名前被りって死活問題じゃあないですか?

文字原 故

 名前被り3度の死

「こんっなの、ショーキで読めるわけないでしょ!!!!!」


ひらぎ あやはハッと息を飲んで周囲を見渡した。

「よかった誰もいない」


 幸い誰も居なく、叫び声を聞かれた様子はない。叫び声なんて聞かれたらどんな目で見られるかは容易だ。


 そもそもなぜ彩が叫ぶ羽目になったのか、それは少し前の時間まで遡る。






「先生!この本新しいやつですよね!初めて見る本だー!!」

「昨日入ってきた本ですよ。テスト終わりのご褒美ってところですか?柊さん。」

「そうです~!じゃ、借りていきますね!」


「テストも終わったしゆっくり恋愛小説が読める!」

 私、柊彩は恋愛小説が大好きなごく普通の高校二年生だ。テスト終わりには絶対に読んだことのない恋愛小説を読むのが楽しみ。待ちきれなくて図書館のすぐ外で本のページを捲った。


「なっっっっっ……『彩』?!」


 これが私の今日の不幸の始まりだった。

 主人公の名前は彩。私の名前と一緒、、いや不幸に考えるな。確かにちょっと気恥ずかしいけど没入感を得られると考えれば嬉しい誤算のはず。

 私はページを捲る手を止めずに読み進める。


「?!?!……み、なと??湊?!?!」


 ビックリした。湊という名前に聞き覚えがありすぎたからだ。隣の席、高校生にしては中学生みたいなネタで大笑いしている男子。彼の名前は北里きたさとみなと。全く交流が無いわけでもない。かといって特別仲が良いわけではないこの関係は私の動揺をさらに誘った。

 恋愛小説のヒーロー、つまりは相手役。正直もう、没入感という言葉でどうにかなる範疇の羞恥ではない。

 隣の席のちょっと子供っぽいやんちゃな男子に私がアピールする。逆もまたしかり。

 こんなことを言うと主人公はあんたじゃないし、相手役もあんたの隣席の男子じゃない!って親友の突っ込みでも飛んできそうだけど、はっきり言って私にとってただ事じゃあない。本には挿し絵のないページしかなく想像の余地がある作りなのがなおのこと悪かった。

 だって、だってどう頑張っても主人公が私で相手役が隣の席のアイツにしか変換されない!!


 私はページを捲る手を止めて考えた。ここで読むのを辞めたって構わない。でも、今のところ名前が被っているというだけの理由で読むのを辞めるには惜しい位に面白い。

 意を決して私は次のページを捲った。


「これはもう駄目だ。」


 ここまで来ればもう察しがつく。三度目の不幸。三度目の名前被り。主人公の恋のライバル。読者にとっては最高のスパイス。そんなキャラクターが私に今トドメをさした。

 『美羽』私の親友。恋愛小説が大好きな私にとって恋愛小説の話を気軽にできる友達。優しくってノリがよくってたまに面倒臭い。そんな親友。

 そんな親友の名前を小説の中で見つけた。羞恥を通り越してもう笑いたい気分。

主人公が私で相手役が隣の席の男子。さらにはライバル役が親友。


 スリーアウト。


 ぼんやりそう思った。


 急いで本を閉じて荷物を取りに教室へ向かう。もう本を読み続けられる自信はなかった。



 教室に戻ると、ちょうど北里がプリントを丸めて寝ていた。さっきまで読んでいた小説の甘い台詞が頭によぎる。

 それだけで顔が赤くなるなんて、本当に勘弁してほしい。




「..無理。」


鞄の中の小説の存在感を感じて一人ごちた。

帰ったら、美羽に電話でもしよう。なんだか笑い飛ばしてほしい気分だ。


 それから次からは、名前を絶対確認してから借りると誓った。

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名前被りって死活問題じゃあないですか? 文字原 故 @moziwarayue

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