第2章 

   天海郷

うろこ雲が流れる上空に微かに動く物体あって、注視すると小

ドローンが何かを見つけたように暫く止まって又移動する。何も遮るものが無い羊色の天空から見えるのは海岸線に停車したグレーのワンボックスカーだった。開かれたハッチバックドアの横に立った二人のスタッフが被写体をズームアップしながら画面を覗き込んでいる。髪の長い若者が地図盤のようなものを抱えて盛んにチェックを入れ、もう一人が車の中のモニターと空を見比べながら、多分、リモートシャッタ―を切っているのだろう。その姿がもう一週間も続いていてシャッターを切っている中年のスタッフの動きが鈍くなっている。ドローンの位置とレンズとのにらめっこに限界が来るほどの長期的な港湾再開発事業が予定されているのではないか?・・この寂れた港に果たしてその効果は?・・と考えるとその予想もおぼつかない。

ドローンの目に映る景色はこの一帯の国道3号線を南下し西岸の不知火海を眺め、轟山を迂回した目の前には広大な東シナ海が現れる。その海岸線を暫く走り、左の峰々から成るなだらかな丘陵地から続いた広い扇状地となった集落をレンズが追い、道路を隔てた右側の漁師町の家並み、堤防で囲まれるように形成されている港が現れ、桟橋に繋がれたままの二~三艘の小舟が浮かぶ風景が記録される。更に道路の左側の丘陵地の方角に移動すると各家々が点在する田園が広がり、その先に白いビニールハウスが幾重にも張られた棚畑が重なりを見せている。

青のユニホームの髪の長い若者(*陶芸家の菊子の息子で菊子の為に半生を捧げた役所職員、三郎との間に出来た子ではないか?)は寂れて死んだような景色だけが残るこの港の仕事を早く終えて、若人が溢れる街の生活に戻りたいと思っていた。・・・

ひと昔、時を遡ると、この港にはイワシ網八船団の大漁旗が棚引き、男たちのかけ声と見送る女たちの活況な賑わいで溢れ返っていた。田園地域では葉たばこや穀物類の生産が盛んに行われ、葉たばこの乾燥窯が至る所にあってトラックに満載した乾燥たばこがどこかの集荷場に運ばれていた。現在は葉たばこが以前の一割以下に減って、代わりに様々なハウス栽培がアーチを張っている。半農半漁で栄えたこの天海郷(あまみざと)町は今も存在はしているのだが、昔の面影が少しだけ残っているだけで、殆んどの景色は塗り替えられ、漁師町のあの賑わいはすでに消え去っている。衰退した内海の使われない微かに揺れているだけの小舟が物悲しさを湛えていて、国道沿いには古びたマーケットストアー、釣具店、対面の海鮮食堂らしき店が数軒並んでいるが、殆んどの看板が色あせて、車の動きだけがあって、人影は消えて過疎化の波がここにも来て久しい。港の近くに六階建ての古びた白っぽいホテルの文字、美容室と酒屋の外装板が霞んでいて、時間が止まっているように見えた。生き物件、死に物件の様相は今も栄枯盛衰の中で続いている。その中で辛うじて町を生かしているものがあった。この町の原風景には果たして溶け込めにくい、コンビニエンスストアーとコインランドリーの形と色彩、しかしその別世界のものが町に生命力を与えているのが不思議な不協和音を奏でている。田園地帯の奥には白い大型のショッピングセンターがこの町全体の収益を独り占めにしているかのように横たわっていて、広々とした農業地帯の収益は技術改善に因って昔よりも飛躍的に増えて、その購買力を当て込んだセンターが優勢を誇っている。この複層の町の入口には何とか営業し続けるガソリンスタンドと出口には既に廃墟となった苔色のスタンド跡が残っていた。・・・

静けさを破って港の方から黄色いコンテナを積んだ軽トラックが走り出てきた。その軽の車は堤防で囲まれた内海の端っこの一角に、倉庫が二棟並んだ大きな古い桧造りの建物の庭の中に停車した。座席から降りた白いつなぎを着たタオル八巻の若者が、一個のコンテナをドサッと玄関の横に降ろし、良く通る声で呼んだ!

「おばちゃん!いるか?新ジャガ持って来たよ!」

「ありがとうね!そこに置いとって、」裏の方から中年の女性の元気な声がした。暫くしてもんぺ姿の女性が近づいて来てコンテナを覗き込んだ。

「ほぅ!良か色じゃね、値段は去年と同じで良かとね?」

「うん!良か 々、網元のおばちゃんとこには、世話に成ってるけん!安くしとくよ、」

「いつも、あんたには世話になるね、」 

青年はじゃがいもの入ったコンテナを玉恵の指示で、後ろの納屋に軽々と運んで行った。倉庫の一角には《三倉水産(有)》のくすんだ板看板が貼り付けてあり、大釜が三つと魚の加工場らしき跡が埃を被ったまま、昔の面影を残している。駐車場の先には岸壁があって、貝殻のこばり着いたコンクリートの階段が海の底から這い上げっていて、その両サイドに荷揚用のクレーンの鉄塔を根元から切断した跡と思われる鉄塊があって、昔の勢いを忍ばせていた。

「三倉のおばちゃん!次は新種の芋を作っちょるけん、食べて見らんね?」

「え~!本当かい、お兄ちゃんに任せるばい、ありがとうね、」

玉恵は財布から千円札と小銭をつまみ出して青年に代金を払った。その時、聞かないでおこうと思っていた言葉が出てしまった。

「母ちゃんとは仲良くいっとるね?」(*君子の息子)

若者は顔を横に振り、タオル八巻を締め直してうなりを上げて軽トラックをUターンさせて行った。二十歳そこそこのその若者のよちよち歩きの頃の幼さが甦り、その母親と玉恵との若かりし因縁の過去が消そうにも再生されて、脳裏に浮かぶのはお互いが眩しく輝いた時代が懐かしく、時間が逆流すればと思う心と灰色の海の残像を打ち消したい心が混じり合って、果てしない空間の中でほとばしる若い肉体と熱情を競い合った女の嵯峨が輻輳した。

クレーン跡に立って呆然と彼方を見つめる初老の玉恵の耳元に静かに滑り込む車の気配があった。振り向くと白いハイブリッドカーが玄関脇に停車して黒いビジネスバッグを下げたスーツ姿の男が降り立つのを見て玉恵はふいと現実に戻った。

「三倉玉恵さんのお宅ですよね?この前からお話があった例の件で峰尾事務所からお伺いしました。」「あら!峰尾さん、お世話になりますね、ちょっと待ってくださいね、」

タオルを首にかけた玉恵は峰尾を家の中に手招き入れた。彼女は既に六十の半ばを過ぎた網元の後家で、夫と死に別れて十数年程になる。一人暮らしでこの寒々とした大きな網元跡を守っている。いつの日か此のうら寂しい屋敷を出ようと思った日は過ぎてしまった。それは思い出が街からこちらに出向いて来た為であった。やがて嬉しさは心の安寧となったが、・・

玉恵の実家はこの天海郷町の山手の田園地帯の代々続いた大百姓だったが、不動産の残った権利関係が様々な経緯で玉恵の祖父の名義から変わっていなかった為、現在の相続権利者として生き残っている者は長兄の嫁と長女と次兄の嫁と次女の玉恵の四人となっていた。実家の広い屋敷は住む人間がおらず、朽ち果てようとしている。屋敷の周りは一部を残して荒れに荒れてやがて原野に成ろうとしていた。玉恵以外の三人はこの地域を離れて県庁所在地に住んでいるが、三代に渡るこれらの不動産の固定資産税を誰が払うか? 揉めに揉めてきた事で、この際全てを四人の共有とし無用の長物として売却することを計画し、その準備処理の為に、峰尾事務所に依頼したのだった。相続に関しては一年程掛かったが、幸いにして畜産に新規就農する為の助成金を元手に購入する者と、他数人の買い主が現れ、残った膨大な山林はチップ会社に売り渡すことになった。今日はこの地域に只一人住む玉恵が、共有者の代表として印鑑を押す日だ。過去からの揉め事が今日でやっと終わるのだ!玉恵は晴々とした気持ちを峰尾に語った。

「やっと!これで片付きましたね、」一年ほどかかった作業を振り返り、峰尾はため息を吐いた。差し出したお茶を二人で飲みながら玉恵は何度もお礼を言った。峰尾は書類にサインと印を貰って帰って行ったが、三人の共有者に無事に全てが済んだ事の連絡を取った後、玉恵の心には一抹の寂しさと虚しさが残った。実家の問題は片付いたが、出来れば自分も忌まわしさが残るこの網元跡を去って、何処か街の静かな所に行きたかったのだが、・・・蓄財は残っている。行けない立場では無かった。息子と娘は都会で各々住まいと家族を持っているが、息子だけが時折、帰って来る、

「母さん!やはりここは静かで落ち着くよ、俺も晩年は此処に住んで、釣りでもして過ごすかな、」と言ってくれるのだが?本音ではない。半世紀前に据えられた大型の冷凍庫が裏木戸に残っていて日当たりが良いその横の小さな庭の台座に腰を下ろすと内海の先の海原が目に入る。灰色の霞の中に遠い過去が甦る。若い肉体がピンク色に染まり中途半端に花は開かず、壮年になってやっとそれを取り返そうと遅咲きを貪った苦い笑いが口元にあった。今はあの人がいる。

半世紀前に遡る。玉恵は天海郷町の地主農家の次女で末っ子として生まれたが、昭和四十年、二十二才の時に、この町の網元、三倉水産の息子 源次郎の嫁となった。しかし祝言までスムーズには行かなかった。源次郎には好きな女がいたのだ、源次郎は二十七才、青年団で知り合った男好きのする四つ年下の君子にかなり入れ込んでいたが、親がそれを許さなかった。玉恵は高校卒業後、町の農協勤めの傍ら農業の手伝いもこなす骨格が大柄のスポーツメンであるのを網元の主夫婦が見込んだのだ。そうしなければ息子が変な女とくっついて取り返しがつかなくなってしまうと思われたからだ。

「網元の経営はハードで大変じゃ!荒くれ者ん達の手綱を取るには、あげな色気だけの娘は務まらん!」

「そうですたいね!源次郎もあげな出の悪い娘を、よう!見込んだもんですたい?」

「そうじゃ!あの君子はいかん、だめじゃ!あの地主の大白さんとこの娘が良か!青年団の運動会でも見てみい~、体格もええし、勇ましかぞ!あん娘なら良か、」と、

三倉家は人を介して縁談を申し込んで来た。その両親の期待に源次郎は仲々答えず、両家の関係者を苛立たせた。丁度その頃、県庁所在地で獣医事務所を開き、農業大学等にも講師として出向いていた玉恵の長兄が帰郷した折に、網元に乗り込んで行った。

「おい!源次郎、お前は俺の大事な妹を反故にしとるそうじゃな~!あげな尻軽女に逆上せとるようじゃ、ここの網元も終わりじゃ、なあ!皆んな!」に荒くれ漁師達が拍手を送った事で流れが祝言の方向に変わった。しかし積極的だったのは長兄だけで周りの身内は網元の嫁は苦労する故に出来れば避けた方が賢明であるとか、気立ての良い玉恵に苦労させたくない、とかの声もあったが、そういった声を無視するかのように長兄が独断で懸命に前に進めた。後で分かった事だが長兄の経済的なものが関係していたようで、それは牧場からの牛糞と三倉水産の海藻や貝殻の屑を合わせた土壌改良剤の販売とに乗っかる事で獣医の仕事と農業大学の有利な講演材料が転がり込んで来る事だった。事実それは長兄にとってかなりの収入となった。町一番の網元と大農家の祝言は神前の婚礼の後、三倉の大広間と庭まで使って盛大に行われた。代議士や近隣の著名人が招かれ、披露宴は三日三晩、飲み明かされ、家一軒が建つほどの金が使われたとのもっぱらの噂だった。一方婿となる源次郎は三倉水産の三代目になる予定ではあったが、実は道楽者の兄がいた。若い頃ふらっと家を出て行方不明が五年、何処をさ迷っていたのか、変な女を連れて二年前に帰って来たのだ。父親には全く信用がないどころか、二人とも使用人以下の扱いだったが、最近は母親に何かと取り入っていて、夫婦ともに何をしでかすか判らない陰湿さがあって網元全員の嫌われ者となっていた。下の妹は嫁に行き、弟は大学を出て大手の化学会社に勤めでいる。次女が学生だが、内心、源次郎も大学に行って商社や証券会社で働いて見たいと云う夢があって、しかし二代目の父親がそれを許さなかった。源次郎の心の葛藤は別にもあった、それは海の男としての誇りを持てないのだ、荒くれ漁師達を統率して行く自信がないのだった。その気弱な優男に君子という女が手を差しのべて来た。当時は田舎にも若者が溢れていて、青年団にも数人の魅力のある女もいて、女の取り合いっこは今に始まった事ではなく、あっちこっちで争奪戦が行われ、雄の闘いがあり、男を惑わせる妖しい影が漂う君子にはいつも幾人かの男の取り巻きがあった。毎年いくつものカップルが出来上がり、草むらの陰の溝にはコンドームの使い古しが落ちていて何も知らない小学生の男の子が水を入れて膨らまして振り回していた素朴な性の風景があった。出来上がったカップルは何故か、農家と漁師の家系の組合せが多かった。途中で別れて都会に去る者もいて、置いて行かれた者は落胆し、又は泣き暮らす娘もいて、出来上がったカップルの片方を横取りする絡み合いも起こった。貧しい農家の出である君子は、自分から塞ぎ込む源次郎に誘いの瞳を向けて来たのだ。思惑は当たって男は引き込まれ、逢い引きが始まり、君子は自分の胸に源次郎を抱いた。男は君子の乳房にすがることで己れの葛藤が薄らいでいく一瞬の時を貪った。だが現実はいとも簡単にそれを打ち砕いた。鰯の群、荒くれ漁師のかけ声、二の腕の赤銅色の筋肉の前には二人の語らいは波の泡のように消えて行く。気が付くと祝言の隣には大柄の精悍そうな別のタイプの女が角隠しを巻いて、淑やかそうに座っていた。

当時はいざなぎ景気が起こり、万博の大阪開催が正式決定された時期でハワイ旅行のフラダンスの写真が新聞記事で目にすることがあって、玉恵たちの新婚旅行は周りの計らいでハワイに一週間の予定で行く事になった。数日間のホテル滞在では、初めて経験する外国の幾つかの遊興コースが組まれていて、ワイキキの浜辺を二人で水着で歩いた時、源次郎は雰囲気に圧倒され続けていたが、玉恵の物怖じしない仕草と西洋人に引けを取らない体格に、己を迷いの世界から引き上げてくれる新たな期待感を持った。ハワイでの滞在中はお互いの肉体の発見と歓びがあって新鮮さのうちに過ぎた。夫の端正な顔と二の腕は漁で日焼けしているが、日が当たらない部分は色白で男にしてはきめが細かいことを、玉恵は絡み合うベッドの上で思った。一番違っていたのは図太い声とは裏腹な源次郎の繊細な一面と、暑いが木陰は涼しくて汗が出ないハワイの気候だった。

網元の嫁としての生活は想像していたつもりだったが、現実は新妻としての立場は殆んど無く、報酬がない下働きであって、時間の区切りがない。網子や使用人は時間が来れば終るのだが、勿論深夜まで及ぶ事はあったが其なりの報酬があった。玉恵は無報酬の時間なしの下働きを一年ほど続けさせられ、体は毎日くたくたになった。魚は鮮度が勝負だ!自分の体よりも魚の鮮度を優先させなければ成らない事をいやと云うほど味わされた。三倉水産の自宅と倉庫の間には加工場が繋がっていて、倉庫の前面に岸壁があり、コンクリートの階段が海の底まで続いており、階段の両端には鉄柱の柱が立てられ、荷揚げのクレーンが回転しながら作動している。鰯網には鰯、ジャコ、イリコの他 マナガタ等の高級魚も入ってくる。伝馬船で親船からすくってきた鰯やちりめんジャコ、イリコが荷揚げされる。鰯はとろ箱に入れて重ね、ジャコとイリコは三つの大釜で茹で揚げる。天日干しが味が一番いいのだが、雨が続く時は大型扇風機を回転させ、鰯のとろ箱を積み重ねる作業は男衆だが、ちりめんジャコやイリコを茹で上げたり、干したり、かまぼこを捏ねたり固めたりするのが玉恵達女の仕事だ。天日干しする時、にわか雨に当てると質が格段に落ちる事を怒鳴り声で何回も聞いた。ゆっくり休む時間がなく身体は酷使された。当時は鰯が大豊漁の為、値段がとにかく安かった。出荷しても大した金にならず、大半は網子や使用人の報酬の一部になったり、米や野菜との物々交換で消化された。玉恵の実家も時々貰いに来ていたが、やはり金になるのが小魚のイリコとちりめんジャコだった。保存が効く事と吸い物の味を出す為に欠かせないのだ。網の中に紛れ込んで来る鯛やヒラメの高級魚は別ルートで料亭などに卸される。やはり全体の売り上げの七割以上がイリコとちりめんジャコの安定した収入に因った。夫の源次郎が三代目を継ぐ頃に漁獲方法が近代化されつつあったが、源次郎は三代目を全うする為には町の八つの船団の中の競走原理に勝ち抜かなければならない事を父親の提言もあって、本人は綿密な分析とやり方を模索する事に異常な執念を持っていた。それは如何に短い時間で効率良く大漁を続ける事であって、その延長線上には鮮度と質を落とさない絶対条件があった。腕と気っぷは半人前だと云われていた故に、意地でも先取り頭脳を研ぎ澄まして競争原理に勝ち抜こうと必死になっていた。従来まで勘と水中鏡を使っていた魚群探査を化学会社勤務の弟に強引に調べさせて、高額な最新鋭の探知機とイリコとジャコの乾燥機を取り寄せたのだ。最新鋭の機器は魚の群れを総取りし、速乾性の良質の乾燥ジャコは計画通り会社を右肩上がりに押し上げた。三倉水産は数年で町はおろかこの一帯の水揚げ量の一番に躍り出た。親船を良い位置まで引いて行く引き船の船員が二万/日、魚のいる場所を探しながら網を張って行く電波船の乗組員が三万/日、遅くまで動いた使用人への割増し報酬を払う事で、腕の良い人材が町外からも集まって来た。海産物を出荷してかき集めた札束が飛ぶように消えていく、しかしそれ以上に金は貯まったはずだ。三倉水産の全盛期は数年間続いた。玉恵が三歳の長男と生まれたばかりの長女をあやしていると夫が別室で独り言を言いながら魚群のかたまりを撮しとるフィルムを磨いている姿が毎晩のようにあった。彼女が嫁に来て六年目くらいになると夫の源次郎の銀行預金高が七千万円に達していることを、遠回しに聞いたことがあり、定期が十年で二倍になった頃だ、

「あんた!私にも食費以外の給料をくれんとね?子供達の服も必要ばい!」

「そぎゃん!余裕は無か!金が欲しかとなら自分で稼げ!」と逃げられたので、それまで近隣をメゴ担いで魚を売っていたが、これでは十分な金額には成らないと思った玉恵は実家の母親から4万円を借りて運転免許証を取る算段をした。それは彼女にとって難しい事では無かった。順調に単位を取得した後、すぐさま軽トラックの購入の話を切り出したが、女のドライバーは田舎では皆無で全く無視されたのだが、元々玉恵の体格と運動神経の良さに惚れ込んでいた二代目網元(夫の父親)が玉恵の頼みを聞いてくれた事で、二代目の男女を問わない先取り感だとの周りの評判が立った。玉恵は昼間の子供達の世話は姑に頼んで、イリコとちりめんジャコを一定量の袋に詰めて小売りを始めるつもりだった。しかし自分で考えた事だったが最初は軽トラックを運転しながらの商売は若嫁として顔から火が出るほどの羞恥心があった。初売りは各地の魚屋回りをしたが、芳しくなかったのでやり方を変え、軽トラックにスピーカーを積んで民家を呼びかけ方式て回ろうと考えた。それは大きな雑貨店の売り出しや映画館の興業内容の宣伝カーが走り回っているのを真似たものだった。そしてその魚の宣伝カーの恥ずかしさは次第に周りの殻を突き破る自信のようなものに変わり、子供の為と思うとそれはいとも簡単に乗り越えられ、己の経済思考の筋道が確立されて行く感があった。毎日ほぼ完売に近く、マナガタや鮃(ひらめ)の高級魚は刺身用にこれも加えた。マイクを握ってスローでの運転はかなり重労働だったが、その代わり小金は入って来る。玉恵は体が丈夫なのも加勢して意欲的に遠方まで売りさばいた。二~三年すると自分なりの貯蓄も出来、後で生まれた三人目の娘のベビー服や上の子供達の必要なものはすべて買い与える事が出来た。三倉水産が作るグチ、エソ、白身魚を材料としたかまぼこは味が良く飛ぶように売れた。玉恵が乗る軽トラックが停車する場所 々 に待ち人が現われるほどで、製造の過程と女達の技が発揮された結果だった。天海郷の港を三倉水産の二隻の親船が引き舟に牽引されて出て行く。その先頭をきって、電波船と手舟が漕ぎ出している。親船の後には数隻のてんま船と磯舟が着いて行く。先頭の電波船には目印の三倉の旗がたなびいていて、続いて幾つかの他の船団も負けずと行列を作る。この風景はずっと昔から海の男たちの物語となっていて、海戦に向かう勇壮な軍団だ、港と桟橋には見送る人でごった返し、子供の叫び声や女衆の笑い声が聞こえる。・・・

《時を越えた詩が奏でられる・・・新しい船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう~、古い水夫は知っているのさ、新しい海の怖さを~》

玉恵も物心ついた頃から、近所の子供と一緒に丘の上からこの船団を眺めながら育って来た記憶が甦る。外側から眺めるのと違い、網元の若嫁として内側の事情を知り、身も心もすり減らして来た、この現実を後悔する余裕も無いまま一抹の虚しさを感じずにはいられなかったが、玉恵にも高校を出て農協勤務を始めた頃、心に残る思い出があった。伸びやかな身体は運動競技で際立っていた。高校時代から続けてきたテニスの試合にこの地区の青年団女子として参加した時のことだった。その年に行われた青年団対抗球技大会が町営グランドで行われたが、町内では絶対の自信があり、この大会でもいい所まで行けると思っていて、二回戦までは難なく勝ち上がった。昼食を挟んで三回戦に臨んだ時、二~三本サーブを打って、相手とのラリーの練習が始まった。玉恵がサーブ先行で開始の笛が鳴った。高い審判台に座っている真っ白いジャージにグリーンの帽子の青年に玉恵の視線が向いた。見知った懐かしい顔があってそれは同時に思いを持ったまま消えた哀しさもあった。何んと!高校時代から憧れていた三つ年上の俊介だった。審判が交代したのがわからなかったのだ、一本目サーブを打つとトスが合わなかった!力いっばい打ったファーストサーブが入らない!続いてセカンドサーブもラインを越えた、三本目のセカンドサーブがやっと入ったが、ラリーでやっと取り四本目もどちらも入らず一ゲームはブレイクされた。肩と腕が硬直したような凝りのようなものが走って、スムーズに動かないのだ、相手は強い選手ではなかったが、ラリー船で取り返し、それ以上にサーブの不調でストレート負けだった。玉恵は体が硬直する原因が審判台の上で笛を吹く俊介の存在だと分かっていて、玉恵がミスをする度に俊介の笛が鳴る!笛を吹かれる毎にカウントを取られる。そうなってしまう自分が悔しくて悲しかった。その為に試合中二~三度、目が潤んだ。決勝戦まで行くつもりだったが、三回戦で惨めに敗退してしまった。応援しに来ていた母親が

「玉ちゃん!どうしたとね?体どっか、悪いとね?」、玉恵は歯を食いしばっていたが、涙声になっていた。

「もう!子供みたいなんだから?この子!」母親は具合が悪くは無いことが分かってベンチの方に引き上げて行った。玉恵は恋煩いのように変になっている自分に区切りを付けようと思い、球技大会が終わって合同打ち上げが始まる前に俊介と話をする決断をして本部テントに向かった。俊介はテントの裏でタオルを首に巻き片付け物をしていたが、玉恵が自分の方に歩いて来るのに気づくと、玉恵の方を向いてゆっくり歩き出した。お互いが向かい合って時、玉恵は何か言おうとしたが、俊介が遮るように

「玉恵ちゃん!今日はごめん、君がミスをする毎に知らんぷりして笛を二回も吹いて君が嫌な気分になっていた事は解っていて、目が潤んでた君に優しい目線を投げてやるべきだったのに?君が段々傷ついて来て頭の中が真っ白になっていた事は解っていたんだけど?・・俺の冷たい態度が遺憾だった。本当に悪かった!玉恵ちゃんの腕はあんなものじゃない事は、皆が知っとるよ!」、「・・・・・・・・!」

「玉恵ちゃんの事は忘れとらんよ!コートの乙女だけんね、」

「そんな!・・・・・」

「俺は玉恵ちゃんが一番だと思っていたけん、厳しい態度に出てしまって、それが裏目に出てしまった。本当にごめん!」俊介は額をかきながら、頭を垂れた。

「そんな!・・・・・・」玉恵の胸に熱いものが流れた。農大出身の清々しい優しさを持った俊介が自分の事を少しは思ってくれていたことが嬉しかった。俊介は大会の打ち上げの酒の席には出ず、翌日の海事協会の準備の為に実家の方向にジープを走らせた。玉恵は誘われるままに車の助手席に乗り、万感の思いを胸に抱き、俊介の横顔を眺めていた。俊介と直接触れ合ったのは過去に数度あった。玉恵が高校を卒業する時、俊介がお祝いを持って来てくれたことがあって、農大を卒業したら日本海事協会に入って、落成した船の検査をする夢を語る俊介の澄んだ目を見上げていた記憶があって、その後、玉恵の胸には俊介がいた。・・あれから数年、乙女の初恋も今となっては微かに靄の中に消え去ろうとしていたが、その残り火だけが玉恵の心を僅かに温めていた。・・・俊介の実家と玉恵の実家は同じ方向にあって、ジープはゆっくりと走った。この一時の時間をいつまでも持続したい思いがあって、玉恵は時間の流れが極端にゆっくり進めば良いと、そして更に止まってしまえばいいと本心から思いたいほど胸の中に俊介と溶け合いたいという騒めきが溢れて止まらなかった。

「玉恵ちゃんは身体能力もありそうだけん、それを伸ばそうと考えたりしたことは無いとね?」

溶け合いたい無言の中に意外な俊介の声が遠くに聞こえた!玉恵は答えるのに時間がかかった。

「・・・わたし?・・」

「玉恵ちゃんの持ってる能力からいって勿体ないっていう気がすっとたいね?・・今からでも体育大学なんかにも行けない訳ないし、もっと羽ばたいても良かと思うよ?玉恵ちゃんは!」

「そんな、体育大学なんて?わたし自信ないし?・・」玉恵は次元が違う話の中に入りたく無くて言葉に詰まってしまった。今はただ憧れの、思い続けた俊介の傍にいて触れ合いの言葉だけを交わしていたかったのだ。遠くの方に俊介の実家がある田園の景色が見えて来た。一緒にいる時間が無くなる、何か言わねば!玉恵は焦り心の揺れが増幅された。

「わたし憧れていて、俊介さんのこと!・・でも俊介さんは高い目標があって、わたしなんか、ついて行けなくて、でも俊介さんのこと!・・・」それだけしか言えない己が哀しくて再び涙声になった。俊介は驚いたようにじっと此方を見つめていたが、玉恵は俊介の思考について行けないと勝手に思ってしまう自分がいて、居たたまれなくなっていた。河の対岸に俊介の大きな実家が見え、車が止まった時、いきなり玉恵はドアを開けて外に飛び出した! そして土手を走った。涙が溢れ、ドアを開けた時、背中に俊介の声が微かに聞こえたのが、流れる涙の傍に残っていた。「あっ!玉恵ちゃん、俺!・・」

そして時は止めどなく流れた。・・・


玉恵の実家 大白家に暗雲が立ち込めていた。港の人の群から一キロ程離れた丘陵地の棚畑にじゃがいもを収穫している四人の人影があり、玉恵の年老いた両親と次兄の力造夫婦がいた。

「玉恵んとこの船だ!今年はどうかな、鰯は?」

「去年は大漁じゃったらしいが、今年は暖かいけん、寒流に乗らんとじゃないか?まあ~、海ん事はよう分からんが?玉恵が頑張ってくれとるけん、あん子(娘)が頼りじゃ!」

漁に向かう船団を目を細めて眺めいる老夫婦がいた。玉恵の実家は数代続いた天海郷町有数の地主農家で次男の力造が跡を取った。谷あいに三ヘクタールの水田と二ヘクタールの棚畑、町の後背に五十ヘクタールの山林を所有していた。玉恵は次女で長女は他所に嫁いでいたが、長兄の県庁所在地にある獣医事務所の経営が畜産業者の補償をしたことで厳しくなっていた。おまけに大白家の後を取った力造が体調を崩して酷い腰痛に陥り、農業経営が立ち行かなく成りつつあった。大農家故にそれを立て直す為に、その頃、農家に唯一の安定した現金収入をもたらすたばこ耕作に参入した事で、寝ずの見張りをしなければ成らないたばこ乾燥窯での疲労、来る日も 々 も葉たばこの選別に神経をすり減らし、家族全体が益々落ち込んで行ったのが原因だった。更に追い打ちをかけるように次年度に大型の乾燥窯の小屋が付け火か管理ミスか不明だったが全焼し、全てが灰になった。傾きかけた大白家は水田の八割を他人に貸して米の上前を貰い、棚畑を栗畑とじゃがいも畑にし、細々とした農家に鞍替えした。たばこの耕作は政府主導の専売公社から各地のたばこ耕作組合が耕作者を割りふる形で、従来の野菜、米、果樹に比べると格段の現金収入となり、反当たりの国の保証もあって、農家では今まで見たことも無い数百万単位の収入があって人々は目を見張った。それだけに競走も激しく組合員になる選定も厳しかった。時折、各自で苦労して建てた乾燥窯の小屋が原因不明で焼失する事件が起こった。乾燥した葉たばこが詰め込まれている為、着火すると猛烈な勢いで枯葉火災の炎が天まで昇る。裏で競走原理が働いたのか?怨恨か?僻みか?怪しげな特定の人間が想定で恨まれる。それは奥深い怨念となって続いて行く。

「あん男が夕方あの辺ばウロウロしよっとば見たぞ?」

「俺も見たぞ!あの辺にあいつは何んも用事は無かはずばってん?怪しかな~?」

「あの地域で今度二件、乾燥窯が燃えたけん、残ったあいつの葉たばこはえらい値段が高かったらしかぞ?」・・・

「あいつとあいつは仲が悪かったもんな?」・・・

「嫁ば寝とられたけん、恨みで火つけたんじやなかろか?」・・・

「いや!本人が乾燥窯の中で何か焼いて食っとって、その後眠っとったらしかぞ!」・・・

不可抗力で焼失した時は保証があって?、自己管理ミスの場合は無いとか?はっきりしない巷の噂が荒れ飛んだ。・・・


   共犯者

内海(堤防の中)の三倉水産の対岸に家毛水産の船団がある。親船は一艘だが近年力をつけている網元だ。父親の代は網子や夫婦でえび漁をして生計を立てていたが、何等かの方法で鰯網をするまでにのし上がって来た。父親は福岡県の久留米辺りからの流れ者だとの噂もあるが、満州で際どいブローカーだったと云う人間もいる。玉恵の婚礼が行われた三~四年後に家毛増男の妹、佳寿美と山あいの農家の息子、末山金秋の婚礼が三倉水産に負けじと、是また豪華に代議士まで呼んで行われた。当時の網元や大農家は婚礼で見栄を張ることが懐の豊かさと器の大きさを表す尺度として考えられ、又それも一つの競走原理であった。佳寿美は玉恵より一つ上で出戻りだったが、夫の金秋は三倉源次郎と同期であり、学校時代の仲は余り良くなかった。金秋はおとなしい源次郎を数え唄を歌ってよくからかった。

「三つ三倉が沖にでる、今日も亡者(金の)が沖にでる、三つ三倉が倉たてた~倉たてた」

子供は親の真似をする、三倉水産の勢いを妬んだ者のひがみ節だ。二人は中学生の時、取っ組み合いの喧嘩をしてどちらかが土手に落ちて大けがをしたことがあった。それ以来二人の関係は修復されないままで来た。金秋の父親は戦後の満州引き上げで、気のみ気のままで故郷に舞い戻って来たが、一躍千金を夢見て満州に向かう時、全てを処分して金に替えて行ったので所有地はゼロに近かった。農地を小作し、わずかに残っていた山林の一部を屋敷に造成して住まいを建てた。後に出稼ぎから帰って来たとき、タイミング良く、たばこ耕作者の第一号に飛び込み、休耕田を借り受け耕作地を拡げて行った。その頃、他の乾燥窯の小屋が焼失したりして葉たばこの持ち分が増え、とんとん拍子に最終的には乾燥窯をふたつ持つ事になり蓄財を重ねた。更に近くの街の幹線道路沿いに農産物と海産物双方の販売センターを作り上げ、若い商才を発揮し、流通網を広げて行った。海産物の仕入れ先が家毛水産だった事が縁で、佳寿美との婚約が整ったのだ。佳寿美は二十歳の時、得意な容姿を武器に大阪の芸能プロダクションに入ったが、何故か夜のクラブ勤めに鞍替えした。そして結婚に失敗して故郷に帰ってきたところを出入りをしていた金秋に見初められたのだ。二人は似た者夫婦だったと云うよりも金秋と兄の家毛増雄は成り上がる為には手段を選ばない種族だったのかもしれない。

「金秋!お前、俺の妹と一緒になったからにゃ~、一端の男に成って貰わんと困るぞ?」

「分かってますよ!義兄さん、やっとここまで来たんですから?」

「お前んとこの家も厳しかったんやってな、昔は?」

「野良犬だったですよ、食うものが無いんですから?満州から引き揚げてきた時、俺は子供だったんですがね、住むところが無うて、なんか?洞穴みたいなところに住んどったような記憶がありますよ、」

「ほう、洞穴か?原始生活じゃねーか?・・・・・俺んところも同じようなもんだ、」

「えっ!家毛さん達も洞穴に住んでたんですか?」

「洞穴があるだけでもえーよ、雨つゆは凌げるもんな?・・・野宿だよ!野宿!」

「野宿ですか?」

「俺の親父は流れ者だったんじゃ、満州でも色々やっとったらしい、何か?大きいことをやりたかったんじゃろな?あの性格やから、」

天海郷町の鰯網の網元の看板の数は決まっていた。新たに鰯網をするには看板の一つを譲り受ける方法しか無かった。その頃、一つの船団が海上保安庁によって就業停止と罰金を繰り返し受けていた、網の長さが規定より長い、他の区域に入り込んでいる、等の違法操業のたれ込みに近い通報が保安庁にもたらされていた。当の船団は身に覚えのない通告を突っぱねた事で操業停止の処分を受けた為、丁度新しい船と探知機を購入したばかりの借財の返済が不渡りを起こしかけた。木呉水産の木呉新七は兄弟と他の網元に借金の相談をしてまわったが、金額が大きい事と違法操業の汚名が付いていたことで、手を差し伸べる者がいなかった。そして木呉船団の経理担当の弟が過労で入院した。違法操業の責任を取ったのか、電波船を操る新七の妹婿が自殺に及んだことで新七は網元の看板を下ろさざるを得なくなった。港に衝撃が走った。切り捨てる者、同情する者、妹婿の葬儀に参列した家毛増雄は同情心を煽った。そしてその借財を引き受けるのと引き換えに船と網元の看板を譲り受けたのだ。家毛は借財を肩代わりした事から当時は救いの神と見られていたが、数年後にきな臭い噂が噂を呼んだが、真相は分からず仕舞いに終った。

その後、三倉水産に付いても海域逸脱の情報が保安庁にもたらされたが、漁探知機の精度が先行していたので、その録画を証拠として濡れ衣を免れたが、だれが不実を垂れ込んでいたのか?源次郎は察しはついていたが、証拠が無かった。己の管理を厳密にするのみであった。・・・


   篤次

農業と漁業の両方を生業とする男がいた。実際は父親との分業だったが、最初は都会に出たのだが、仕事が一定せず一つの事に長続きしない性格で、そのくせ色んなことに興味は持つのだが、また飽きてしまう。農業高校を出てから推薦で農業機械の会社に入ったが途中で車に興味を持ち、大手の自動車整備会社の整備工に鞍替えした。ところがスーツを着る仕事をしたいと思ったのか?車の販売の営業をやってみた。これが全くだめで実家に軽トラックを買わせただけで、これも長続きしなかった。二十五歳を越えてもそれは続いた。ある職人の事務所に軽トラックを納車しに行った時、親方からこっぴどく怒られた。そのあと諭された、

「お前はな~、人間は悪くないんやが、自分でものを考えようとしない性格なんやな!それはそれで全くだめな人間ではのうて、お前に合った仕事はなんじゃろな?まだ若いんじゃから、一度田舎に帰ってゆっくり考えて見たらどうじゃ?」と、

怖そうな親方の親身になってくれる言葉に篤次は促されるように一応実家に帰ることを決めた。そんなだめ男でも男振りは悪くない、同じように田舎から出てきた美容師志望の幸枝と二年前から同棲していた。一つ年上だったがその幸枝が田舎に一緒についてくると言うのだ。幸枝は篤次をえらく気に入っていた訳ではなく都会に出て来て誰か頼る相手が欲しいのと、生活費が少なくて済むことぐらいで将来を誓い合おうとは思ってはいなかったが、本人も美容師に少し自信を無くしかけていた。都会での美容業界の競走原理と一本立ちはなかなか難しい事を思い知らされた。結局二人は一緒に田舎に帰る事になったのだが、篤次の母親は喜んで

「こげん息子に着いて来て貰うて有り難かですよ!べっぴんさんで美容師もされとるそうで、」

幸枝は先隣りの町の山奥の里の生まれで、篤次とは同郷で親近感が生まれたのか、成り行き上、婚礼を上げることになった。山奥の里の両親も目を丸くして出て来たのだが、両家は互いに持ちつ持たれつ内心ほっとしたようだった。地元の人間は

「篤次は都会で一旗揚げてそして嫁まで連れて帰って来たらしか?貯金も持っとるらしい?」と噂になっていた。息子をだめ男にしたくなかった為に両親が吹聴したのだ。篤次の父親は平均的な農地を所有していたが、ある事情で漁業権も持っていた。篤次は帰ってきた以上はどちらかを受け持たなければならなかったので結局、農作業は父親が続け、篤次が海のえび漁を受け持つことになった。何となく帰って来て普通に暮らせば良いと、特別の欲も無くこれといった目標も無く、子供の頃の釣りの感覚で小舟に乗って見た。父親が知り合いの人間を雇って網を流した。幸いにもその父親の知人が漁の腕が良かった為に、長続きしないだめ息子でも大海原の中で次第に流し網の勘を掴んで行った。それは人間の本能に従い自然に網を流す、その無意識の動作が篤次に漁師の筋道を立てさせた。着いて来てくれた幸枝には美容室を造ってやろうと思ったが資金はなく実家の住まいが山間にあり過ぎたので、親戚の叔父がしている散髪屋で助手兼美容師をさせて貰うことになった。篤次は親にも町にも面目がたったのか?それからは真っ黒になって精力的にえび網漁に励んだ。散髪兼美容室は都会からべっぴんの美容師が来た!の噂で物珍しさもあって男女の客が増えた。都会の仕事で長続きしなかった篤次は自然の海原が相手のえび網漁はやればやるほど飽きることがなく、溶け込むように己の本領発揮の意識を持てるようになって来た。父親も小まめな人間で作物作りに定評があったが、身体が丈夫ではなく規模を拡張するまでは行かなかったが、数年後には息子の篤次は父親の収入を超えるまでになった。父親の提言を契機に貯めた金と父親の纏まった援助とで通りに面した場所に店舗兼住宅を建てた。名前はYUKI美容室と名付け、篤次の案で田舎で珍しかったネオンを取り付けた。

「あんたに仕方なく着いてきたけど、本当に良かった。ありがとうね!」篤次の絶好調の時期だった。・・

篤次は農繁期には実家に戻り、両親の世話も兼ねて米の刈り入れを手伝うなど親孝行の評判をうけて町の青年団長を努めて活動範囲を拡げたが、団員の仲間から美容室の嫁にある噂がたっている事を耳打ちされ、その事が気がかりになっていた。えびの選定や加工は母親が手伝うこともあって夜なべした時は実家に寝泊まりすることが多く、母親の料理と世話でないと体が休まらないことも相まって篤次は日頃の美容室の住居を離れることが多くなっていた。更にその噂は美容室に出入りしている美容材料屋の若い営業マンと“出来てる”現場を目撃したと言う者が現れた。ある日、美容室の住居に戻った篤次は夜、幼い子供が寝ついた後、それとなく幸枝に問いただすと

「あんたね!今はカットとか髪型とかどんどん変わって行くんよ!美容の材料の展示会があった時、打ち合わせをする為に材料屋さんと会ったり話したりするのがおかしいかな?」饒舌でファッションを語る嫁には篤次は太刀打ちできない自分を感じた。海の仕事と美容界との間を埋めることが自分に出来るか?出来なければそちらの業界の男の元に走るかもしれない?若者が離れて行く流し網や農作業が置き去りにされて行く一抹の不安が襲って来る。踏ん張りどころだとは思っていた。・・・

末山金秋より二つ下の篤次は青年団長を務めながらも自分の身の丈に会う程度でえび漁と両親が営む農業の手伝いを続けていたが、気になっていた美容師である若妻の不穏な動きが表面化してきた。あか抜けた美容材料屋の営業マンとの関係が人目も憚らず、目立つようになった。街に近い水蓮の緑苑の近くのホテルから一緒に出てくる姿を目撃したと云う者が現れた。幼い園児の送り迎えの沿線にその隠れたホテルがあるのだが、篤次は確証がないまま問い詰めて見たが、しかし何んの事はない!

「それ!人違いでしょ?私みたいな女は街にはたくさんいるんよ!目撃した人写真でも撮ったんかしらね?」と意に介さない、

「青年団の奴等が、確かに幸枝だった!て言いよるぞ、」

「そんなに私が信用出来んとなら勝手にすれば、」と捨て鉢な態度をした。そしてつけ加えた。

「あんたは漁だけを考えていれば良かけど、私は二人の子供の世話をしながら仕事してるんよ!それが気に入らんかったら、あんたも女を作ったらどうね?」

篤次は何も答えられなかった。妻の背徳の事実も確認出来ないままに、夫として、男として幸枝に頼られていない己れがいることが確信出来た。それでも篤次が救われたのは二人の幼い兄妹が実家に来たがる事だった。

「じいちゃん!ばあちゃん!」と山あり川あり、田園風景が好きなのが分かる。自分の方の性格に似ているのだ。篤次は実家に帰ると何かほっとした。店舗付き住宅にいると息が詰まってくるし、二人の子も何か落ち着かない表情が見て取れた。篤次は実家に寝泊まりする事が多くなってきた。子供も一緒に実家について来る。それでも妻は一向に構わない様子を続けている。美容室にも一人若い子を雇っていて、幸枝の収入は夫の収入と肩を並べているか、又はそれを超えているかも知れない?と篤次は思った。互いの距離が離れて来て、次第に妻の幸枝が他人に見えて来るようになった。篤次の母親は別居状態が心配になり、美容室に足を運んだ。

「あんた達はどうなっとるんね?息子は何んも言わんから分からんとよね?孫達が可哀想たい!」

「お母さん!私も一人でちゃんとやってるんです。子供の養育費も生活費も私が全部賄(まかな)ってます。篤次さんも自由にやってます。だから、私も勝手にやります。」

母親は自分の息子の器の小さいことの負い目と肉食系女子が現実に身内の中に現れた異様な感覚と、破局の予感を感じながら美容室を後にした。・・・

二人の子供が小学校に通うようになると、父子は殆んど実家で暮らすようになった。妹が時々髪をとかして貰っている姿があったが上学年になると、それも無くなった。篤次は一時、バンドを組んだ事もある所謂(いわゆる)草食系の優男だった。幸枝とはこう云う結末に成ってしまった事にそれほど後悔は無かったし、執着心も無かった。向上心は全く無しで“成るように成る”だ。えび漁の流し網は補助員がいる。父親の知り合いで腕の良い年配の多以良おじのお陰でここまで来れたのだ。漁の帰りに多以良おじが言った。

「長男夫婦の体が良く無くてな?わしが色々と手伝わにゃあならんので、暫く漁の手伝いは来れん、」

「そんなら誰かおらんかいな?」

「わしんところの楓子(かえで)が帰ってきた、ほら!お前より二つくらい年上の?」

「あっ!ふぅちゃんか?何んで帰ってきた?」

「うん!鷲住町の細か水産会社に嫁いだとばってん、色々あって婿が頭がおかしくなって、連れ戻したんじゃ!」

「へ~!そりゃ~!大変じゃった。うちんところも同じやけどな、」

「あ~!あのイケイケ美容師か?お前も大変じゃな、うちの楓子は流し網の手伝いくらいは出来るぞ、あぁ!それから取ったえびの加工は三倉水産とこに頼んだら良か、わしと良か付き合いじゃから、」

おじの家は昔から篤次の家とは離れてはいるが同じ農家で親しい付き合いを保ってきた。昔の多以良家は他所からの移住者で貧農だったが、一家が努力家でたばこ耕作とジャガイモのハウスで収入を上げ、水田も買い取ったらしい。篤次より一回り上の長男夫婦が理想的な農業経営を始めていたが、それがうまく行かなくなって、おじも元気がない。楓子は長男より七才下の次女だ、その下に次男がいて、農大を出て県外の牧場経営に参加しているとのことだ。数日後、篤次の漕ぎ出すえび漁の小舟に楓子が乗り込んできた。紫色の上下のジャージに深い日焼け止め帽をかぶった肉感的な女が微笑んでいる。真っ白な手袋が若さを保っているように跳ねて、

「篤ちゃん!久し振り、」

「あっ!ふうちゃんか、帰って来たんやって?」

「うん!色々あってね、子供一人いるよ、」、楓子が乗り込んだ瞬間、小舟が左右に揺れて、うら若いジャージの胸の膨らみが上下に動いたのを篤次は正視出来なかった。篤次は小舟のエンジンをかけた。

「わあ~!海は久し振り、篤ちゃんもだいぶ男らしゅう成ったね! まだ、エレキギターやってるんね?」

「もう~やってね~よ、俺、腕(技術)悪かったから、」

篤次が専門学校に入る時、農業高校を卒業して何処かに就職して行く楓子を見送った事があったが、少し赤ら顔の健康美の優しいお姉さんの記憶が、今、目の前に甦って来る。楓子も沈みかけていたものから解放された様に楽しそうだ。篤次を見る目がきらきら輝いている。三十の中頃を過ぎた成熟した女だ。抑圧された世界から自由の扉を開こうとしているかのように。多々良おじは多くは語らないが、実家にも別の物語が続いていた。・・・・

幸枝が突然!大層な土産を持って篤次の実家を訪れた。下の妹が

「お母さんが来たよ!」と外から駆け込んできた。母親ではなくて美容室の経営者としての態度を崩さずに一同の前に膝を立てた。

「実は今日来ましたのは子供の顔を見たいのもありましたが、一つお願いに来ました、」

篤次の母親が対応した、

「あんた!お願いってね、離縁の書付でも持って来たんね?」

「お母さん!きついお言葉ですね。私はまだ別れようとは思っていませんよ、別れることを言い出すのは篤次さんの方からじゃないですか?」篤次は押し黙っている。

「篤次!お前も何んとか言わんかい、ほんと!この家の男たちは皆な器が小さかとじゃけん?」

「お母さん!分かってらっしゃる、」、

「幸枝さん!篤次は器は細かばってん、人間は良かとよ、あんたは違うばってん?・・ところでお願いちゅうのは何んね?」、母親も夫と息子の不甲斐なさに何か!うっぷん晴らしをしているようだった。

「あの、実は、ある会社の勧めで街の方に美容室の支店を出したいと思っているんですけど?」

「ほう!支店をね?」、

「それで保証人に成って貰いたいんですけど?」

「保証人にはなれんよ、そぎゃん力はうちには無か、」

「そうじゃないんです!お金の問題じゃなくて、実は今の美容室の土地建物はお父さんと篤次さんの名義になっているもんですから、どちらかが保証人に成って貰わなければならないんです、お金の保証人はある会社の社長さんがなりますので、」

「その社長さんて、何処ん人ね?」

「はい!あの潜水会社の洋輔と云う人です、」

「あぁ!あの外国人を嫁にしてる人かね?」

「えぇ!研究熱心な人です。篤次さんと同級生らしいですけど?」

篤次がやっと口を開いた。

「奴は偉いよ、努力家じゃ、女癖が悪かだけ、」

「私は違いますよ。それに本当はその外人のお嫁さんがうちのお客さんで熱心に協力してくれるんです。それに私の残したものは私の息子と娘のものに成るんですから、」

幸枝は娘の頭を撫でながら神妙な表情で言った。勝負は決まった。篤次と父親は幸枝の差し出した書類にそれぞれ記名捺印した。そして幸枝は今度は息子の頭を腹に抱きながら

「篤次さんは最近!素敵なお姉さんと御一緒らしいですけど、私は子供達は絶対に守りますから、」唖然と見送る篤次達を尻目に幸枝は颯爽(さっそう)と帰って行った。

幸枝は篤次に離婚を切り出すタイミングを計っていたのだ、案の定、篤次には年上の楓子が近づいて来ていた。そしてその豊かな母性本能を受け入れたのだ。ぎすぎすした幸枝より楓子とは本当の家庭を作っていける雰囲気があった。息子を取り、娘を幸枝に渡すと云うお互いの幸せを実現できる本当の協議離婚が成立した。そして幸枝は洋輔をパトロンとして内縁の妻を続けて行こうとしたが、アメリカンナイズされた洋輔との関係はお互いが負担がない楽な関係という形に収められた。幸枝も女であって一時は情交報酬を求めたが、洋輔には通用しないことで、支店開設の資金援助については洋輔の妻シャーロットの考えで配当金として弁済をすることになった。ビジネスだったと考えなければならない一抹の寂しさが残った。・・・

それから十数年の時が経ち、幸枝の楽しみは成長した娘が街の美容室を受け持ち、天海郷町の古びた美容室に孫を連れて遊びに来ることだった。・・・

一方、楓子は嫁いだ水産会社から憔悴して帰って来たところを年下の篤次に受け止めて貰うと云う幸せを掴んだのだが、別れた幸枝との軋轢(あつれき)を感じていた。

人の良い篤次を捨てて自分の夢を取った幸枝をわがままで勝手な女と決めつけていたが、篤次との間に新たな子供が出来、七五三のお祝いの折に幸枝の美容室に連れて行った時、義理の娘として愛情をくれる幸枝を見直したのだった。それから楓子もちょくちょく幸枝の美容室に行くようになり、幸枝の寂しさも分かち合うことで、親族としての付き合いが始まったのだ。そして篤次の両親が年を取って来るに従って楓子が農業部門を殆んど受け持つようになった。その頃、都会から帰ってきた篤次の同期で村正という自然農法家と話すことがあって、その中で農業の先取り感覚としての農家レストランを考えたのだが、楓子が隣町から子ずれで天海郷に舞い戻った時のこの町の変わり映えのしない風景の中での一つの閃きが大きく影響した。しかし篤次は不安がった。

「農業を今までと違う方法でやったとしてもどうするんや?失敗するんが落ちや?」

「失敗するんは結果論だよね?・・町が静かになって、家族が少なくなって、誰も住んでいないところも出て来てるんよ?・・それとあれほど盛んだったたばこ耕作が殆んど見当たらなくなったよね?昔良かったものが廃れ始めているんよ?うちの実家もそうやけど?・・」

「俺にそないなこと言うたってわからへんよ?」

「あんたと同期の村政さん知ってるね?陶芸家の嫁さんと仲が悪うなった人?・・山菜に熱心な人やけど、あの人に話を聞いたんよ?・・山菜と海の幸とを合わせた農家レストランの話?農産物と海の魚を合併するんよ?」

「村政は嫁と別居じゃから楓子は注意せにゃいけんぞ!」

「あの人はそんなんじゃないよ?・・あんたもちゃんと話聞いてよ?」篤次は都会から帰って来てから、都会と田舎との関係を全く別々に考えていて、実は繋がっていて都会に無いものを田舎に求める食感を村政から耳にたこができるほど聞いた。この地に留まっていながら真剣に考えていなかった事が、日本を襲った地方の過疎化、特に田園地方の少子化の波を完全に見過ごしていたことを改めて感じさせられた。農家レストランはその修正資本主義とも考えられた。・・・


   君子

ある小作人の農家に娘が生まれた。両親は病弱で母親は常に床に臥せっていた。生活は貧しく、父親は小作の傍ら酒屋の下働きで生計を補っていた。みすぼらしいなりで娘は気丈に成長し、十四歳で酒の配達の手伝いをしながら、家を支えた。配達の途中好奇の目は、少女の心を乱した。やがて君子も成長し漁協から農協の職員として社会に出るのだが、波乱の人生へと突き進んでいく。

当時の天海郷町は人口五千人の町だったが、県議が二人在職していて、一人は大庄屋の家系で大山林を所有し驚異的な基礎産業としての財源を生んでいて、建築材、木造船、副産物の木炭、炭鉱の坑木と、国内の産業界を席巻していた。当然、選挙に酒は付きもので難波酒店はその後援会に組み込まれていて、広く他地域への配達数は他店の数倍に及んでいた。

片や難波酒店からのれん分けした難波幸助酒店はもう一人の県議を受け持っていた。その県議は専売公社を退職後、県政に打って出た人物であり、小金を約束されたたばこ耕作の推進事業をたばこ耕作組合と云う選挙母体を利用する形で得票を固めて行った。小作農家でも一般の労働者でも葉たばこを作ると、約束された小金を得ることができる。一つの農業労働者の救いの神のような農業政策だった。この県議は天海郷町の出身ではなかったが、各地のたばこ耕作者の得票を集めた。そしてある漁師わらの生まれで漁師気質なところも人気があった。得票数は大庄屋の県議が資金力の力で上回ったが、両陣営のしこりといがみ合いは年中続き、酒屋同士もその渦の中に引っ張り込まれた。葉たばこ側の人間がたまたま難波酒店にビールの配達を依頼したところ、当の難波酒店が贈賄の証拠として店の客を警察に垂れ込んだ事で、その客は選挙違反で逮捕され、そして体調を崩して家庭事態が壊れていった事や、次第に後発の良心的な難波幸助商店に客が集まり始め、相手の酒屋はトラブルは増えたが売上は落ちて行った。難波酒店は何んとかその状態を切り抜ける為に、県庁所在地のデパートの中に高いテナントを持ったり、酒店の横にマーケットを作って無理な借金を重ねて、十数年後には破産して全てを無くし、住まいも競売になり一家も離散しこの地を撤退して行った。

一方、難波幸助酒店は誘惑がある多角的経営には見向きをせず、酒屋一本で行こうと決めていたが、コンビニの酒コーナーや隣町の酒センターとの競合に対応するために、日本人には欠かせない豆腐作りを併用することを始めた。そして豆腐の生成の過程で作られる雪花菜(おから)を有効な販売促進品として活用できないものかと考えているうちに、それは大量に酒を買った客や日常的に、商品を買ってくれる客に対して雪花菜をサービス品としてやる事とした。年寄りも寄りやすい野菜雑貨コーナーも含めて、地道で小さなサービスを繰り返すことで酒の小売店として最後の勝ち組になろうとしていた。三倉の網元としては双方の酒屋には分け隔てなく接していたが、魚を酒粕に漬け込む分野を始めたことから難波幸助酒店への出入りが増えて来た。高齢になった二代目網元がその指揮を玉恵に任せたので、軽トラックでの魚販売は暫く、他の者に委ねて加工場の一棟の倉庫に漬け込んだ樽を並べた。そして殺菌する為の焼酎が大量に仕入れられた。酵母菌が発生する時は寝ずの番が続いて軽トラックでの販売以上に神経をすり減らしたが、そこには随一、二代目の父親の信用を勝ち得た玉恵の姿があった。・・・

その父親も息子源次郎と君子の関係が数年続いている事もうすうす知っていて、心を痛めている心境と息子の事への詫びを聞いた。二年後、父親(二代目)が心筋梗塞で亡くなり、その二年後に姑があの世に行き、三倉水産は完全に玉恵夫婦の経営となったのだが、玉恵は夫を介して因縁の間柄となった君子の存在が彼女を苛立たせる事となった。君子は根っからの貧しい農家の娘で高校も途中でやめ、漁協の用務員から農協へと母親の治療代を支えた。

しかし天は一物を与えた。母親似の陰のある妖艶さを引き継いでいて、本人にその意識はなかったのだが、男たちが周りに群がった。しかし彼女は金銭に飢えていた。当時、女が手っ取り早く金を稼ぐ水商売には何故か拒否反応を示す頑なさがあって手荒な男たちのいる漁協から多角的経営が盛んになっていた農協の職員へと移り変わった。玉恵もその職場の後輩に当たるのだが当時は面識はなかった。やがて君子は青年団組織に入り、網元の息子に近づくのだが、源次郎と添い遂げられなかった事から、しばらく悔し涙に暮れながら、投げやりな状態に陥っていたが、ダイビングと云う新しい分野で農業でも漁業でもない世界で仕事をする新人類の男を知った。男で海女の真似をしてアワビやウニ取りの潜りをして、ある時は都会の若い女を集めて海底の珊瑚礁などを楽しむ海中散歩の仕事もしている体育学校出身の男だとの評判に興味を持ち近づいていった。町の公民館にダイビング教室と云うのが設定されていて、時と場所が表示され、有料の文字が書かれていた。君子は申込み用紙に自分の名前を書き込み、指定された日時に水着持参で参加したが、その場所は天海郷町の海岸線を下って次の町の境界線付近に竜神様の祠があって、洗濯板の岩場から浅瀬の岩礁が続く水質がきれいな水域を選定してあった。その主催者である洋輔は仕事柄この一帯を含む様々な海域を知り尽くしていた。君子は集合時間に少し遅れて行ったが、そこには小さなテントが張ってあり、七~八人の水着の若い女とその中に背が高い均整がとれた端正な顔の洋輔がいた。君子は自分の名を言った。

「あっ!君子さん、いらっしゃい!今日は初心者の人ばかりですからね、」

君子は軽く会釈をして、既に着ていた水着の上のジャージを脱いで皆の輪に入った。半分は都会からの参加者だ、若くてプロポーションがかなり良い。評判通りの日本人ばなれした洋輔に皆引き込まれているのが解った。君子達は配られた水中めがねと息継ぎパイプを付けて、洋輔の指導通りに海面に漂った。洋輔は時間をかけて一人 々 横抱きに支えて指導する、君子も洋輔の胸に身体を預けてうっとりする自分を感じた。海面に漂うのは一時間半で終了し、テントの横で海の中の様子や潮の流れ、危険度やらを説明する洋輔の水が滴り落ちる胸にもう一度、抱かれて見たいと云う衝動を感じたのは君子だけではなかった。その後、君子はダイビング教室に参加することはなかったが、勤務する農協のハウスセンターの事務職の空き時間は洋輔の仮の事務所に出入りするようになり、公民館のダイビングの受け付けも進んでやった。ハードな海底調査の時は手弁当を持ち込んだり、筋肉疲労した洋輔の体のマッサージも買って出た。そしてそのまま事務所に泊まり込み洋輔に抱かれる事も度々あった。洋輔は一度離婚の経験があるようだったが、今後順調に事業を拡大して行く兆しが君子の目にもはっきりと見えた。その伴侶を目的として洋輔に近づいたが一年ほど経って、逆に洋輔の目にはそれがはっきりと見えて来たのか?君子との仲はそれ以上の進展はなかった。君子もそれっきり洋輔の事務所に足が遠のく事が多くなった。・・・運と付きに見放されて落ち込んでしまった君子に手を差しのべる青年がいた。青年団の副団長をしているその男は君子に言った。

「君子はね!あまり上を見すぎるよ!身の丈を考えて行かんと、絶対に幸せにはなれんよ!」、君子は内心愕然とした。自分の事をそこまで見通す男はいなかったのだ。その青年は網元でもない普通の漁師だったが、何か宗教的なものに支えられている事で熟年者の精神を持っていて、青年団でも一目置かれていた。付き合って行くうちに詳しく聞くと、牧師に成るために勉強していると云う。君子はそれがどういうことなのか、よく分からなかったが、この人は自分を裏切る事はないだろう?と思い、それから言われるままに、君子は漁師の青年と結婚し一児をもうけたが、夫はある海の事故で体を悪くして、養生が悪かったのか暫くして妻子を残して病死した。君子は悲しいと云うより不思議な気がした。海の事故の原因は海に対して真っ正面から対峙するのではなくて、その時も何か別の方角を向いていたせいではないか?病室で最後に息を引き取る時に言った言葉が

「やっと神の身元に行ける、こんな俺に添ってくれて、ありがとう!保険金は君子と息子の為に使え、」死んで行くことを予感しているように感じられた。君子は男運のなさと豊かなものから見放されている自分を恨みつつ、これからは男に尽くすことはしない、己れの為だけに生きることを胸に秘めた。夫の葬儀の折りに、夫が三倉水産の網子をしていた縁で、三倉源次郎が参列に来た時、源次郎がまだ自分に恋慕の情が残っていることを知った。男遍歴が当たり前になっている君子と源次郎との隠れた逢引きがはじまった。料理屋、旅館で会い、実家の経済がうまく行っていない事を理由に情交を交わす毎に金を無心した。源次郎との関係はそれから長く続いた。君子は夫の保険金と合わせて自分の為の貯蓄に全精力を費やした。洋輔が社屋を街に移した折りに、外部団体の接待役を請われて、洋輔の秘書代りを務めて、報酬を受け取ったりもした。その頃は洋輔もオーストラリア人との三度目の結婚をしたので、情交報酬は期待出来なかったが、洋輔の事務所のスタッフの数と海洋工事の金額の大きさが、網元や農業経営者と比べて比較にならない事を知り、自分もそうものの仲間入りをしたいと、自分でも事業と云われる分野を作りたいと云う意識を芽生えさせて行った。・・・

玉恵は君子の夫の葬儀に源次郎が出かけて行った事を後で知ったのだが、その後も網子たちの噂から君子との逢引きが再開されたことを聞き及んではいたが、既にそんなことに関しては心を乱す事はなく逆に冷笑する気持ちが備わっていた。その頃、勢いがあった三倉水産でも不祥事が突発した。他の網元との間でお互いの網子が裏で漁場の情報を流している事が発端となって網子同士の傷害事件が起こったのだ。どちらかが警察に引っ張られた。それらしい紛争は他の船団同士でも頻繁に起こっていて、網子同士の問題は親方同士の問題でもあり、夫は賠償金あれこれで、かなり消耗していたようだった。その辺の癒しが欲しかったのが君子との逢引きであることも玉恵は感じていた。最初から相思相愛でなかった夫を玉恵は見逃したのだ。そして夫婦にもアクシデントが起こった。夫の浮気問題もあって夫婦間が悶々としていた頃、玉恵が軽トラックの魚売りから帰り、台所に立っているとき源次郎との衝突が始まった。

「監視船がうちばっかり、締め付けやがって!良場は取られるし!また誰かが、垂れ込んだんじゃなかろか? くそ!・・・おい!飯の仕度はまだかい?」「・・・・・!」

「また!むっつりか?お前みたいに図体だけでかくて愛嬌がない女は最初から好きじゃ無かったんじゃ!親父が無理に貰えと言うから、」源次郎の冷たい言葉に玉恵は遂に頭に血が上った。

「何を勝手な事ばかり言いよっとね!あんたは、私ば気にいらんだったら、あの女ん所へ行けば良かと!銭の計算はあんたがしなっせ、私ゃ、知らん!」玉恵はまな板で煮込みの材料を刻んでいた出刃包丁を床に叩きつけた。包丁は床を跳ねてガラス戸の真ん中に飛び、鋭角に大きいひびが入り、その先で三人の子供が指をくわえて泣いていた。

「お前は恐ろしか女ごじゃな!」その後は源次郎は玉恵に一目置くようになったが、玉恵は自分だけの出納帳をつけるようになり、夫婦間はまるで他人のように変わって行った。


   山菜とホテル

時は半世紀遡った。・・・他県から行商に来ていた夫婦が宿泊した船宿で物取りに会った。重い荷物を背負って苦労して集めた大金を盗まれてしまったのだ、泊まったその船宿浦満は二階に四つの宿部屋があり一階は大衆食堂になっていて、その横に魚屋が繋がっていた。普段の日は富山辺りからの薬売りや船大工の泊り客が多いのだが、その日は田山夫婦だけが客だった。朝起きたら売上金が入った布袋が無くなっていた事を宿主に申し立てたが、それについては責任は負えない!との返事だった。行李籠(こうりかご)の一つに得意先からもらった野菜と一緒に入れて寝たのだ。夫婦はこの宿は初めてだったが、この宿に入る時のことを思い出してみると、いきなり宿代は前金だと言われ、行李籠を帳場で開けて布袋を出したのだ、故に布袋を知っているのは宿の主人だけなのだが?・・夫婦はその事を主人に問いただすと、

「一階の風呂小屋じゃないとですか?あそこは外からも入れるけんな?」

「いや!それは無かとですよ!家内とは交代で風呂に入ったんじゃから!いつもそぎゃして荷物の番をするんじゃから、」

「昨夜は遅うまで食堂で酒飲んどった衆が何人かおったな?まあ、宿の責任にされてもこまりますよ」

「駐在署呼んで調べて貰いますよ!」言い争っている時、三倉水産の二代目が来た。魚の卸の事で立ち寄ったのだ。主は助け船を得たように

「親方!この客人が金が無うなったとは宿のせいじゃと言わっしゃるんです!」と泣きついた。

「まあまあ!あんた等、落ち着いて話さんかね、駐在署を呼んでもどうもならん」双方の話を聞いた二代目は海産物の行商をしていると云う田山夫婦を自宅に呼んで面倒を見てやった。

「宿で財布が盗まるっとはよくある事じゃ!殆んど出て来ないとじゃけん諦めなっせ!帰りの路金が無ければ、うちのちりめんジャコと干し魚がよ~けいあるけんいっぱい持って行きなっせ!そしていつか又寄んなっせ!」と正直そうな老夫婦に本当の助け船を出してやった。涙を流さんばかりに礼を言って帰って行った田山夫婦は数ヵ月後に又やって来て、海産物の仕入れを三倉水産に頼みに来たのだ。それから一年ほどして再び訪れた夫婦は行商ばかりは体が持たないとの理由で、息子を連れて三倉水産専属の鮮魚店としてこの町の通りに面した所に店を出した。息子の婚礼の相手はこの町の農家の娘で媒酌人は三倉の二代目が務めた。この親子は真面目で信用があって、店は繁盛した。息子、田山茂の代になると三倉水産との関係も少しずつ変わって行ったが、両親から聞いている因縁の浦満魚屋の船宿に対して、鮮魚店の横に地道に蓄えた資金で海鮮も含む山菜料理店を開いた。この店は嫁の里子が切り盛りしたが、実農家の新鮮な野菜と貴重な山菜を集め、里子の愛嬌と盛りつけの手際の良さで田山料理店は六年後に増築するまでになった。

一方、跡を取った娘の浦満常美も今までの蓄財を利用して、船宿をこの地で初めての近代的なホテルに作り直した。伴侶は浦満魚屋のでっちをしていた秀安がいつの間にか入り婿となっていた。秀安は暴走族から少年院にもいたが、寿司職人の修行をしている時にこの魚屋に引き取られたのだ。気っぷの良さに比べて魚のさばき方と寿司のにぎりには定評があった。常美は浦満魚屋の一人娘だったが、暴走族のオートバイの後ろに乗る女番(スケバン)の経験もある。十九才で大阪に出て、脚線美を生かしてタレントや呉服店のモデルの真似事をする中、収入が多いクラブ勤めに切り替え、店のママを目指していたが、二十九才の時に盆で里帰りした折りに、この一帯の海洋開発が進みつつある状況を見て、クラブのママより数段上のホテルのオーナーを目指したのだ。親の心配をよそに蓄財を担保にして中規模のホテルを建設した。一階のフロントの横には大きな水槽に海水を取り込み水族館並みの生け簀を造った。駐車場も拡げ、落成式には全ての網元に案内状を配り、大阪のクラブ時代の綺麗どころを呼び、近年に無いお祭りとなった。しかし、それがかえって一帯の海洋開発に拍車をかけた事は否めなかった。観光客も含めて客は増えた、魚の水族館付きホテルは当時は珍しく話題をまいた。生け簀料理には天草西海岸のタラバ蟹や伊勢えび、平戸の生月島の高級とび魚(あご)も並べ、常美の女将ぶりはメディアにも流れた。

田山山菜料理店は静かに味の評判が浸透して行った。海の幸と山の幸が併せ持つ香りがブームとなって婦人会の旅行団の一行や家族連れの車が週末にかけて、かなりの台数が駐車していた。特に女将の里子が調達する松茸やシメジ、ゼンマイ等の希少な山菜と味付けがものを言った。二つの店は親の代からの因縁を引き継いでいて、以前としていがみ合いが続いてはいたが、

「よそ者の魚は新鮮度が落ちる!」・・「派手な料理ばかりで心がない!」と、互いの女将は競い合った。しかし相乗効果が無いでもなかった。町役場からは《竜宮城に泊まって豪華な海老と山の幸の香りが楽しめる》の観光パンフレットが出された。潜水会社を設立した洋輔は既にこの二軒の得意先となっていて、潜水のスタッフやダイビングの客の宿泊と体力をつける為の食事に洋輔はこのホテルと田山料理店に客を送り込んでいた。ある時は長期滞在の外人の団体も招き入れた。洋輔への二軒からの付け届けは頻繁に行われた。夫に物足りない常美はある時、はずみで洋輔と交情を結んだことがあった。それがどこかで噂となり《色仕掛けのオーナー》と注目を浴びた。見かねた漁協長が洋輔を呼びつけて叱咤した事が漁師仲間では逆に笑い話に変わっていた。・・・


不貞の騒めき

田山鮮魚店(後の田山山菜料理店)に新妻として嫁いだ里子の実家の親類筋に村政という青年がいた。村政は都会でサラリーマンをしていた。広告会社でクリエイターをしていた菊子と知り合って結婚したが、既に三十を超えた年だった。結婚後、二人はこれからの将来を好きな道に進むことを話し合った。村政はサラリーマンの世界に挫折し、どこかの田舎で自然農法をやりたいと考えていた。妻の菊子は夫の迷走をよそに更に前に進もうとしていたが、クリエイターをしているうちに形として残るもので日常的に使われて行く陶芸をやりたいと思っていたが、実際、それに向かうとなると、かなり厳しく、双方の親も兄弟も反対した。二人は自分の身内はあてにならないと思い、村政は都会近郊の農家を当たって見たが、その頃の近郊農地の土地の暴騰による宅地並み課税でそれどころではないと思った。農地が余っているという東北を考えてみたが、冬場の寒さには対応できないことを知った。寒さの面で、かえって九州は温暖で冬場の農業も可能だと思った村政は、親類筋の天海郷町の里子の実家に打診してみた、返事は一時的な迷いではないのなら農地は貸してやっても良いが一度こちらに来て現状を確かめろとのことだった。村政は思い切って汽車を乗り継いで九州の天海郷町にやって来た。その時は丁度、里子の婚礼の真っ最中だったのだが、

「村政!お前も都会で良か生活ばしとっとに変わり者んじゃな?・・・里子の婚礼が片づいたら、うちの田畑を見てみるか?そん間、菜っ葉の出荷の手伝いでもやっとけ!」と里子の父親が言ってくれた言葉に村政は迎えられた喜びで心が踊った。

「里ちゃん、おめでとう!小学校以来だね、きれいなお嫁さんだ!」

「村政?びっくりした!・・・こげん田舎に来るなんて?・・」

里子が新婚旅行を終える頃まで、村政は野菜の出荷を手伝わされてへとへとになったが、自然の恵みの緑の産物を手にする快さを覚えた。村政が思った事はこの家は大農家ではないが確実な農業経営をしていて、特に山際の畑の山菜の人工栽培には感じ入った。伯父は村政の情熱が本物かどうかを確かめる為に「お前が本当にやるんじゃったらこの辺全部使って良かぞ!・・それとな、お前より三つ年上じゃった、わしの息子が死におったから里子が嫁に行って、下の娘たちが又、嫁に行ったら、うちには後継ぎがおらんのじゃ、その時はお前がここの後継ぎをやって見んかい?・・お前とは血縁があるんじゃから?・・」

少し寂しげで温かい血の繋がりを感じながら伯父の後について山際の迫に行った時、大きな炭窯跡を見て、小学時代の過去の思い出が甦って来るのを覚えた。

「伯父さん!確か?ここで里ちゃんと遊んだ(お医者さんごっことは言えなかった、)事あるよ?窯の中に入ってかくれんぼしたりして」

「そうか!」里子の父親の眼差しが、実の父親のように村政に注がれた。村政は一旦、帰り、その事を両親に伝えた。両親は諦めていたように

「あちらの方から連絡を貰った。向こうに行ったら、あちらの伯父さんの期待に添うようにしっかりやれよ!母さんは気落ちして喋れないそうだ、」と電話の向こうの寂しそうな両親の姿があった。・・・

嫁の菊子は勤務していた広告会社の紹介で京都のある窯元に弟子入りすることになったが、夫婦が自由に動けるのはまだ子供がいないことが幸いだった。菊子は紹介を受けた京都の大文字山の中腹にあると云う窯元を訪ねた。京都市の駅付近で軽のレンタカーを借りて、広告会社の上司からもらった地図を頼りに大文字山を登った。予想とは違って道は狭い山道で、かなりの難所だ、やっとのことで辿り着いたところにその窯元はあった。平家の小さな住まいと、赤土をこねて造った上り窯が並んでいた。黒っぽい汚れた作務衣を着た熊のような男が黙々と焼いた皿を小屋の棚に並べていた。菊子は軽トラックの横に車を停めて恐る々 近づいて行った。そして頭を下げながら

「あのう?・・・」、紹介者と自分の名前を名乗ったが相手は意に介さない。男は手を止めて丸太に腰掛けたばこを吸い始めた。菊子は男のすぐ横に中屈みで立って、もう一度声をかけた。男は面倒くさそうに菊子を見ないで言った。

「何か!用かね?」・・・・・低い気がない声だ!白髪交じりの伸ばし放題の髪から焦げたような臭いが漂ってくる。菊子は一瞬、後悔の念に駆られたが、もう一度、紹介者と自分の名前と用件を言った。

「何回でも言わんでいい!」、男は菊子をじろっと頭の上から胴体、足の先まで眺め回すように見ながら言った。

「わしは弟子はとらん! あんたの上司にも言ったんだがね! それにあんたのような、うら若い女には務まらん、 帰りなさい!」その後、その男は何を言っても答えず菊子を無視した。

菊子は山を下りながら、こんな山の上で一人でろくろを回すのは相当な変わり者だ!陶芸家と云うのは、至ってこんな人物が多いことは予想出来たが、紹介してくれた上司に念のために連絡をとって見ようと思った。上司は電話の向こうで言った。

「あの先生に君を紹介したのは、君が断られるのが分かっていたからだ、何故ならば!君にはまだ、この会社にいて貰いたいんだ、君を失うのは会社の大きな損失だからね、」と、菊子は唖然とした。会社に認められていて嬉しいような、騙されたような。・・・

菊子と村政は理系の大学の同窓生だったが、村政が当時、台頭していた学生運動に加担している姿を見かけるくらいで親しい面識はなかった。卒業後、村政は製薬会社の研究室に入り、菊子は広告会社に入ったが、女性の為の地位向上のコラムが載る女性週刊誌の広告取り部門に配属されていた。ある女流作家のコラムに関わっている時に《 女の進みたい道に独り立ち 》が頭にこびりついた。編集局の男との破局の後、大学のOB会で再開した村政と出会って結婚に辿りついたことを節目として、女流作家の言葉を実践しようと決断したのだった。一週間後、菊子は陶芸家の元を訪れたが、あの熊のような男は不在のようだった。代わりに若い男が頭にタオルを巻いて、庭で鰯のような魚を焼いていた。香ばしい臭いが辺りに立ち込めている。菊子は軽く会釈をして見た。色白の青年はにっこりと笑って答えた。菊子はほっとして親しげに熊のような男の事を探ってみたが、

「うちの先生はいつもああなんですよ!私も何度も断られましたが、そのうちに勝手にしろ!ですよ!・・・・・情熱の問題ですよ、」

菊子は京都に移り住み、広告会社でアルバイトをしながら、二年と半年必死に修業した。熱意を買ったのか?熊のような陶芸家は

「もう!いいだろう!・・・・どこでやるんだ?京都でやるなら!俺の本当の助手にしてやってもいいぞ!」菊子は

「いえ!考えている所があります! 御恩は一生忘れません!」

「いや!忘れてもいいぞ! 唯し!焼き物の本質を極めようとすることだけは忘れるな!いつか遊びに来い!」・・この不愛想な男の優しさに菊子は目頭を濡らした。そして二年半離れていた夫の元へ、初めて訪れる天海郷町に向かった。夫の親戚だと云うその農家に着いてみると、農地の一部に目的の自然農法を進めて、青白い顔が日焼けして別人のような健康的な笑いが菊子を和ませた。伯父も将来の跡取りの息子の嫁が来たことを自慢げに話してる姿を見た。

菊子はしばらく、温室の山菜作りの手伝いをしたが、夫婦の貯えと銀行から借り入れるつもりの資金を伯父に出してもらって、山菜畑の横の炭窯跡にガス式の焼き物窯を作り上げた。菊子がこの地で陶芸を始めようと思った理由がもう一つあった。それは同じ県内の島に西日本一の陶石の埋蔵量を誇る場所があったからだ。菊子は伯父から都会的な気品を備えている事をすこぶる気に入られていて、

「我が家の嫁は芸術家やぞ~!」と吹聴されていた。菊子の焼き物のモチーフは自然に生まれた山菜の食感をかたち作る、・・焼き物の神様がここまで自分を導いてくれた事に感謝した。そして神様とは本当にいるのかもしれないとも思った。

村政夫婦の新たな生活が始まった。貯えは焼き物窯に費やして、殆んど無かったが、住む所と食べる事は問題ないのだが、伯父から出して貰った資金について甘んじて行くことは出来ないのではないかと心の片隅で二人は思っていた。そこで村政は唯一の高い現金収入である葉たばこの生産に、取りかかる事を考えた。伯父は

「そこまで!無理せんでも良かたい!たばこは強い消毒をせにゃ行かんとぞ!お前の自然農法とも矛盾するったい、」と言う。しかし寡黙な村政は時には経済的応用も必要だと思った。 伯父は

「どうせやるんだったら!大きくやれ!」と言って、他の広い田畑を貸してくれた。葉たばこの乾燥窯の製作資金はたばこ耕作組合から借りた。収穫時は伯父や、気乗りがしない菊子まで駆り出して生産を続けたところ、数年でかなりの貯蓄が出来、若夫婦の部屋を増設し、菊子の焼き物窯の付帯設備と展示室も併設した。そして待望の娘が生まれた。ずっとあとになって又、男子が生まれるのだが?・・、しかし次の年、葉たばこの詰まった乾燥窯の小屋が焼失した。そして飛び火して山菜の温室と傍の山林の一部が燃えた。その地域での二つ目の乾燥窯の焼失だったが、噂としてある人物の名が流れた。村政はそれ以来、葉たばこからすべて手を引いた。そして消えない恨みと虚しさの中に絶望という経験したことのない泥水に浸かっていた。村正は独りになりたかった。知らない土地をさ迷い、毅然とした菊子への申し訳なさとは裏腹に炭窯でお医者さんごっこをした従姉の里子との過去の現実が蘇って来た時、不思議と泥水から抜け出ることが出来る気がした。その過去の現実はまろやかな里子と新たに農家レストランの事で知り合った楓子の肉体への安らぎとして脳裏に見え隠れした。一か月後、村政はその懐かしさを求めて再び戻って来た。それはまったくの一人芝居に思われたが、過去の製薬会社の研究室から、ここまで辿り着いた山菜の研究者としての道のりを大事にしたかった。

増築された田山料理店に案内された場所に玉恵が訪れていた。姉妹の契りを結んでいた里子から呼ばれたのだ。玉恵もその頃は車での魚売りは若い男の網子に譲り、魚加工の指導と町外の料理屋や県庁所在地の幾つかの問屋とデパート回りをしていた。昔、玉恵は丘の上で魚売りの休憩をしている時、学生のツーリングクラブで通りかかった村政一行と出会って、腹を空かした村政にカマボコを食わした事を思い出していた。

「村政!あんたね、どこに行っとったとね?菊子さんも気落ちしとったし、父さんも阿呆みたいにぼ~っとしとってからに!私も焼けた山菜の小屋を直しに手伝いに行ったとよ!」

村政は豊艶な二人の女に挟まれて俯いていたが、端正で青白い菊子との違いを感じていた。玉恵はやせ細って自信を無くした男の表情が、過去のあの快活で希望に溢れた村政の瞳の色と同一の人間とは思えなかった。源次郎の若い時の表情と真逆だった男が現在は同じ暗く澱んだ人種に思えた。菊子は村政のいざとなった時のひ弱さに落胆していて、責任を放棄して行方不明になった事を非難し、話し合いには加わらない事を連絡して来た。里子もひ弱になった従弟に呆れていた。折角の都会からやって来た来訪者の家庭崩壊に玉恵たちも知恵を出し合ったが、兎に角、村政の当初の目標であった薬剤を使わない自然農法を推し進めて行くしかない事が話し合われたが、一度壊れかけた人生の目標と夫婦間の修復は簡単ではない事、それは玉恵と里子にとっても我身に置き換える問題として尾を引いた。そして両者においても妻は貞操であらねばならないという昔からの常識としきたりは時と場合に因っては枠を飛び越え、心の中から後悔と云う二文字が自然と消えて行くこともある、と思う兆しがあった。・・・

その一生に一度の機会はすぐに訪れた。両者ともに肉体的にも一番の女ざかりの三十代の半ばを過ぎた頃、玉恵については化粧気は無かったが、体格は西洋人に引けを取らない体つきと健康で精悍な顔つきは見る者が見ればそのワイルドさに魅力を感じる者も多かった。その相手は初恋の相手、日本海事協会の職員である村井俊介だった。俊介はこの天海郷町の生まれで、父親は小学校の校長で退任し、請われて日本海協会の嘱託として協会に入った人間だった。海事協会は船舶を建造した時の国の検査機関であり厳格な要員を必要としていた。当時、若い職員は検査時に要所を見落としたり、船主になめられたりで、完ぺきにこなすことが出来ないことが多く、社会的に熟練した知識を持つ人物をその役に登用することになる。俊介は父親の後を継いで海事協会に入社した。玉恵より年上で、中学の頃から憧れの君だったが、接触はごく普通の学生らしい触れ合いだけで、特別の関係はなく、しかし互いの気持ちだけは持っていて、玉恵が青年団に入団した頃、郷土出身の新進の船舶検定官として、青年団の会合に招いたことがあったが、そのきりっとした風貌に玉恵は改めて胸がときめいたのだ。会合が終わり散会した時に俊介が傍に来て

「玉恵ちゃんだよね!背伸びたね!プロポーション良くなって!」

玉恵は耳を疑った!俊介は自分のことを覚えていたのだ!玉恵は慌ててあっさりと言ってしまった。

「えっ!あの、私、あれからずっと村井さんの事、憶えていました!」と言ったあと、顔から火が出た。団員全員の視線が二人の会話に集まった。少年の様な目をした俊介がはにかんでいる。玉恵はその場にいたたまれなくなり、大柄の肩を揺らしながら一人走り出てしまった。その後、意外な出会いが突然訪れ、テニスの選手とその審判としての怒りと涙の対面だけが長く忘れ得ぬ思い出として心に刻まれていたのだが、その後、二人はそれぞれ所帯を持った。俊介は県庁所在地にマイホームを、玉恵は網元に嫁ぎ、過去の時間が過ぎて行った。・・・

その日は暑い夏の午後だった。玉恵は久しぶりに若い網子と交代し、いりこ、ちりめんジャコ、板かまぼこを満載した軽トラックを動かしていた。若い頃、恥ずかしさを押し殺してマイクを握り、呼びかけ販売を続けた己の姿が時空を超えて現在に呼び戻り光の中で異常に輝いた。ぎらつく太陽に目眩を起こしそうな、全ての景色が目を刺す濃い季節、丁度、山際の実家近くの農道を走っている時、いつもはあの大きな家のお婆さんが手を振るのが真っ白いTシャツを着た背が高い男が手を振っている。あの家は村井俊介の実家だと?

「もしかしたらあの少し猫背の格好は俊介さんかもしれない?」軽トラックを近づけて行くと確かに俊介だった。十数年前、突然告白にも似た言葉を発して、車から走り出た日の気恥ずかしい思いの相手だった。夏の暑さとは別の顔の火照りがあった。玉恵は意を決して車から降りて軽く会釈をすると俊介はさも、親しそうに

「玉恵ちゃん!こっち!こっち!」日に焼けた顔に白い歯を見せて嬉しそうに軽トラックに近づいて来た。白い水兵服のズボンの俊介が眩しかった。車を降りて傍に立った。

「相変わらず、ダイナミックなプロポーション!・・今日は俺と同じスタイルじゃないか?」、玉恵は白いジャージのタイツに白いワイシャツにつばの広い帽子、お互いお揃いの白だ、

「体操の先生が二人いるみたいやな?」

玉恵はいきなり容姿の事ばかり並べる俊介の言葉が何故か、嬉しかった。それは俊介が自分の姿を目に焼き付けている証拠だと思った。あれから十数年の時が経過している。体型は中年太りしてないか?日に焼けないように顔はタオルで隠しているが、魚を扱う指だけは節くれだっている。玉恵は手をもじもじしながら何かを言おうとしたが、思いだけが胸にこみ上げて言葉が出なかった。ただ、心の片隅に持っていた憧れの君と今、やっと対峙した事だけで、それだけで良かった。日の光が反射して俊介の顔がよく見えない。しかし俊介の目の前に自分の姿を晒したいと思った。玉恵は広い帽子と顔のタオルを取った。

「うちのおふくろがね、玉恵ちゃんの事、気に入っとってね、車が見えたら手を振って魚を注文しろってうるそうて!」、

「家で何かあるんですか?」、

「うん!親父の一周忌がね、次の日曜日にあるんよ。吸物用のちりめんジャコと魚の鉢物も欲しい、親戚と協会と校長会とで四十人分くらいかな?」玉恵は胸が高まって話を完全に聞かなかったが、

「わあ、大変!でも、有り難うございます。」

「それとおふくろがね、お返しに鯛を一匹ずつ付けてやれっつんだな、」玉恵は次第に話を飲み込んで来た。

「大丈夫ですよ!・・・それで、俊介さんの家の人手はあるんですか?お嫁さんは?」

「嫁がだめたいね、おふくろと折が悪くて、こっちに来ないんよ、実は体も悪いもんだけん・・」俊介は寂しそうに言った。

「わあ!これは、もう、大変!・・・私で良ければ手伝いに来ましょうか?」

「町一番の網元の若嫁さんに申し訳ないとじゃない?」

「大丈夫、来ます!」

「有り難いな!おふくろもお気に入りの玉恵ちゃんが来てくれるんなら大喜びだ!玉恵ちゃんを嫁に貰えば良かったのに、と今でも言っとるよ!」玉恵はぎくりとした。そして胸が熱くなってくるのを覚えた。こちらも憧れの姫でもあったのか?・・俊介と長すぎた春のような後の意外な母親を通した告白!焼け付く太陽の下で玉恵は目眩がした。・・・

法事の日は三人の女衆を連れて行った。玉恵は外出用の和服で身を装った。折詰めの焼き鯛は三倉の工場で焼いて行った。田山料理店からも山菜の料理が届いていて、女将の里子も途中で加わり、玉恵達は吸物などの料理に腕を振るった。俊介の母親は息子の嫁と玉恵の晴れ姿がだぶって見えたのか?玉恵をじっと眺めている姿があった。村井家の親戚はこの町には少ないらしく、顔ぶれが殆んど見知らぬ人ばかりで三十人分の鯛が入った折詰めを貰ってその日に帰っていった。すべての片付けが終わり、帰り支度が始まった時、高齢で気疲れした俊介の母親が倒れ、離れで玉恵が介抱する羽目になった。母親は玉恵の手を握って涙を流した。それは俊介の嫁との長い軋轢を物語っていた。完全な別居状態で娘の子の取り合いが原因でしかも精神的な療養生活が続いていた事を聞かされたが、玉恵はそれ以上の話を留めた。皆が引き上げた後、玉恵はしばらく残っていたが、母親は離れで眠っていて、シーンと静まり返った広い台所付近で俊介と二人きりになった時、時が止まって以前からこの家の俊介の嫁であった錯覚をおぼえた。

「玉恵ちゃんを嫁に貰いたかったのは、おふくろだけではなかったとたい!」と俊介がささやいた時、玉恵は後ろ向きに背中を俊介の胸に埋めた。

「私も地獄の生活を送ってるんよ!」

「そぎゃん!噂も聞いたことがあるよ!源次郎さんも難しい人だけんね?おふくろは向こ うの大学病院に入れるつもりやけど、玉恵ちゃんとは叉会いたかね!」

「玉恵は後ろから抱きしめられた腕にすがってゆっくりうなずいた。後悔はなかった。」

玉恵は深夜自宅に帰ったが、熱い心が騒いで眠れなかった。夫はいびきをかいて眠っていたが、浮気者の夫に対して

「してやったり!これでお相子だ!でも私は憧れの君だから、私の勝ちだ!」玉恵は自分なりの気持ちの中で心を治めた。・・・

田山料理店と水族館付きホテルもピーク時は超えていたが、ビジネス客やリピーターがついて赤字にならない程度に横ばいの財務内容を推移させていた。都会客からの客の目玉はやはりホテルの伊勢海老、季節ごとにあつらう山菜には客が定着している。里子の料理店には時折、団体バスが止まっており、観光会社のルートスポットの一つに指定されていた。里子は一度も都会に出たことが無い農家上がりの娘だったが、それ故にサービス心を燃やしていた。田山鮮魚店に嫁に来た時は、こんな田舎の街道で山菜料理店が始められるとは思ってもいなかった。小さい頃、皆で野山に山菜取りに行くのが楽しかったし、そんな楽しみを仕事にできる喜びが夢のようだった。里子のそのひたむきな姿勢が料理の形として出るのだ。婦人会の団体客から時折、サインを求められることがあって下を向いてほほ笑むしかなかった。夫の田山茂は温厚で努力家で観音様のような男のように思われた。里子は夫が父親によく似ていて苦労人の系列だと思った。腰痛がひどいのは真面目過ぎるのかも知れなかったが、料理店も拡張して、夢にも思っていなかった和服を着ての仕事、女の喜びでもある押しも押されぬ女将にもなった。里子にも若い時は夢や憧れはあったが中年になって女将として安定し、憧れを掴める立場なっている自分を思った。三十の後半になった頃、テレビ局の《海鮮&山菜》と云うコーナーでインタビューのスタッフの一団が店を訪れた。スタッフの代表が店の主人に挨拶を願い出たが、主人の田山茂は車椅子に乗るほど腰痛が酷く裏庭で魚貝類を洗うだけの主人らしからぬ患い人として精神面の症状も悪化していた。スタッフの中に生物・植物学の学者で山菜研究家Aがいた。Aは学者らしく威厳があり世界中のキノコを知っていて、実況中継が終わり、スタッフが引き上げ、次の中継地に出発する時、Aが里子にそれとなく言った。

「里子さんは自然の山菜のような人だ!今度、私は単独でここに来るので里子さんと山菜の原風景を見たい!」と、

里子はためらったが了解の返事をした。一か月後の本格的な山菜の時期になって、本当にAは助手と連れ立ってやって来た。里子は昔ながらのもんぺ姿でAと野山に向かった、そこで里子はAのキノコや山菜、植物学への情熱を知った。自分とは全く次元が違う人物に驚きと憧れを持った。

Aは里子のもんぺ姿がとても気に入ったと本心から褒めてくれた。里子は自分の本性を褒めてくれる相手に出会った事がなく、その事がとても嬉しかった。Aは色んな所の写真を撮ったが、自然をバックに二人のツーショットをポラロイドで撮った一枚の写真をくれた。そしてその日にA学者は助手と一緒に別の目的地に向かった。里子は店の忙しさの合間にあの写真を眺めた、次第にAの存在が心の奥に入り込んで来ているのを感じた。夫と苦労して作り上げたこの店の、心のど真ん中に大きなくさびを打ち込まれたのだ!それは全く予期しない事だった。しかしそのくさびは自分の本性である《山菜的女》と繋がっている、里子はAからもらった名刺に昼に電話を入れた、夜、寝ている時に胸に溢れ出てくるものを抑えることが出来なくなっていた。魔法使いの男に出会ったように。電話に出たAは喜びの声を上げた!意外だった。そこはAの事務所のようだった。

「夜、電話すると奥さんに誤解されるのでお昼にしました」

「いや!いいんだ!私はこれでも独り身だからね!キノコが奥さんだよ、でも、今度、山菜の乙女と出会った事で私の人生は変わるかもしれない!」里子は胸が締め付けられ、熱いものが溢れて来そうになった。・・ひと月が経ち一時の気持ちの高まりは次第に落ち着いて来ると思っていたが、里子に悩みが生まれていた。夫の茂は善良で従順な男だ、自分が頑張る姿を見て一生懸命支えようとしている。しかし茂は腰痛が酷くなって仕事もままならなくなっていて、厨房での仕事が長く出来なくなっている。魚を盛り合わせている表情が歪んでいて痛々しく、そして料理にもそれが現れ始めた。魚の生鮮さが出ていない、並べるのが不揃いで、粋なところが消えている。

里子の旬の山菜に後れを取っているのが目立って来たのだ。若い板前にとって代えさせる事も考えられたが、茂にも店主としてのプライドがあり、本人に愚痴が出始めた。

「店がこれだけ、でかく成ったとに?だめやな!俺の身体は?」が繰り返された。里子は自分がやればやるほど夫との差が広がってくるその葛藤に苦しむが、状況は更に進み、夫の茂が腰痛からうつ病へと発展したのだ。昼間、裏庭のベンチに座り続けて放心している姿が目に付くようになった。父親が高齢だが健在なので何んとか、間に合わせているのだが・・・。里子は夫婦間のアンバランスを学者Aという人物に精神的に寄りかからなければ前に進めなくなっている女の弱さを感じていた。そしてそれがいつしか恋慕の情に変わって来たのだ。彼女の中に燃える様な蠢くエネルギーが溜まっていて、

「田舎に浸かりっきりの状態から抜け出たい!生きている間に外の世界にも行かなければ?・・その為にはこの店を捨ててもいい!あの人の元で私の山菜の心で一緒にいることが出来れば?・・あの人に寄り添って、研究の手伝いをしながら・・」と溢れる思いのそして甘く囁く夜を抑えることが出来なくなっていた。


   恋人

三倉水産は依然として鰯網船団の水揚げトップを走っていたが、親方の判断と決断力が色々な場面で落ちて来ていた。玉恵は俊介との心にしみる交情を得て生き返ったのか、先取りの判断力に自信があった。若いときの運動会の走りっぷりが甦ったように。

右肩下がりの時代に突入し、人心の不安感が煽られ、縋る様に網子たちの人望が、ぶれない孤高に立つ玉恵に集まって来るようになった。しかし玉恵が網元に嫁いで来て二十二年目に三倉水産は三代続いた天海郷町の鰯網船団最後の看板を降ろした。船二隻、電波船、その他の船、加工場のクレーン全てを売却した。沿岸の海が農薬や家庭排水、養殖餌の沈澱で汚れ始めていて鰯が近づかなくなったのだ。天海郷の港の灯が消えた、船団がいなくなったのだ。

この時、玉恵は四十の半ばに届かず、夫はまだ五十を超えたばかりだったが、すぐさま鰯網からえび漁に許可を取り直して夫婦船で流し網を再開した。えびは近海にまだいたのだ。長男は学生寮に住み、高校生と中学生の娘達との四人家族になっていた。えび漁は二人でしなければならないが、網元の権利で数隻の夫婦船を購入し、三人の網子と数人の女衆を雇った。玉恵はえびの加工・かまぼこ作り・販売の監督、源次郎は全体の采配とたまに沖に出るくらいで体力の衰えが目立った。夫婦間は依然として良くなかったが、それでもサラリーマンの数倍の収入にはなった。次第にえび・かまぼこ作りと販売は玉恵の役目になり、全体の采配と主導権も玉恵に移って来た。夫はただの馬車馬になり下がり気力も落ちていた。当然玉恵もそれなりの態度を取るようになっていて、以前と比べて完全に立場が逆転した。そして預金通帳の紛失を契機にすべてが玉恵の管理となった。ある日の夜、玉恵は台所に立っていたが、疲労困憊した夫が帰ってきた。そして愚痴が始まりそれは玉恵に向けられた。

「いつも愚痴ばっかり言うて!女々しか男じゃ!」

「お前は何んで、そぎゃん愛嬌が無か女ごか?」背中に罵声が聞こえたが、一切を無視して鍋を回した。その瞬間!後頭部に突き刺さるような鋭い痺れが起こった。耳鳴りがして背中に温かいものが流れているのを感じて手を回して後ろの腰を見下ろすと白いスリップが血で染まり、更にそれは床に滴り始めた。玉恵は気が遠くなり床に座り込んだ。床についた手のひらにどす黒い血の滑りが広がっていた。横に夫の源次郎がガラスの分厚い灰皿を持って呆然と立っていた。

「あんたは!私ば殺す気ね?そぎゃん!わたしが憎かとね?」玉恵はその辺にあった布切れで後頭部を押さえてその場を逃れようと戸口の方に這った。娘達は学校の部活か何かで不在だったので親の醜い面を知らさずに幸いだったと思われた。居たならば両親の修羅場は永久に子供の脳裏に焼き付くのだろう?・・・その時、源次郎は何を思ったのか、白い晒を玉恵の傷口に重ねて目が見えないくらいに首から上をぐるぐる巻きにして、無理に抱きかかえるように

「病院にいくぞ!玉恵!」

「あんたは、何んばするとね?私ば殺す気じゃなかったとね?」

「良かけん、そぎゃんこつは言わんで良か!」源次郎は軽トラックの助手席に玉恵を乗せて近くの病院に向かった。

「こぎゃん、スリップ姿で恥ずかしか!」

「そぎゃんこつは良か!黙っとけ!」源次郎のハンドルを握る手が震えているのを玉恵は巻きつけられた布切れの隙間から見た。病院で医者と看護婦が飛んできて診察室まで運んだ。乳房が飛び出しそうな玉恵の血だらけのスリップ姿を眺めながら医者が言った。

「どないしたんね?あんた方は?後頭部がパックリ割れてるじゃないか?消毒して縫わん といかんね!こりゃ?」看護婦が白いガウンを肌けた玉恵にかけた。源次郎が小さな声で

「家内が台所で滑ってですね!」・・玉恵は黙っていた。

「金属のテーブルか何か有ったんかね?鋭利なもんだな?この傷は、」

源次郎は口ごもったように

「ステンレスの流しの角辺りかな?」・・暫く沈黙が続いた。玉恵は目を閉じていた。

「不可抗力だったらいいんだがね?」と医者は言った。玉恵は二週間ほど入院して帰ってきた。それから一週間後、糸の抜糸に行った。一ヶ月ほど玉恵は仕事をしなかった。娘達は心配してくれたが自分で転んで頭を打った事になっている様だったが、周りには多くを語らなかった。夫は玉恵の前では猫のように優しく振る舞うようになった。医者に事実を告げていれば多分夫は罪を償うことになるだろう?と考えると怒りがじわじわと波のように押し寄せる。いっそこのまま駐在所に駆け込もうかとも思うと怒りが少し減って馬鹿 々しくもなった。築き上げた三倉家は消滅するかもしれないが知った事じゃないと思った。そして冷酷な一面を内に秘める夫との生活はキナ臭い地獄に住んでいる感覚を覚えた。それでも数ヵ月経って玉恵はめったに行かなかった大海原に、雇っている網子と小舟で流し網をしながら網を引き寄せ小えびが跳ねるのを見ると、キナ臭い怨念も忘れてしまう大自然の浄化があった。・・・

数か月して冬が訪れ、えび漁が一段落した頃、母親から情報を得たのか、玉恵の怪我について俊介から大そうな見舞い金が届いたことで、県庁所在地のデパートで兄嫁と姉と待ち合わせした帰りに、思い切って俊介に連絡をとって見た。すぐさま俊介は玉恵のいる場所まで車で迎えに来た。玉恵は和服で身をかためていたが、長身の俊介と街角で対面した時、何故か?感極まって胸が張り裂けんばかりで、言葉が出ず目を伏せた。寡黙な俊介は感激したように少しこわばった表情があったが、妻との別居が続いている独り住まいのマンションに玉恵を招き入れた。国家公務員の年収で購入した白亜のマンションだった。出会いの感激は感情を高ぶらせたまま、エレベーターが上昇し、恐る 々俊介の後から部屋に入った時、自分の身体が幽体になった様な、和服用の高草履の床を踏む感覚が消えていた。異空間の室内は広かった。

「立派なマンションですね、高いんでしょう?ここ、」自分の声が何処からか響いた。

「うん、妻と娘と、家族用に買ったとばってん、独りだけん、無用の長物たい、」

俊介は長身の背中を丸めて寂しそうに言った。異空間に呑まれていた玉恵は我に返って

「沢山の見舞い金、あんなに頂いて有難うございました。これはつまらないお返しですけど、」・・姉たちと買った大きな鰹節セットを風呂敷に包んだままテーブルの上に置いた。

「おふくろが心配して電話して来るもんだけんね、俺もかなり心配したよ!飛んで行くわけには行かんし?で、どんな具合だったとね?」俊介はお茶を運んできた。

「台所で滑ったとか云う話だったけど?」俊介の声が後ろから聞こえた。玉恵は無言で顔を微かに横に振った。うつむいて微かに震える玉恵の身体をいきなり俊介は後ろから抱きしめた。

「心配したったい!おふくろが毎日電話するもんだけん、傷が深いとか?俺も気が気じゃなかったよ、」玉恵は腕にしがみついた、

「地獄だったんです!」、堰を切ったように涙が溢れた。その夜は俊介と別れることは絶対に出来ないと思った。姉のところに泊まる予定だったが、女の同級生と会って是非とも、積もる話を、の嘘の電話を姉に入れた。二人は俊介の行きつけのレストランに夕食を済ませ、マンションでは俊介のとっておきのワインをかなり飲んだ。憧れの男との夢のようなひとときを過ごした玉恵は自然と言葉が出た。

「こんな?幸せもあるんですね!・・・」玉恵は高級なワインを初めて飲んだ気がした。口当たりがまろやかで酸っぱさがあまり無くて香りが吸い込まれるように次から次と脳髄に浸み込んで行く。憧れの男には既に無防備になっていて、俊介の顔が翳んで見えなくなった。玉恵は夢の中にいる気がした。大きなベッドで玉恵のダイナミックな四十才の体が燃えて俊介の胸を何度か涙で濡らした。その涙は悔し涙でも嬉し涙でもあった。

「もっと早く!私をお嫁に貰ってくれたら良かったのに?」玉恵は朦朧とした意識の中で自分の中の女が初めて花開いたことを感じた。

玉恵は朝、目覚めた時、ベッドの上に寝かされていてこめかみにズキ~ンと鈍い痛みが残っていた。テーブルの上にメモがあって、出勤するので、ドアのカギは自然と閉まる、また会いたいと。・・・・・

玉恵の実家、大白家の跡取りの次兄一家は大農家を縮小せざるおう得なくなったが、広い水田は貸し土地とし、じゃがいも畑と栗園とで細々とした暮らしに陥っていたが、やがて両親が寝たっきりになり母親が見罷った。次兄の体が農作業を続けることが出来ないほど衰弱してきた事で、田舎での生活を思いきって離れる為に、山林の大径木の杉林と水田の半分の名義を相続、売却し、その金で県庁所在地に広い土地を買い、住まいと貸家を建てた。そして次兄は事務職の仕事を見つけたが数年後心筋梗塞であの世に行った。次兄の嫁はそこで三人の子供を育てたが、田舎に残してきた資産に対して無頓着だった、と云うより余裕がなかったのだ。それは資産の名義が祖父の代で止まっており、次兄の嫁も誰が本当に相続するのか認識出来なかったことによる。玉恵の兄弟の中では一番上品である姉がいたのだが、早く他所に嫁に行って、つきに見放されたのか、夫に早死にされ、慣れない下働きで苦労して子供を育てたうえに、自衛隊に入った長男を事故で無くして、育ちの良さ故にその上品な顔の陰りが痛々しい姉とも久々に会うと、娘時代が走馬灯のように甦って来て、何故か目頭が熱くなるのだが、やはり実家の財産についてはその姉もあまり近づきたがらない。玉恵も網元内の次から次と噴出する問題に実家どころではなかったのだが、結局、婿養子にいって獣医事務所を経営している長兄が天海郷町の牛飼いから牛の治療を依頼され、直々地元を訪れる事から、ついでに大白家の安くはない固定資産税を支払う羽目になったのだが、長兄は長年、資産税を賄(まかな)ってきたせいか、時効取得の気持ちが芽生えたのだろう、一部、宅地並になっている土地を玉恵達に目眩印を押させて売却してしまった。その取引が銀行で行われ、移転処理の為、峰尾司法書士が立ち合った折りに大白家の次兄の長男がその銀行に乗り込んできて、

「伯父さんが独り占めするのはおかしいじゃないか?」で一悶着起こった。あと、どの様な形に治まったのかは不明だが、金額が一千万を超えていたので恨みが残ったのは事実だった。


・・・里子は堪らずダイヤルを回した。

「魔法使いのきのこの先生に会いたいです!」と震える声で言った。

「里子さんの気持ちはわかっていました。貴女のその言葉を待っていました。」

電話の先の男の声も弾んでいた。生物学者Aは幾つかの大学の講師をしていたが、博多の西、油山のふもとに住んでいた。里子は以前から出席しようと思っていた“”海の幸&山の幸、九州店”に行くことを決断した。Aが送ったダイレクトメールではそのイベントでは料理の味と盛り合わせも去ることながら、店のたた住まいや内装、スタッフの出で立ちの重要性を説いていた。里子は女の醍醐味である女将としての和服の着こなしにも心を注いだし、それを着て出かける時の高揚感が己れの全てを高めるのだとも思っていた。里子はAに連絡を取りながら、開催されるイベント会場に向かう準備を整えた。好みの着物に柄の割烹着を羽織った。夫が自分の今回の目的を知っていて鬱病の症状の他に腹立たしさと投げやりの態度が見えていて、あくまでも学者Aに会いに行くことを阻止するのであれば何もかも捨てても良いと里子は思っていた。

そして数年に一度の大雪が降った。一面、真っ白な静寂さの中を中年の女の燃える思いがそれを実行した。何もかも捨てた気持ちではいたが、途中、汽車の中で粉雪がこんこんと降るのを見て決意が消えそうになったが、不安と想いが入り交じって、それでも里子は遂に学者Aが待つ会場にお昼前に辿り着いた。Aは既に来ていて、いつもの威厳を崩して里子の前に近づいて来た。里子は言った。

「来てしまいました!」Aは驚いた顔をしていたが、両手を広げて迎え入れた。予定では旅館に一泊するつもりだったが、学者Aが自宅に招くと電話で伝えていた。

「里子さん!待ってましたよ!」

「すいません!ご迷惑じゃありませんでした?」と心にない事を言ったのはAの同僚らしき人間が傍に居たからだった。Aは構わず、

「今日は朝から落ち着かなかったのでお腹が空きました!里子さんは?」

「私も急いで来たので、汗かいちゃいました!お腹も少し」

「あっ!今日の割烹着はいいな!それじゃ!そこのラウンジに行きましょう?」、里子は任せると言った。二人は落ち着いているようだったが、互いに気持ちは高ぶっていた。それに気づいたAの同僚はその場を遠慮深げに引き上げて行った。会場のラウンジで軽い昼食をまるで若者の様にはしゃぎながら済ました後、夕方六時に迎えに来る事を伝えてAは大学に講義に出かけた。少年のような心の持ち主の残像を思い浮かべながら里子はゆっくりとイベント会場を見て回った。・・その時、豆腐のコーナーが目の前に現れた、食材のラベルに《雪花菜(おから)》という文字が飛び込んできたのだが、花菜と山菜との意味が里子の中で同種のものだと感じられた事で、山菜の盛り合わせに雪花菜を取り入れるのはどうなのか?・・あれこれ思考を巡らしながら会場の中程に差しかかった時、後ろから声を掛ける女がいた。振り返るとホテルの常美が高級和服でまとめあげた出で立ちで、斜め目線で立っていた。

「里子さん!いつもいらっしゃるの?ここ、」

「いえ!今回初めてよ、ダイレクトメールを貰ったもんですから?」

「ご苦労様!ところで今日はお一人?」

「ええ!・・・、」

「お昼頃、紳士とご一緒じゃなかった?」里子は答えなかった。何か言いたげな常美を後に、先に歩いて行った。今まで、この会場に常美はいつも来ていたのか?やはり常美もホテルの料理について色々と研究しているのだろう?しかし学者Aと一緒のところを見られたのかも知れないが、常美はAの存在を知っているのだろうか?多分、生物学者できのこや山菜の研究家と云うことで名前くらいは知っているかも知れないと里子は思った。常美は人を食うようなところを持ってはいるが、他人の色恋に付いてとやかく言う性格ではないと安心はしたのだが?・・夕方近くにAが迎えに来た。かぼちゃの様なクリーム色のフォルクスワーゲンが会場の入口付近に停車して、コートを脱ぎ茶色のスーツ姿のAが降りて里子に手を振った。常美がその辺にいないか?少し気になったが小走りでフォルクスワーゲンの助手席に腰を沈めた。

「山の上のレストランに案内するよ、」Aは長い講義で精力を使ったのか?少し疲れた表情をしていた。その時、里子は今まで感じたことのない時間の狭間に入り込んでいる不思議な空間にいた。都会で好きな男とドライブなどをした事がなかったので、これがすぐさま現実のようだとは思えなかった。架空現実に思えた。車は何度かカーブを描いて山の山頂付近に来たかと思ったら、そこにシックなレストランが建っていた。中に連れ添って入ると、正面の大窓の眼下に博多の街並みが大写しに広がっていた。

「お昼は軽食だったから、ステーキにしますか?」照明を落とした店内には幾つものオレンジ色のペンダントライトが下がっていて淡い雰囲気があった。

「ええ!お願いします、高そうですね?ここ、」里子はすっかり上気していた。

「私も好きな女性と二人切りでこうして食事をするのは初めてですよ?」

「まあ!初めてなんて信じられません!」

「今まで山菜の乙女に出会わなかったからね!それにしても里子さんの、その素朴な割烹着はいいね、」

「先生はお上手ですね!私乗せられているんじゃないでしょうか?」

里子は伏し目がちに自分の思いを言った瞬間、現実の情感が戻って来て何故かほっとした。

「いや!それはない、私は学者だから嘘は言わないんです。私は本当に素朴で心のきれいな山菜の里子さんに一目惚れなんですよ、ご主人には悪いが、」里子は嬉しかった。

「主人は私と同じで、田舎者で真面目だけが取り柄の男です。それに私はそんなに心がきれいではありません。こうして貴方と不倫の気持ちになっているんですから?・・ところで先生は今まで女の方とのお付き合いはされた事はないのですか?」

「無いと云うと嘘になるがね、長続きしないんですよ。どうも結婚まで到らなくてね。まあ!私の悪趣味もあるがね」

「悪趣味ですか?」

「猫だよ!」

「えっ!猫ですか?」夢のような現実を現実と感じるのに時間が掛かった。そしてそれは快く可笑しかった。

「猫が家に沢山いるんですよ、別に猫が好きな訳では無いんですがね?生態が面白い!猫も旬の物が好きなんだ、私は旬の里子さんが好きだがね、」

「先生!それ、体の話ですか?」里子は己の燃える肉体を感じながら大胆になった。

「あっ!いや、そうでは無くて?」

里子は子供の様な純粋さがある学者Aを可愛いと思ったし、肉体と共に惹かれていく自分を感じていた。里子はもう本音で行こうと思った。新しい自分を見つけたかったのだ。ここで止めたら先はもう無いと思ったし、自分の思いを大切にしようと決意していた。学者Aに抱かれてもいいと思っていた。大きなカーブの形の分厚い一枚ガラスの向こうには既にうす暗い闇に数千の博多の街の灯りがきらきらと輝いていた。

「きれいですね!」

「うん!博多には数百万人が住んでいるから、百万ドルの夜景と言ったところだね!」最適の言葉だと思った。そしてAの指の動きが女の扱い方を幾つも経験している男だと思われた。小ぶりのステーキ一式の食事が終わり、里子は勧められるままにワインを飲みながら夜景を眺めていた。独り身のAの家に泊まる事はどう云う事になるのか分からないが、一晩でもこの学者の世話をしてもいいと思った。・・Aの家は山を下った麓の近くにあった。道路からすぐ門柱があり、大きな樹木の中に広い屋敷があり、二階建ての古い洋風の建物が庭の外灯に照らし出された。

「一〇年前にある企業の宿泊施設だったのを譲ってもらったんですよ。裏山も付いているんですがね、キノコとか山菜が取れるかもしれないと思って、購入したんですが、木が大き過ぎて取れないですよ!」と言ってAは車を降りて門柱の頑丈な鉄の扉を閉めに戻った。里子は別世界に迷い込んだような錯覚を感じたが、ゆっくりと助手席のドアを開け、玄関の前に立った。その時、玄関のドアが開き、明るい光が溢れて来て、中から丸っこい恵比寿様に似た老婆が出て来た。 

「トワさん! お客さんだよ!」Aが呼んだ。

「はいはい!いらっしゃいませ、」トワさんは細い目で首を何回も振ってうなずいた。里子は恐る々、Aの後から玄関の中には入った。広い玄関の間が大使館を思わせる造りだ、

「お邪魔します!」里子が姿勢を下げた瞬間

「あら~っ!」と声を上げた。一〇数匹の様々な猫が廊下の向こうから集まって来る、土間を上がったAと里子を足元から見定めるように猫の目が動いている。数匹が新客に何か話しかけて来る、里子は猫に因って自分の不貞に陥っている肉体を忘れていた。

「あらあら!あらあら!」と声を上げた。里子はAの後について広いダイニングルームに通された。

「あら!猫ちゃんは?」

「我が家の猫は廊下だけです、部屋には入れないようにしている。猫たちも広い庭付部屋を持っていてね、一匹一匹ベッドも持っているんだよ、」

学者Aの厳格な表情で話すところが可笑しくて里子は苦笑した。部屋に入ろうとする猫を払いながら、トワさんがお茶をチャブ台に乗せて持って来た。

「お嬢さんはどちらから来られました?」

「え!お嬢さんですか?」

「トワさんはね!女性には皆、お嬢さんと言うんだよ、」里子は苦笑した。

「色んな方が来られますから、どなたがどなたやら?」

「この人はね、天海郷町から来られた料亭の女将さんだよ、」里子は会釈をしながら、Aに目を移して

「女の人がそんなに来られるんですか?」

「生物学専攻の娘や野郎たちだよ!動物愛護協会の奴とかも来るけどね、この前はインドネシアからの留学生が四~五人、二週間くらい居たよ、お前ら家賃払え!と言ったら、猫の世話をします、と言うから、・・・」、トワさんが割り込んで来た。

「あの時は大変だったんですから!猫が暴れて!廊下も泥だらけになったんですよ、先生はあの時は出張なさっていらしたから、」

「あいつ等は駄目だったな!」

「そうですよ!私が二階のあの人たちの部屋に行ったら、異性不純行為をされとって!」

「なんだ!それは!・・・」

「先生も少し、考えて下さいよ!・・今日もまた、あの女子学生さんたちが来られて、猫遊びで大変でした。」

「また!あいつ等来たのか?」

「はい!台所で勝手にお茶とかお菓子を食べられて、先生が自由にしていいと、おっしゃったって?」

「私は遊ぶな!猫の生態を観察しなさい、と言ってるんだがね、」

「先生!私は今日は腰が痛いのでもう休ませてもらいますので・・こちらのお客さんのお部屋は真向いの客室を整えておきましたので、」里子は含み笑いをした。

「すいません!お世話になります、」と里子は頭を下げた。トワさんは静かに部屋を出て行った。

里子は自分が経験したことがない、こんな世界もあることを思った。

「あのトワさんはね、もうかなりの年なんだが、ここが会社の尞だった時からまかないをしていてね!・・・一度やめたんだが、また来てね、ここがいいからって、」

「先生がいい人だからですよ、」

「私は里子さんのような人がいいんだが?・・」

「あら!私はまかない候補ですか?」

「いや!そうじゃなくて、・・その~・・」

「先生!私楽しいです、先生も好きだし、」里子は少女のように無邪気に言った。学者Aのもじもじした少年のような仕草に里子は惹かれていく自分をごまかすことが出来なかった。グラスにAが注いでくれたワインを飲みながら、里子は今日のイベント会場で感じた迷い(旬の山菜と別の美味とをアレンジした盛り合わせ)についてのことを交えながら、二人の出会いがここまで進んで来たことの意外性が、ずっと以前から時間の狭間の中の見えない糸で繋がっていたのかも知れない?との思いが、ワインの酔いの中で閃いた瞬間、里子の口から堰を切って思いが溢れた。

「先生ともっと早くお会いしたかった!」・・・

里子はこの頃から、網元の玉恵と接触する度に相通ずるものが出来て、それは俊介の家の法事で盛り合わせの皿を引き取りに行った時、玉恵と俊介が、まるで恋人同士のように語らいをしている姿を見て、自分と類似していることを感じたのだが、益々その思いが深まった。里子は次の年も《海の幸&山の幸、九州展》に出掛けて行った。帰った時は必ず博多土産を店の従業員に配ったが、夫は見向きもしなかった。鬱病と統合失調症が悪化し周囲への関心が消え現実との接触が上手く行かなくなったうえに里子の動向が気に入らないのか?口も聞かなくなっていた。ある日、夫が裏庭で俯きながら何かの作業をしているだろう姿を見止めたが、里子は外出し、夫を見過ごした。再び店に戻り夫を眺めた時、芝生の上に遺体となって倒れていた。夫婦の意思の疎通が持てない事で数種類の薬の管理を頑なに己のものだけにしていた為だった。・・・

その後、玉恵との女同士の秘密の会話を持ったが、里子と玉恵は互いの心の安寧を求める感情として不貞の負い目は既に乗り越えていた。玉恵は里子の恋慕の激しい思いを聞いて、目頭を熱くした。「自分はこれ程の情熱を燃やせるだろうか?」と・・・


   役場職員

農家の次男坊である三郎と漁師の娘である亜実は青年団で知り合って結婚した。三郎は町役場の農林水産課で亜実は漁業組合の経理を担当していて歳は三つ下だった。三郎の家は貧農で田畑を兄弟で分配する広さがなく、農業で生計を立てることが難しく、又、都会に出て行く勇気も持ち合わせていなかった。亜実もおとなしく、簿記の能力だけは持ち合わせていた。ゆえに町役場と漁協に勤めたのだが、二人とも若者気質に乏しく、内気な性格も手伝って青年団でも隅っこに追いやられていて、肩身の狭い互いをかばい合うように夫婦になった.

味方は両親だけだと思っていた。農林水産課の仕事で特定の漁師を訪問してこれからの水産業の展望についての話を聞きに行っても何のことはない、

「漁は理屈じゃないとじゃけん!お前の話は訳わからん!邪魔じゃ!」と相手にされない一方、農家の穀物のビニールハウスを訪ねると

「汗水たらして働けねえ、怠け者とは話は出来ねえ!お前の兄ちゃんのとこでも行って話せ!・・補助金が出るんだったら、理屈云わね~で早く出せ」だ。当時の役場勤めは社会の荒波に立ち向かえない貧弱な人間だと云うレッテルが貼られていて、当然、給料は安く一人前だとは思われていなかった。・・

「何という事だ!役場仕事と云うのは一体何なんだ?」職場の先輩に聞くと、

「お前は話を聞きに行くんじゃなくて、控え目に道案内をすればいいんじゃ!」・・

・・経験が無いのに道案内ができる訳がないんだ!三郎は気が滅入って鬱病になりそうな気持になった。役場の同僚に聞くと、皆同じような経験をしているようだだった。

皆そうじゃけん、流しとけばいいんじゃ!それが役場勤めなんじゃ!」と三郎は思うようにした。田舎の公務員と云うのは自分の夢というのは持てない世界なのだ、自分の思いを押し殺してひたすら、社会の進む方向に柔軟に要領よく対処していくことしか出来ない!・・なんと!惨めな!情けない世界だ!・・かといって外の世界へ飛び出して勝負する勇気はない!・・家庭も沈滞している、楽しいことが全く無い、ストレスの為か子供も出来ない!・・しかし妻の亜実は淡々としている。ある時、妻が両親と同じようなことを言った。

「漁師も、農家の人もみんな仕事がなくなると首を括らにゃならんと言っちょるよ!私たちは贅沢は出来んけど、仕事がなくなることは無いでしょうが?静かに行くしかないでしょう?」これが公務員と社会との戦いなのだ。

十数年たって役場が役所に変わった。相変わらず子供は出来ず、妻との淡々とした生活が続いた。ふと周りを見渡すと色んなことが起こっており、事業所がなくなったり、仕事を無くした男、男女間のもつれで壊れた家庭、いなくなった者、しかし、自分への波風は殆んどない。贅沢は出来ないが経済的に兎に角安定している。大きな退職金制度が将来に待っている。怠け者の世界は間違いではなかったのか?周りが落ちて行く、・・三郎は変な自信が湧いて来た。実家の兄貴も農地を買い込んで規模拡大を図ってはいるが、現金が無いといつも溢していて、自分よりも遥かに何かが下回っている。金回りの違いが歴然としている。しかしここまで来るのに自分の家族も感情を犠牲にし、何かを失った傷口が残っている。

無風地帯に嵐が吹いた。地方自治制度が整ってきて、巷への補助金が現実のものとなって、農業部門と水産部門への助成採択の段階に来た時、問題が起きた。担当だった三郎がその窓口となって現地調査に当たっていた時、妻の亜実が事務を取っている漁協の情報を夫の三郎に優先的に流していると云う噂が立ったのだ!あっちこっちから三郎に対し、抗議の電話が殺到した。農業部門と水産部門との助成金の取り合いっこだ。それは三郎に対し頻繁に行われ、脅迫まがいの脅しにも似た内容だった。三郎は遂に自宅の電話を取り外した。噂は尾ひれをつけて重大な問題となり、町と漁協との癒着問題にまで発展した。三郎と亜実は愕然とした、自分たちの知らないところでとんでもない事になっている。町長と漁業組合長が話し合った結果、身も葉もない事がここまで大きくなったのは夫婦で双方の組織に在職していることに疑いがかかる大きな原因であると云うことになり、解決策として妻の亜実を漁協の職から外すことで決着を図ろうとしたのだ。亜実は行政改革の生贄となった。夫婦は全く身に覚えがないばかりか、公務員としてのいぶし銀である行政サービスを真面目に遂行しただけだ。何が何んだか分からずじまいで亜実は少しの慰労金をもらって漁協を辞めることになった。三郎は真剣に貢献してきた農林水産課から他の課に移った。三郎はその時から町民の為の行政サービス意識を全く消し去り、自分と自分の家族の為だけに生きることにした。相手は町民全体と自治体そのものの巨大な怪物だと思われた。勝てることはまず無い、公務員になる時に思った《外の世界に出る事のできない怠け者》の悲哀が甦って来た。同時に家族をここまで苦しめた想定がつく二~三人の人物への怨念は消えることはないことを確信した。妻の亜実はそれから地元の自治体とは関係ない大手のショッピングモールに勤めだした。不思議と翌年に三十歳後半で子供を身ごもった。三郎はそれ以後、農林水産に関わることはなかったが、パチンコと麻雀に趣味を持ち、陶芸展で面識が出来た菊子の生き方に共感を持ち菊子の助け舟となることで本来の自分に立ち返ることが出来るのではないかと思い始めた。それは自分の世界とはほど遠い都会的な独創性を持った菊子への恋慕の情であったのだ。・・・

菊子は行政改革上の不実の造られた不祥事のことも風の便りで知っていて、勤勉さが報われない、真面目だがどこか寂し気な三郎の横顔が気になっていた。その後、経済振興課長として戻って来た三郎は町の郷土振興の一環で県での菊子陶芸展を取り仕切った。それは一週間のロングランで二人きりになることがあって、夜 ワインカフェで飲んだ時、三郎の静かな表情の奥に何か、めらめらと燃える鬼火のような光を感じていた菊子はそっと聞いて見た。

「私のその辺の意識を感じとった菊子さんは流石!私の憧れる鋭敏な陶芸家です!・・実は私も以前はボ~ッとした、ただの職員だったんですが、あの不祥事のずっと後になって、漁協のある人物と農業委員の二人の人物に嵌められたことが分かったんです。妻はショッピングモールで楽しくやっていますが、私はその事への怨念のような物が心の中からどうしても消えないんです。昔のことをいつまでも根に持って愚かですよね?私は」

三郎の目に涙があふれた。人の怨念に同情することはあまり良くないと思ったが、菊子はワインカフェの隅で三郎をハグしながら

「忘れなさい!そんなことは貴方のこれからにはプラスにならないよ!三郎さんは泣き上戸だったのかな?」聡明な菊子に抱かれて三郎の頬には涙が伝った。その頃は既に夫、村政との夫婦の溝は決定的な状況で顔を見合わせる事も無く、村政にしても叔父の手前、離婚する事も憚られ、自然農法の研究と楓子夫婦が経営する農家レストランに勤める若いスタッフとの付き合い以上の仲になっていた。にも拘らず菊子は二人目の男子を産み落とした。叔父夫婦は村政の跡継ぎが出来たと大喜びだったが、その後成長した息子は航空工学の専門学校に進み、のちにドローン地図製作会社に勤務することになった。

経済課長になった三郎はこれまでの役場(役所)人生を思い浮かべていた。公務員の世界が様々な波風を受けながら何んとか進んで来たことが何か不思議だった。同じ時間が繰り返しているようでもあった。疎遠になった妻に問うたら

「貴方があっちこっちに行って!色んなことをするから!私の方が何も変哲が無いように思えるんよ?」と、

「お役所仕事ちゅうんは色んな行政サービスで動き回って働くことが当たり前で、自分の事は何にも出来なくて時間が止まっているんと同じじゃ?俺は何も変わらんよ」と噓っぽく妻に言った。現実に世間の各家は家族が少なくなって無人の家も増えていて、それとあれほど盛んだったたばこ耕作が見当たらなくなって、その残像が消えなかった。東南アジアなどで安い賃金で葉たばこを作らせ輸入するのだ。この土地出身の経済評論家がこの地を襲った地方の過疎化、特に田園地方の少子化の波を己の経験として見過ごしていたことを述懐していた事を改めて聞いた。実家では廃人に近い妻を懸命に面倒を見ている兄の姿があって、腰が極端に曲がった老婆もいた。出世はしなかったが、自分(三郎)を自由に活動させてくれた兄には頭が下がった。また、その兄のハウス事業に、役所を通して東南アジアの農業労働者の雇用を紹介して雇用が難しく上手く行かない事が多発して、兄は灯台下暗しだと笑っていて、兄には申し訳なかった自分を笑いたくもなった。


   秀安とダイバー

篤次と同期の洋輔は海を違った角度から眺めていた。幼い時に浦島太郎の話を聞いたことが、頭の思考形態を変化させたのか、独身で海事に憧れる変わり者として成長した。農家の生まれだったが運動体育が俊敏で体育学校に進んだが、海での水中訓練の時、スキューバーダイビングの虜になり、親の反対を押し切って学校をやめ、その道に進もうと思ったが、当時はそれで生活するのは無理で、考えたあげく故郷の海で海女の真似をしてアワビ取りで生計を立てようと心に決めて、漁協に頼み込んで何んとか仲間に入れて貰ったのだが、漁協との約束事の中に海に貢献すると云う条件があって、浮かんだままの船底に付着した貝殻取りや海の中で大型網の掃除をする潜り業の仕事も請け負った。この町では最初の潜水業だ。当時第一期の湾岸公共事業が始まった時期で、この潜り業には大金が支払われる事が多くなって来ていて、スタッフを増やし会社組織にして、後には街に法人の潜水調査会社を造り、海中工事の調査や本来の海中散歩を楽しむスキューバーダイビングの教室も取り入れた。洋輔はロシア人との混血で俳優以上の体格と容姿を兼ねていたが、天海郷町の女と結婚、離婚を繰り返し三度目はオーストラリアから天草灘の珊瑚礁をダイビングしに来た白人女性と結婚して、社名を妻の姓を取り、シャーロット潜水コーポレーションとした。そう云う世間離れした異形の人間を敬遠する風潮もあったが、漁協にとっても海事を探索する機関は希少価値だった。海の男は小金が入った時、ぱっと女遊びをする傾向からも洋輔に同調する漁師がいないでもない、憧れて捨てられた娘、ダイビングを習ううちに関係を持って夫に露見して家庭不和になった人妻、ある親父が

「お前はうちの娘をダイビングで騙してキズ物にしやがって!この野郎!」と洋輔の事務所に怒鳴り込んだが、洋輔云わく「あんたの娘が近寄って来たんですよ!一度抱いて欲しい!と言われたんですよ!悪いですかね?あんたの娘さんは私が憎い!と言ってますか?」とロシア人の血がドライにやり返した。

「この女たらしが!」と効果のない捨て台詞を吐いて親父は事務所を去った。


・・・時が遡る、戦後、洋輔の父親は満州から引き上げて来るとき、一人の伴侶を連れて帰ってきた。その伴侶の容姿は東洋人ではなかった。ソ連兵が中国人の女に生ませたハーフだった。生まれて間もなくそのソ連兵は国に帰ったようだが、顔かたちが違うその娘は満州では周りに受け入れて貰えなかった。母親は娘を必死に守り、小さな料理店を経営して娘を育てたのだが、そこで洋輔の父親と出会ったのだ。満州のドヤ街にあったその料理店は中華食は勿論だが、ソ連食のボルシチや辛めのメニューを出すことで日本人には人気があった。洋輔の父親は仲間とよく通ったのだが、終戦近くになり母親が苦労の末病死した。十八歳位くらいになっていた娘は満州ではよそ者扱いされるので洋輔の父親に着いて行きたいと懇願した。洋輔の父親も美しいその娘が嫌では無かったので交情を結んだのだ。そして満州から引き上げてきた時、周りはかなり驚いたが、父親はソ連人だとは言わずにヨーロッパ人との混血でごまかした。その時は既に娘は身ごもっていてその後、妹と弟が生まれたが、洋輔は幼い頃、母親の感触が周りの母親と違っていることを感じていた。それは母親の手料理の中のボルシチに似た辛くて甘い料理があった。愛する母親の臭いだった。母親はよく言っていた。

「これを食べると風邪をひかないよ!」と、洋輔のおふくろの味はロシア料理だったのだ。洋輔は成長するにつれて、彫りが深く骨格が伸びた。兄妹弟は幼い頃、母親から古ぼけたアルファベットの文字が並んでいる絵本を何度も 々 読んでもらった記憶があって、その語りはイワン三世の王様とピノキオ少年の物語だった。ソ連兵はその絵本だけを残して国に帰ったかもしれない。妹は成長すると長い栗色の髪と透き通る様な白い肌で周りが目を見張った。父親は

「この子達にはフランス人の血が流れているんだ!」と吹聴してようだ。後にこの妹は美術学校に入って、そこの教師と一緒になり、関西に住んでいると云う。下の弟は父親似で髪は黒く、がっしりとした体格で父親の後を継いで、この町から嫁を貰い、ハウス栽培とタバコ耕作で生活をしている。洋輔は海洋潜水会社を経営する一方、この町の公民館を使ったスキューバーダイビング教室を運営していたが、海洋工事の調査などが増えて来ると海産物の加工工場などが多い、鷲住町の港に潜水調査の事務所を作り、スタッフを雇い広く県外の海中工事にも参加した。そしてスキューバーダイビング教室は広く関西まで参加者を募った。

海中の観光と言われるダイビングスポットが多くて暖かいこの一帯の海には県外から、たくさんの若い女が集まってきた。海の中でのダイビングは教える側と教えられる側とが手取り足取り、時には身体を密着して行う事が多い。教えられる側は二人きりの神秘の世界で身を預けるのだ。密着した身体の感触が脳裏に残り、陸に上がっても残っている感触を再現したくなるのだ。洋輔はそれほど女が好きでも飢えてもいなかったが、相手が瞳を濡らして近づいてくるならばそれを拒否する高い倫理観は持ち合わせてはいなかった。“据え膳食わぬは男の恥だ ”の罪悪感はあまり感じない、相手が喜ぶならばそれを素直に受ける事が孤独の海底の作業をする者の癒しになる気がするのだった。女の愛撫が暗闇の世界をリードしてくれる!・・・洋輔の観念はそうならざるを得なくなっていた。また調査の為に海底を潜ることから鰯網やえび網の不正漁に関する不実の垂れ込みも一時噂に上がった。鰯網のロープが切られ沖に流れて客船のスクリューに巻き付き、汽船会社から損害賠償を受けた網主から疑われ、海上保安庁が出動して厳しい尋問を受けたが、洋輔には事件に関する損得が発生しないことから疑いは自然消滅した・・・。

ホテルオーナーの常美は初めて海の幸&山の幸のイベントに参加した。そして里子と出会ったのだが、それはホテル経営が思わしくない状態に陥ったためだった。一つの原因は夫 秀安との意見が合わなくなったこと、秀安の経歴は暴走族で暴れまわって少年院に入っている時に所長から出所したら寿司職人として頑張れ!と紹介を受けてその道を真っ当に進んでいたところを浦満魚屋の親父に見込まれて連れてこられた事で事態は変わった。本来の一本気でにぎりの腕も上がって評判も良かったのだが、父親に因って娘、常美のとっぴな暴走を止めるために婿養子として迎えられた。元暴走族が暴走を止めに来たのだ。料理の質を上げ、水族館をつくり、テレビでの宣伝も効いて、当初は満員御礼が続いていたが、それに甘んじて新しい企画を作り出さなければいつかはマンネリ化が来ること、また時代の変化に対応できなければ同じようなことが起こり客が減っていく事を常美は感じていた。この際、順調な経営を続けている競合相手である田山山菜屋の細やかなサービスを盗むために博多のイベントに行って見ようと思ったのだ。ところが来てみると里子が山菜の研究家でもある男と一緒にいるところを目撃した。“里子はコンサルタントを使っている!”と思われた。ホテルに帰って来た常美は夫に経営コンサルタントを使うことを提案したが夫は反対した。

「ホテルはまだ改装するには早いし、海の幸は新鮮さが命だ!盛り合わせの腕は誰にも負けねえ!だから今、コンサルタントを入れる必要は全くねえよ!変えるのはお前の考え方と態度だ!」と、秀安がそのように突っぱねるのにはもう一つ理由があった。お得意様の海底調査会社の洋輔との不倫の噂が秀安を苛つかせていた。

「俺は腕で勝負するのに、常美!お前は体で商売するのか?」

「いつ?私が不倫したんよ?そんな噂に振り回されるのは馬鹿よ!」

秀安は常美の性格から云って信じなかった。

「煙の立たないところには何んとやらと言うだろう!」売り言葉に買い言葉だ、

「あんたはね!きっぷが良いだけで経営能力は無しだよ!」

「勝手にしやがれ!この男あさり女が!」

秀安はこのホテルに拾ってもらった恩があるだけにそれ以上の事は言えなかったが、自分の力の無さとそして虚しさが残った。外国人を含む九人のスキューバ―ダイバーを三泊4日の予定で洋輔がこのホテルに案内してきた。三日目の夜パーティーが行われたが、ホテル側は注文通り伊勢海老と平戸のトビウオの盛り合わせを出した。粋な料理で三人の外国女性も交えてのパーティーは盛り上がった。幹事の洋輔は母親から教えられた奇妙なピノキオダンスで客を労った。ワインを振舞っていたオーナーの常美も洋輔と踊った。昔の大阪のクラブで身につけた得意のもてなしのつもりが海の事業家でもあり、洋輔のそのダイナミックな身体に魅了されていた。外国人にはアベックもいて人前での脳圧な抱擁に、さすがの常美も仲居たちも五感を刺激されていた。常美はオーナーでありながら注がれるままにワインを煽った。パーティーが終わりオーナーは別室に洋輔を招いた。支払いと今後の宿泊客に付いての話のつもりだったが、

「社長!さっきのダンスもう一度教えてよ!」

酔いに任せて常美は洋輔に抱かれて踊った。周りが寝静まった深夜、野生の二人の体が絡み合った。洋輔は夜が明ける前にホテルを引き上げた。数週間後、洋輔は一人のオーストラリア人の大男とホテルを訪れた。海底調査の研修の為の宿泊の話らしかった。帰り際に板前の秀安が洋輔たちを呼び止めた。

「海底調査の社長さんよ!客を案内してもらうのは有難いんやけど?うちのオーナーを自分の女ぐらいに思ってんじゃね~のか?のぼせるんじゃね~ぞ!」

「それは俺とオーナーとの問題だ、オーナーさんがあんたより俺を選んだんじゃないのか?」

「ふざけるな!この野郎!」

秀安は割烹姿で洋輔に飛びかかっていた。二人はロビーに並べてあるソフアーにもんどりうって倒れ込んだ、起き上がった両者は次の一撃を打った、秀安の拳が洋輔の顎を捉えた、ぐらついた洋輔は

「何をするか!お前は!」、まわし蹴りが秀安の肩付近に打ち込まれた。体格で劣る秀安はソフアーの横に飛ばされる様に倒れ込んだ。元暴走族と鍛え上げたダイバーとの対決だった。大男のオーストラリア人は両手を開いて笑っている、

「おう!ジャパニーズヤクザ、」

秀安の俊敏さはなかなかのものだったが、洋輔の投げは強烈だった。秀安は短髪の頭を壁に打ち付けた。・・そこで大男が両者の間に立った。

「もう!やめなさい!」・・洋輔の口元が切れて血が滲んでいる。顔をくしゃくしゃにした秀安はゆっくり肩を押さえながら起ち上がった。

「女房も取られ、喧嘩も負けて、様ね~よ!俺は、」

「オウ! ノー!」大男が秀安の肩を抱いていた。

「あんたのパンチも効いたぞ!・・予定通り、ホテルは使わせてもらうよ、」

洋輔は顎を撫でながら気の毒そうに秀安を眺めた。フロントの中の若い男女は一分始終を見て、放心したように口を開けていた。この大男のオーストラリア人の妹が、のちの洋輔の最後の妻となった。


   因縁の果て

派手好みで先の目標を持たなかった難波酒店はある女が買い取り、一家はどこかに消えて行った。その女は家毛水産の妹で末山金秋の妻、佳寿美だった。末山金秋は葉たばこから魚の加工品と野菜の流通センターを作り上げたが、それを更に県庁所在地にも進出して拡大しようとしたが、県外から進出してきた幾つかの大型流通センターの前にあえなく敗れ、多額の負債を抱えて撤退に追い込まれた。金秋は大きな借金を抱えながら地元の流通センターだけを何んとか切り盛りしていたが、本来の利口さが無いのと、精神的に鬱病になった為、取って代わった妻の佳寿美が兄の家毛増男の援助を受けながら、借金返済を続けていたが、田舎でも少しは安定収入になるであろう酒屋を取得したのだ。破産して競売となった難波酒店の入札には二人の女が参加した。

物件としては町一番の通りと角地にマーケットと酒店があり、商売の立地条件としては適地だった。ただこれ迄のきな臭さが漂う物件を買おうとする者はよっぽど変わり者だと見られていたが、さすが競売に参加した女は二人共きな臭さを潜り抜けてきた強者だとの評判が立った。そのもう一人の女は三倉水産の三倉源次郎の彼女だった君子だった。彼女は五十五才で勤めていた農協のハウスセンターを退職し、源次郎から巻き上げた蓄財とを合わせて難波酒店のマーケットを買ったのだ。洋輔からも稼いだ分もあるという。色気と細腕一本で世渡りをしてきたと云う自負が表情に出ていた。一度結婚した夫が死んだあと、保険金も手にしたが、一人息子は実家の祖母夫婦に引き取られて殆んど接触がないまま孤高の砦を守っている。人の情から見放され、落ち込んだ涙は当然、内縁の源次郎にその矛先を向けることになった。

「私は!いったい!あんたの何んなのよ?玉恵さんとうまく行かないから!・・私は性欲の吐け口だったとね?」

「そう言うな!君子、俺はお前がいないとだめなんじゃ!玉恵と一緒になったのは間違いじゃった!」

「そんなら!今からでも、遅くなかよ!離婚して私を籍に入れてよ!」

「ばか言うな!今更この歳になって、そぎゃんこつが出来るか!」

この十数年で源次郎から差し出された金はかなりの額になっていた。代理妻の代償だ。それは君子が還暦を迎える前に援助が途絶えた。会うことが無くなったのだ。源次郎の気力、体力が落ちて情欲が消えうせた為だ。その時点では君子は既にある程度の事業を成し遂げていたことになる。

競売で君子はマーケットを買い取ったが、広すぎる売り場は佳寿美に引き取ってもらい、事務所の部分を天海郷町で初めての薬局としてオープンした。それは洋輔の海底調査会社に勤務した杵柄で貝殻を取り除くホルマリンや潜水病の予防薬の知識と洋輔の指導もあって簡単な許認可を取得したのだった。その薬局はとにかく繁盛した。玉恵が噂を聞いてビタミン剤を買いに行った時は君子はいなくて二人の店員がいて、店主は隣町に新たな薬局をオープンする為に奔走中だとかの噂を聞いたが、源次郎と会って金を無心しているのではないかとも思った。しかしそれはもう玉恵にとってはどうでも良かった。数年経つと君子はある程度の財を蓄えてはいたが、一人息子も成長し破天荒な生き方と男遍歴が激しい母親を嫌い、貧農だった実家の祖母夫婦を助けて農業青壮年部に加入し、タオル鉢巻きで農業経営に情熱を燃やしていた。父親が網子として雇われていた三倉水産の紹介で漁師藁にもじゃがいもを卸し、玉恵は何故かその若者が気に入って可愛がっていた。貧乏を嫌い、すべてを犠牲にして勝ち取った金権の亡者となり果てた母親の妖艶な肉体もやがて音をたてて萎み始めた。それは現実に張り詰めていた琴線がぷつんと切れ!更年期障害としてあらゆる症状、特にけだるさ、喪失感、酷い目眩、頭痛のオンパレードとして始まったのだ。利用された男の地底の底から呼びかける幻覚が起こる事もあった。当人は己の症状を逆手にとって更に広告を出し販路を拡張しようとした。噂であった隣町への新店舗も現実のものとした。しかし直後、パラドックスを逆手に取った本人の症状は一向に治らず、時々寝込むようになった。その時点で店舗の一角に置いていた住居を広げ実家の母親に哀願し、息子たちと同居することになった。・・・・

怨恨と云う、最も恨みを買ったのは家毛水産の家毛増男だった。網元の権利を背徳の方法で手にした後、数年後は魚の水揚げが三倉水産と肩を並べるくらいまでになっていたが、取れ過ぎて利益が上がらない鰯の付加価値を上げる為に、妹婿の末山金秋の流通センターに缶詰工場を作らせる事を考えた。長期保存することができる鰯の缶詰を作って国内はおろか国外まで拡げる企業家を目指していた。満州のブローカーの血をひく増男の野望は尽きることなく、小さな町の一介の網元で終わるつもりはなかったのだ。しかし金秋は工場の立地と資金の面で難題さを示した。

家毛は末山の流通網を使ってこの町以外の場所を選ぶことを指示した。数ヵ月後、金秋はある情報を持ってきた。その情報と云うのはこの町の三つの網元が納めている貝の缶詰工場が、鷲住町の港の近くで操業していたのが、食品衛生法に引っ掛かり操業停止に追い込まれ、喘いでいると云う情報だった。早速、家毛と金秋は作戦を練った。先ず、貝毒が発生しやすい貝をやめて鰯の缶詰に切り替える、次ぎに工場の変更ラインの設備投資資金を援助する。それをもって食品衛生法上の再申請をすると云う交渉を缶詰工場の経営陣に持ちかけた。経営陣の中には三人の網元が役員となっていたが、長期の操業停止で赤字が膨らんでいる事と自船の大量の鰯が生産らいんに乗るメリットを考えて、すがるように家毛水産を役員として受け入れた。缶詰の販売ルートは末山流通センターを通した。その事業は見事に図に当たり、関西と国外にも販路を拡げるかに見えた。その頃の家毛水産は流通センターの役員としてのポストを持ち、三倉水産の売上高を遥かに超えていた。そして着々と計画を進めた家毛は缶詰工場の実権を握り、その事業体の財務改革と称して数千万の赤字を出した前役員に対して平役員に降格を余儀無くさせ、家毛が代表役員の座についた。この時点では既に妻と家族はこの町を出て、県庁所在地のマンションに住まわせていたのだが、自己の暗い闇の面を家族に見せるのを極端に避けたかったのではないか?、佳寿美の告白に因ると

「兄は見かけとは全く別の性格を持っていて、その純な心がベースとなって本人の闘争本能が形作られていて、この事は少年の頃、幼かった私(佳寿美)が腹を空かした山犬に襲われそうになったのを無数の傷を負いながら助け出した愛情が残っている為だ!」と述懐していた。家毛の闘争本能が前面に出る事により、本来の工場の持ち主であった役員の中に負債の責任を強要され、あげくは自殺者も出て周りに戦慄が走った。そしてその自殺した役員の身内が天海郷町に数人いた。・・・

網元の看板を下ろした三倉水産は小舟でえび漁に切り替えてからから十六年余りの時が流れていたが、その年に夫の源次郎が倒れ療養生活に入り、玉恵は還暦に達していた。そして惜しまれながらこの町最後のえび網漁の姿も消えた。雇っていた数人の網子と女衆には長年の労いの小金を渡した。繁栄を誇ったこの内海もどんよりとした海水が、唯、揺らいでいるだけで、桟橋には時間が止まったように数隻の動かない小舟が繋がれていた。浮かんでいたカモメが飛び立ち、寂しそうな泣き声が残り、堤防に立つ玉恵の脳裏にこれまでの数十年の流れるような景色が時空の中に浮かんでは消えた。海に関する作業はすべて過去のものとなったが、家事の事、三人の子供が持ち込んでくる問題、町との付き合い、そして元網元の看板との付き合いは消えてはいない。県の漁業振興会の長年の鰯網漁の産業界への貢献があった事で表彰状を受ける時も源次郎の代理で出席した。源次郎も既に七十才に近い、何もせず、寝たり起きたりを繰り返していたが、晴れた暖かい日には内海の堤防のコンクリートの段にうずくまり、指で指を弄り合って、爪に巻かれたテープを癇が出た子供のように、殊更むしり取っていた。爬虫類のような冷たさの中に繊細さを持ち合わせた老人は指の先端が潮とあかぎれとで皮膚のひび割れが治らない事に苛立っていた。目を遠くの海原に向けるでもなく、海の青さを感じ入るでもなく、ただの忘我の影法師がいた。虚無を眺める源次郎の横顔に男の身勝手さのようなものが滲み出ていて、老いと衰えの皮を被った強張った生き物の、手入れを全くしない白髪が不揃いの藪のように風に揺れている。つい数年前まで君子との関係は続いていたようだが、妻は知らないか?忘れてしまったかのように。・・・

「何んでも無かったんだぞ!」のすまし顔が時々目を背けたくなる心の醜さがある。普通、男は女と比べるとあっさりとしている生き物で昔のしがらみや恨まれた事は忘れてしまう傾向があると思われるが?この男の深い闇は解らなかった。・・・夫の通帳は大病したての時に見たが、その時点から五年ほどさかのぼる頃から大金が引き出されていない、と云う事は六十五才近くまで君子に貢いでいたのか?またはむっつり助平の夫は違う女に乗り換えていたのか?まさに夫が言い続けて来たように相性が良くない形だけの夫婦の末路はこう成るのが必然でもあるのだが、己の血塗られたスリップ姿がこれまで何度となく脳裏に蘇って来る度に怨念の重なりがあって復讐の雌豹のまぼろしが見えた。

「時の流れが無駄だったとは絶対に思いたくないし、この男とは同じ墓には入りたくない!夫が死んだら家には誰もいない、その時はこの家は出よう、」と、玉恵が思った時、時間の流れに爽やかな正常さが戻った気がした。・・・


競合の家毛水産は鰯網が終焉を告げた後は海老漁には戻らずに漁そのものを止め、鷲住の港にある缶詰め工場一本に的を絞った。近くにある事務所ビルの最上階を住まいとして秘書代わりの男とお手伝いの老女を雇って自ら本腰を入れたが、しかし肝心の鰯が品薄だった。註文に応じ切れないと信用が落ちる。そこで家毛は遠方から鯖とニシンを取り寄せた。しかし仕入れが高く利益率が悪いので近海で取れるぐち、えそ、白身魚のかまぼこ製造を加えた。かまぼこは三倉水産と競合することになったが、三倉水産が手作りに近いのに対して機械化での家毛の工場の味は次第に販売が落ちて行った。過去、怨恨を買っている家毛増男にはかまぼこ用の魚を納めない漁師も出て来ていて、缶詰工場の経営も飛躍的には伸びなかった。町の勢いも次第に下がり、看板も外装も町全体が色あせて来た。代替わりしたところもあったが、メインストリートにあるホテル、山菜料理店はひっそりとはしているものの、まばらだが客足は絶えていなかった。・・・

そして時代がまた大きく変わり、時は流れて、還暦を超えた玉恵と病上がりの源次郎は数年前から町の老人会に入っていた。老人会は好みのリクレーションを楽しむ事と軽いボランティア活動がある。玉恵は公民館の館長から六十才に成った時、老人会加入の勧誘を受けていたが急激に衰えが見え始めた源次郎と、たまに帰ってくる孫たちの世話にかまけて加入することを尻込みしていたが、この際、夫婦で加入した。玉恵は時折出かけて行って同期の者との再会、親睦を分かち合い、手芸とカラオケのコースを楽しんだが、夫はなかなか行きたがらず、二回ほどふらつく足取りで、ゲートボールに引っ張って行かれたが、

「スティックを持って行ったんじゃが?嫌な奴がおったんで、試合せんだった!」とぶつぶつ言って帰って来た。本来の性格がよく出ていた。玉恵たちは手芸の会で編み物をしながら、子供や孫についてのあれこれ、えらく深刻だった事、苦しかった過去、様々な話に花が咲いた。中にはきな臭い事件になるような話も語られるのだが、皆なやっと人生を乗り越えて来たとばかりに顔を高揚させて、それでも、過ぎ去った幻影は潮が退くようにわだかまりは残っていないように見え、すべてが燃え尽きたかに思えたものが、静かに何かが起こりつつあった。いや、既に起こっていた。

夫、源次郎の葬儀が行われた。末期の肝臓がんだった。玉恵は淡々と喪主を務めながら一抹の寂しさはあったが、三倉家の束縛から解き放された不思議な解放感があった。姉や義姉達の他、町の大部分の人間の参列者があったが、その中に君子と俊介の姿もあった。夫と自分のそれぞれの交情の相手だ、俊介とは何度か目を合わせた。玉恵は心の中で呟いた。

「この人が私を地獄の中から救い上げてくれた唯一人の男だったのだ!この人がいなければ、私は苦しくて!とっくに気が違っていたかもしれない?」と、・・・俊介とはあのマンションで交情を結んでから、この十数年、姉や義姉のところに行く度に必ず会った。年に三度か四度会わなければ、地獄に漬かりっきりでは身が持たなかったのだ。県庁所在地に行くときは心が踊った!恋慕の情を知った玉恵はわき道に逸れなかった。玉恵は背徳の妻になってしまったが、後悔の念は一切!感じなかった。

「玉恵ちゃん!あんた!こっちに来る時は、えらく!嬉しそうやね?」

「姉さん!網元の生活なんてするもんじゃなかとよ!たまには私だってこうして街に来たいんよ!それとね、魚にはもう!飽き々しとるんよ、食べるんは蒲鉾ぐらいで、洋食なんか食べたいんよね、」

「ご馳走しないよ!お金無いんだけん、網元みたいにはね、」姉たちは慎ましい生活を送っているようで金を出そうとはしない。どの?姉の所に泊まるか?玉恵はいつも秤にかけていた。泊まると姉たちの生活が良く解る。泊まる時は必ず品物かお金を包んだ。

「あんたの好きな所にしなさい!」と、姉たちは言った。俊介との離れたパートナー関係は今も健在だったが、俊介は六五歳で日本海事協会を退職し、一人で故郷に帰って来た。マンションは娘夫婦に譲ったらしい。玉恵は週に一度は母親を介護する俊介の家に海の幸を届けた。俊介の隠し妻のようだと噂がたったが一切気にならなかった。それから間もなく高齢の母親があの世に逝き、葬儀の後に俊介から聞いた話によると、別居していた妻は以前から悪性の腫瘍に侵されていて、俊介の母親の面倒を見ることが出来ない事で、天海郷町にも近づかなかったし、実家の世話になることで、別居の生活を全うして俊介の退職前に亡くなったらしい悲しい身の上を聞いた。俊介も玉恵に救いを求めていたのだ。源次郎の葬儀の後、君子から

「貴女も第二の人生の人がいたんね?私も気が楽になったよ、お幸せにね!」の言葉を聞いた。

俊介はまだこの町に生きているのだ、

「私が一枚も二枚も上だったのかもしれない?」と、玉恵は静かに思った。・・・・


    老人会殺人事件オンステージ   😞終わり 


   (86 000字 400字詰め換算枚数215枚)   













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老人会殺人事件オンステージ シゲキ @hiraoka2026

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