第42話 どちらの手も、まだ握れない
日曜日の午後。
学校も部活もない、珍しく何も予定のない日。
真悠のスマホに、2通のLINEが同時に届いた。
渚「話したいことがある。駅前の噴水のとこ、来れそう?」
妃芽「ちょっとだけ話せない?屋上、今日空いてるって」
……一瞬、スマホを持つ手が止まる。
(なんで、同じ時間に……)
画面を交互に見ながら、真悠はそっと息を吸った。
(逃げちゃだめ。私、ちゃんと自分の心で歩きたい)
最初に向かったのは、校舎の屋上。
午後の日差しが優しく差し込むその場所に、妃芽はいた。
制服姿のまま、風に髪をなびかせて、フェンスにもたれていた。
「……来てくれて、ありがとう」
「ううん、呼んでくれて嬉しかったよ」
ふたりの会話は、いつもと変わらないようで、
どこか言葉を選んでいるようにも思えた。
妃芽は視線を外したまま、そっと口を開いた。
「ねぇ、真悠。
私たちってさ、ずっと一緒にいるのに、
一番大事なこと、まだ何も言えてないよね」
真悠はその言葉に、ふと目を伏せた。
「うん。……でも、なんとなく、気づいてる気もする」
「でもそれって、たぶん……言わなきゃ届かないんだよね」
妃芽の声はかすかに震えていた。
「だけど今日は、まだ言わない。
……今、言ったら、全部が変わっちゃう気がするから」
真悠は驚いたように妃芽を見つめた。
妃芽は笑っていた。どこか寂しそうに、でも優しく。
「ただ、今日は“ただの私”として、あなたに会いたかっただけ」
その言葉が、胸の奥に静かに残った。
屋上を出てから、真悠は駅前の噴水へと向かった。
少し遅れて到着した彼女に、渚は安心したように笑った。
「来てくれてありがとう。……なんか、呼び出してごめんね」
「ううん、大丈夫」
ふたりは並んでベンチに座る。
渚は、手にしていたペットボトルの水を見つめながら言った。
「俺ね、真悠の隣にいるのがすごく心地いいんだ。
オタ活も、学校で話すときも、部活の合間のあの静けさも」
「……ありがとう、嬉しいよ」
「でも、たぶん、今の俺は“ただそれだけ”の存在なんだと思う。
だから今日は、何も言わないことにした」
真悠が驚いたように顔を上げると、渚は苦笑いを浮かべた。
「いつか、“今じゃない”って思った日のことを、
後悔するのかもしれないけど……
今日はただ、真悠がここに来てくれたってだけで、十分だった」
沈黙が流れた。でも、決して重苦しくはなかった。
どこか、心がすうっと落ち着いていくような、そんな静けさ。
あの頃のことを思い返すと、真悠の胸は少しだけ高鳴る。
渚はただのクラスメイトや同じ学校の生徒会メンバーではなかった。
隣の席で話すたびに、自然と笑顔になって、心がふわりと軽くなった。
「渚といる時間は、安心できるんだ」
そう真悠は何度も思った。
渚の真っ直ぐな優しさ、
ちょっと不器用だけど一生懸命な姿勢、
そして、何よりも、真悠のことを「特別」に思ってくれているということが、
彼女の心に確かな灯りをともした。
真悠は自分でも気づかないうちに、渚のことをしっかりと好きになっていた。
だけど、だからこそ、怖かった。
これまでの恋のすれ違いや失敗を繰り返したくなかった。
だから、素直に気持ちを伝えられずに、
何度も立ち止まってしまった。
それでも、渚の存在がいつも真悠を支えてくれた。
不安なときも、迷ったときも、そばにいてくれた渚。
真悠の心は、確かに渚を好きだった。
帰り道。
真悠はひとりで歩きながら、
心の中に残った「ふたつのぬくもり」を思い返していた。
――どちらも、優しかった。
――どちらも、ちゃんと届いていた。
でも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます