第十二章 春に、まだ雪が残っていた
三学期が終わり、
校庭の桜の枝が少しずつ色づいていく。
卒業するわけじゃない。
でも、いくつもの別れが空気に漂っていた。
進路、部活、座席表、関係性。
名前のつかない小さな終わりが、
いくつもいくつも重なって——
春は、静かにやってくる。
◆
ヒカリとは、もう話していない。
教室で見かけても、
彼女の視線は僕の少し手前を通り過ぎていく。
もともと、僕たちはそういう関係だったのかもしれない。
でも、それに名前をつけてしまったのは僕だ。
「好きだった」
その言葉で、関係の温度を壊してしまった。
世界の終わりを信じた僕だけが、
この感情を重くしてしまった。
◆
帰り道、商店街の角にある花屋の前を通る。
チューリップ、菜の花、スイートピー。
春の花たちが、風に揺れていた。
「……あれ?」
ふと、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
ヒカリだった。
制服のまま、ひとりで花を見ている。
声はかけなかった。
かけられなかった。
ただ、その横顔を少しだけ見て、
僕はまた歩き出した。
それだけのことなのに、
心臓が痛かった。
あの日、手を伸ばしたのは誰だったのか。
今となっては、もうわからない。
その手紙は、偶然だった。
図書室の返却棚。
『星と終末について』の中に、
小さな紙片が挟まっていた。
手書き。細く、静かな筆跡。
すぐにわかった。ヒカリの文字だ。
最初は誰かへのメモかと思った。
けれど、読み進めるうちに、僕の名前が出てきた。
蒼汰くんへ
もしこれを誰かが読むなら、
きっと世界は終わらなかったんだと思う。
それなら、それでよかった。
でも私、本当に怖かったんだ。
誰かといたくて、でも誰にも連絡できなくて。
誰が正解かわからなくて、
誰も選べなかった。
だからもし、あの日来てくれた人がいたら——
その人と手を繋ごうって、
昔から決めてた。
それが蒼汰くんだったのは、
きっと偶然なんかじゃなかったって思いたい。
でも、
それを続ける勇気は、
私にはなかった。
読み終わったとき、
指先が少し震えていた。
これは、ヒカリが誰にも渡さなかった言葉。
きっと、どこにも出すつもりはなかったものだ。
それでも今、
この手紙だけが、あの日の続きを与えてくれた。
◆
帰り道、空はやけに明るかった。
雲一つない夕暮れ。
冬の名残が、どこにもなかった。
でも、僕の中にはまだ——
雪が、少しだけ残っていた。
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