当日に、来たくもないコートに見たくもないネット、聴きたくもないパン、パン、という『ガットとシャトルコックの当たる音』に晒され応援に来てくれた『そうでない者たち』に『共にありつづけてもらう』
ことに尽きる。そうして初めて彼らは『選ばれ』る。
戦いになる以上、一方が勝ち一方が敗ける。これは不変の法則であり覆ることはない。しかしながら『選ばれぬ』ままに勝利を手にしても、それは彼らだけのモノとなるだろう。
「そして、そうではないお前らは、それを見極める責任がある」
『選ばれなかった者』のできることは殆ど無い。コートの上では荷物運びや得点係などの『雑用』をする他無く、決して陽のあたる場所には行けない。
しかしそれに腐らず、彼らを見て、彼らの持つ『責任と本気』に触れ、彼らを助け、今日に至るまでの時間が誰かによって否定されるまで共にあり続けること。
それが彼らなりの矜持である。
「だから、選ばれたお前らはその『事実』を示さなきゃならんし、そうじゃないやつらは『価値』を見いださなきゃならん。それが全て噛み合ったとき、はじめて部はひとつになる」
納得してくれとは言わん。どうしても文句があるのなら保護者を連れて来たっていい。初戦で消えるようなレベルでやるようなことじゃないのも判っている。
「それでも―、あのときのお前らの目を、裏切りたくないんだ」
深々と頭を下げた教師に思わず目を閉じた川添の瞼裏に、3年間の苦楽が走馬灯のように浮かんでは消えていった。
夏の陽射しがあたるとき、誰かの夏は終わる。
陽のあたる者たちへ @shiromi_f
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます